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14〈鈴花〉悪魔
しおりを挟む〈英俊遅いな〉
「駅に着いたよ」と英俊からメッセージが来て、もう40分になる。食事を温め直すタイミングの為に毎回駅に着いた時点でメッセージをくれるのだ。駅から家までは15分、駅のコンビニに寄っても25分もあればいつも帰ってきている。
「どうしたんだろ」
妙な胸騒ぎがする。
何となくキッチンの窓から通りを見た鈴花は驚く物を目にした。見慣れた怪物…小悪鬼が三匹、千切られた人間の腕を振り回しながら街灯に照らされて堂々と闊歩しているのだ。歩きながら腕を齧り、まるで夏祭りの日に買った綿あめのように其れを愉しんでいる。鈴花は思わず口元を抑え、嘔吐しそうになるのを堪えた。そして其の瞬間感じた異様な手触りに、自分がヘルムを被り金属の籠手をしている事に気付く。
「えっ、えっ?」
顔をまさぐるがその手は素顔に触れず、フルヘルムの表面を撫でるだけだ。動くと《チャラ、チャラ》と金属が軽く触れ合う音がする。腰の後ろに何かが装備されていることを感じる。
自分の手を見る。
この籠手は見覚えのある籠手、ダーク・シー第七巻「花衣の宰相」の六章で蛇の騎士と魔剣士が獲得できる装備だ。これを獲得できた日は嬉しくて何度も自分の手を眺めていた。これはダーク・シーの装備品なのだ。現実にある筈がない。
鏡を見るのが怖い。
鏡を見るのが怖い。
悪魔の顔になりたくない。
其の時窓の外の小悪鬼が急にこちらを見た。
三匹が揃って顔を向け、明らかに鈴花を凝視している。
「積極的敵性生物」
鈴花の脳裏にその言葉が浮かぶ。
「ダメダメダメダメ」
ダメだダメだダメだ!子供たちは絶対に護る。
鈴花は弾かれたようにドアから飛び出して小悪鬼の前に立ちはだかった。
三匹の小悪鬼は少し戸惑ったように鈴花を見ている。通常小悪鬼はレベル差に関係無く襲ってくる怪物だが本の出演者の道徳の羅針盤の値が低い場合はその場に立ち止まり、こちらを注視・警戒するに留まる。鈴花の魔剣士は道徳の羅針盤が極めて低い為、小悪鬼の平均であるレベル15を10以上上回れば向こうから襲ってくる事はない。
つまりレベル36の鈴花は襲われる心配が無いのだ。そのことに気付いて鈴花は一瞬ほっとしたが次の瞬間
「でも子供たちは?」と考えた。
ドア一つ隔てた家の中にはかわいい息子二人が寝息を立てている。考えている余裕は無い。考えるまでも無い。今ここで子供の敵を倒す!
「グランダアルボ!」
右手に剣が収まる。
「クラーゴン!」
左手に剣が収まる。
抜刀した事で小悪鬼は歯を剥き出し、敵意を向けてくる。一匹は食いかけの人間の腕をそこに捨て粗末な剣を腰から抜いた。
「地獄雷」
鈴花の肘のあたりから発生した雷が《バリバリバリ》と音を立て、腕を伝って両手の剣に流れる。一飛びに5mの距離を詰めた鈴花の剣閃が横撫でに中央の怪物の胴体を切り裂き、雷の属性を帯びた剣が落雷の轟音と共に一瞬で小悪鬼の残り二匹を焼き殺した。
(そして鈴花は力の代償に自分の名前を忘れた)
「英俊」
そうだ、夫は?
鈴花は自分の外見の事も忘れて駅への道を走り出す。最寄り駅までは裏道からほぼ一本道。
英俊がそれ以外の道を使うことはほとんど無い筈。途中二匹の小悪鬼に出会ったが向こうが気付くより早く鈴花の剣は胴と脚をバラバラに切り裂いていた。
「早く早く」
鈴花は短距離高速移動スキル『山羊の健脚』を《ズバッ!ズバッ!》と連発して駆けていく。
(そして鈴花は力の代償に夫の名前を忘れた)
駅が近い。
京王線の高架駅である八幡山駅、南側はやや寂しい雰囲気でこの時間になると人通りはまばらだ。鈴花は何故か駅から走って来る人々の間を高速ですり抜けて、悲鳴の聞こえる改札の前にたどり着いた。
改札のこちら側、高架下の商業施設、京王リトナードに小巨人が一体、ウロウロと歩き回っている。改札の向こうには人が数人へたり込んでいるのが見える。自動改札機の位置を知らせる《ピーン・ポーン》と云う繰り返すチャイムだけが、日常の音を奏でていた。
『小巨人』とはおかしな名前だが実際彼らは2・5mほどしかなく、巨人の中ではかなり小さい。永く地下洞窟に住む内に小型化した巨人族の一つと考えられ 地上で出会う事はほぼ無い。大抵は粗末な革服(鎧ですら無い)を纏い先に大きな石をくくりつけた丸太を武器にしている。巨人族は全て生来威圧スキルを備えており、巨人より大幅にレベルの低い者が対峙すれば腰が砕けて立つことも出来なくなる。この事が彼らの狩りを容易にし、武器防具の発展を妨げているとも言える。改札の向こうの人間が逃げ出せないのは威圧スキルの所為だろう。小巨人は非積極的敵性生物であり、如何にレベル差があっても襲ってくる事は無い||空腹時を除いては。改札を越えようとしないのはその為だ。
「ぎゃあああああああああ!」
「うわ、うわっ、うわっ!」
鈴花の姿に気付いたピンクのシャツの刈り上げ頭の男が彼女を指差し叫ぶ。
「あ、悪魔、悪魔だ!」
そう、鈴花の方が余程異様だった。フルヘルムで顔を隠してはいるがその隙間からは山羊の目が爛々と輝き、鎧のあちこちから地獄の炎が漏れ出で、黒い煙へと変化している。両手に肉厚の剣を携え、刀身からはまだ小悪鬼のドス黒い血が滴っている。叫ぶ人々の中に夫の姿があった。叫んではいないが恐怖の余り涙を流している。
「 !」喉が詰まる。
名前を呼びたいが何故か名前が思い出せない。確かにあそこに夫が居るのに、その男は自分の事を『死』でも見るように見つめ、泣いている。
「 !」
どうして??どうして彼の名前が思い出せないのだろう?目の前をうろつく巨人が忌々しい。所在なくウロウロウロウロと何がしたいんだ。それにコイツを放っておけば空腹になった時に人を襲うだろう。
「悪魔の憤怒!」
鈴花のヘルムの顎部が《ガシャン!》と音を立てて開き、醜くただれた口が露出する。鈴花はその口を大きく開けると喉奥からとてつもない勢いで豪炎を噴き出した。抵抗する間も無く小巨人は焼き尽くされ、焦げた肉の匂いが《モゥワ》とその場に充満する。
(そして鈴花は力の代償に夫の存在を忘れた)
《パチパチ》と音を立てる大きな炭の塊を見つめながら鈴花は考えていた。
「私は何故ここに居るのだろう」
なぜ八幡山駅の改札に?何故この小巨人を屠ったの?分からない。分からないけど、何だろう、胸が苦しくなる。大切な者を守らなくては!子供たち!どうしてあの子達を家に残してここに来たの?一刻も早く戻らないと!
踵を返し、鈴花は駅の南口から飛び出す。
「山羊の跳躍!」
《ビュゥウウッ》家々の屋根を軽く飛び越え鈴花は自宅へと急いだ。
(そして鈴花は力の代償に息子たちの名前を忘れた)
高く跳躍する鈴花の耳に小さな町のところどころから叫び声が聞こえる。四方八方からと言うわけでは無いが、尋常でない事が点々と起こっている事は明らかだ。もう鈴花には分かっていた。ダーク・シーが溢れたんだ。なぜとか理屈とかは分からないけど、それは間違いない。
子供たち!ダーク・シーの世界では決して高レベルとは言えない私であの子達を守りきれるだろうか?いや、守るしか無いんだ。弱気になるな!
《ガシャン!》と鎧が音を立てて自宅の庭に着地し、長く伸びたハイノキの枝を手で払うと子供たち二人が庭に面した掃き出し窓から外を伺っているのが見えた。小悪鬼を屠った時の落雷の音で起こしてしまったのかも知れない。ゆっくり窓に近づくと子供が自分に気付き、その異形に恐怖するのが分かった。
「大丈夫よ、怖がらないで」
「な、何?誰?」
誰…。
誰…?
私の名前は…。
「聖剣ゴムボーイよ」
兄の背中に隠れていた弟が笑っているのがわかる、とてもかわいい子だ。
「聖剣ゴムボーイって、ママもよくお庭で言ってる」
「そう」
この子達を守らなくては。
既に母親の外見を失って、どうやって接していけば良いのだろう。今の私の顔面はただれ、腐って蛆が這いずっている。そうだ、まずは怪物に襲われないように付与魔術を掛けよう。
魔剣士はその道徳の羅針盤の特性上、怪物に攻撃されにくく其の特性をバフとして付与する事もできる。
「悪魔に食べられないようにおまじないを掛けてあげるね」
「あなたが悪魔みたいなのに?」
「ふふふ、そうだね、悪魔の気配」
子供たち二人に道徳の羅針盤を下げる付与を与え、鈴花はニッコリと微笑んだ。フルヘルム越しで二人には見えてはいないが何故か温かい物を感じ、兄弟は笑った。
(そして鈴花は力の代償に自分に子供がいる事を忘れた)
「あなたは誰なの?」
「私は聖剣ゴムボーイよ、さっきも言ったじゃない」
「お庭で使ってるノコギリのお化けなの?」
「ふふふ、ノコギリのお化けか、そうかも」
「お母さんを知らない?家に居ないんだ」
「お母さんは………」
何だろう、とても愛おしく思えるのにこの兄弟が誰なのか分からない。
「お母さんは知らない、君たちの名前は?」
「大樹」
「勇気」
「そう、お母さんが帰ってくる前に私は行った方がいいかな」
この兄弟を何者にも代えがたいほど愛おしく感じているが、この二人には母親が必要だとの強い思いがあった。そして鈴花は自分がその母親である事を既に忘れてしまっていた。
「また来る?」
大樹が尋ねる。
「そうだね、また来るかも」
影から見守ろう、この兄弟を。
山羊の跳躍で飛び去る鈴花||もはや聖剣ゴムボーイとなった者||の腰には
彼女自身が制作した二本の小剣が煌めいていた。
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