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15〈ノル〉高位魔女ノル
しおりを挟むとにかく私が考えなくてはいけない事はこうだ。
私は魔女の力を手にしている。しかもこの世界にダーク・シーから魔物や魔獣が溢れ出てきている。そして私はダーク・シーの中ではかなりの本の出演者と言える。並の魔物には負けることは無い。
つまり私は私の大切な人達を助けなくてはいけない、それも、今すぐに。
魔女のノルはそう決意した。
何より娘の由依と妻の有希を守らなくてはいけない、二人が居る長野に帰らなくては。
でもこの姿で二人はどんな反応をするだろう…?こんな姿…元の姿はどうだったのか、何だか考えると頭が混乱する。自分が元々どうであったのか思い出せない。そうだ、真央君、真央君も守らなくては。彼女の家は確か代田だ。長野に向かう前に寄る事ができる。
そう考えたノルは駅に向かう事にした。瞬間移動魔法次元転移は一回の詠唱で最大50m近くまで移動でき、再詠唱可能に要する時間がごく僅かであり、ノルはある理由から魔法力消費が極端に少ないと云う特徴を持つためこの魔法を《ビュオンッ、ビュオンッ》と連発して駅までの道を急ぐ。
通勤で使い慣れた道を移動しながらスマートフォンでニュースサイトを見るがどこも混乱した様子で一部はサイトエラーで表示されない。娘の由依に通話を試みるがそもそも電話自体が繋がらない。
〈一体どうなってるんだよぉ〉
焦燥だけがノルの頭を支配する。最寄り駅の池尻大橋駅まであと少し、道の両側に東山児童公園と貝塚公園がある近くまで来ると《バゴッォォォォオオン!》と云う轟音が空に響いた。咄嗟に立ち止まったノルの眼の前に焼け焦げた生物が転がってくる。人間では無い、怪物だ。
「アコード!盾を拾って!」
児童公園の中では深緑の軍隊様の制服に徽章付きのベレー帽を被った女性が30㎝程の杖を構えて側の人物に叫んでいた。アコードと呼ばれた人物は同じ様な深緑色の制服に片手に剣を持ち、二人は公園中央の大きなすべり台の頂上に背中合わせに立っている。そしてその周囲を無数の山羊猿が埋め尽くしていた。
山羊猿は体長およそ1・5m、山羊に似た頭部にチンパンジーの様な身体を持った怪物で藪刈刀を好み非常に残忍な性格で知られる。ダーク・シーでは六巻~10巻までに登場する中程度以下の怪物だが群れを形成し、集団で襲って来る点に注意が必要だ。主に荒れた岩場のような土地に生息し、岩陰を棲家としている。確実に獲物を捕らえるため武器には麻痺毒が塗ってあり、麻痺した相手を生きたまま食べる習性がある。また獲物の目玉が彼等にとって一番のご馳走であり、群れのボスが最初に目玉をくり抜いて食べる。
「無理だよぉ、アイツらの中に落ちちゃったよぉ」アコードと呼ばれた戦士が泣きそうな声を出した。
「アタシの魔法力ももう後ちょっとよ!どうすんのよ!」杖を持った方が叫ぶ。
二人の声にノルが気付く。すべり台の頂上には同じ制服の若い二人、年は17歳頃だろうか?あのユニフォームはかつてダーク・シーでカップルで着るのが流行った物だ。ノルは由依に「一緒に着る?」と聞いたが「は?キモ」と言われてとても傷付いたので能く覚えていた。道路に立つノルから二人の居るすべり台の間には無数の山羊猿が埋め尽くしている。
〈攻撃魔法も使える筈だよね、頼むよ!〉祈る気持ちでダーク・シーの呪文を詠唱する。
「水圧球!」
ノルの杖の先が一瞬煌めき、腕に強い反動を感じる。放たれた高圧の水球は一番近くの山羊猿の頭部を《ボグンっ》と吹き飛ばした。怪物の頭部は水と肉と血が混じり合って他の山羊猿に降り掛かり、怪物達はノルの存在に気付き
「ビメメメェェェエエエッ!」と敵意を顕にする。ノルは空かさず次弾、また次弾と次々に水圧球を放ち、怪物達を打ち倒して行く。山羊猿達は怯むこと無く藪刈刀を振り上げノルに襲い掛かるが全て正確に頭部を撃ち抜かれ、公園の土は怪物の肉と血と脳でぐちゃぐちゃに汚れた。20体、30体、次々と襲い来る怪物を屠りながら突き進む。ゲームブック中では感じなかった怪物達の肉と内臓が放つ、咽かえるような鼻を突く悪臭。ノルの美しい金色のサンダルと爪先が血に塗れて赤黒く染まる。40体を超える怪物を殺し、すべり台の下まで辿り着いたノルが其処で目にしたのは頂上で山羊猿に《ビチャ、ゴリッ》と貪り食われる二人の姿だった。
アコードの顔面を貪るひときわ大きな体躯を持った山羊猿がノルに気付くと、血塗れの唇を醜くめくり上げて
「ヒッ、ヒッ」と挑発的に笑う。その口元にはアコードの眼球が《プラン》とぶら下がっていた。そして次の瞬間、其の笑顔ごと山羊猿の頭部は吹き飛ばされた。
全ての山羊猿を殺し尽くしたノルが血でヌルヌルと滑るすべり台のハシゴを登り、怪物の死体の山の中から二人の身体を引き摺り出すとアコードは既に息絶え、杖を持った女性も最早虫の息だった。魔女には幾ばくかの回復魔術があるがとても其れでは治せる傷ではない。
「あ、あなた…は?」ノルの腕の中で女性が呟く。
「私は、ゆg、ゆ、ゆ?…ノル、キャストだよ」名前を聞かれて一瞬頭が混乱する。
「喋らないで、今回復を掛けるから」ノルが言うが其れを遮る様に
「魔術師…いや杖から云って魔女か…もう無理なんでしょ…」と彼女は言った。
「アコードは……?」女性の問いにノルは頭を振るしか出来ない。
「そっか…あの、あのね、ダーク・シーと違ってすごく痛いよ」女性はボロボロと涙を流しながら嗚咽する。彼女の左腿から下は切断され、脇腹には藪刈刀が突き刺さっていた。
「ごめん、ごめんね、助けてあげられなかったね」
ノルも大粒の涙を落とし女性の顔を濡らした。
息絶えた女性とアコードの死体をすべり台の下に運び、ノルは魔法で土を掛ける。
「この娘の名前すら…」
ノルは涙でぐちゃぐちゃの両頬を《パシンっ》と手で叩き〈しっかりしろ、由依がこうなる前に助けるんだ〉と公園を後にした。
「次元転移ッ」
瞬間移動を繰り返した道路の先にやがて大きな高架が見える、その丁字路のすぐ右側が何時も使っている池尻大橋駅東口の地下への入口だ。毎日毎日、幾度と無く使った仕事の象徴の様な場所。渋谷まで行って乗り換えれば樫井真央の最寄りの新代田駅に行ける。だが今、其処に辿り着いたノルは茫然と立ち尽くしていた。ノルの目の前に有るのは見慣れた駅入口の姿では無く、炎を噴き出す穴だった。駅に続く地下へ向かう階段の四角い穴から《ゴォオオオォ》と音を立てて炎が絶え間なく噴き出す。誰かが忘れていったビニル傘が熱で溶け、《ツン》とした薬品臭がノルの鼻を突き、熱波が彼女の剥き出しの腕を刺した。中がどんな地獄になっているのか、最早鉄道が機能していないのは明らかだった。
「真央君」
自分の足で行くしか無い、先ずは近くの樫井真央を助けに行こう。
ノルは真央の家目指して駆け出した。
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