奇跡な男(ひと)

仁木 羽陽

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21.5 (間話)

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 朝の渋滞でのろのろとしか前に進めない状態に、男はウンザリとしていた。だから少し、退屈凌ぎという名の憂さ晴らしがしたかったのかもしれない。
 いや。前からその偽善者ぶった、自分とは決して相容れない助手席の男がただ気に食わなかったからか。

「それにしても意外でした」

「何がですか?」

「貴方とオーナーが、まさかこんなに気が合うなんてね。どこをどうとっても、水と油のような感じなのに」

 その生い立ちも、今いる立場も。まるで太陽と月、光と闇のように全く違う。

「貴方のような職業の人にしたら、オーナーのような男は胡散臭くて仕方がないでしょう? それに、お医者様なら何も男を相手にしなくても、十分モテるでしょうに」

「そうでもないですよ」

「はっ、またまたご謙遜を。世のモテない男にしたら嫌味ですよ、それ。本田先生は顔も悪くない、ワンナイトの相手ですら選り取り見取りでしょうに。なのになぜ、オーナーなんです?」

「……圭吾が、圭吾だから。ですね」

「つまりオーナーが好きだと? こんな知り合って半年ほどで?」

「期間はあまり関係なくはないですか? 彼は十分、私に対して誠意を見せてくれていますよ」

「そうですか? オーナーが裏でどんな仕事をしているか、まだろくに知りもしないでしょうに。この夜の世界業界はね、如何に相手を出し抜くか、どんな手を使っても儲けた者勝ちなんですよ。第一、男同士だ。不毛でしょうに」

「一人の人間を全て100%把握することは、誰にも不可能だと思いますよ。それとも貴方は、好きな相手には盗聴マイクやカメラをつけて、24時間常に監視しているとでも言うんですか?」

「……」

 ああ言えばこう言う。自分がいつもやっていることだからこそ、余計に不快に思った。

「どうもあなたは、人を Manipulation 操作  する傾向にあるようだ。不安や疑惑の種を蒔くのが上手い」

 横から眼鏡越しにじっと全てを見透かすように見られて、珍しく男は露骨に顔を顰めた。

 この聖人のような男が相手だと、どうも調子が狂う。いつもならじわじわと相手を追いつめて、その根底にある感情を揺さぶって弄ぶところなのに。どうにも自分のペースに持っていけなくて、まるで暖簾に腕押しをしている気分だった。

「さすがお医者さま。精神科医のような分析力ですね」
 
「そうですか? 確かに私は大学で心理学の学位も取りましたが、それがなくても結構あからさまでしたよ? 自分の方がちゃんと圭吾のことを分かっているって、one upマウント してましたよね?」

「事実なので」

 さらりと言ってやった。そうだ、自分の方が話題の人物との付き合いは長い。しかも彼の生い立ちから幼少期、学生時代やその折々の交友関係まで、調から知っている。

「私はこれまで彼の補佐として、一番近くで長く一緒に働いてきましたからね。オーナーのことはよく分かっていますよ。それこそ、彼の過去のトラウマとかもね」

「そうですか……でも私が本気で聞けば、圭吾は包み隠さずに教えてくれると思いますよ」

 私にはね。

 言外にそう言われて、男はようやく自分の思い違いに気が付いた。

 ずっとこの男は、良いところのボンボンだと思っていた。清く正しく、社会の負の部分なんて見たこともないと。
 だがどうだ、法廷では重箱の隅をつつくような話術が売りの自分が、どうにも攻めあぐねている。

「でも今の彼の心に支障がないのなら、掘り返す必要もありませんし。そんな些細なこと、のでわざわざ聞いたりしませんけどね」

 目の前のこの男は、決して世間知らずなんかじゃない。それどころか狡猾で、まるで羊の皮を被った狐のようだ。

「……けっこう、イイ性格していますね、貴方も」

「そうですか? 逢坂さんほどじゃないと思いますけど。ああ、それと。あなたは私たちが男同士ってことで、引け目を感じさせようとしているようなので言っておきますが」

「何です?」

「幸運なことに私は、健康に生まれてくることが出来た。何不自由なく育てられ、好きなことをして、今では周りからもそれなりに評価されている。でもね、それが当たり前とは思っていないです。人生はどう転ぶか分かりませんから。何より、たった一度きりしかないんですよ。いつ事故に遭うか、病気になるか誰にも分からない。凄く後悔して亡くなっていった人も、これまで何人も見てきました。だから私は、今、気になって共にいたいと思う人がいるなら、それが同性だからという理由だけで否定したりはしないです」

「……」

 彼が、私のことを好きだと言ってくれる限りは。

「こちらも真摯に、ちゃんと向き合いますよ」

 飄々と優等生の返事を返してくる聖人もどきにムカついて、男は小さく舌打ちを鳴らした。
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