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#54 地下庭園
しおりを挟む『――"アマテラス"が午前10時30分を通告致します――』
女性の機会音声が"庭"に鳴り渡る。雪音の後を追い、エレベーターという鉄の箱から造られた自然の庭に出た白夜は、改めて周囲を見渡していた。
ここはまるで手入れの行き届いた屋敷の庭だ。
中心部には噴水、それを取り囲むようにレンガの道と生い茂る緑の柵。
所々にベンチが配置されていて、四方の内、三方向には屋根付きのテーブルが設置されていた。それらには白衣を着た者や、スーツ姿のものが各々休憩している。"白き信頼"の者たちであろう。
そして上を見上げると青い空が広がっている――ようにみえるホログラムが展開されている。四方には木製の窓と長方形の出入り口が顔を出していた。
「どうです。驚いたでしょう?」
雪音が自慢げに笑った。
彼女の後ろを歩く白夜は肯定しかできない。あまりにも近未来的な地下の風景に、白夜の知能は一時的に低下していた。
「うおぉぉ……」
故に、白夜は返事なのか呻きなのか分からない返答をしてしまった。雪音の背中についていきつつも、その風景を見渡さずにはいられない。
雪音はそんな白夜をちらりと振り返ると、呆れたのか小さなため息をつく。――その瞳は少し笑っていたが。
そんな庭だったが、入って右側にある出入口をくぐると、緑とは無縁の白い廊下がお目見えする。B1Fの薄暗い廊下とは対照的に、真っ白で清潔な廊下が先まで続いていた。
その廊下を歩いて曲がって、そんなに時間もかからない内に雪音はある扉の前に止まった。
白夜も彼女の隣で止まる。横目で白夜がいることを確認すると、雪音はその扉に手を伸ばし、ノックをした。
「失礼します」
そう言って、扉の隣にあるタッチパネルに人差し指をかざす。その瞬間、『AmateRasu』という緑色の文字が浮かび上がっては消え、扉が軽快な音をたてて開いた。
雪音が部屋に一歩踏み出し、白夜もこれまで通りそれに続く。それから中にいた者の顔を見ると、思わず背筋が伸びる。
「久し振りだね、白夜君」
「……東宮、総司」
そこにいたのは黒髪に眼鏡、薄いヒゲに黒いスーツ姿の男――東宮総司であった。
彼は室内窓の前でイスに座っていた。
その室内窓の先には白い部屋が広がっており、その向こうにはCT機器のような丸い機会と、それを取り囲む白衣の研究者たちが待機していた。
「ぜひ腰をかけてくれ、雪音も」
雪音が体を横に移動して白夜に目くばせをする。
白夜は小さくうなずくと、総司の言葉通り彼の目の前のイスに座った。室内窓のすぐ隣だ。窓のちょっと下の手元辺りには出っ張っりがあり、総司は自身の近くに数枚の書類を置いていた。
雪音は室内窓から少し離れた位置にあるイスに座った。
二人が座るや否や、総司が口を開く。
「金剛寺の件、本当にご苦労だったね。かなり怪我をしたみたいだが、体はどうかな?」
穏やかな口調で白夜の体調を訪ねる彼の雰囲気は穏やかだった。以前"白き信頼"の喫茶店で会った時のように、どこか話しやすい雰囲気がある。
しかしそれは隙だらけというわけではなく、どこか取っつきにくさも含まれていた。
白夜は静かに答える。
「問題ありません」
「そうかそうか、それは良かったよ」
総司は左肘を手元の出っ張りの台に乗せ、安心したように笑った。
「私の娘――東宮雪華だが、金剛寺の呪術から無事解放されたよ。宿星の五人の呪いは残っているものの、ずっと容体は良くなった。ありがとう、感謝するよ」
そい言い終わった後、かけている眼鏡を中指で整えると、台の上にある資料を一つ手に取った。
「さて、ここからが本題だ。依頼成功の見返りとして、例の"呪い"を解くために本日来てもらったわけだが……。前代未聞のことだ。こちらとて、最大限の配慮はしているのだけれども、危険がないわけではない。これを読んで、最後に署名を頼むよ」
そう言って総司はホチキスで止められた資料を白夜へと渡す。ボールペンを挟んであるそれを白夜は受け取ると、その資料に目を落とした。
「署名とか、割と普遍的ですね」
「ないとは思うが、万が一のためにね。これで君に何かあったら、確実に戦争になる。署名はクッションみたいなものだよ。焼け石に水かもしれないけれど」
「……なんか、すみません」
穏やかな口調であるが、若干ながらそれには苦労が含まれているような気がした。白夜は資料に目を走らせるのを一旦中断し、総司の目を見て軽く頭を下げた。
戦争になると、総司は言った。白夜もこれで自分が命を落とすようなことがあれば、火孁も字も黙ってはいないという見解だ。字はともかくとして、火孁は軽く"白き信頼"の施設を爆撃しそうなほど、そういうハードルが低いように思える。というか、低い。
今まではストッパーとして字がいたが、今はもういない。"再臨"の兆候はまだ見られないのだから、今この状態で火孁のストッパーとして機能しそうのは白夜だけだ。
……だけなのだが、ストッパーとして満足に役割を果たせる気がしない。
頭が痛くなってきた。白夜は火孁云々を考えることをやめ、目下の資料に集中した。
書いてあることは見た目通り普遍なことで、特に特筆することはない。死亡する可能性があること、その他後遺症が残った場合などは"白き信頼"が完全に補填すること――書いてあることを信じるなら、後遺症などは別として、白夜にとって不利なことはない。
最後のページに署名をして、資料を束ねる。それからそれを総司へと返却した。
「……確かに」
総司は白夜の署名を眼鏡の向こうの瞳を細め確認する。立ち上がると、白夜の横を通って入口付近へ向かった。
そして室内窓の隣の壁に手をかざすと、音もたてずに壁が下にスライドし、室内窓の向こうの部屋への入り口ができた。
総司は白夜に視線を戻すと、腕で合図した。
「健闘を祈るよ」
彼はそのまま眼鏡のブリッジを中指で上げ、真っ黒な瞳で白夜を見つめる。
何となくだが、白夜はその瞳に棘を感じて顎を引いた。まるで複数の針先を肌に突かれていたような、明確な殺意とは言い難いけれど、歓迎はされていないだろうという感覚がそこにはあった。
「ありがとうございます」
彼の思惑はどうかは知らない。しかし白夜のやることは一つだ。そしてそれは総司の思惑を探ることではない。
素直に礼を言って立ち上がり、白夜は総司へ頭を下げる。それから彼が指し示す部屋へと歩みを進めた。
「……白夜」
「ん?」
後ろから雪音の声が聞こえた。機械がある白い部屋に入る直前で足が止まる。
白夜は錆色の髪を揺らして、振り返った。その先にはイスから立ち上がった雪音がいて、白夜をじっと見つめていた。
「無事に帰ってきてくださいね。待ってますから」
総司とは違う青い瞳。神妙なその瞳を見て、白夜は笑って彼女をからかった。
「ああ、まあどうにかなるさ。俺が帰ってこれればお前の姉さんも帰ってくるんだもんな」
「ちがっ……」
「冗談だよ。ありがとうな、心配してくれて」
白夜のいやらしい戯言にピクリと反応して否定しようとする雪音を、白夜はまた笑って制した。軽く手をかざすと、極微弱な重力波で雪音の前髪を揺らした。
ムッとして自分の前髪を触る雪音に小さく手を振ると、白夜は白い部屋へと足を踏み入れる。
「問題ない。死ぬ気はないからな」
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