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23〈ギーギ・フーブ〉とノーノ
しおりを挟む〈ああ、全く何て凶暴なんだ〉
ギーギ・フーブは閉じた目の奥で自分を刺した人間が立ち去るのを待ちながら考えていた。
機械精の仲間の多くが人間に殺されていた。機械に溢れたこの世界は自分たちの前に突如訪れた天国かと思われたが、其処に住む人間達の凶暴性と言ったら元いた世界の比では無かった。
ギーギ・フーブの元いた世界では、村のあちこちに隠れている自分たちを探して殺して回る人間も時々はいたが、そう云う人間はある程度の数の機械精の耳を集めると満足して帰って行った。次にそいつを見かけても大抵は自分たちにもう目もくれないし、村人達は自分たちを攻撃したりしなかった。
然しここでは村人でも殺意に満ちていて執拗に追いかけて来る。
✣ ✣ ✣
この世界に来たあの日以来、ギーギは街の路地裏や車の下に隠れて生きていた。路地裏ではネズミや茶色い虫をよく捕まえる事ができたから飢えることは無かったが人間に見つからないように生きるのは大きな緊張を強いられるものだった。
ギーギはそんなある日一匹の猫に出会った。
痩せたトラ縞模様のオス猫で尻尾が半分ほどしか無いそいつに気まぐれでネズミの半分をやって以来行動を共にするようになっていた。
「ノーノ」
ギーギ・フーブは猫に名前を付け、時には一緒にネズミを狩り、夜は一緒に眠った。自分に近い大きさのノーノのお腹は今までギーギが体験したことの無いふかふかの寝床で、ノーノにもたれて眠る事はとても気分のいい事だったしノーノから時々飛び出すノミをつまんで食べるのも気に入っていた。
デッかいネズミがいた。
今までも時々見かけていたが、其れは只のネズミじゃなかった。威風堂々としていてこの辺りを縄張りとするネズミの王の風格があった。体長は30㎝近くあり、肌色の尻尾は異様に長く、たっぷりと太った体を硬く灰色に鈍く光る体毛が覆い、その前歯は分厚く茶ばみ、右目は何かの病気でなのか白く濁っていた。尻尾の一撃でも大きなダメージを貰いそうなそいつをギーギは狙っていた。そいつをギーギは《片目脂》と名付けた。
「あいつはきっと食べごたえがあるよなあ、ノーノ」
「ニャゥ」
居酒屋「盛初梅」の裏口には残飯を入れるポリバケツが置いてあり、其れはギーギ・フーブとノーノの貴重な食料調達の場所となっていた。ネズミは自分でバケツを開けられない為、そのバケツはギーギ達にとっては独占できるお宝だった。ネズミ達は鶏の唐揚げを特に好む事を残飯を利用した観察でギーギは気付いていた。
「こいつでカタメアブラを釣るぞ」
その日ギーギは残飯の唐揚げをポリバケツの蓋に置いて自分はバケツの中に隠れた。ジッと息を潜めて臭い(ギーギは臭いとは感じていないが)残飯の中で待った。ノーノも近くで隠れている筈だ。今やお互い何となくの本能的な意思疎通ができている。
そうして数十分を待った頃、二匹のネズミが蓋の上に乗ったのが分かった。トタトタトタッと足音がバケツの中のギーギの耳に届く。警戒して直ぐには唐揚げに近づかない。ギーギには蓋の裏から足の影だけが何となく透けて見えた。
「キーッ、キッ」「キッ、キッ」二匹の鳴き声が聞こえる。バケツの蓋を二周ほど走って安全を確かめると二匹のネズミは思わぬご馳走にはしゃいで喜んでいる。一匹が唐揚げに手を伸ばし、掴もうとした瞬間、《パシンッ!》と鞭で地面を叩いたような乾いた音が狭い路地裏に響いた。それはバケツの中のギーギにも聞こえる程の強い音だった。
ビクッと動きを止めた二匹のネズミの目に路地の影から《ヒュンッヒュンッ》と空中を舞い、風を切る肌色の鞭の姿が映った。《パシンッ!》威圧するように再度その鞭が地面を打つ。
物陰からのそりと、其の鞭の様な尻尾の持ち主であるカタメアブラが現れた。
「キッキッ」二匹のネズミは慌ててバケツから飛び降り、逃げ去っていく。ギーギがバケツの側面に空けた小さな孔から覗くと僅かにカタメアブラの尻尾が《ヒュンッ》と風を切るのが見えた。
周囲を威圧する様に《パシンッ!パシンッ!》と太い尻尾が地面を叩く。カタメアブラは盛んに地面の匂いを嗅ぎながらゆっくりとポリバケツに近付いてきた。残飯に塗れたギーギ・フーブの体臭は気付かれない筈だ。其の巨躯に似合わない素早さでカタメアブラが《タタン》とバケツを駆け上がる。
〈ギッ、さあ、来い…〉ギーギ・フーブはバケツの蓋に手の平を当て、じっと息を潜めて其のの時を待つ。《パンッ!》カタメアブラは尻尾でポリバケツの蓋を叩く。其の振動だけでギーギの手の平が《ビリッ》と痺れた。
《クンクン、クンクン》匂いを嗅ぎながら巨ネズミが蓋の上の唐揚げに近付くのが分かる。長い時間を掛けて、やっとカタメアブラは唐揚げを両手で掴み、齧り付いた。
《バァアン!》其の瞬間、蓋を跳ね上げてギーギが飛び出す。不意を突かれたカタメアブラは空中に無防備に投げ出される。そして物陰から飛び出したノーノが空中のカタメアブラに飛び掛かった。
「ウニャァ!」ノーノの爪がカタメアブラの柔らかい腹を捕らえる、かと思われたが巨ネズミは逆に猫の様な挙動で空中で身体を捻り、爪を躱す。それどころか空中で爪を空振りしたノーノの顔面目掛けて尻尾を振るい、《バチンッ!》と音を立ててトラ猫の目に命中させた。
バケツの中からスローモーションの様に一部始終を見ていたギーギは
「ギ、ギッ、なんてヤツだ…」と唖然とした。
「ギャゥ」一時的に視力を奪われたノーノが《ドン》と地面に叩き付けられる。ギーギは慌ててバケツから飛び出しノーノに駆け寄った。トラ猫の身体にはダメージは無さそうだが未だ目の辺りを気にして痛そうにしている。
《バチィンッ!》一際大きな音を立ててカタメアブラが地面を叩き、茶色い前歯を剥いて威嚇する様に「ギャァァア!」と鳴いた。
「水球ッ」ギーギが魔法を放つ。然し魔法など見た事も無い筈の巨ネズミは事も無げに其れを躱し、カタメアブラの背後の壁で水球は破裂した。余りの戦闘力の高さに機械精は呆気に取られて立ち尽くした。
「ギッ、わ、わかった、悪かった」
ギーギは慌てて散乱する唐揚げをかき集めてカタメアブラの足元に転がす。
「ギギ、こ、これで手打ちにしよう、ギッ」
足元に転がって来た唐揚げの匂いを暫く嗅いだカタメアブラは《フン》と鼻を鳴らして其れを咥え、まるで〈俺に逆らうんじゃねぇぞ〉と言わんばかりの態度で二本足で立ち上がり、地面に這いつくばるギーギとノーノを見下ろした。そしてその刹那、
「ギギッ、かかったな、爆ぜ球ッ」ギーギが拳を握るとカタメアブラの口元の唐揚げが爆発し、顎から胸元までを抉り取り、肉の焦げた匂いが《シュウ》と漂い、巨ネズミは其のまま、前のめりに卒倒して死んだ。
「ギッ、やったな、ノーノ」
「ニャオーゥ」猫が嬉しそうに鳴いた。
✣ ✣ ✣
刺された傷を癒やすのにはかなりの時間が必要だった。やっと傷が塞がったのを確認してギーギはノーノの側に走った。
「ノーノ…」
路上に内臓を曝してノーノは死んでいた。
猫の瞳は光を失い、最早何も映らなかった。
「ごめんなあ、ノーノ、ごめんなぁ」
機械精が涙を流せたならギーギは泣いていただろう。しかし涙管を持たないギーギには涙は流せなかった。顔をくしゃくしゃにしてノーノの背中を何度もさすり続けるしかなかった。右の拳を強く握り、アスファルトにゴリゴリッと擦り付けたギーギは
「あいつ、ぶっ殺してやるからなぁ」
と強い口調でノーノの死体に誓った。
其れはギーギが初めて自分より強い存在と戦う事を決意した瞬間だった。
ペタリ、ペタリ、
アスファルトに足音を立てて一匹の機械精が肥田の跡を追って行った。
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