月明かりの下で

珱芭

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Chapter 5

5-2

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 吸血鬼の活動時間は、主に夜だ。吸血鬼だけでなく、多くの魔物は人間の目を避けて夜に行動するが、特に吸血鬼という種族に関しては陽の下では能力が著しく制限されるせいもあり、夜明け前には日光を避けて休息する。

 それは蒐であっても例外ではない。──にも関わらず、朝になっても彼は戻ってこなかった。

 木造の屋根のボロボロになって空いた所々の隙間から差し込む光が夜の終わりを告げ、蒐が出て行ってから一晩が過ぎたことを示す。そこら辺を歩いている人間を捕まえて血を得るだけにしては、あまりにも時間がかかりすぎていた。

 吸血鬼の不在に、莎夜はまだ気付かない。と言うよりも、気絶するように眠りに就いてから目覚めていない以上、知りようがないのだ。

 更に陽が高くなり辺りが暖かくなり始めた真昼の時間帯になっても蒐は帰らない。真上から降り注ぐ日光に当てられて眩しそうに顔を顰めた少女は、そこでようやく目を覚ました。

「……………」

 倦怠感は相変わらず残るものの、立ち上がることができるだけ昨夜よりも回復している。何日も眠り通せば、失った血もある程度体内で補えると言うわけだ。

 もう少し寝ていれば戦える程度にはなるだろうが、今はそんな悠長にはしていられない。

「何処に行ったのかな」

 莎夜は壁に手をつきながら立つと、迷うことなく戸口へと向かう。

 目指すは、町。小屋が建つ山の麓の小さな町。そこに蒐はいるだろうと、朧げな記憶の中の会話を引き出し結論付ける。

 蒐の命を握っている莎夜を置いていくことはないという自信はあっても、これだけ遅いとなると何かに巻き込まれている可能性も考えられる。

「迷子……かな」

 嫌味げな独り言は、思っていたより力無く虚空に吸い込まれていく。

 森を出て町に着いた頃には、もう陽は傾き始めていた。

 これだけの距離を歩いたのは初めてかもしれない、とぼんやりと感想を述べながらまばらな人通りの歩道をゆらゆらと通り抜ける。

 休日だからだろうか、学生と思しき年齢の男女の集団や家族連れもいる。すれ違う人々を巧みに避けながら生気のない顔で彼らの横を通り過ぎる異様な雰囲気の少女には誰も目もくれない。学生たちは会話に夢中で、家族連れははしゃぎ回る子供達から方時も目が離せない状態で、その他も手元の端末や行先に意識が向いているからだろう。

 その上、莎夜も自身の存在感を消していた。意図的では無く、人間の社会に入る場合に自然と身に付けた魔物としての無意識の行動である。何せ、莎夜や蒐はまだ人型をしているから良いものの、異形のものが紛れ込み万が一にでも見つかれば大騒ぎどころではなくなる。

 誰一人として、言葉にはできない異質さを身に纏っている莎夜を見付けられる者はいなかった。莎夜も当然のものとしてふらつきながら、蒐の気配を探す。

「────?」

 不意に引かれる、スカートの裾。

 何かに引っかかったのかな、と振り返れば、不思議そうにこちらを見上げる大きな瞳と目があった。

 黒く、丸い、可愛らしい瞳。少し潤んでいるようにも見えるが、しっかりと莎夜という存在を認識して真っ直ぐに純粋さを宿している。

「おねえちゃん、びょーき?だいじょうぶ?」

 身長は、莎夜の半分くらい。あどけない顔に心配と疑問符を浮かべ、幼さの残る高い声が訊ねてきた。

 莎夜は一瞬だけ驚きを浮かべた後に目線を合わせてしゃがみ込み、薄く微笑み返す。

「大丈夫。ありがとう」

 存在感を消している、とは言っても存在そのものを消しているわけではない。勘の鋭い者や、子供のように好奇心旺盛で周囲に気が逸れがちなタイプは莎夜のような異物を発見しやすい傾向にある。

 よく響く児童の声に周囲の人々も莎夜の存在に気付く。それも、突然隕石がそこに落ちてきたような、もしくは爆発でも起こったような、大きな驚きと微かな恐怖を滲ませた感情を一様に伴っていた。

 動揺が広がる周囲を無視し、莎夜は会話を続ける。

「あなたは……ひとり?」

「ううん、ユウといっしょだったけど、どこかにいっちゃって…」

「ユウ?」

 コク、と子供らしい丸い頬を上下に揺らす。スカートの裾を離し、胸元に戻した手で握り直したのはリードが繋がった赤い首輪だった。

 おおかた、散歩に連れて行ったはいいものの、首輪が緩いせいで外れてしまったのだろう。いくつか並んだ通し穴のなかでも大きく広げられた穴が目に入る。

 そっか、と短く答えると、

「それじゃあ、一緒に探してあげる。私もね、ちょうど人を探してたの」

「そうなの?それならわたしもおねえさんのおてつだいするね」

「ありがとう」

 ようやく笑顔が戻った小さな少女に手を差し伸べて、行こう、と誘う。小さな手が伸びてきて二本の指を取り握り返してくる。

「おてて、つめたいね」

「……うん。……嫌?」

「ううん」

「そう、よかった」

 そうして莎夜が立ち上がると、まだ二人に注がれる視線を気にも止めず、優しく手を引きながら道を下りだした。

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