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#7 異能雑兵

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 雪音の口から発せられた事実に、白夜は目を見開いた。

 雪音の姉も白夜と同じく、あの場所イデアで"呪い"に罹ったというのなら、彼女も宿星の五人カルディアンということになる。そして白夜には思い当たることがあった。

 二年前の当時、白夜の歳はまだ13。宿星の五人カルディアンの中でも最少年齢であると、自分でも自重する気持ちでいた。周囲が大人でさらに経験も豊富な異能力者ミュートともなれば、油断も隙も生むわけにはいかなかったのだ。

 そんな緊張した面影でいたので、同行していたあざなに笑われたのを覚えている。

 そう身構えていた白夜の視界に映ったのは、やはり大人ばかりだった。その誰もかれも当時の白夜にはできない"大人の顔"をしていた。いつも通り余裕綽々なあざなのそばで、白夜は警戒しながらその面々を動向を探っていていた。

 そんな中、白夜の視界に自分と同じぐらい歳の女子が入ってきて、思わず息を呑んだ。

 大人の中に混じるその少女は、白夜と歳はあまり変わらないようにみえた。けれど、彼女も"大人の顔"をしていた。決意と固い意志を含んだその瞳に、白夜は圧巻されたのだ。同じくらいの年齢なはずなのに、目に映った姿は少年兵ではない。その時、とてもじゃないが、自分がとてもちっぽけに見えたものだ。

 古い記憶を想起しながら、白夜は顎に手を当てる。

 頬には冷や汗が流れていた。

 ちらりと雪音を見るが、その表情は真剣そのもので彼女が嘘をついているようには見えない。何より、白夜自身が当時、雪音の姉らしき人物をイデアで目撃していたのだ。疑う余地はほとんどない。

 白夜は静かに聞いた。

「……その、お前の願いっていうのは、姉が"呪い"で苦しんでいるのを助けてほしい、ってことか?」

「少し、違います」

 雪音は顔を伏せ、首を横に振る。

「"呪い"はきっかけに過ぎません……。"呪い"で貧弱しているところに、さらに重ねて"呪術"をかけられたんです……」

「呪術……?」

 呪術とはまた嫌な思い出を想起させる単語だ。白夜は眉をひそめて聞き返した。雪音は拳を握りしめ、怒りで震える唇でその名前を口にする。

「――金剛寺こんごうじ 結弦ゆづると名乗っていた男に」

 雪音は暗い表情で白夜の表情をうかがった。けれど、彼の表情を見た途端にハッとする。

 金剛寺結弦、その名前を聞いた白夜は先ほどまでとは全く違う顔つきをしていたのだ。自身のトラウマである"妖星"の話を聞いていた時の不安と恐れが混じった顔つきではない。

 ――それは静かな"怒り"を示したかのような顔つきだった。

「……金剛寺、あいつの名前が出てくるとはな」

 白夜は静かにぼやく。その眼は真っ直ぐに雪音を見ているが、恐らく彼女のことなど見ていないのだろう。

 話しかける雰囲気ではなくて、雪音は黙ってじっと彼を見つめる。

「あのクソ野郎……ッ!」

 白夜は強く歯を軋ませた。彼の目に蘇ってきていたのは、ベージュ色の髪の少女が左腕を千切られて血溜まりの上で倒れている光景だった。

 白夜は何も言わずに踵を返すと、本来の目的である廃病院へと足を踏み出した。雪音は慌ててそれに続く。

「い、いきなりどうしたんですか!?」
「……ァあ、まあ……」

 白夜は拳を握りしめた。

「ちょっと、怒りを鎮める」


 *


 薄暗い廃病院の中。使われなくなり閑散としていたその空洞に、さっきまでは小さな団欒の笑い声やらが小さきながらも響いていたのだが、それが一転して悲鳴に変わるとは誰が予想できたのだろうか。

「ひぃ……っ! なんなんだよお前……!」

 廃病院にすぐ入ったところの総合受付待合室。そこにはその辺りでたむろしていた数人の半グレを殴り倒した白夜の姿がそこにあった。

 その場にいた最後の半グレはは腰を抜かして震え、拳を強く握りしめたままの彼を見上げて叫ぶ。

「何なんだよお前ぇええ!」

 雪音が少し距離が空いた後ろで見守る中、白夜は最後に残ったその半グレの胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「お前らと変わらんさ。将来が腐ってる者同士、少しくらいは笑い合おうぜ」

 そう言って半グレを持ち上げたまま、白夜は怪しく笑って見せる。自分よりも年上の男を持ち上げているのにも関わらず、その腕に重さによる震えは一切ない。異能力者ミュートとしての基礎能力の高さが明確に表れていた。

 足をジタバタしていた半グレだったが、余裕そうに見える白夜の態度と抵抗に対して全くブレない腕に諦めたのか、大人しくなった。そして恐怖で涙目になりつつも、じっと見つめてくる白夜に遠吠えを吐いた。

「テメーなんか、エイラさんにかかればイチコロなんだよ! あのクスリさえありゃあ、テメーなんて一瞬で……!」
「はいはい」

 半グレが腐りきった勇気を振り絞って吠えた言葉ですらない音に、白夜は興味はなかった。途中でその半グレを壁に押し付け、右腕でボディーブローをかました。

 声も出せず前のめりにビクンと振動する半グレ。秒も経たずして全身から力が抜け、だらんと白夜の腕に宙ぶらりんになる。白夜は適当に投げ捨てた。

 そしてそのまま廃病院の中へと白夜は足を進める。自分が殴り倒した半グレの言葉なんて全く気にしていなかった。

「……クスリ、ですか」

 けれど、その後ろを歩く雪音はそうではなかった。白夜が最後に倒した半グレが発した言葉に、何か引っかかったものがあったらしい。

 白夜は歩きながら彼女へぶっきらぼうに忠告した。

「どうせ脅しだろ、考えるだけ無駄さ。ヤクが本当だとしても亜佐アサ程度、そもそもODオーバードースでラリってるだけの時もあるんだ。フロンやレダスあたりは手軽だからな」
「……そう、ですかね」

 どこか含みのある相槌に、白夜はちょっと気になった。しかしながら、半グレにはこれまで同じような薄ら寒い脅しを何度も受けてきた。そのほとんどは誇張やら虚言やらこけおどしだったので、今回もそうであろうと高をくくる。

 廃病院のそこら中で数人のグループを作りたむろする半グレどもを適当に殴り倒して、ついには一階と二階を全滅させた。白夜と雪音は三階へ続く階段へ足を運ぶ。

「情報だと三階に頭がいるらしい」

 白夜は一応、戦闘――というよりは一方的な制圧――にこそ参加はしていないが、しっかりと付いてきている雪音へと告げる。つまり、廃病院を歩き回るのは次で最後となるということだ。

「……なら、初めから三階に行けば……」

「それじゃダメだ。頭一個潰しても、その下についてる馬鹿どもにその痛みは分からない。痛みつけるのは頭だけじゃダメなんだな、手足も痛みつけねぇと」

 白夜はその辺りをしっかりをわきまえていた。

 踊り場まで二人で登って、折り返したところで階段の上を見つめる。踊り場から三階へ続く階段には、頭の取り巻きと思われる男女混じった半グレたちが不格好に座っていたのだ。

 その中でも一番上の段で座っていて、ひと際目立つ半グレの男。赤いスカーフを頭に巻いており、顔から首筋にかけて黒い刺青が入っている。目には深いクマができていて、細い体も相まって"不健康"という文字がよく似合う男。

 恐らく彼が暗い日輪ダークサンライズの頭、エイラなのだろう。

 エイラは二人を見下ろしつつ、口を開いた。

「ひ……ひひひ、お、オレの部下をよくも……や、やってくれるよ……!しかも女連れかよ……そうやってオレを見下しやがって……!! クソ、侍らせていい気になってなねぇぞ!!」

「侍らせるねぇ……そういうことにしておいたら、さぞ気持ち良いんだろうけど、訂正しろって後ろから冷たい視線を感じるんだわ……」

 口を大きく開けて唾を飛ばし、全く余裕がなさそうなエイラと、同じく薄ら笑いを浮かべて余裕を見せ返す白夜。二人の場慣れした視線が交差し、エイラの下にいる半グレたちも士気が高まっていく。

 そして言った通り、白夜は正面の他に背後からの視線もある。

「……」

 白夜の後ろにいるのはただ一人。白夜が『侍らせている』存在だとエイラに言われ、ムスっとした表情になっている雪音がそこにいた。

 白夜は彼女の視線に肩身の狭い思いをしつつも、どこか違和感を得ていた。見る限り、エイラは半グレ集団の頭になれるような器とはかけ離れている気がする。どっちかというと、半グレ共にカモられる側の人間だ。

 それがどうして、こんなに半グレ共に言うことを聞かせられるのだろうか。

 そうは思ったものの、とにかく本題に入ろうとして、白夜は口を開く。

「お前、『spear』ってバーを襲わせたろ。俺はそのマスターと顔見知りでね」
「……はぁああ? だ、だったら、なんだっていうんだよぉ!?」
「分かるだろ?」

 白夜は階段をゆっくりと登り始める。それを見た階段上にいた半グレの取り巻きたちはニヤニヤと笑みを浮かべながら、どうしてかそそくさと三階へと上がっていく。

「き、きひひ……! そんな真剣な顔……しないでくれよ……」

 階段にいた全員の半グレたちが三階に上がり、エイラの後ろについたところで彼はポケットに手を入れ、階段の中腹にいる白夜を鼻で笑った。

「ぐっっちゃぐちゃにしたくなるだろぉ!?」

 エイラもゆっくりと足を踏み出した。一個下の段へと靴の底が迫り、同時にエイラの唇がニッっと緩む。

「……!」

 エイラの靴底が階段についた途端、建物そのものが揺れ動いた。否、エイラが揺らしたのだ。力強く一個したの階段を踏みしめた――ただそれだけの行為で、階段から壁につたいヒビが入り、老朽化している建物に亀裂が入った。

 白夜は驚いて足を止め、エイラを見上げる。その表情にエイラは満足そうに黒く微笑んだ。

「お前……」

 白夜は気付く。が半グレたちを引き寄せたのだと。常人離れした怪力、そしてそれが何なのか、白夜はなんとなく目星はついていた。

 彼の力は"異能力者ミュート"のそれと近いものである、と。

「どうしたぁ!? 驚いたか!? これが、今のオレの力だぁ!」

 ははは、と高笑いをするエイラ。白夜はそんな彼を観察しつつ、謎の違和感に悩ませられた。

 何故、エイラごときが異能力者を彷彿とさせる超人的な力を持っているのか。単純に異能力者ミュートと考えるのが良いかもしれないが、違和感が残る。

 というのも、エイラが異能力者であるという情報は聞いたことがなかった。彼は自分が異能力者ということをを隠し通せるほどのタマではないだろうし、それ故に、彼が異能力者であるということは考えにくい。

「……ノイズ」
「……!」

 後ろから雪音の声が聞こえた。白夜は思わず振り返る。

 さっきとうってかわって、雪音は落ち着いた様子で腕を組み、壁にもたれかかていた。片目をつぶり、振り返った白夜へと静かに告げる。

「純粋な異能力者ミュートではない、クスリによって後天的に異能を発現させた、また別の異能力者ですよ」

 "知っていた"という風に淡々と告げられた事実に、白夜は舌打ちをしたのだった。
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