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第33章
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森の中に作られた後方本陣は、明かりが最小限に抑えられていた。戦場の方向から敵に気づかれないようにするためだ。ごく僅かな松明の光が、天幕や兵士たちの姿を浮かび上がらせている。
俺は温修明と共に、中央の天幕で戦況を見守っていた。護衛として十名ほどの精鋭兵が周囲に配置されている。彼らは龍承業が選んだ、黒炎軍でも最も忠実な兵士たちだ。
「梁兄、戦いはどうなっていますか?」
温修明が小声で尋ねた。彼の表情には不安が浮かんでいる。
「計画通りに進んでいると思うよ。あとは夜襲部隊の成果を待つだけだ」
天幕の外では、兵士たちが低い声で話している。彼らもまた、前線の仲間たちの無事を祈っているのだろう。
すると、にわかに兵士たちの一部がざわめき始めた。
「……何だ? あそこに動きが」
護衛兵の一人が、森の北側を指差した。確かに、木々の間に人影が見えたような気がする。
「梁軍師、確認してきます」
三人の兵士が素早く動き、森の中に入っていった。彼らは剣を抜き、警戒しながら闇の中へと姿を消す。
「変ですね、ここに敵が来るとは思えないのですが……」
温修明がつぶやいた。俺も同感だった。ここは戦場から離れているし、黒炎軍の本陣があることは秘密のはずだ。
しかし、数分後、斜面から悲鳴が聞こえた。
「敵襲だ!」
残った護衛兵たちが動き出す。彼らは素早く陣形を整え、俺と温修明を中央に置いて守る体制をとった。
「何が起きている?」
俺は声を上げたが、もう答える者はいなかった。森の木々の間から黒い影が次々と現れる。松明の光に照らされた顔は、明らかに南辰国の兵士たちだった。
「どうしてこんなところに!?」
戸惑う間もなく、敵兵が一気に襲いかかってきた。護衛兵たちは剣を振るって応戦するが、敵の数は彼らを圧倒していた。暗闇の中、悲鳴と剣戟の音が入り混じる。
「梁兄、どうしましょう!」
温修明が俺の袖を掴んだ。彼の顔には恐怖が浮かんでいる。
「逃げるんだ!」
俺は彼の手を引いて、天幕の反対側へと動いた。しかし、そこにも敵兵の姿があった。完全に包囲されている。
「くそっ…!」
俺は咄嗟に地面から棒切れを拾い上げ、武器にした。戦闘力25のキャラクターがゲーム上でも難敵だった南辰国の精鋭兵と戦うなど無謀だと分かっているが、温修明を守るためには戦うしかない。
「来るな!」
俺は棒を振りかざし、近づいてきた敵兵に向かって突進した。予想外の行動に、敵兵は一瞬ひるんだ。俺はその隙に棒で敵の顔面を殴りつけた。
「うぐっ!」
敵兵が後ろに倒れる。だが次の瞬間、別の兵士が剣を振りかぶって襲いかかってきた。
「梁兄!」
温修明の叫び声とともに、俺は地面に倒れ込んだ。かろうじて剣を避けたが、膝を強く打ち付けてしまう。激痛が走ったが、すぐに立ち上がった。
周囲では護衛兵たちが次々と倒れていく。彼らは勇敢に戦ったが、数の差は歴然としていた。南辰国の兵士たちはまるで影のように素早く動き、暗闇を利用して不意打ちを仕掛けてくる。
「修明、俺の後ろに!」
俺は温修明を庇いながら、後退した。天幕の間を抜けて、兵士たちが来た反対の方角に向かう。森に逃げ込めば、暗闇に紛れて逃げ切れる可能性が出てくる。
だが、後退する間も敵兵たちは迫ってくる。一人が俺に飛びかかり、倒れ込んだ。身体が地面に叩きつけられ、息が詰まる。
「くっ……!」
俺は必死で敵を押しのけようとしたが、兵士の体重と力に押さえつけられる。兵士が短剣を抜き、俺の喉元に突きつけてきた。
その瞬間、温修明が敵兵に体当たりした。
「梁兄!」
温修明の体当たりに、敵兵のバランスが崩れる。俺はその隙に体を捻って逃れた。
「すまない……逃げるぞ、修明!」
俺たちは再び走り出した。だが温修明の行動で、敵の標的が彼に向いてしまった。
「修明、気をつけろ!」
警告する間もなく、敵兵の一人が温修明に追いついた。剣が振り下ろされる。
「やめろおっ!」
俺は反射的に飛びかかり、温修明を突き飛ばした。
その代わりに、冷たい金属が俺の腹部を貫いた。
「がっ……!」
鋭い痛みが全身を駆け巡る。視界が一瞬白く染まり、足の力が抜けた。俺はゆっくりと膝をつき、そして地面に倒れ込んだ。
「梁兄! 梁兄!」
温修明の叫び声が遠くに聞こえる。俺は自分の腹部に手を当てた。温かい液体が指の間から溢れ出している。
(あ、血だ……)
痛みよりも先に、不思議な感覚が広がる。体が冷たくなっていく。
「梁兄! しっかりして! 梁兄!」
温修明の声が徐々に遠ざかっていく。視界が暗くなり始めた。
(こんなところで……俺は、死ぬのか……?)
最後に浮かんだのは龍承業の顔だった。あの強い眼差し、そして時折見せる優しさ。せっかく彼が変わり始めたというのに、彼への気持ちを自覚したばかりだというのに……俺はもう、彼を助けることはできない。
(ごめん……龍承業……)
暗闇が俺を包み込み、意識が遠のいていった。
俺は温修明と共に、中央の天幕で戦況を見守っていた。護衛として十名ほどの精鋭兵が周囲に配置されている。彼らは龍承業が選んだ、黒炎軍でも最も忠実な兵士たちだ。
「梁兄、戦いはどうなっていますか?」
温修明が小声で尋ねた。彼の表情には不安が浮かんでいる。
「計画通りに進んでいると思うよ。あとは夜襲部隊の成果を待つだけだ」
天幕の外では、兵士たちが低い声で話している。彼らもまた、前線の仲間たちの無事を祈っているのだろう。
すると、にわかに兵士たちの一部がざわめき始めた。
「……何だ? あそこに動きが」
護衛兵の一人が、森の北側を指差した。確かに、木々の間に人影が見えたような気がする。
「梁軍師、確認してきます」
三人の兵士が素早く動き、森の中に入っていった。彼らは剣を抜き、警戒しながら闇の中へと姿を消す。
「変ですね、ここに敵が来るとは思えないのですが……」
温修明がつぶやいた。俺も同感だった。ここは戦場から離れているし、黒炎軍の本陣があることは秘密のはずだ。
しかし、数分後、斜面から悲鳴が聞こえた。
「敵襲だ!」
残った護衛兵たちが動き出す。彼らは素早く陣形を整え、俺と温修明を中央に置いて守る体制をとった。
「何が起きている?」
俺は声を上げたが、もう答える者はいなかった。森の木々の間から黒い影が次々と現れる。松明の光に照らされた顔は、明らかに南辰国の兵士たちだった。
「どうしてこんなところに!?」
戸惑う間もなく、敵兵が一気に襲いかかってきた。護衛兵たちは剣を振るって応戦するが、敵の数は彼らを圧倒していた。暗闇の中、悲鳴と剣戟の音が入り混じる。
「梁兄、どうしましょう!」
温修明が俺の袖を掴んだ。彼の顔には恐怖が浮かんでいる。
「逃げるんだ!」
俺は彼の手を引いて、天幕の反対側へと動いた。しかし、そこにも敵兵の姿があった。完全に包囲されている。
「くそっ…!」
俺は咄嗟に地面から棒切れを拾い上げ、武器にした。戦闘力25のキャラクターがゲーム上でも難敵だった南辰国の精鋭兵と戦うなど無謀だと分かっているが、温修明を守るためには戦うしかない。
「来るな!」
俺は棒を振りかざし、近づいてきた敵兵に向かって突進した。予想外の行動に、敵兵は一瞬ひるんだ。俺はその隙に棒で敵の顔面を殴りつけた。
「うぐっ!」
敵兵が後ろに倒れる。だが次の瞬間、別の兵士が剣を振りかぶって襲いかかってきた。
「梁兄!」
温修明の叫び声とともに、俺は地面に倒れ込んだ。かろうじて剣を避けたが、膝を強く打ち付けてしまう。激痛が走ったが、すぐに立ち上がった。
周囲では護衛兵たちが次々と倒れていく。彼らは勇敢に戦ったが、数の差は歴然としていた。南辰国の兵士たちはまるで影のように素早く動き、暗闇を利用して不意打ちを仕掛けてくる。
「修明、俺の後ろに!」
俺は温修明を庇いながら、後退した。天幕の間を抜けて、兵士たちが来た反対の方角に向かう。森に逃げ込めば、暗闇に紛れて逃げ切れる可能性が出てくる。
だが、後退する間も敵兵たちは迫ってくる。一人が俺に飛びかかり、倒れ込んだ。身体が地面に叩きつけられ、息が詰まる。
「くっ……!」
俺は必死で敵を押しのけようとしたが、兵士の体重と力に押さえつけられる。兵士が短剣を抜き、俺の喉元に突きつけてきた。
その瞬間、温修明が敵兵に体当たりした。
「梁兄!」
温修明の体当たりに、敵兵のバランスが崩れる。俺はその隙に体を捻って逃れた。
「すまない……逃げるぞ、修明!」
俺たちは再び走り出した。だが温修明の行動で、敵の標的が彼に向いてしまった。
「修明、気をつけろ!」
警告する間もなく、敵兵の一人が温修明に追いついた。剣が振り下ろされる。
「やめろおっ!」
俺は反射的に飛びかかり、温修明を突き飛ばした。
その代わりに、冷たい金属が俺の腹部を貫いた。
「がっ……!」
鋭い痛みが全身を駆け巡る。視界が一瞬白く染まり、足の力が抜けた。俺はゆっくりと膝をつき、そして地面に倒れ込んだ。
「梁兄! 梁兄!」
温修明の叫び声が遠くに聞こえる。俺は自分の腹部に手を当てた。温かい液体が指の間から溢れ出している。
(あ、血だ……)
痛みよりも先に、不思議な感覚が広がる。体が冷たくなっていく。
「梁兄! しっかりして! 梁兄!」
温修明の声が徐々に遠ざかっていく。視界が暗くなり始めた。
(こんなところで……俺は、死ぬのか……?)
最後に浮かんだのは龍承業の顔だった。あの強い眼差し、そして時折見せる優しさ。せっかく彼が変わり始めたというのに、彼への気持ちを自覚したばかりだというのに……俺はもう、彼を助けることはできない。
(ごめん……龍承業……)
暗闇が俺を包み込み、意識が遠のいていった。
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