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1 酒吞童子〈さけのみわっぱ〉とギョリノフ
しおりを挟む「何かぁ、思ってたのと違ったわ」
二人乗りの軽自動車、17年式コペンのハンドルを握りながら酒吞童子まやねは呟いた。
「なにがぁ?」助手席のヴィーシュニャ・ギョリノフが聞き返す。
「パロミデスが死んだらさ、このダーク・シーの厄災も終わって元の世界に戻ると思ってたんだよねェ」
「え、そうなん?」
「いや、違ったわ、ぜんぜん、全く」とまやねは笑った。
「え~、パロミデスって別にボスとかじゃないじゃん、何でそう思ったん?」ヴィーシュニャ・ギョリノフが不思議そうにしている。
「だってさ、この状況になってさ、真っ先にパロミデスが大暴れしてるのが報道されてたでしょおー?」
「そうだねぇ」
「だから、お、これはそう云うストーリーなのかぁ?と思ったワケよ」そう言って酒吞童子は苦笑いした。
酒吞童子まやねはクルクルと巻きグセのある微かに青みを帯びた白髪をショートボブにまとめた闇眠精の巨像使い。長い耳は顔から水平に横に伸び、大きな瞳はサファイアの色をしている。白いタンクトップの上にサスペンダーを片方外したベージュのサロペットを着ていて、左足だけ膝までロールアップしている。足にはモックトゥのスェードのワークブーツを履いていて褐色の素肌と能く似合っている。首には金のリングを通したネックレスと青い液体の入った魔法の小瓶を下げていて左手首には水色に白いストライプのタオル地のリストバンドをしていた。
「そもそもこれが現実って証拠ないやん、無いですやん」ヴィーシュニャの言葉に〈バカなのに時々にハッとする事言うんだよなぁ~〉と考えながら、まやねは車を走らせた。
片側が崖になった山道をしばらく走り
「ちょっと疲れたから休憩するぅ?」まやねが言ったその時
「え、何か変な音する」
とヴィーシュニャが顔を緊張させた。
《バキバキッバキッ》崖の下から枝をへし折る音が聞こえた後、二人の側のガードレールを大きな指が掴んだ。その指が持ち上げて現れた本体は、馬に似た顔付きをした毛むくじゃらの左目の無い大きな猿だった。
「うあ゙あ゙っ!何だおまえ!」ヴィーシュニャが叫ぶ。
「なぁーん!や、やるんかぁ!」
まやねが慌てて車を路肩に止め運転席から飛び出した。
「ゆ、一角の神獣出すか、とりあえずぅ」まやねの声に呼応して、背後の空間から頭部に1つ角を持った馬型のゴーレムが現れる。それは土の様な粘土の様な不思議な質感の物だった。大猿は体長2・5mほどもあり、一角の神獣よりも大きいが突然のゴーレムの出現に戸惑っている様子だ。
「お、や、やらんのか?」まやねが言った瞬間
「ギャアアアアアッ!」と大猿が雄叫びを上げた。
「いや、やるんか!もう、何なんコイツぅ」
まやねの合図でゴーレムは突進し大猿は角の刺突を躱しながら正面で受け止める。
「ヴィー、早く!」
ヴィーシュニャ・ギョリノフは濃いピンク色の髪をポニーテールに結いオーバーサイズの薄ピンクのTシャツを着て、デニム地のショートパンツに黄色いビーチサンダルを履いていて、肌の色は美しい乳白色。その姿のまま助手席に隠れて頭だけ出して成り行きを見守っていた。
「おまっ、いや確かに怖いのは分かる、分かるけれども!」
まやねの言葉にヴィーシュニャは渋々助手席から降り、戦闘用衣装を纏った。
黒とピンクを基調とした全身鎧は桶側胴を備えた当世具足で草摺がロングスカートの様に長い。兜は被っていないが角張った形式の面頬を付けていて、その左頬部と右の当世袖には大きな桜の文様が付いている。そしてその手には愛用の長巻「螺旋鳥」を構えていた。
一角の神獣と組み合ったまま大猿は左腕を高く上げ、拳を一角の神獣の背中に打ち付ける。《ドォンッ!ドォンッ!》とその度に地面が振動した。
「なぁーん、ダメかぁ一角の神獣ぉ、てか何か強いなぁ、こいつぅ」
4度目の打撃でゴーレムが砕け散り、大猿はヴィーシュニャの方を向いた。
「あんだお」ヴィーシュニャが逆に大猿を威圧し、大気が《ビリッ》と震える。
「あんだお、やんのかお」ヴィーシュニャの言葉に対し大猿は両手で地面を叩いて対抗した。《バカンッ!》とアスファルトが砕け、地面に拳の形の穴が開く。吹き飛んだ礫片の幾つかがまやねの顔に当たった。
「痛ぁ、ヴィーシュニャさん、挑発するの止めてもらっていいですかぁ?なに?急にやる気出すじゃん」
ヴィーシュニャは聞く耳持たず正面から大猿に突っ込んだ。
「螺旋鳥のチカラっ!」
ヴィーシュニャが長巻を振り被り上段から斬りかかる。大猿は振り下ろされる刀身に対して右の拳を合わせるように殴りかかった。《ギィンッ!》大きな音を立てて長巻と拳が弾ける。大猿の拳は鋼の強度を持っていた。
「硬っ」
一歩下がったヴィーシュニャ目掛けてすかさず猿の鉄拳が撃ち下ろされる。
「なめてんのかっ!てっ!」
ひらりとそれを躱すと大猿の拳がアスファルトを抉る。目の前の地面に突き刺さった毛むくじゃらの腕。ヴィーシュニャはそれを見逃さず瞬時に長巻を振り下ろす。《ズバンッ!》大きな音が響き、大猿の右腕は手首から切り落とされた。
「ギィヤアアアアア!」大猿が叫び、切断面から血が吹き出した。
「見てー、まやね、見てぇー」
まやねの方を振り返り自慢気なヴィーシュニャの後ろで大猿が大きく口を開いた。
「ん?」
ヴィーシュニャがそれを見た瞬間、猿の口から酸を含んだ吐瀉物が噴き出し彼女に襲い掛かる。《ジュゥウウウ》と音を立てて溶けたのはヴィーシュニャを庇って出現した人型ゴーレムの背中だった。
「ナイスぅ」ヴィーシュニャが親指を立ててまやねに言う。
「ナイスじゃないんだわ、そいつ特別進化だから、油断するのやめなー」
ゴーレムの体に隠れて相手から自分が見えていないと踏んだヴィーシュニャは、大猿の股の間を素早くすり抜け背後に回る。《ズザザザッ》と滑りながら急停止し、下段から一気に逆風の動きで大猿の股間を垂直に斬り上げた。股間から腰部までを螺旋鳥はバターでも切るかの様に容易に斬り裂き《ブシュッ!》と音を立てて血と内臓が飛び出す。ヴィーシュニャは返り血も気にせずそのまま大猿の臀部を踏み台にして背中に掴まり、背後から心臓目掛けて長巻を《ズブリ》と突き刺した。
「グェェ…マ、マサタカさん…マサ…タ…」まやねの顔を凝視しながら絞り出す様に呻いた大猿はそのまま前のめりにゆっくりと倒れ、その背中には長巻を突き刺して得意げな顔のヴィーシュニャが立っていた。彼女は長巻を引き抜き大猿の背中の上を肩まで歩くと《ヒュンッ》とそれを一閃し、魔獣の首を刎ねた。
「念には念を、歯には歯をやで」と意味の分からない事を言ってエヘヘと笑う。
「はぁ~、ビックリしたぁ、何だこいつぅ。マサタカさんって誰だよ、怖いなぁ~」まやねが言いながらゴーレムを消す。
「特別進化って知ってんの?」ヴィーシュニャの問い掛けに
「前に見た事あるわ、馬頭大猿が進化した奴だよぉ~、馬面鬼だったかな、違ったらごめんだけれども」そう言いながらまやねは馬面鬼の死体を見ている。
「あっ、何かあるなぁ」
「えっ、いいなー」ヴィーシュニャが言うが
「何かも分からないのに取り敢えず何でも欲しがるの、ちょっとぉ、止めてもらっていいですかぁ」とツッコまれる。
「いいじゃん!ヴィーも欲しいもん」
血まみれの小さなアイテムは大きさが10㎝程度の小さく素朴な人形だった。
「タンムーズの像だわ、特別進化が落とすんよね、これ」血を拭きながらまやねが言う。
「転職アイテム!要らねぇー」ヴィーシュニャが呻く。
「まあ誰かに売ったり出来るかも知れんしなぁ、取っとくかぁ、取り敢えずぅ」
「ヴィー、こいつの汚い血とか浴びたんだが?」
「あー、前に拾った綺麗になるアイテムありますよぉ、少々お待ちをぉ」そう言ってまやねがアイテムを探す。
「…ねえ、こいつの内臓から人の骨っぽいの出てない?」ヴィーシュニャが馬面鬼を見て言った。ヴィーシュニャが切断した股間からズルりとはみ出した内臓の中には、明らかに人間の物と思える骨の幾つかが混じっていた。
「あぁ~、気付いちゃったぁ?ヴィーは知らない方がいいと思って黙っていたんだが」
「ああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ!もう、シャワー浴びだいぃ!」ヴィーシュニャの叫び声が山中に木霊し、こうして、かつて徒の辺村を襲った魔獣は討伐された。
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