風の唄 森の声

坂井美月

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龍神の里に雪が降る②

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その後の恭介の事は、知っていた。
喜怒哀楽がはっきりしていた恭介は、あまり笑う事が無くなっていた。
いつも冷めた目をして、何かに乾いていた。
誰も求めず、誰にも求められず。
様々な動物の姿になり、恭介を見守っていたタツは心配になった。
このまま、孤独死してしまうのではないかと。
そんな時だった。
いつも通りに龍神神社の裏山で植物を見ていた恭介に
「ふ~た~ば教授♡」
と叫び、抱き着く少女が現れた。
「藤野君!」
怒った顔をしている恭介は、それでもその少女に憎からず多少の好感のようなモノは持っているようだった。
人間同士が幸せになるのなら、それが良い。
そう思って、それ以来、人間界には降り立たなくなっていた。
それがまさか、こんなことになるとは…。
空はそう考えて溜息を吐いた。
すると
「良いんですか?」
と呟く美咲の声がした。
驚いて声のした方へと視線を送ると、美咲が立っている。
「空さん、教授の事が好きなんですよね?このままで良いんですか?」
そう訊ねる美咲に、空が皮肉な笑顔を浮かべて
「美咲さんは…その方が良いんじゃないですか?」
と、思わず出てしまった言葉に口を押せる。
「ごめんなさい…。私…」
慌てる空に、美咲は笑顔を浮かべると
「何だ!空さん、やっぱり教授が好きなんじゃない。しかも、一応、美咲をライバルとして認めてくれてたんだ」
そう言って空の隣に座る。
「美咲さん…」
「いつも余裕な顔して、実はムカついてた」
美咲の言葉に、空が慌てて
「そんな!余裕なんて…」
と言うと
「嘘だよ、嘘ウソ!分かってたよ。何か事情があって、離れなくちゃいけないんでしょう?」
美咲の言葉に、空はなにも言えなくなる。
「私さ…クールな教授が好きだったから、今みたいな教授、好きじゃないんだよね。だって、カッコ悪いじゃない?」
そう言って笑う。
「男はクールが一番だよね」
そう続ける美咲の手に、空がそっと触れる。
「美咲さん、私は龍神です。あなたが嘘を言ってるのは、分かるんですよ」
空の言葉に、美咲の瞳から涙が溢れる。
「ずるいよ!こっちは、空さんの気持ちとか全然分からないのに…」
と言うと
「だったら、単刀直入に言わせて!もう、会えないんでしょう?最後なんでしょう?だったら、ちゃんと自分の気持ちを教授に伝えて!」
美咲の言葉に空が首を横に振る。
「何で?教授の気持ち、分かってるんだよね?だったらどうして?」
「消えるから…」
「え?」
「私はもう直ぐ、消えて無くなるんです。そんな私がどうして言えますか?」
「空さん…」
美咲は空の言葉に一瞬言葉を飲み込んだ。
そして空の手を両手で握り締め
「だったら尚更だよ」
そう言って微笑むと
「消えちゃうなら、ちゃんと伝えなくちゃ」
と言った。
「残された教授は、私達が支えるから。大丈夫だから。消えるなら尚更、最後くらい我が儘言いなよ。お願いだから…良い人で消えないでよ。少しくらい、私に空さんを憎ませてよ…」
震える声で、美咲が空の手を握り締めた手に額を当てた。
「美咲さん…」
空はそう呟くと、小さく震えて泣く美咲を見つめた。
幼い頃から、人間は醜い。
自分の事しか考えない害獣だと言われて育って来た。
でも、恭介も美咲も修治も、こんなに誰かを思って優しくなれる。
(まだまだ、人間は捨てたものではないですよ。お母様)
空はそう思いながら、ゆっくりと夜空を見上げた。
すると満点の星空に、一筋の流れ星が流れて消えていった。
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