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4〈俺〉 豚鼻の白い猿たち
しおりを挟む世間では様々なゴシップやスキャンダル、事件事故が毎日起こり、俺があの世田谷の猿のニュースを忘れかけた10月25日、それは臨時ニュースとして突然報じられた。
「現在のアメリカ ウィスコンシン州 グリーンベイのライブ映像です」
TVには〈LIVE/GREEN BAY/11:25〉の文字が踊る。
豚に似た鼻を持った白い猿の様な生き物の群れが住人を襲撃する様子の空撮映像がどのチャンネルでも流れていた。人々は通りを逃げ惑い、幾人かの人は路面に引き倒され集団に撲殺されている。豚鼻の白い猿たちは、ある者は叫び、ある者達はまるで会話をしているようにも見えた。
「現地時間午前11時頃、最初の通報で駆け付けた警官が殺され、その後到着した応援の警官隊がこの生き物の群れと応戦している模様です」
「情報、非常に錯綜していますがこの白い生き物の群れに少なくとも住人六人、警官二名が犠牲になったとの情報があります」
「この生き物の群れは少なくとも300匹、或いは500匹に迫るとの情報もあります」
「なんだ、これは…」
俺は余りに現実離れした映像に絶句した。メッシュのチェアから立ち上がって思わずTVににじり寄る。
警官はパトカーの、或いはビルの陰から銃器に拠る反撃を試みているようだが、豚鼻の白い猿達の死体は映像では確認できない。ズームインされた映像では警官の一人がショットガンを持ち出す様子が映されていた。猿の一体が警官に向かって走って迫るのが見える。猿は走るとき前足も使って走るようだった。
警官は5mほど先に迫った一体に発砲し、猿は衝撃で転倒した。…ように思えた瞬間身体を反転させ跳躍し警官に飛びかかった。警官が再度発砲したショットガンの弾は猿の頭部に命中し、猿は昏倒して倒れた。次の瞬間警官は左右から複数の猿に覆い被さる様に襲われ、猿達の山の中に姿を消した。
数秒後にカメラが捉えたのは地面に残った引き摺った様な血痕だけで、あの警官は死体すらどうなったのか分からなかった。
豚鼻の白い猿達はイナゴの如き群体の力で警官や市民を飲み込み、蹂躙していた。ライブ映像のそれを見れば犠牲者は住人六人どころでは無いことは一目瞭然だ。
「只今入りました情報では既に州兵が出動している模様です」
「繰り返しお伝えします、現在アメリカ ウィスコンシン州グリーンベイで謎の生物群による襲撃が続いています」
「現在ヘリコプターによる中継が行われています」
俺はただ立ち尽くし、時間の流れるまま其の虐殺映像を眺めるだけだった。
「この猿には見覚えがある…」
そんな事をぼんやりと考えながら。
TVスタジオには軍事アナリストや生物学の専門家が呼ばれ、にわかに議論が交わされ始めた。
「これはやはり何らかのテロ行為と考えるべきでしょうか?」
半円形の長テーブルに四人の出演者が並んで座り、この局のベテランアナウンサー三上健二が髪をバーコード状にした軍事アナリスト松井真吾に問いかける。
「生物兵器である可能性は否定できませんが、この様な集団性を持った生物を造るには大きな軍事予算、研究予算が必要です、それこそ超大国レベルの軍事予算を何年も注ぎ込む必要があるでしょう」松井は机の上で盛んに両手の指を《ワシワシ》と動かしながら答える。
「はい」
「しかし今までにその様な研究が発表された事はありませんし、リークされた事もありません」
「一介のテロ組織に準備できるレベルの物では無いですよねえ」三上の右隣に座る社会派女性タレント、長野のぞみが口を挟む。
「それでは松井さんはこの生物を何とお考えになりますか?」三上は長野の言葉には触れず松井に話を振った。
「兵器や軍事的用途を目的として造られた物とするならば中国、もしくはロシア級の国家の物である可能性があります」松井は過去に経験した事の無い事態に戸惑いながら
「現在これがニューヨークやワシントンD・C、またペンタゴン等のアメリカ合衆国の政治的、軍事的に重要な地点では無く、これだけの物を使って襲撃するには意味の薄いグリーンベイと言う場所である事に注目する必要があるかも知れません」と何とか自分の見解を語る。
「と、おっしゃいますと?」
「これ等が何かしらの生物兵器であるならば、と仮定してですが、それは、アメリカ自身が開発したものであると云う可能性が否定できないかと考えます」
「アメリカが開発した物の可能性ですか?」三上が確認する。
「あくまでも可能性の話ですが、グリーンベイにこう言った物の開発施設があり、そこから脱走した物ではないかとも考えられると思います」
「なるほど、アメリカ合衆国が開発した生物兵器の漏出であるかも知れないと」長野が言う。
「つまり何らかの敵対勢力による軍事行動、戦争行為では無く バイオハザードである可能性が高いとお考えなのですね」三上が松井の言う事をまとめた。
「はい、現在はこれがウィスコンシン州グリーンベイで起こっていると言うことに注目する必要があると思いますね」
この人達は何を言っているのだろう…。
どう考えても、嫌、そんな馬鹿な事はあり得ない、あり得ないがあれはまさに……。
「砂田さんは映像をご覧になってこの生物を何だとお考えですか?」
アナウンサー三上は東京生物生態研究所主席研究員、砂田健吾に話を振った。
「何か、と問われますと 現在この生き物に該当する種でありますとか或いは科や属の様な物は報告されていない とお答えするしか無い訳ですが」
「一見して哺乳類的特徴を備えている とは言えると思います」
30代前半だろうか、髪をキッチリと分け 頬骨の目立つ面長で冷ややかな目をした砂田はフレームの細い眼鏡の奥の目をカメラに向けながら話す。
「まず肺呼吸をしていると考えられます、陸上で活動していて大きな鼻腔が確認できますからね」
「骨格は類人猿に似た形状をしているように見えますね、関節の可動方向も我々人類や猿と共通しています」
「不思議なのが体毛がほとんど映像からは確認できない点ですね」
「それと…映像を戻すことはできますか?」砂田が尋ねる。
「どのあたりでしょう?」三上がそう言いながらスタッフの様子を確認する。
「ずっとかなりの遠距離撮影ですが一瞬アップになったシーンがあったと思うのですが……ああ、ここです」
一時停止された画面の赤いL字テロップ〈LIVE〉の文字の少し上に其れは映っていた。
その瞬間を確認した三上が驚いた様に砂田の顔を見る。
「砂田さん…」
「ですよね、腰に衣類のような物を着用しています」
「松井さん何かご存知でしょうか」三上が話を振る。
「いや…これは…明らかに衣類ですね、知的生命体と言うこと……ですよね」
全員が押し黙り、映像だけが何度も何度もリピート再生されていた。
凍りつくようなスタジオの空気、俺はそれを見ながら
「この猿、いや、猿じゃなくてコイツは…」
と再び考えていた。
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