OverKill:LifeMeter

トンボ

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#29 バグ・バク

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 ――白夜が反重力で吹っ飛ばした机が、窓をぶち破ったが外の地面に落ちる。乱雑な音が響いた。

「お兄さんが誰だろうと、僕はやっちゃうよ」

 飛んできた机を躱したイリアンは虫取り網を片手に、そうやってニッとほほ笑んだ。白夜は身構える。

 雑貨ビルの一階。そこには業務用の机さえあるものの、そこにそれらを利用したような痕跡はない。

 机上に何もないし、さっき蹴飛ばした机も予想以上に軽かった。恐らく引き出しの中身は何も入っていないのだろう。

 ならばこの場所は何のために使われていた――違う。白夜は考え直す。"ここではないだけか"。

 イリアンは自慢げに虫取り網を振り回した。そこから何らかの圧を白夜は感じ取る。が、あまり興味は注がれなかった。

「こういう時はそうだね、"胸を借りる"って言葉が正しいのかな?」

「そうか。そうかもな。ああ、きっとそうだ。じゃ、俺はこれで」

「――は?」

 白夜は適当に答えると、軽い重力波で周囲の机をイリアンに飛ばした。その隙に真っ先に部屋から飛び出す。

 部屋を出た白夜は大急ぎで暗い螺旋階段を登り、二階までたどり着く。そして一階のそれと同じように、加重した拳で二階事務所の扉をぶち破った。

「……」

 中に入った白夜は部屋中を見渡す。二階の部屋は一階と打って変わって、生活感が強く感じられた。黒いソファーと長机。冷蔵庫や食器棚もあり、出しっぱなしのコップや空のペットボトル等が散乱している。

 白夜はすぐに見切った。速攻で部屋を出て、三階へ向かう。

 金剛寺はこの雑貨ビルを一軒丸々使っていたようだ。そして一階は"今回のためだけの業務室"。二階は実質の生活スペース。そしてまだ見ぬ三階フロアには一体何があるというのか。想像に難くないだろう。

 螺旋階段の最後尾、三階まで登り切った白夜は勢いのまま最後の扉をぶち破った。そのまま部屋の中へ飛び込み、白夜の眼前に暗い光景が広がる。

「……そうか」

 じゃり、と床に散らばったガラスのクズを踏み鳴らしながら、白夜はため息をついた。

 結論からして、その部屋には何も残っていなかった。恐らくガラス製品の何かがあったのだろう。しかしそれらは全部、文字通り粉々に砕かれていて、灰色の絨毯になっているだけだった。勿論、そこに金剛寺の姿もない。

「金剛寺が証拠になる痕跡を残すわけない、か」

 そう言って静かに落胆する。適正がある者を異能雑兵ノイズたらしめるクスリ、異能覚醒薬チューニング。そして金剛寺の痕跡も何か掴めると思っていたが、何も得られそうにない。

 残念だが仕方ない。そう思って踵を返した白夜は目を見開いた。

「ッ!?」

 振り返った白夜を歓迎したのは火炎だった。咄嗟に腕で防御するも、白夜の体は部屋の中に吹っ飛ばされる。

 壁に叩きつけられた白夜は焦げ付いた腕を下げ、じろりと先の人影を見つめた。

「まったく……っ! なんで逃げるんだ……!」

 小さな指先に火炎を散らしながら、その人影ことイリアンは悪態をついて白夜を睨んでいたのだった。どう見ても憤りを感じているであろう彼に、白夜は笑ってみせる。

「お気に召さなかったか? 悪ぃな、キャンディーもチョコレートもないが、許してくれよ」

「口と威勢だけは達者だね。それとも僕を舐めてるのかな?」

 軽快な白夜の態度に苛立ちを隠せないイリアン。白夜はそんな少年をおちょくるような態度を取りつつも、内心ではしっかりと警戒していた。

 判明していなかったイリアンの異能。さっきの火炎からして、"炎"系統の異能を有しているのだろうか。

 しかし、どこか既視感がある。受けたばかりのこの"火炎"を白夜は知っている気がしていた。

 イリアンは虫取り網を振るい、白夜へ怒鳴った。

「まあいいさ! 身を持って味わうことになるよ!」

 イリアンがそう啖呵をきると、彼が持っていた虫取り網が火炎に包まれる。白夜はその炎を見て、瞬時に気づいた。

 イリアンの異能は病院で戦った異能雑兵ノイズの火の異能と同じものである、と。

「っ!」

 イリアンは地面を蹴る。燃え盛る虫取り網を翳し、白夜へと駆け出した。白夜もそれに合わせて構える。

 彼は虫取り網をこんのように振り回し、白夜へと攻撃した。白夜は腕でそれらを防御しつつ、その一つ一つの動きに警戒した。

 網を纏う炎自体にそこまで威力があるわけではない。確かに熱いし服が焦げるが、白夜に我慢できるほどだ。

 纏う炎よりも、休みなく振り下ろされる網自体の攻撃の方がもっと厄介だった。

 白夜は異能で拳を加重し振るい反撃するも、それは当たらない。イリアンは小さな体を利用し、網の打撃を軸にしてそれらを躱しつつ、攻撃に転じている。

 虫取り網を立て、そこに体重を預けて空中へ回避したり、部屋の角に追い詰めたかと思えば、虫取り網を角へ横に挟み白夜の拳を受け止めつつ、そこにぶら下がり鉄棒の要領で回転して蹴り上げたりと、その攻防一体な戦術は見てて飽きない。

 白夜はそんなイリアンの攻撃を腕で防御したものの、勢いを殺しきれず足が滑り彼と距離ができる。

「……っ」

 確かに舐めていた、と白夜は腕を下げてイリアンを見た。彼は息を吐きながら、手に持った虫取り網を白夜に向ける。

「口も威勢も見る影がないね、お兄さん?」

「はっ、言ってろ」

 白夜は笑って腕を翳した。そして重力波をイリアンに向けて放つ。

 あまりこれは得意ではないが、部屋は狭い。避けるにしろ受けるにしろ、その退避ルートは限られる。そこを起点にし、今度は白夜が攻める番だ。――と、考えていたのだが。

「あははっ! 喰らう逆虫バグ・バクっ!」

 これを待っていたと言わんばかりにイリアンは嬉しそうに虫取り網を振るう。そして突然、その虫取り網に纏っていた炎が消えたと思うと、網部分で重力波を受け止めた。――否、重力波を掬い捕らえたといった方が適切か。

「なっ……」

 普通なら重力波とかち合えば、少しぐらいはのけぞったりするはずだ。しかし虫取り網で重力波をまるで掬うようにして振るったイリアンに、そんな様子は全く見られなかった。

 何事もなく、まるでトンボを捕まえたように、軽く虫取り網を振り切りる。彼の小さな体からして、重力波を軽くいなせるようなフィジカルはありえない。白夜は息を呑んだ。

「重力波を、かき消した……?」

「そんな顔するにはまだ早いよ!」

 イリアンはその勢いのまま目の前で虫取り網を宙に投げ、縦に回転させる。白夜の視線がそれに釣られるのも、咄嗟の状況からして無理はなかった。

 その隙にフリーになった両手を広げ、イリアンは白夜へ向ける。――白夜がその仕草に気づいた直後には、すでに視界が回って天井を映していた。

「――な」

 そのまま勢いよく背後に吹っ飛ばされ、窓をぶち破り体が外へ投げ出された。身を持って体験したこの衝撃――図らずも、白夜はそれを知っていた。

「俺の……異能……?」

 白夜を吹っ飛ばしたもの――それは、白夜が放ったものと同じ、重力波だった。

 窓の外へ投げ出された白夜は、すぐ隣の雑貨ビルの壁に叩きつけられた。壁にヒビが入るほどの衝撃の対価として背中に激痛が走り、それは全身へ分泌される。

「……くっ!」

 そのまま下へ落ちそうになる体。白夜は両手の手のひらを壁につけ、"引き寄せる"重力でそのまま張り付いた。体勢を立て直そうとしながら、白夜はふと思いつく。

 雪音の姉、雪華のことだ。彼女は異能を奪われた。イリアンのこの異能はそれに関係している恐れがある。

 しかし白夜の異能は未だ健在である。異能のコピーはされらものの、奪われるといったことまでは――とここまで考えた白夜だったが、目の前に現れた影が全てを台無しにする。

「逃がさないっ!」

 背中に半透明の四枚羽を顕現させたイリアンが部屋の窓から飛んできて、その勢いのまま白夜の腹へ拳を放った。背後の壁の亀裂がさらに大きくなり、白夜は胃液が逆流する衝撃と痛みを味わう。同時に体を壁へ張り付けていた重力が途切れた。

 イリアンはそのまま白夜の胸元をつかむと、空中でさっきの雑貨ビルの下方向へと投げ飛ばした。

 抵抗もできず、白夜は雑貨ビルの一階へと窓を新たにぶち破って吹っ飛んだ。部屋の机を巻き沿いにして、埃だらけの地面を小さく弾みながら滑る。

「かはっ……」

 窓がある方とは逆方向の壁に叩きつけられ、ようやくその体は止まった。振るえる両腕で体を起こし、窓を睨む。

喰らう逆虫バグ・バク……だったか……クソ、性格の悪ぃ……!」

 白夜はあの重力波を喰らって、直観した。松浦イリアンの持つ異能、喰らう逆虫バグ・バク――それは、『虫取り網で捕まえた異能を自在に操れる異能』である、と。


 虫取り網に纏った炎の異能、それは病院で白夜が倒した異能雑兵ノイズの異能。

 白夜を吹っ飛ばした重力波は、まんま白夜の異能。

 壁に吹っ飛んだ白夜を追撃した時に生えていた、半透明な四枚羽も誰かの異能なのだろう。


「舐めてたツケがこれか……クソ、舐めるならキャンディーにしとくべきってか。くだらねぇ……」

 白夜は毒づきながら、よろよろと立ち上がったのだった。
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