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EP32 日常を取り戻せ

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 甲殻を内側から食い破るように、怪獣の喉元から鋼の巨人が這い出した。

 新鮮な外の空気を肺いっぱいに吸い込んだ夕星(ゆうせい)は、ありったけの怒声を張りあげる。

「ッ……ここからが第二ラウンドだ!」

 開幕のゴングは〈コンストラクト〉の絶叫か。機体背面の推進機(スラスター)を吹かせば、埋まったままの半身が自由になると同時に、喉元にこじ開けた大穴が広がってゆく。

 しかし、夕星が喜べるのも束の間であった。ただでさえ大きかった〈コンストラクト〉の体躯が明らかに以前よりも肥大化し、機械然とした装甲板に全身を庇護されているのだから。

 一時的とは言えど、〈エクステンド〉を吸収された影響か。

「ははっ……急成長の秘訣は毎日欠かさず鉄分を取ることってか」

 思わず苦笑が漏れるも、問題はそれだけじゃない。

 今の〈エクステンド〉は串刺しにされて穴だらけにされた状態なのだ。両手脚は欠損し、コックピットを納める頭頂部も半分が消し飛んでいる。

 加えて〈エクステンド〉が這い出したのは、〈コンストラクト〉の喉元。そこから何にも繋がれることなく自由になったというのなら、次に機体を絡め取ろうと重力たちが手を伸ばす。

 不可視の物理法則は、宙へと放り出された〈エクステンド〉を離さない。ここから叩き付けられてしまえば、今度こそ確実に死ねる。

「クソッ!」

 エゴシエーター能力で破損した両手脚を補おうにも、砂塵と化してしまった街の空中には、能力のコストとなる物質が存在しなかった。

 唯一能力の対象にできるのは、今着込んでいるパイロットスーツだが、これを元手に創り替えられる事のできるものも限られるものだって限られている。

「それでも、イチかバチか! やってやろうじゃ────」

 不意に機体のセンサーが、背後から迫る二つの反応に警告を鳴らす。

「今度は一体何だっていうんだよ⁉」

 一つは〈エクステンド〉に目掛け撃ち出された皓(しろ)い閃光。もう一つはARAs(エリアズ)本部の方角から飛んでくる、一振りの大太刀であった。

「なっ……⁉」

 麗華(れいか)と未那月(みなつき)だ。わざわざ言われずともわかる。「コレを使え」という事であろう。

 ただ、二人とも無茶苦茶であった。

 最大火力を出し切ったうえに瀕死の重傷を受けて尚、さらにこれだけの熱線(レーザー)を撃てる「魔女」もそうだし。

 ここから地下基地までだって相応の距離があるというのに、未那月はどうやって正確に大太刀を飛ばせてみせたのか? 

 彼女は以前にも飛行するミサイルにしがみつき長距離を移動するという離れ技を披露したことがあった。ならば、今回もその健腕を駆使し気合い一発、自らの愛刀を投擲してみせたというのだろう。

「いや! やっぱり二人とも無茶がすぎるだろ⁉」

 通信機がジッとノイズが噛んで、殆んど同時に二人の声が届く。

「あの少女を救いたいんだろう? ならば行けッ、神室(かむろ)夕星ッ!」

「神室くん。藤森(ふじもり)委員長を救い出し、この危機的状況を切り抜けろ。そうして、私の願いを。この私に『正義の味方』が誕生する瞬間を見せてくれてたまえッ!」

 二人がかつて相棒同士だったという話も満更嘘ではなさそうだ。

 彼女らは充分、似たもの同士なのだから。

「あぁ、上等だってのッ!」

 ならば夕星も何度だって願うだけだ。────幼いあの日のように空想のキャンバスを広げ、自身のイメージを書き殴る。

 麗華の魔法から成るレーザー、そこに秘められるエネルギーの粒子一つ一つを物質としてエゴシエーター能力の解釈に当てはめるのだ。その上で機体の欠損部を補修。

 さらに未那月の大太刀を核に置き、エネルギーの余剰でこの状況を切り抜けるオプション装備を形成してみせた。

 そうして生まれ変わった〈エクステンド〉は、もうこれまでの〈エクステンド〉と同質の存在に非らず。〝三人〟のエゴシエーターの願いを受け、鋼の巨人は転生してみせる。

 より鋭利に研ぎ澄まされた装甲が内部フレームを覆い尽くし、背面からは四枚の翼を思わせるフライトオプションが現出。そしてリミッターを解除した影響から、余りある出力が各部を赤熱化させ、機体を紅蓮色へと燃え上がらせる。

 この新たな装いを纏う〈エクステンド〉に、夕星が名を与えるのなら、敢えてここでも王道を往こう。

「これが俺の新しい力ッ! 〈エクステンドMARK2(マークツー)〉だッッ!!」
〈コンストラクト〉もそれを黙って見てはいない。全身から生やした機銃の狙いを、夕星へと集約させる。

 暴風のように吹き付けるのは弾丸の雨だ。

 だが、夕星は背面のフライトオプションを機体前面へ展開。四枚の翼を盾にそれを堪え忍ぶ。

「ぐっ……! そんなの効かねぇよッ!」

 陽真里(ひまり)のエゴシエーター能力が有れば、無尽蔵に弾を生み出すことも容易な筈。しかし、それも背面の翅に充填されたエネルギーが切れるまでだ。

「三……二……一……タイミング、今ッ!!」

 夕星は弾丸の止むタイミングを読み違えなかった。それと同時に展開したフライトオプションがさらに可変。四枚の翼を思わせたそれは、機体を守る堅牢な盾と化し、今度は機体の全長も超える大剣へと姿を替えてみせる。

「〈エクステンドMARK2〉専用武器────対ヒバチ特化用・超大型ブレードッ!」

 もう形振りなんて構わない。小細工もいらない。

 迎撃の触腕に装甲を刃擦られようと、大振りのフォームは変えなかった。そのまま間合いを一気に押し潰すと同時に、核心(コア)を覆う外装へと刃の先を食い込ませてみせる。

 ◇◇◇

 思い出されるのは、作戦の直前────

『だったら、私からも一つ、神室くんに勝利の秘策を授けておこう。一度しか言わないからよーく聞くんだぞ』と未那月が一つの助言を授けてくれた時のことだ。

 夕星のエゴシエーター能力では、同じ物質を対象に複数回の再構築が行えない。この制約は今も変わらないまま、即ち〈コンストラクト〉からコアを奪うことできたとしても、それを藤森陽真里に戻すことが出来ないことを意味していた。

 では、どうするか?

『君のエゴシエーター能力では藤森委員長を元には戻せないし、今後彼女を元に戻せるエゴシエーターが現れるとも限らない。けどね、一つだけ裏技を思い付いたんだ』

 怪獣たちはあくまでも陽真里が抱いてしまった「世界を壊したい」という願いの過程に伴う副産物である。

 ならば、そのことを利用してしまえばいいというのが未那月の妙案であった。

「上書きしちゃえばいいんだよ。『世界を壊したい』なんて願いよりも、強い願いを彼女に抱かせるんだ」

 そうすれば彼女のエゴシエーター能力は新たな願いを叶える方へと傾いて、現在進行形の願いには何らかの綻びが生じる筈。

 さらに彼女の新たな願いが「世界を壊したい」という願いと相反しているものであれば、自身の能力同士でバグを引き起こし、〈コンストラクト〉を崩壊させることもできると言うのだ。

 けれど、どうすればそんなことが出来るのか? 

 それに対する未那月の答えは以下の通りだ。

『さぁ? 私はあくまでキッカケを授けただけに過ぎないからね。そこから先は全部君次第だよ、神室夕星くん』

 ◇◇◇

 ブレードの切れ目から覗く珠玉。あそこに陽真里が囚われていることに間違いはない。

「ありがとな〈エクステンド〉。俺の願いをここまで届けさせてくれて」

 夕星は操縦桿から手を離し、コックピットのハッチを押し上げた。途端に乾いた風が頬を撫でるも、歯車状の瞳を逸らすことはしなかった。

「……後は俺次第か」

 どうやったら陽真里の願いを上書きが叶うのか? その答えを夕星は見つけられたわけじゃない。

 ただ、ここまで来たのなら全力でぶつかるだけだ。

 幼い日に彼女が抱いた願いを、自分が叶えてやる為にも。

「ッッ!!」

 夕星がコアへ向けて跳躍した。そのまま付いた勢いを利用し、渾身の力で拳を振り下ろす。

「なぁ、ヒバチ! この距離なら俺の声も聞こえるだろッッ!」

 コアは頑強だった。隔てられたすぐ向こうに、薄っすらと囚われの彼女の姿が見えていると言うのに、傷一つ付きやしない。

「それでもッッ!!」

 それでも拳を止めるわけにはいかない。この声が届くと信じて、血の滲んだ拳を一際強く握りしめるだけだ。

「俺は正直、まだまだお前が何をして欲しいのかとか、お前が何を望んでるとか、そんなのはわかんねぇけどさッッ!!」

 彼女はいつも意地を張って、肝心なことを口にしようとしない。けど、それはお互いに昔からなのだ。

 意地っ張りの幼馴染同士。切っても切れない腐れ縁。それが神室夕星と藤森陽真里の関係性であり、どちらかが欠けた日常など、今の自分にはもう考えることが出来なかった。

「俺はお前と過ごす毎日が好きなんだッ! これからもずっと一緒にバカやっていたい。だけど、この願いは他の誰でもねぇ、藤森陽真里じゃなきゃ叶えらんねぇんだよッ!!」

 それは自分でも笑ってしまえくらい情けない告白だった

 ただ正真正銘の想いを乗せて叩きつけた拳の先が、微かな手応えを覚える。

「夕……星?」

「俺の声が届いたのかッ!」

〈コンストラクト〉が自壊を始める。聳え立つ巨体が少しずつ砂塵と化して、崩れてゆくのだ。

 それと同時にコアが砕け、陽真里が解放された。

 夕星は咄嗟にその身体を抱き留める。────もう二度と彼女も過ごす日常を奪われないように。
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