OverKill:LifeMeter

トンボ

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#44 お人好し

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 大きめな商業ビルの一室。

 ただでさえ電灯がついていない薄暗いフロアなのに加え、砂埃がさらに視界を濁らせる。窓ガラスから微かに差し込む光は逆光となり、金剛寺の瞳に映る二人の姿をぼやけさせた。

 息を切らした金剛寺は二人を見て目を細める。

 それは逆光が眩しく感じられたのか、それとも彼の体力が限界に近いのか。どちらが正解かは分からないが、後者である可能性の方が高いように白夜には思えた。

 金剛寺は白夜の異能で引き摺り回された挙句、続けて白夜と雪音の近接戦闘を行っている。引き摺り回しの前も、東宮総司と一戦やりあっていたようだし、ダメージの蓄積は確実に金剛寺の体を蝕んでいた。

「……暗いな」

 ぼそりと白夜はぼやいた。

 本日は休日ゆえ、金剛寺が吹っ飛んだビルの階には平日働く社会人の影はまるでない。それはそれで都合が良いのだが、人がいないために電灯もついていなくて薄暗かった。

 視界が暗ければ、"利口な騙り手クレバー・トリック"の"口"の目視がしづらくなる。白夜たちにとって、あまりよろしい場所ではないようだ。

 さらには三人はまとめて不法侵入だ。

 6階の窓をぶち破ってわざわざ侵入する強盗などいるはずもないが、窓には侵入者対策の防犯センサーがついていることが多い。警報などといったあからさまな警告音はなっていないが、警備会社が異常に気付いて、もしくは道行く人がたまたま見上げた際に割れた窓ガラスに気付いた場合に至っては、警備員か警察がこの場所に訪れる。

 そうなれば色々面倒なことになること必至だ。白夜は姿勢を低くして金剛寺を捉えると、引く声で告げる。

「すぐにやるよ、金剛寺」

 金剛寺も白夜に呼応するかのよう、殺気を振りまいて構えた。

 続けて雪音も刀を金剛寺に向けつつも、白夜に対抗するかのようにはっきりと凛とした音色で告げる。

「いいえ、殺しはしません。貴方は

「……は?」

 白夜は思わず声を漏らし、視界の端に雪音を捉える。雪音は白夜の視線に気づきつつも、特に取り合うことなく金剛寺を見つめ続けた。

 確かに東宮総司の依頼は『捕まえる』か『殺す』かであり、殺す必要はないのかもしれない。しかし、金剛寺を生かして捕まえるのは難しい上に――白夜は金剛寺に対して払拭できそうにないイガイガを感じていた――ヤツは危険すぎる。

 その危険さをしまって生きていければいいのだが、彼にその気は当然ないのだろう。だから、火孁は片腕を千切られ、雪音の姉である雪華は襲われた。

「優しいな、東宮雪音。さすが優等生だ。……ま、俺にそんな気はないが」

 不意にこぼれてしまった言葉。白夜のぼやきに雪音は堂々と返す。

「結構です。私は私、貴方は貴方で好きに解釈していれば良い。――しかし」

 ――金剛寺の足がピクリと動いた。その動きを二人は見逃さない。白夜は指を鳴らし、雪音の刀はかちゃりと音が鳴る。

「私は私の信じた道を進む……!」

 金剛寺が勢いよく地面を蹴り、二人へと前進した。雪音は刀を振るい斬撃を放ち、白夜は迎え撃つが如く駆け出した。

 "凍結"の異能が付与された斬撃は見かけ以上に攻撃範囲が広い。体を回転させ、無駄なくギリギリで雪音の斬撃をかわした金剛寺に降りかかったのは、"凍結"の風圧だった。

「……ッ!」

 金剛寺の右半身が足元から首にかけて軽く凍結する。動きがとまり、金剛寺は煩わしそうに唇を噛んだ。ちらりと凍結した半身を見下ろすも、彼の視線はすぐに雪音の斬撃についていくように向かってきた白夜を補足する。

「クソが!」

 歯を噛み締めて金剛寺はふんばり、力づくで氷で地面にくっついた左足を引き抜き、白夜の接近に備えた。白夜はそれと同時に軽く左腕を下へ振り下げる。

「……ッッ!」

 今度は金剛寺の体が真下へ引き寄せられた。超重力の枷に囚われた彼の体はすぐさま地面へ貼り付けになる。白夜の"重力操作"で下方向の重力を生じさせ、金剛寺を地面に叩きつけたのだ。

 しかしその瞬間的に強く引き寄せた力は長くは続かないどころか、一瞬で解除される。すぐ立ち上がる金剛寺だが、もう目の前には白夜が迫っていた。元々白夜と金剛寺の位置関係は近かったのだ。隙を作るのは一瞬で良い。

 白夜の重力を乗せた拳が金剛寺へ降りかかる――。

「くっ……!」

 と、白夜は拳を振り切るより先に体を横へ弾いた。虚空に顕現した"口"が白夜のいた位置をかみ砕く。白夜は冷や汗を感じながらも、その体勢から果敢に金剛寺へ拳を振るった。

 金剛寺の異能"利口な騙り手クレバー・トリック"は使用者がどんな体勢であれ、関係なく"口"で攻撃が可能なのだ。異能の仕様において、常識的な範囲で使用者の状況を問わず適用できる異能は厄介この上ない。

 白夜は引力を込めた拳を繰り出す。金剛寺の体がその拳に引き寄せられつつも、直撃することはなかった。ギリギリのところで拳は金剛寺の体をとらえきれず、一発一発ずつ金剛寺の"口"との応酬が繰り広げられた。

 金剛寺は手の平に"口"顕現してそのまま掌底打ちをしてくると思えば、虚空に"口"を召喚して噛み砕いてくることもある。良い塩梅にそれぞれを組み合わせてくる彼の攻撃は油断も隙もなかった。

 白夜は左足を食いちぎろうと足元付近で顕現した"口"を反射的に蹴り上げ、確かな感触を得る。その手ごたえに、どこか引っかかりを覚えつつも"口"を吹っ飛ばした。直後、金剛寺の握り拳が白夜の胴に命中し、不意のダメージに思わずくらんだ。

「白夜!」

 その状況の中で、雪音がくらんだ白夜と金剛寺の間に斬って入り込んだ。金剛寺は雪音の太刀筋をかわすため、後ろへ跳ぶ。が、彼の攻撃はその状況からでも同時に行えた。

 白夜の左腕をかみ砕くように、"利口な騙り手クレバー・トリック"が顕現する。白夜も身を引こうとするが、若干遅かった。"口"が白夜の手首を噛み、ぐちゃりと肉を裂いて潰す。

「ぐぁぅ……!」

 すぐに右手で左手首に嚙みついた"口"を取り払い、何とか噛みちぎられることは防いだ。しかしながら左手首からは、水に浸した雑巾を絞った時のように血液が溢れ出て、ドクドクと地面へとこぼれていた。

 それでも白夜は叫んだ。

「雪音ェ!」
「!」

 彼女の名を叫びながら、なんと白夜は左腕を金剛寺に向かって振り上げた。当然ながら手首からあふれ出る鮮血が宙へ投げ出されて飛び散っていく。同時に雪音は金剛寺に向かって地面を蹴った。

 そしてその鮮血の粒たちは、空気中でほんの一瞬停止すると、弾丸のように金剛寺へと飛んで行った。白夜は自らの鮮血の粒を"重力操作"で金剛寺に勢いよく飛ばしたのだ。

 粒自体は石よりもやわい。しかしそれが速度を持って飛ばされたのなら別だ。

 勢いよく水を飛ばして石を切る水圧カッターのように、白夜の"重力操作"によって不自然に超加速した血の一滴一滴は、石を砕くほどの威力はなくても痛みを与えるほどの衝撃は生む。

 金剛寺に飛んできた血液は偶然にも彼の左目に飛び、彼は思わず顔をそらしてしまった。金剛寺は瞬時に顔を向き直すも、そのころには雪音は彼の懐へ入っている。

「――ッ!」

 金剛寺は苦しそうに体を上向きへ反らす。が、その程度では雪音の一閃をかわせない。その太刀筋は金剛寺の腹に斜めの切り傷を生む――だった。

「……!」

 飛び散る鮮血。それは確かに血液だった。しかし雪音は悔しそうに顎を引く。当然彼女の目にも、そして前よりも金剛寺の近くでそれを見ていた白夜の目にも、"それ"が映っていたのだ。

 前と同じように、刀で斬られて血液もぶちまけたのにも関わらず、そのまま腕を振り下ろしてくる金剛寺。振り下ろされる腕に雪音は刀を振るって対抗する。

 がきん、と壊し合った金属同士の音が鳴り響き、両者とも衝撃で体がはじける。金剛寺の腕に顕現した"口"の歯と刀がかち合った結果なのだろう。そしてやはり、金剛寺の腹にあるはずの切り傷はなかった。

 が、今回はその種を二人とも目撃していた。左手をピクピクと痙攣させながら、白夜はぼやく。

「"口"を身代わりにしてたのか……!」

 白夜と雪音が目撃した事実――それは刀で斬られる直前、その面に被せるように大きな"口"を顕現させていいたのだ。当然、斬られたのは肉体ではなく召喚された"口"であり、金剛寺本体にダメージはないようだ。

 弾かれた勢いでそのまま白夜の隣まで下がった雪音は、深く息をついて金剛寺を見据える。

「ならば、突き刺すまで」

 表面の人皮を斬るだけでは届かない。ならば、その人皮を確実に貫通させ、本体に刃を届かせるまでだ。

 白夜は自らのシャツの下部分を千切り取り、ドクドクと血液が流れ落ちる左手首に固く巻きながら雪音へ言った。

「脳天にぶっ刺してやれ」

「……殺しはしません。後悔することになりますから」

「後悔、ねぇ」

 口でシャツの切れ端を咥えて引っ張り、すぐに応急処置を施した白夜は小さく笑う。

「お人好しなもんだな」

その瞳には、いつかの在りし日、その灰色が滲んでいた。
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