月明かりの下で

珱芭

文字の大きさ
15 / 18
Chapter 5

5-1

しおりを挟む


「……っ…」

 苦しそうな呻き声。

 辺りに広がっている静寂にすら負けてしまいそうなそれを、蒐は過敏に聞き取った。閉じていた瞳を虚ろに開くと煩わしさを舌打ちで表し、部屋の隅に横たわる少女のもとまでのそのそと歩いていく。

 ギッ、と床板が軋み消え入りそうな吐息を掻き消す。

 二人はもう使われていない廃屋同然の小屋にいた。三日前、重度の貧血で気を失った莎夜をここに運び込み、今に至る。あの日からまだ一度も意識を取り戻してはいない莎夜は、時折、先程のような苦しそうな声を漏らしその度に蒐は何故だか容態が気になり確認をしてしまう。

 心の底からムカつく少女だが──こうなったのには少なからず自分にも原因があるということは非常に不本意ながらも理解していた。それに、更に腹立たしい事実として、莎夜の命が尽きれば自らも死ぬ。それだけでも気に掛けなければいけない理由に充分に値するのだから放っておくわけにもいかない。

 もう何十回目となるその行為を、蒐はまた繰り返すように隣にしゃがみ込んだ。額に手をあてる。これも、もう何回とやってきたもの。

 まだ、氷のように冷たいままだ。

「……チッ」

 不愉快そうに己の手以上に冷たい温度を振り払うと座っていた位置には戻らず、戸口に向かう。

 ボロボロのノブを回すその瞳は金色がかっていた。


──酷い、喉の渇き。


 もう何年も感じていなかったほどの激しい渇きだったが、ここ数日で失った血の量を考えればそれほど不思議では無かった。莎夜が血を分け与えたことを考慮しても、体が限界を訴えていてもおかしくない。


「………ぁ…」


 これまでとはどこか違うはっきりとした声に、蒐は戸を開きかけた手を止める。

「……あか、ね……?」

 意識を取り戻したか、と、うわごとのように名を呼ぶ少女に静かに近寄る。同時にフラフラと無理やり体を起こした莎夜が見上げ、それを無表情に見下ろした赤い視線がぶつかった。

「血…?」

 その一言から莎夜の言いたいことを蒐は大体把握した。

 つまりは、血が欲しいなら莎夜が自らくれてやるということ。

 (クッソ面倒臭ぇ)

 これなら昨日のうちにさっさと獲物を探してくるんだった、と半ば八つ当たり気味の感情と悪態を飲み込みながら蒐は厳しい表情を作ると、

「テメェのは頼まれたって飲まねぇよ」

 冷たく言い放つ。

「心中でもしてぇのか?テメェの体調くらい分かってんだろうが」

 拒否されることを予め予想していたのか、莎夜は静かに目を伏せる。ふ、と溜息にも似た息を吐く。

「……うん、」

 そしてまたフラフラとよろけながら堅い床へ横になった。両脚を抱え、胎児のように丸く蹲る。すぐに聞こえてくる寝息。

 どうやら今の短い会話で回復したばかりのなけなしの体力を使い切ったようだ。

「…………」

その様子を冷ややかに眺めてから、フン、と鼻を鳴らすと蒐は再び戸を開け、小屋を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...