赤ずきん殺しのロンリーウルフ

ユキトシ時雨

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A「共犯者」

第13話 嘘つきの捌き方

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 相手が隠し事をしているか、否か。────それを見抜くには幾つかの着眼点がある。呼吸の乱れや視線の動き。乾いた口内を潤そうと普段より水分を多く摂るなど。

「辰巳(たつみ)警部から色々コツを教えてもらったけな……それで、百千(ももち)さん。貴女は何を隠しているの?」

 華怜(かれん)は敢えて、ワザとらしく穏やかな態度を演じてみせた。

「そ、そんな私は隠し事なんて……へへ」

 対して百千が作ったのはヘラヘラとした笑顔だが、

「案外似たもの同士だからかな? その愛想笑いが私には嘘臭く見えるの。ところで知ってた? 嘘で笑顔を作ろうとしても、表情筋は口周りしか上手く動かないって」

 相手が怪しいと思ったら、まず目元を観察しろ。

 相手が笑顔を浮かべたとき、目元の筋肉が動いていなかったり、シワが出来なければ、その相手は何かを取り繕っている可能性が高い。

 これは、華怜にとって初歩的な隠し事の見抜き方であった。

「なんなら、練習法を教えてあげようか? 嘘の愛想笑いでもちゃんと練習すれば、全部の表情筋が動かせるようになるんだから」

 ヘラヘラとしていた百千の顔がピタリと固まる。その目尻は少しも笑っておらず、シワの一つも出来ていない。

「というか、貴女の内向的な性格やオドオドとした口調も、ある程度はキャラを作ってるんでしょ? その方が都合のいい場面も多そうだし」

 グレーゾーンで何でも屋業を営む以上、抱える秘密や、吐かなければならない嘘の類も必然的に多くなる。そんな彼女がオーバーな人見知りのように振る舞うのは、不自然な視線の動きや呼吸の乱れを悟られても、相手に「怪しいけど、まぁ、この子は人見知りそうだしなぁ……」と勝手に侮られ、納得してもらう為であった。

 ただ、表情の作り方にだって相応のコツがある。そして華怜も警察組織の人間である以上、付け焼き刃の嘘に欺かれるわけにはいかなかった。

「へぇ……初見でそこまで百千ちゃんをそこまで適格に分析するだなんて、流石はオオガミちゃんだ」

 レッドフードはしたり顔でほくそ笑んでいた。

 きっと彼女も、百千の本質を見透かしていたのだろう。その上でわざと自分に伝えず、違和感に気づくかどうかを試していたと言うわけか。

(私が貴女を図っているように、なんだかんだ言いつつ貴女も私を図ってるのね……本当に私が共犯者たり得るかを)

 では、「何でも屋」百千桃佳(ももちももか)は何を隠しているのか?

 嘘を愛想笑いで誤魔化そうとするケースには、相手への罪悪感を抱いている場合か、必死に頭を回転させているが故に言葉が出ず、間を繋ごうとする場合の二パターンがある。

 百千の受け答え自体はスムーズだったから、前者の可能性が高いのだろう。ただ、彼女と自分は初対面だ。それも一人の顧客に過ぎないのだから、罪悪感を抱かれるような関係性でもない。

 であれば、ここからは華怜の勘になってしまうのだが────

「正確には私たち……と言うか、レッドフードに隠し事をしてるんじゃない? 例えば、貴女はレッドフードから赤ずきんに纏わる情報を調べるように依頼されていた。そして、貴女は依頼通りに赤ずきんに纏わる何か重大な情報を掴んだのだけれど、ここに来てそれを渡すのが怖くなった、とか」

 俗に言う「お前は知り過ぎたんだ」という奴だ。踏み込み過ぎただけでなく、それを赤ずきんと敵対する自分達に売ったとなれば、百千自身が逆恨みで狙われたとしてもおかしくない。彼女はそのリスクを鑑みたからこそ、この場を上手くやり過ごそうとしたのだろう。

「どう、当たってる?」

「うぅ……大正解です」

 ここまでバレてしまえば、もう弁明のしようもないと思ったのだろう。百千は力無く膝を折って白状した。

「けど、百千ちゃん。それはちょっとフェアじゃなくない? 一応、私は貴女の望む報酬を前払いで用意したわけじゃん。なのに、ちょっと危なくなったら一方的にブッチだなんて」

「そ、それは! 私だって、姐さんには昔助けてもらった恩がありますから……普段ウザ絡みしてくるところは嫌いだけど……それでも、姐さんの要望には可能な限り応えたいと思っています」

「つまり、貴女が手に入れたものは、それだけ危ういものだったというわけね」

 ざっと思いつくものであれば、赤ずきんの致命的な弱点や、潜伏先のアジトに纏わる情報あたりだろうか。

 それらは華怜にとって喉から手が出るほどに、欲しいものだ。

 少し強引な手段にはなるが力づくで吐かせてしまおうと、ジャケット裏の特殊警棒に指をかける。

「レッドフード、私はまだ貴女の共犯者になる決意はできていない……だけど、私たちの目的は同じはずよね?」

「まぁ、そうだね」

「だったら、これから私がすることに文句を付けないでよねッ────!」

 振り抜いた反動で、警棒の鋒が引き伸ばされた。「ひぃっっ!」と漏れる悲鳴は百千のものだ。

 だが、それが振り下ろされる直前で、彼女が一番の大声を張る。

「じゃ、じゃあ! 取引をしましょう、大上さんッ!」

「取引……? 報酬は事前にレッドフードが払ったそうだけど?」

「け、けど! 大上さんはまだ私に何の対価も支払ってない! それなのに恩恵を得られるのは、なんかズルくありませんか⁉」

 その主張は一理……あるのだろうか? 確かに情報を知る人間が増えれば、それだけ情報をばら撒いた百千の負うリスクも大きなものになるのだが、なんだか釈然としない。

 なんだか、足元を見られたような気がするのだ。

「言っとくけど、持ち合わせはないからね」

「だったら、大上さんには私のお願い事を一つ聞いて貰います。そうしたら、お礼として、赤ずきんに纏わる重大情報を差し出すというのはいかがでしょう?」

「まぁ、別にそれで構わないけど……その方が話も早そうだし」

「言いましたからね! 二語はありませんね!」

 そう言って、彼女は背負っていたリュックの中から何かを引っ張り出す。

 それはピンクの生地にフリルがあしらわれた魔法少女風の、ちょうど百千のシャツにプリントされたキャラクターのコスプレ衣装。

「えっ……まって、どういうこと?」

「大上さん……いえ、今から貴女は魔法少女プリティーピンクちゃんです! さぁ、こちらの衣装に着替えて下さい!」
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