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#53 三日月病院
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三日月病院。理恵の車に揺られて十分ほどでその姿が見えてきた。
車がロータリーに入ろうとすると、その前で警備員に止められた。白夜は窓からちらっと病院を見ると、やはりというべきか、エントランスの部分が破壊されたままであった。
昨日、あの場所では戦闘があったのだから、それもそのはずだ。杵淵率いる異能雑兵の襲撃――それはどうやら囮であったようだが。
「……そういえば、聞いてなかったな」
囮、思い返してみると、その辺りは不明瞭であった。
三日月病院への襲撃を囮に、金剛寺は白夜たちを雑貨ビルに引き寄せた。見事、白夜たちはそのエサにつられて、もぬけの殻となった雑貨ビルへと足を踏み入れることになったわけだ。
しかしそれだけでは足りない。病院への襲撃が囮なら、それは何のための囮だったのか――つまるところ、囮で隠された本命があったはずだ。そしてそれを把握していたのは、白夜たちに金剛寺打倒を依頼した東宮総司である。
雑貨ビルでイリアンと杵淵の確保に成功した直後、『金剛寺の位置情報を捉えた』と東宮総司から連絡があった。
それはつまり、白夜たちが雑貨ビルに釣られている間、金剛寺と何らかのかたちで接触していたということだ。
結局、その本命を聞くタイミングもなく金剛寺と戦闘になってしまって、その流れで事件を俯瞰することもできず、今に至る。
「……そういや雪音、お前の親父さんはこの後立ち会ってくれるのか?」
雪音の父、東宮総司はその真相を知っているはずだ。答えてくれるかも低確率であるし、何より聞いたところでどうなるわけでもないと思うが、それはそれで気になる。
何もしないよりは、という思いを込めて、この後の解呪に総司が関わるのか、白夜は雪音に聞いた。
「ええ、待っていますよ。なんせ……」
助手席に座る雪音の言葉が詰まった。後部座席の白夜は雪音の後ろを怪訝そうに見る。
雪音は小さく息を吐くと、柔らかいような、遠慮がちの音色で言った。
「……あの、今まで言っていたなかったのですが」
「……? なんだよ、言ってみろよ」
何をそんなに言葉を詰まらせているのか。白夜は不審な気持ちで雪音へ告げる。
もしや呪いの解法がおじゃんになる――そんな考えもよぎったが、ここまできてそれはないだろう。
雪音は手を額に当てため息をつくと、静かに切り出した。
「……すみません。呪いの解法は推測上は可能であるとはいえ、実際に行ってどうなるかは未知数なのです。……人体実験するにも、使える被験者がいないので……。なのでその、白夜が初めての解呪対象になるんです……」
「……あー、そういうことか」
遠回しに雪音が言おうとしていることを白夜はなんとなく理解する。
宿星の五人の呪い――その解法をどうして"白き信頼"が研究していたのか。それは白夜の呪いを解くためではない。
「机上論では可能なそれで本当に呪いが解けるのか、俺で実験するってわけだろ。それでオッケーなら、本命の雪華に実行する」
「……はい。理論上は可能みたいなので大丈夫だとは思いますが……やはり、リスクはあるかと。言ってしまえば白夜は……」
雪音の語尾が濁った。白夜は座席に深く寄りかかる。
要するに白夜は解呪の実験体も兼ねているということだ。破格の美味しい話で少し肩透かし感を持っていたが、フタを開ければそういう思惑も絡んでいた。
まあそれでも白夜の意志は変わらない。このチャンスを逃したら次がくる保証はないのだから。
「問題ねえよ」
「……そう、ですか」
はっきりとした白夜の言葉を聞いても、雪音はどこかはっきりしていないようであった。割り切れないのだろう。
「着きました」
ずっと黙っていた理恵が口を開くと同時に、車は止まる。いつの間にか警備員を抜けて、病院の西口についていたようだ。
「……それでは、付いてきてください」
◆
白夜は雪音に連れられて、三日月病院のB1Fへエレベーターに乗って降りていく。
エレベーターが止まると重力の感覚が消えて、チャイムがなると同時に静かに目の前の扉が開いた。上階の雰囲気とは異なり、白い壁に暗めの電灯が二人を出迎える。
その気味の悪い廊下を歩く二人。足音だけがこだまする。廊下に接続する部屋はいやに少なかった。こんな雰囲気の場所にどんな部屋があるのだろうか。白夜はふと気になった。
そこで、通り過ぎた部屋のプレートに視線を向ける。白夜はそのプレートに書かれた文字を認識するや否や、自分の興味が静かに降下していくのを感じた。
――『霊安室』。
この廊下がどんな場所へ繋がっているのか理解してしまった以上、失礼であるが不気味さが増す。白夜と雪音は口も開かず、歩き続けた。
T字の分かれ道が現れ、それを右に曲がる。すると正面に再びエレベーターが二つ現れた。右端には上階へと続く階段があった。
「それでは、行きましょうか」
そう言って、雪音は左側のエレベーターを開けた。ゆっくりと開くドア。雪音を先頭に後続の白夜がエレベーターの箱の中に入ると、雪音は扉を閉じる。
そして素早い手つきで階数のボタンをいくつか連続で押し始めた。白夜は思わずそれに視線を奪われる。
雪音は無表情で数回色々な階数のボタンを押した後、最後に緊急連絡ボタンを叩いた。直後、いつものチャイムとは半音ほど高いそれが鳴り、エレベーターは下降した。
白夜はついぼやいた。
「……地下二階、か? この病院は地下一階が一番下層だろ……?」
「表向きではそうなってますね」
雪音はもう慣れているのだろうか、淡々として音色で白夜の疑問に答える。
反して、白夜はまた呆気に取られていた。
雪音や総司と会った"白き信頼"の喫茶店といい、映画で見るような要素が目の前で当然の如く実践されていた。少し不謹慎だが、こんなものを見せられたら、さっきまでの暗かった気持ちが一気に明るくなるに決まっている。
少し長めの下降の後、再び半音高いチャイムが鳴った。同時に扉が開く。
「な……」
白夜は目の前の景色を見て、呆然と立ち尽くした。この病院に来てから驚いてばかりな気がするが、群を抜いてこれには驚かざるを得ない。
「ようこそ、白夜。"白き信頼"、研究スペースへ」
――白夜の視線の先に広がる、緑に包まれた噴水付きの庭を背景に、雪音は小さく微笑んだのだった。
車がロータリーに入ろうとすると、その前で警備員に止められた。白夜は窓からちらっと病院を見ると、やはりというべきか、エントランスの部分が破壊されたままであった。
昨日、あの場所では戦闘があったのだから、それもそのはずだ。杵淵率いる異能雑兵の襲撃――それはどうやら囮であったようだが。
「……そういえば、聞いてなかったな」
囮、思い返してみると、その辺りは不明瞭であった。
三日月病院への襲撃を囮に、金剛寺は白夜たちを雑貨ビルに引き寄せた。見事、白夜たちはそのエサにつられて、もぬけの殻となった雑貨ビルへと足を踏み入れることになったわけだ。
しかしそれだけでは足りない。病院への襲撃が囮なら、それは何のための囮だったのか――つまるところ、囮で隠された本命があったはずだ。そしてそれを把握していたのは、白夜たちに金剛寺打倒を依頼した東宮総司である。
雑貨ビルでイリアンと杵淵の確保に成功した直後、『金剛寺の位置情報を捉えた』と東宮総司から連絡があった。
それはつまり、白夜たちが雑貨ビルに釣られている間、金剛寺と何らかのかたちで接触していたということだ。
結局、その本命を聞くタイミングもなく金剛寺と戦闘になってしまって、その流れで事件を俯瞰することもできず、今に至る。
「……そういや雪音、お前の親父さんはこの後立ち会ってくれるのか?」
雪音の父、東宮総司はその真相を知っているはずだ。答えてくれるかも低確率であるし、何より聞いたところでどうなるわけでもないと思うが、それはそれで気になる。
何もしないよりは、という思いを込めて、この後の解呪に総司が関わるのか、白夜は雪音に聞いた。
「ええ、待っていますよ。なんせ……」
助手席に座る雪音の言葉が詰まった。後部座席の白夜は雪音の後ろを怪訝そうに見る。
雪音は小さく息を吐くと、柔らかいような、遠慮がちの音色で言った。
「……あの、今まで言っていたなかったのですが」
「……? なんだよ、言ってみろよ」
何をそんなに言葉を詰まらせているのか。白夜は不審な気持ちで雪音へ告げる。
もしや呪いの解法がおじゃんになる――そんな考えもよぎったが、ここまできてそれはないだろう。
雪音は手を額に当てため息をつくと、静かに切り出した。
「……すみません。呪いの解法は推測上は可能であるとはいえ、実際に行ってどうなるかは未知数なのです。……人体実験するにも、使える被験者がいないので……。なのでその、白夜が初めての解呪対象になるんです……」
「……あー、そういうことか」
遠回しに雪音が言おうとしていることを白夜はなんとなく理解する。
宿星の五人の呪い――その解法をどうして"白き信頼"が研究していたのか。それは白夜の呪いを解くためではない。
「机上論では可能なそれで本当に呪いが解けるのか、俺で実験するってわけだろ。それでオッケーなら、本命の雪華に実行する」
「……はい。理論上は可能みたいなので大丈夫だとは思いますが……やはり、リスクはあるかと。言ってしまえば白夜は……」
雪音の語尾が濁った。白夜は座席に深く寄りかかる。
要するに白夜は解呪の実験体も兼ねているということだ。破格の美味しい話で少し肩透かし感を持っていたが、フタを開ければそういう思惑も絡んでいた。
まあそれでも白夜の意志は変わらない。このチャンスを逃したら次がくる保証はないのだから。
「問題ねえよ」
「……そう、ですか」
はっきりとした白夜の言葉を聞いても、雪音はどこかはっきりしていないようであった。割り切れないのだろう。
「着きました」
ずっと黙っていた理恵が口を開くと同時に、車は止まる。いつの間にか警備員を抜けて、病院の西口についていたようだ。
「……それでは、付いてきてください」
◆
白夜は雪音に連れられて、三日月病院のB1Fへエレベーターに乗って降りていく。
エレベーターが止まると重力の感覚が消えて、チャイムがなると同時に静かに目の前の扉が開いた。上階の雰囲気とは異なり、白い壁に暗めの電灯が二人を出迎える。
その気味の悪い廊下を歩く二人。足音だけがこだまする。廊下に接続する部屋はいやに少なかった。こんな雰囲気の場所にどんな部屋があるのだろうか。白夜はふと気になった。
そこで、通り過ぎた部屋のプレートに視線を向ける。白夜はそのプレートに書かれた文字を認識するや否や、自分の興味が静かに降下していくのを感じた。
――『霊安室』。
この廊下がどんな場所へ繋がっているのか理解してしまった以上、失礼であるが不気味さが増す。白夜と雪音は口も開かず、歩き続けた。
T字の分かれ道が現れ、それを右に曲がる。すると正面に再びエレベーターが二つ現れた。右端には上階へと続く階段があった。
「それでは、行きましょうか」
そう言って、雪音は左側のエレベーターを開けた。ゆっくりと開くドア。雪音を先頭に後続の白夜がエレベーターの箱の中に入ると、雪音は扉を閉じる。
そして素早い手つきで階数のボタンをいくつか連続で押し始めた。白夜は思わずそれに視線を奪われる。
雪音は無表情で数回色々な階数のボタンを押した後、最後に緊急連絡ボタンを叩いた。直後、いつものチャイムとは半音ほど高いそれが鳴り、エレベーターは下降した。
白夜はついぼやいた。
「……地下二階、か? この病院は地下一階が一番下層だろ……?」
「表向きではそうなってますね」
雪音はもう慣れているのだろうか、淡々として音色で白夜の疑問に答える。
反して、白夜はまた呆気に取られていた。
雪音や総司と会った"白き信頼"の喫茶店といい、映画で見るような要素が目の前で当然の如く実践されていた。少し不謹慎だが、こんなものを見せられたら、さっきまでの暗かった気持ちが一気に明るくなるに決まっている。
少し長めの下降の後、再び半音高いチャイムが鳴った。同時に扉が開く。
「な……」
白夜は目の前の景色を見て、呆然と立ち尽くした。この病院に来てから驚いてばかりな気がするが、群を抜いてこれには驚かざるを得ない。
「ようこそ、白夜。"白き信頼"、研究スペースへ」
――白夜の視線の先に広がる、緑に包まれた噴水付きの庭を背景に、雪音は小さく微笑んだのだった。
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