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#43 ヤブ
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歩いて近づいてくる金剛寺に雪音は顎を引いた。
彼の異能は接近向けではないし、得物もない。加えて雪音は接近戦を得意としているのは先の戦闘で分かっているはずだ。
それなのに接近してくる彼の行動には何か裏があるのだろう。
「……!」
そんな彼の惑わせに雪音の対応は早かった。彼が歩き始めて数歩で雪音は地面を蹴る。
金剛寺の接近にどんな企てがあるか分からない以上、それを彼の行動で遂行させてしまうのは危険だと雪音は判断したようだ。だが彼女は近距離で立ち回る以上、金剛寺との接近は免れない。
だから、雪音は近づかれるよりも先に自分から近づくことにしたのだろう。
それを見た金剛寺はつまらなそうに瞳を濁らせた。
「頓智じゃあねーぞ、優等生」
雪音の太刀筋が金剛寺を襲う。彼の胴目掛けて、鋭い一閃が放たれた。その一振りに対し、金剛寺は瞬時に左腕を犠牲に防御した。
腕に長い縦の切り傷が生まれ血液の飛沫が飛び散る。雪音の攻撃が金剛寺に命中した瞬間だった。雪音の唇が緩み――そうになるも、次の瞬間に雪音の表情が凍り付く。
金剛寺は斬られたはずの左腕をそのまま雪音へ突き出し、何事もなかったように、その手のひらに"口"を顕現させて攻撃したのだ。
そしてさらなる驚くべき事実として、雪音が攻撃したはずのその腕に、切り傷は見えなかった。
「なっ……!?」
雪音の表情が一転して崩れる。驚愕の表情に一縷の汗が伝い、全身が震えた。
刀を持つ腕の動きが鈍り、一瞬回避行動が遅れる。
「くっ……!」
雪音の顔面を狙った金剛寺の腕の振りが、避け損ねた雪音の頬をかすってぶち破った。今度は雪音の血液――金剛寺のそれと比べれば少量ではあるが――が舞い、地面に零れ落ちた金剛寺の血液の上へ飛び散る。
雪音は頬の肉をそがれた痛みになど屈する暇もなく、すぐさま金剛寺と距離を取ろうと地面を蹴った。
「……!」
「へっ……」
明らかに雪音は動揺していた。その機会を金剛寺が見逃すはずがない。
後方へ足を踏んだ雪音に対し、金剛寺はさらに踏み込んだ。雪音は休むことも考える暇もなく、金剛寺を撃退すべく刀を振るう。
金剛寺への攻撃は雪音としても手ごたえがあっただろうし、現に血飛沫が地面へと飛び散っている。それは雪音も目視できているだろう。それにも関わらず、雪音が斬ったはずの傷口は金剛寺の左腕にはなかった。
これがどういうことか――それを理解しない限り、金剛寺への攻撃は通らないのかもしれない。
雪音は焦りを覚えつつ、今度は金剛寺の左腕を斬り落とすが如く、刀を振り下ろした。
「――」
金剛寺は身を引いてそれをかわす。刀は空振り、それと同時に雪音は金剛寺と距離を置いた。そのまま汗でべとついた手の平に空気を触れさせるように、片手ずつ交互に刀から手を離すと再び構える。
焦燥を露にする雪音を見て、金剛寺はせせら笑った。
「教科書みてぇに理解できることだけで世界ってのはできてるわけじゃねえんだわ。ここで最後の授業ってことにしてやるよ」
「……無免の、ヤブ医者ならぬヤブ教師に、教わることなんて何もありませんが」
「へぇ、中々豪胆じゃねーか」
金剛寺はゆっくりと雪音へ歩み出した。雪音は咄嗟に刀を振り上げ、斬撃を異能に乗せて飛ばして迎撃する。
金剛寺はその斬撃を身をかがめてかわすと、次の一歩で地面を強く蹴って雪音へ急接近する。雪音はまたもや地面を蹴って、後ろへ跳んだ。
しかしそれは悪手だった。何故なら、金剛寺はそれを読んでいて、雪音が思っていた以上に強く地面を蹴っており、さらに腕を強く振って全速力で雪音に迫っていたのだから。
「っ!」
雪音が反射的に刀を前に寄せると、接触音が鳴り渡った。金剛寺が繰り出した左腕、その平にひっついた口の歯を運よく雪音の刃で防げたのだ。
さっきとは速度が異なる追撃を受けて、雪音はさらに背後へ下がることになり、金剛寺はさらに雪音へ距離を詰める。
眼前に迫る金剛寺。恐怖の対象がすぐ目の前に現れてしまった雪音は、ペースを乱してまで体を後退させようとして――あろうことか、足の踏みを誤った。
「……きゃっ!」
膝がガクンと曲がり、その場で後ろへ倒れ込んだ雪音。金剛寺はしりもちをついた雪音の前に踏み込むと、座り込んだ雪音に向かって右腕を振り下ろした。その手のひらには当然、利口な騙り手が仕組まれており、それは目を見開いた雪音の顔面へと振り下ろされる。
勝ち――その事実を確信した金剛寺の顔が、決着するよりも先に顔へ現れた。
「おい」
――その表情が外的要因によって崩されたのは、そのすぐ後だった。金剛寺の顔の皮が、何かに引き寄せられて歪む。
「その顔、ムカつくんだよ、オイ」
金剛寺は転んだ雪音の右肩の上を通過して、不自然な重力に引っ張られれて飛んだ。その金剛寺の先にいたのは、拳を固く握りしめて立ち上がった白夜の姿があった。
「てめぇ……!」
「計算違いか? そりゃそうだろうな」
白夜が金剛寺を引き寄せた。白夜は引力で引き寄せた金剛寺の顔面に、拳を大きく振りかぶり、そのまま振り抜いた。
「――」
白夜の拳は金剛寺の顔を物理的に歪ませる。
殴られた金剛寺はその衝撃で隣のビルの6階の窓をへ吹っ飛んだ。そのまま窓をぶち破り、暗いフロアの中へ机やあらゆる機器を巻き込んで倒れ込む。
埃を舞い上げて、機材の残骸や木材に破片をあたりに散らしながら、金剛寺はよろよろと立ち上がって切れた唇を拭った。
一拍おいて、金剛寺が破ったガラスから、ある程度回復せしめた白夜がビルの中に降り立つ。
金剛寺はどこにぶつけるべきか分からない怒りを言葉に乗せて、目の前の白夜に浴びせた。
「クソ……! なんで立ち上がってんだ……!」
「そうだな……。俺だけじゃ、ここに立つことはできなかったよ」
白夜の言葉のすぐ後に、別の窓ガラスが割られる音が白夜と金剛寺のいるフロアに響きわたる。
それは、電気の灯されていないその階に雪音が別の窓ガラスを割って侵入した音だった。雪音は立ち上がると、堂々とした様子で金剛寺の前に立つ白夜の隣へ歩む。
「まさかとは思いましたが、うまくいったようですね」
「ああ、拾ってきてくれて助かった」
小さく笑う雪音に白夜は同じく笑って返した。
雪音が白夜と金剛寺を追って屋上へ辿り着く前、彼女はある感覚がすぐ近くの歩道に落ちていることに気付いていた。小さくともはっきりと明瞭な気配、それは例のファミレスで感じたものと同じだった。
「おかげで精神力を補充できた」
白夜は動かせるようになった手足に力を入れる。それは正真正銘、白夜の力が戻ってきたことを示していた。
――天叢雲剣。下で金剛寺と戦っていた際に、自らの精神力を削って顕現していた神器。
しかしそれは金剛寺の利口な騙り手に引きずり込まれたどさくさで、手から離れてしまっていた。
その場に取り残された天叢雲剣には、顕現に使われた白夜の精神力が残っていたのだ。それを雪音が感じ取って拾い、白夜のもとまで届けた。
そしてそれを受け取った白夜は、天叢雲剣に精神力を込めるのとは逆の方向で、天叢雲剣から自分のエネルギーを還元し、今に至るというわけだ。
金剛寺は目の前に立ちはだかる二人に向かい、小さくぼやいた。
「しぶといねえ……まったく」
「ハッ、そりゃお前だろうが」
さらに傷を増やした金剛寺に対し、白夜が上からそう言い放ったのだった。
彼の異能は接近向けではないし、得物もない。加えて雪音は接近戦を得意としているのは先の戦闘で分かっているはずだ。
それなのに接近してくる彼の行動には何か裏があるのだろう。
「……!」
そんな彼の惑わせに雪音の対応は早かった。彼が歩き始めて数歩で雪音は地面を蹴る。
金剛寺の接近にどんな企てがあるか分からない以上、それを彼の行動で遂行させてしまうのは危険だと雪音は判断したようだ。だが彼女は近距離で立ち回る以上、金剛寺との接近は免れない。
だから、雪音は近づかれるよりも先に自分から近づくことにしたのだろう。
それを見た金剛寺はつまらなそうに瞳を濁らせた。
「頓智じゃあねーぞ、優等生」
雪音の太刀筋が金剛寺を襲う。彼の胴目掛けて、鋭い一閃が放たれた。その一振りに対し、金剛寺は瞬時に左腕を犠牲に防御した。
腕に長い縦の切り傷が生まれ血液の飛沫が飛び散る。雪音の攻撃が金剛寺に命中した瞬間だった。雪音の唇が緩み――そうになるも、次の瞬間に雪音の表情が凍り付く。
金剛寺は斬られたはずの左腕をそのまま雪音へ突き出し、何事もなかったように、その手のひらに"口"を顕現させて攻撃したのだ。
そしてさらなる驚くべき事実として、雪音が攻撃したはずのその腕に、切り傷は見えなかった。
「なっ……!?」
雪音の表情が一転して崩れる。驚愕の表情に一縷の汗が伝い、全身が震えた。
刀を持つ腕の動きが鈍り、一瞬回避行動が遅れる。
「くっ……!」
雪音の顔面を狙った金剛寺の腕の振りが、避け損ねた雪音の頬をかすってぶち破った。今度は雪音の血液――金剛寺のそれと比べれば少量ではあるが――が舞い、地面に零れ落ちた金剛寺の血液の上へ飛び散る。
雪音は頬の肉をそがれた痛みになど屈する暇もなく、すぐさま金剛寺と距離を取ろうと地面を蹴った。
「……!」
「へっ……」
明らかに雪音は動揺していた。その機会を金剛寺が見逃すはずがない。
後方へ足を踏んだ雪音に対し、金剛寺はさらに踏み込んだ。雪音は休むことも考える暇もなく、金剛寺を撃退すべく刀を振るう。
金剛寺への攻撃は雪音としても手ごたえがあっただろうし、現に血飛沫が地面へと飛び散っている。それは雪音も目視できているだろう。それにも関わらず、雪音が斬ったはずの傷口は金剛寺の左腕にはなかった。
これがどういうことか――それを理解しない限り、金剛寺への攻撃は通らないのかもしれない。
雪音は焦りを覚えつつ、今度は金剛寺の左腕を斬り落とすが如く、刀を振り下ろした。
「――」
金剛寺は身を引いてそれをかわす。刀は空振り、それと同時に雪音は金剛寺と距離を置いた。そのまま汗でべとついた手の平に空気を触れさせるように、片手ずつ交互に刀から手を離すと再び構える。
焦燥を露にする雪音を見て、金剛寺はせせら笑った。
「教科書みてぇに理解できることだけで世界ってのはできてるわけじゃねえんだわ。ここで最後の授業ってことにしてやるよ」
「……無免の、ヤブ医者ならぬヤブ教師に、教わることなんて何もありませんが」
「へぇ、中々豪胆じゃねーか」
金剛寺はゆっくりと雪音へ歩み出した。雪音は咄嗟に刀を振り上げ、斬撃を異能に乗せて飛ばして迎撃する。
金剛寺はその斬撃を身をかがめてかわすと、次の一歩で地面を強く蹴って雪音へ急接近する。雪音はまたもや地面を蹴って、後ろへ跳んだ。
しかしそれは悪手だった。何故なら、金剛寺はそれを読んでいて、雪音が思っていた以上に強く地面を蹴っており、さらに腕を強く振って全速力で雪音に迫っていたのだから。
「っ!」
雪音が反射的に刀を前に寄せると、接触音が鳴り渡った。金剛寺が繰り出した左腕、その平にひっついた口の歯を運よく雪音の刃で防げたのだ。
さっきとは速度が異なる追撃を受けて、雪音はさらに背後へ下がることになり、金剛寺はさらに雪音へ距離を詰める。
眼前に迫る金剛寺。恐怖の対象がすぐ目の前に現れてしまった雪音は、ペースを乱してまで体を後退させようとして――あろうことか、足の踏みを誤った。
「……きゃっ!」
膝がガクンと曲がり、その場で後ろへ倒れ込んだ雪音。金剛寺はしりもちをついた雪音の前に踏み込むと、座り込んだ雪音に向かって右腕を振り下ろした。その手のひらには当然、利口な騙り手が仕組まれており、それは目を見開いた雪音の顔面へと振り下ろされる。
勝ち――その事実を確信した金剛寺の顔が、決着するよりも先に顔へ現れた。
「おい」
――その表情が外的要因によって崩されたのは、そのすぐ後だった。金剛寺の顔の皮が、何かに引き寄せられて歪む。
「その顔、ムカつくんだよ、オイ」
金剛寺は転んだ雪音の右肩の上を通過して、不自然な重力に引っ張られれて飛んだ。その金剛寺の先にいたのは、拳を固く握りしめて立ち上がった白夜の姿があった。
「てめぇ……!」
「計算違いか? そりゃそうだろうな」
白夜が金剛寺を引き寄せた。白夜は引力で引き寄せた金剛寺の顔面に、拳を大きく振りかぶり、そのまま振り抜いた。
「――」
白夜の拳は金剛寺の顔を物理的に歪ませる。
殴られた金剛寺はその衝撃で隣のビルの6階の窓をへ吹っ飛んだ。そのまま窓をぶち破り、暗いフロアの中へ机やあらゆる機器を巻き込んで倒れ込む。
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一拍おいて、金剛寺が破ったガラスから、ある程度回復せしめた白夜がビルの中に降り立つ。
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「クソ……! なんで立ち上がってんだ……!」
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それは、電気の灯されていないその階に雪音が別の窓ガラスを割って侵入した音だった。雪音は立ち上がると、堂々とした様子で金剛寺の前に立つ白夜の隣へ歩む。
「まさかとは思いましたが、うまくいったようですね」
「ああ、拾ってきてくれて助かった」
小さく笑う雪音に白夜は同じく笑って返した。
雪音が白夜と金剛寺を追って屋上へ辿り着く前、彼女はある感覚がすぐ近くの歩道に落ちていることに気付いていた。小さくともはっきりと明瞭な気配、それは例のファミレスで感じたものと同じだった。
「おかげで精神力を補充できた」
白夜は動かせるようになった手足に力を入れる。それは正真正銘、白夜の力が戻ってきたことを示していた。
――天叢雲剣。下で金剛寺と戦っていた際に、自らの精神力を削って顕現していた神器。
しかしそれは金剛寺の利口な騙り手に引きずり込まれたどさくさで、手から離れてしまっていた。
その場に取り残された天叢雲剣には、顕現に使われた白夜の精神力が残っていたのだ。それを雪音が感じ取って拾い、白夜のもとまで届けた。
そしてそれを受け取った白夜は、天叢雲剣に精神力を込めるのとは逆の方向で、天叢雲剣から自分のエネルギーを還元し、今に至るというわけだ。
金剛寺は目の前に立ちはだかる二人に向かい、小さくぼやいた。
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