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#28 家族と他人

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 杵淵は足に"電撃"をほとばしらせ、張り付いた氷を砕き散らした。地面を足から離してみせて、自由に動かせることを確認する。

 あの年下の女、もとい雪音の異能は"凍結"であることは前もって知っていた。しかしここまで即効性があるものだとは思わなかった。

 杵淵は舌打ちしつつ、天井に空いた穴を見上げる。

 今からすぐに追わなければならないが、素直に雪音が空けた穴から二階に上がる必要はない。あの穴から出たところを待ち伏せされていても面倒だ。

 そう考えて、杵淵は大太刀を構えた。


 ◆


 雪音は駐車場にある白いワゴンの影に隠れながら、杵淵の気配を伺っていた。

 足止めをして一階から二階へ逃れられたのはいいけれど、すぐに杵淵は追いかけてくる。不意の形で彼女を迎撃するよりも、こちらから先制攻撃で一気に決着をつけた方が良い。

 雪音はそう考えて、杵淵が上がってくるのを待っていた。

 どこから上がってくるのか。それをまず察知しなければ、先制攻撃などできはしない。

 雪音は自分が空けた穴をはじめ、二階フロア全てに精神を集中させた。素直に空いた穴から上がってくるか、それとも普通に通路や階段から上がってくるか、もしや雪音と同じく穴を空けて登ってくることもあるかもしれない。

 全ての可能性を考慮して、どんな状況になっても冷静に対処できるよう、雪音は心を落ち着かせる。ひょんな一手が勝負を決めるのだ。雪音はそれを肝に銘じていた。

 ――銘じていたはずだった。

「っ!」

 駐車場二階の一辺の壁――雪音から一番遠い、向かい側の壁――が一瞬で縦に砕けた。斬撃により壁が斬られたのだ。コンクリートの破片が飛び散る。

 さらに悪いことに、その斬撃には"電撃"の異能が付与されていたらしい。一閃の破壊力が壁や地面を壊し、その斬り口から強烈な電撃が地面を焦がしながら周囲へ伝導する。

 その数多に広がる電撃の行方が壁ならまだ良い。しかしその先に車があるとなると話は別だ。現に、その電撃が駐車していた三台の車に伝導した。雪音は反射的に耳を抑え、車の影でうずくまる。

 刹那、バッテリーが発火したのか、それともエンジンルームに火花が散ったのか、その中の二台が爆発した。爆音と爆風が圧になって膨れ上がり、雪音の肌を押し付ける。

 爆破された車の周囲の壁が砕け、地面も崩れ落ちた。黒い煙が立ちこめ、外に出ていくものもあったが、そのほとんどが二階フロアへ充満していった。雪音は口を腕で塞ぎ、目を細める。

 杵淵は雪音が空けた天井の穴でもなく、車が通るスロープでもなく、脇についている階段でもなく、外から攻撃してきたようだ。

 恐らく杵淵は凍結を解いた後、一階の出入り口に出て二階を見上げた。外から見える範囲で駐車している車を把握し、そこに向かって斬撃を放った。そして斬撃か、斬撃に付与された"電撃"を車に当たれば杵淵の攻撃は完了する。

 その爆発は二階で発生しようとも、屋上である三階にも衝撃はダイレクトに伝わるはずだ。雪音が今そうであるように、二階にいた場合は言わずもがな。屋上にいた場合でも何らかのアクションを示す。

 何より、杵淵がいる出入り口側に例の雑貨ビルがある。屋上から逃げ出すならば、目的地であるそちらへ顔を出す可能性が高い。そこも考慮して、彼女は出入り口側から二階の車を斬撃で爆破させたことも考えられる。

 雪音も重々把握していたそもそもの前提として、杵淵が接近して無理に攻める必要性はなかった。だから、杵淵は駐車場の車を爆破させるなどという迷惑極まりない上に対応に時間がかかる方法を取った。

 雪音はまんまと杵淵に作り出された息苦しい煙の中の状況で、ぼそりと呟く。

「……熱い」

 その言葉はそんな状況によらず、強い物言いだった。周囲が煙る中でも、彼女の瞳は曇らない。

 雪音は意を決すると、口から腕を離して立ち上がった。

 刀を右手で握り、背中に刀身を背負うかたちで構える。姿勢を下げ、胸の鼓動に神経を研ぎ澄ませた。


 ――"強い力"はいらない。必要なのは風を斬り、物は斬らない程度の力。届き渡れば良い。雪音の刀に白い冷気がゆっくりと宿る。


「――っ!!」


 雪音は刀を振り下ろした。その一振りが黒い爆風を吹き飛ばし、代わりにふわりと白い冷気が舞う。

 ――刹那、その冷気が牙を剥いた。黒い土煙をかき分け獰猛にフロア全体に広がると、一瞬にして壁や地面を凍結させた。燃えていた車は一瞬にして熱を失い、辺りは黒い煙と代わって、白い冷気に包まれる。

「よしっ……!」

 思い通りに二階フロアを凍結させた雪音はすぐに走り出した。その先は杵淵のいる立体駐車場の出入り口ではない。青天井が広がる、屋上に向かったのだ。

 杵淵が立体駐車場の外の出入り口付近にいることは、さっき壁を斬った時の斬り口で把握している。彼女は現時点でもそこにいるはずだ。そして二階の異常に気づき、大太刀を携え警戒を露わにしているとみた。

 ならば、その警戒を少し利用する。――雪音は屋上に出ると、ぐるりと周囲を見渡した。車が数台止まっている。これならば問題ない。

 雪音は車の傍に駆け寄ると、みねを上にして刀を"その状態のまま"振りかぶる。"凍結"の異能を刀全体に纏わせ、力加減を調整した。横目で周囲に駐車している車の数と位置を確認し、"順番"を決める。

「はっ……!」

 そして雪音は目の前の車に刀で峰打ちを振りかざした。聞こえの良い金属の打撃音が響き渡り、車は宙に舞う。そしてそれは瞬間的に凍結し、杵淵がいる出入り口に向かって吹っ飛び落下していった。

 続けざまに雪音は周囲の車を刀で吹っ飛ばしていった。勿論それらは全て出入り口へと落下していく。

 それを続け、六台目の車を吹っ飛ばし凍結させたところで、直後に今度は力強く地面を蹴った。そのまま吹っ飛ばした車の裏側に張り付く。

 雪音が張り付いた車は他の車と同じように、杵淵のいる出入り口の上空へと向かった。

 山なりに吹っ飛んだ車は、杵渕の上空に姿を見せて落下していく。落下中に車の後ろに張り付き隠れながら、雪音は杵渕を見下ろす。

「ちっ……!」

 杵淵は突然屋上から降ってきた車を驚愕しつつ躱していた。次から次へと降ってくるそれらは全てカチコチに凍結しており、落下した途端、地面に張り付き凍結する。それは着実に杵淵の足場と視界を奪っていた。

 雪音が張り付いている六台目の車も、問題なく地面へと落下していった。杵淵はその車に雪音が張り付いているとは流石に判断できなかったようだ。全ての車を躱しながら、屋上へ注意を向けている。


 ――そんな中、雪音は車から独立し、杵淵の背中へ着地した。杵淵は僅かな気配でそれを悟るが、すでに遅かった。

「がっ……!」

 杵淵の背後に雪音の一太刀が振るわれた。周囲の凍りついた車が一気に消し飛ぶ。その衝撃に杵淵は回転しながら吹っ飛び、背中から駐車場の壁へめり込んだ。

 衝撃で血反吐を吐きつつ、同時にその背中が壁に張り付く。――斬撃に混ぜた"凍結"の異能により、杵淵の背中は凍り付き、隣接した壁に張り付いたのだ。

 さらにその凍結は背中の斬り傷の出血を防いでいた。これで出血死する心配もない。

 小さく息を吐く雪音だが、杵淵はまだ負けていなかった。彼女の全身は壁に叩きつけられ、特に背中のいくつかの骨は折れている。しかしそんな中でも、凍結したのは背中のみ。両腕はまだ動かせた。

「まだっ……!」

 杵淵は苦し紛れに手から離さなかった大太刀を雪音に投擲した。左手はその大太刀と糸で繋がっており、少しぐらいなら軌道に融通が利く。

 何よりも外してしまった場合、糸を引っ張ることで背後から奇襲を行えるのだ。その僅かな可能性に杵淵は賭けた。

 しかし、

「……」

 雪音はいたって冷静だった。さらに病院の襲撃にて、彼女が糸で大太刀を操る姿をすでに見ていた。

 投擲された大太刀を躱すと、雪音はその軌道上をじっと見つめる。そして太陽光がわずかに白く反射する"糸"を見つけ、それを叩き斬った。――それがすなわち、杵淵の最後の希望であった。

 
 からん、と大太刀は地面に落ちる。

 それを確認した雪音は、ゆっくりと杵渕へ歩み寄った。


「……くそっ。あたしの負けだよ。やるじゃん」


 目の前に来た雪音へ、杵淵はそう告げる。

 雪音はじっと杵淵を見つめながら、右足で地面を踏み込んだ。そこから地面が凍結し始め、杵淵へと伝達していき、顔以外の体を氷漬けにせしめた。

 このレベルの"凍結"ならば、彼女の"電撃"でもそう簡単に崩せないだろう。

 そう判断した雪音は、ついに疑問に思っていた在り来たりな質問を繰り出す。

「どうして、金剛寺に協力を?」

「……はっ。んなもん、金だよ金。破格な金額に前払いも可能、なんて優良物件すぎるだろ」

「……」

 軽薄な杵淵の態度に、雪音は思わず拳を振りかざした。

「――」

 それは杵淵の顔の真横にめり込んだ。ヒビが割れ、ぱらぱらとコンクリートの破片が落ちる。

「金のために、私の姉は襲われたの……」

 雪音は強く杵淵を睨みつけた。

 在り来たりな質問に帰ってきたのは、在り来たりな回答だった。予想もできていた。しかしながら、それが目の前で現実になって帰ってくるとなると、想像以上に怒りがわいてくる。

 雪音は今、刀を携えていて、杵淵は壁に凍り付いていて動けない。今なら杵淵を殴り放題だ。その怒りを発散できる手段がすぐそこにある。だから、雪音は拳をぎゅっと握りしめ、震えを抑えていた。

 そんな雪音を、杵淵は鼻で笑う。

「……ふん、そうだね。家族は大切にしないと」

「――貴方」

 雪音の拳が開き、杵淵の顎をつかんだ。雪音は顎をつかんだまま、顔を寄せてさらに強く睨みつける。

 そんな中でも、杵淵の口は動いた。

「だがな、アンタにとっての"家族"はあたしにとっての"他人"なんだよ。分かるか?」

「ッこの――!」
「――あたしの"家族"がアンタにとって"他人"なのと同じく、な」

「……っ!」

 ――怒りの震えが、止まった。

 杵淵の言葉で、雪音はある程度察しがついてしまったのだ。聞きたくなかった、またもや在り来たりな背景が。

 杵淵はそのままぼやく。

「何とでもしろよ。アンタは"他人"のために"家族"を襲われたんだ。あたしに返す借りは山ほどあんだろ?」

「……」

 雪音にとっての"家族"は、杵淵にとっての"他人"。そして杵淵にとっての"家族"は、雪音にとっての"他人"。

 もしもだが、雪音は考えてしまった。"家族"のためにどうしても"他人"を貶めなくてはならなくなったら、雪音はどうするのか。

 しかしすぐに考えを改め、それから雪音はじっと杵淵を見返した。

「私と貴方は違う。一緒にしないで。この愚か者め」

 雪音ははっきりとそう告げた。乱暴に杵淵の顎から手を放し、壁に埋まった拳を取り出す。

 "家族"か"他人"か、そう選ばざる得なくなっても、雪音は"他人"を害さず"家族"を救う。その道がなくても、不格好なりに、足りないなりに、探して見せるだろう。だが――もしその道がどこにもなかったら。

 雪音は瞳を細める。空の太陽が曇に隠れ、周囲に影が落ちた。

 静かに雪音は口を開く。

「……金剛寺のことについて、尋問します」

「何も喋らねーよ。契約はあと十時間ほど残ってる。十時間はだんまりって口止め料も報酬には含まれてるんでね。聞きたきゃ十時間後にしな」

「十時間後……? ……そもそも、律儀ですね。わざわざそんな……」

 杵淵の答えは少し奇妙なものだった。尋問に反発的なのは不思議ではない。しかしながら、口止めに期限を用いること自体、どこかおかしい。

「……」

 雪音は考える。今この場で尋問をかけ、吐かせるか。それとも白夜を追うべきか。

 こんな時に迷ってる時間は惜しい。決断は早かった。

「……杵淵星那」

 雪音はそう言って、ポケットに手を入れる。

「残りはあとで、じっくり聞かせてもらう」

 そこからスマホを取り出すと、理恵へ電話をかけた。ワンコールで理恵のスマホに繋がる。

『雪音様、ご無事で』

「杵淵を捕らえたわ。拘束してるけど、どのくらいで来れる?」

『――もうすぐ着きます』

 その声がしたと同時に、見覚えのある車が隣接した車道に現れる。ちゃんと近場で待機してくれていたようだ。

「私は白夜を追う。見張りを頼める?」

 理恵は確かに戦闘向きの異能力者ミュートではないが、その超人的な基礎身体能力は持っている。それに雪音の"凍結"は弱った杵淵ではほどけない。この状況なら、見張りを任せられるだろう。

『了解です。"スイレン"にも二人ぐらい、戦闘員を呼び出させましょう。病院の襲撃も吟味すれば、そのくらいならギリギリ許可がでるはずです』

 理恵が言い終わると同時に、彼女の車がすぐそばに停車した。運転席が開き、中からスマホを持った理恵が現れる。

 運転中に電話していたらしいが、ここは目をつぶろう。

 雪音は理恵に杵淵を任せ、雑貨ビルへと向かったのだった。
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