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2〈由依〉 DARK SEA
しおりを挟む「こんばんは~」
ユイが何時もの面子に挨拶をする。
ファンタジーゲームブック。
終業のチャイムと同時に自転車を飛ばして高校から帰宅した由依は真っ直ぐに自室に向かい、エナメルのスクールバッグをドアの脇に投げ捨てると直ぐに勉強机に向かう。彼女の部屋は几帳面に整理されているがベッドの上だけは洗濯機に入れるのが面倒で、衣類が山と積み重なっていた。
少し汗ばんだ制服の儘、勉強机の上の『ブック』と呼ばれる二つ折りの書籍型の機械を広げるとその上の空間に《フォン》と3Dホロ画面が浮かび上がり、幾つかの本の形をしたアイコンが回転を始める。黒い革の装丁に金の飾り文字で『Galactic Succession Wars 銀河継承戦争』と書かれた物、蓬色の布地装丁に『安土慶長兵革五十年記』と墨字の行書体で書かれた物等が並ぶ。実際のハードカバーの書籍の様に装丁された其れ等は持ち主に選ばれるのを待ちわびる様に回転していた。
由依がその中の一つ、灰黒色の革装丁に金文字でタイトルが描かれた一冊に触れ、手前に倒すとホログラフィの本が開かれ、《フアァァン》と云う効果音と共に美しいフラクトゥール書体の装飾文字が浮かび上がる。
『DARK SEA』
由依は二年ほど前からこのゲームブックのプレイヤーだ。プレイヤーは本の出演者と呼ばれ、本のストーリーに深く関わっていく。ブック上に3Dホロ映像で自分の操作するキャラクターや仲間、ストーリー上のキャラクター等が活き活きと表示される。現在は全18巻から構成されており、何処かを訪れたり何かをする度にその行動に則した地の文が自動生成、画面の最下部に都度表示され自分が物語の一部である事を強く感じる事ができる。
自分の分身である幾つかのキャラクターの中から今日は『ユイ』を選んでブックを開く。正確には『ユイ・Get lost、woodpecker』だが自分を含めて皆からはただ『ユイ』と呼ばれていた。
ユイは槍での戦闘を得意とする槍の騎兵レベル60。ロングのダークブラウンの髪を高めの位置でツインテールにまとめて兜等は被らず、白銀色の軽プレートアーマーを纏い、黒い革のショートパンツに膝下は白い編み上げロングブーツの上に鉄の膝当てを装備していて、背中には白地に金の美しいアラベスク彫刻が施され星の様に煌めく愛槍の『オービター』を背負っている。
ユイはブックの中での仲間達のたまり場、第八巻「琥珀色の秘密庭園」二章に登場する『ワイナ公爵戦勝記念広場』を訪れる。
「ユイ殿、おつです~」
広場の噴水前に居た仲間の一人、小春天ひじきが挨拶を返してきた。
小春天ひじきは身長は160㎝程度のガッシリした体格で黒髪を長髪に伸ばしセンター分けにしている。この世界では中央人と呼ばれる種族の男性だった。木綿地で藍色の浴衣の様な衣装を着ていて、噴水の縁に腰掛け、串に刺さった脂っぽい肉を頬張っている。
共に半年以上この世界を冒険する仲間だが互いの素性は知らない。あくまでこの架空世界の友人としてユイの所属するグループでは相手の現実を詮索する事は禁止されていた。
ユイはここ最近、この仲間内で女戦士として活躍している。
「ひじきさんだけ?」ユイが尋ねる。
「新之助さん離席です~」
「ネヒトさんは?」
「ネヒトさんは今日はいませんな~」
夜と言うにはまだ早いこの時間帯は普段なら、ぬったり新之助とネヒトナハトが居る事が多かった。
「それよりユイ殿、今日の新刊情報見ましたか!」
「殿」を付けないと女性に呼び掛けられないのはきっと現実で女性慣れしていないからだ、と仲間の一人、魔女のノルがユイに囁いた事があった。
「そういうものかね」
まだ16歳のユイにはそういう事はよく分からなかったが、一応納得しておいた。
北米産のこのゲームブックはプログラムを『リベレーション』と云う人工知能が管理総括する。人間に管理された従来型のゲームと違い、リベレーションは24時間リアルタイムで物語のアップデートを思考し作成し実行、新章、新たなページを追加する。三ヶ月に一巻ほどのペースで新刊、大規模世界追加がリリースされ、そこでは重厚なファンタジー世界が美しい文体で紡がれている。新章の追加は随時行われ、ゲームブックの中に居ながらリアルタイムで刻々と変化する世界を楽しめるのがダーク・シーの最大の特徴だった。
プレイヤーたる本の出演者が手に入れるアイテムも日々新しい物が提供され、昨日まで無かった魔法を今日見つける歓びがあり、敵性モンスターの倒し方も毎日工夫が必要なこのゲームブックは日本、北米、オーストラリア、東アジアの国々と多くのヨーロッパ諸国にファンを生み、現在の総プレイヤーは一億人に迫るとも云われていた。
「それって海外情報?」ユイが尋ねる。
「そうです、WEBのニュースサイトに出てましたぞ。日本はちょっと後らしいですが」
「何やら過去最大の高位魔術を含んだ内容になるらしいですぞ」小春天ひじきは興奮してまくし立てる。
「えぇ?魔術だったら魔術職のノルと新之助さんしか関係ないじゃん」近接戦闘系のユイはがっかりして答えた。
「こんばんは」仲間の一人、ネヒトナハトが声を掛けてくる。
ネヒトナハトは大きな弓を背負った古高人の物腰の柔らかい女性だが、中身は男性でそれを隠そうとはしていない。
「ネヒトさんこんばんは~」ユイが挨拶を返す。
「こんばんはですぞ」
「噂の19巻の話ですか?」ネヒトナハトが会話に加わってくる。
「そうそう、何かすごい魔術が実装されるって今ひじきさんと話してたトコ。魔術系のノルはいいよね~」
ユイはグループの仲間の内でノルの事だけを呼び捨てにしていた。
「いや、その魔術だか魔法だかって何か全職に関係するらしいですよ」ネヒトが答える。
「戦闘系でも?どういう事?」
「個人にかけたりする魔術じゃなくてダーク・シー全体に影響する巨大な高位魔術が実装されるらしいですよ」ネヒトは、あくまでWEB情報ですが、と前置きして話す。
「今までで新刊のレベルを遥かに超越したエキサイティングな体験を提供、とか」
みんな詳しいな、と由依は思った。其れだけ楽しみにしているのだろう。
「ふむ、まだ何もかも秘密のヴェールに隠されておりますですなぁ」
小春天ひじきは楽しみで待ち切れない、といった面持ちで肉串を頬張った。
「どうなるんだろうね」ユイは早くノルとこの話がしたいな、と考えながら返事をした。
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