OverKill:LifeMeter

トンボ

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#55 後悔

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 白夜は室内窓の向こうにある部屋へ入った。

 中にいた複数の研究者たち言う通り、青白い患者服を着て、CTの機械のようなものに接続された台へ横になる。

「動かないでください」

 そう言いながら、仰向けになった白夜の視野に研究者の顔がひょこりと出てきた。研究者は手に持った器具――注射器をあえて白夜に見せつける。

「少し痒みを感じるかもしれません。ご承知を」

「痒みは問題ありませんが、万が一痛みを感じた場合はお教えください」

 研究者二人の声が左右から聞こえた。白夜は二人に従うしかないので、素直にうなずいた。

 その間にも研究者の一人が右腕の肘上あたりにチューブのようなものを巻いていく。もう一人の注射器を手に持った研究者が視野から消えた。何らかの準備に入っているのだろう。

 チューブを巻く作業――駆血を行ったすぐ後、素早く針を刺す場所がアルコールで塗られていった。

 素早い作業からして、白夜の解呪を担当する研究者は打ちなれているようだ。注射針が腕に挿入され、小さな痛みを感じながらも、何となく安心感を覚える。

 注射を打ち終わり、穿刺せんし部にガーゼを張り付けたところで、研究者は告げた。

「機械に入ったら、すぐに意識を失います。……次目覚めるときにはもうすでに解呪は終わっていますよ」

「……」

 淡々とした音色を聞いて、白夜は深く息を吐いた。

 今から始まる。自分が何かしらをやるわけではないが、二年間ずっと白夜に憑りついてきたモノをついに剥がせる時がきたのだ。――鼓動がヒヤリと高鳴るのを感じずにはいられない。

 ゆっくりと白夜を乗せた台が丸い機械へ向かい、動いていく。

「――」

 白夜は静かに瞳を閉じた。


 ◆


 白夜はいつの間にか白い空間に突っ立っていた。

 少し肌寒い。

 辺りを見渡しても、白、白、白――その殺風景な視界は立体すら感じさせない。目の前に白い壁があるのか、それとも地平まで白い地面が続いているのか、それすらも分からなかった。

「よっ」

 ふと、懐かしい声がした。白夜は慌てて声の方へ振り返る。

「なんだあ、背が伸びた? なんか雰囲気変わったよね?」

 そこにいたのは長い髪の女性だった。どこか紫色を感じさせるけれど、見ると黒い色をしている不思議な色で、その独特な色の髪をしている人物を白夜は一人知っていた。

 白夜は目を見開いて、歩き出した。白い床に長い髪をしなやかに垂らしながら、リラックスした姿勢で座っている女性は、白夜を見るや人差し指と中指で挨拶する。

「やっ、久しぶり」

「ぁ……あざな、さん……?」

 二年ぶりのその姿に、白夜はその女性の名を呼んだ。ロングヘアの女性――字は灰色の瞳をちょっと楽しそうに細めた。

 白夜は字の前に着くと、へなへなと座り込む。彼女の同じ視線にまで落ちた白夜は、震えた唇で告げた。

「……ごめんなさい、俺は……貴方の手を……」

 安堵感からか、それとも激しい負い目があるからか――ずっと言いたかったことが、何の脈絡もなしに思わず零れ落ちた。自分でもみっともないと思うが、どうしようもない。

 そんな白夜を見た字は、あろうことか笑いを吹き出した。

「それは君の意志だったんだろ? どうして謝る? 、違うのかい?」

「ちがっ……あの時の俺が、折角差し伸べてくれた手を……」

「手を取れなかった、それでいいじゃんか」

 字はそう言って、ぐっと姿勢を後ろに伸ばす。白夜は彼女をじっと見つめた。

わえは君に命令した覚えはないよ。誘っただけだ。それを断ったことに負い目を感じること……それは小心者のすることかな。――君をそんな風に育てた覚えはないけど?」

「……そうかもな。でも俺は、ずっと後悔してきた……」

 そう言ってのける字に、灰色の目で見つめ返された。

「いいじゃないか、それで。"あの時"、"あの時"――思い浮かぶ後悔の時間と情景。その上に、ようやく今の君が存在できてるんだ。あんな瞬刻なんかで気をやまないでほしいな」

 妖美に笑う字の姿に白夜は懐旧を感じていた。

 ああそうだ、この感じだ。掴みどころがない仕草に、正しいのかは微妙だが、どこか正当性を感じてしまう諭し方。一家言持ちとか、そういうものに近いのだろうが、その言葉には文面以上に莫大な背景を感じさせた。

 つまるところ、殺気とは違う何かの圧がその言霊に宿っていた。

「それに"後悔"っていうのは人間ヒトを押しつぶすものじゃない。立ち上がらせるためのものさ」

「……立ち上がらせるもの……か」

 白夜はそうぼやきながら、足に力を入れてその場で姿勢を正した。そして今一度、目の前だらしなく座る字を見据える。

「そしていつか、それが力になる日がくる。君が当時への感情を"後悔"と、そう名付けるのならば……大事にしなよ、とても大切なものだ」

 字の言葉はすんなりと耳に入ってくる。

 白夜が今まで逃避の対象としていた、妖星"イデア"の墜落からの"呪い"と挫折。絶望し精神に穴が空いた白夜は前に進むことを拒絶した。

 今になってはそれを"後悔"と呼ばずになんと呼ぶのか。そして白夜はその"後悔"に苦しみ、目を反らそうとし続けてきた。

「こんなものが、大切か……。字さん、貴方はやっぱ強いな」

 ――今でも白夜にとって、その"後悔"は気持ちが悪くなるものである。決してポジティブに変容する兆しはない。

 字は白夜の倍以上は軽く生きているはずだ。その中で、白夜以上の絶望を噛み締めたことは必ずある。それを経験してもなお、そんなことを真っ直ぐに言ってのけるのは、彼女の心が強靭であるが故だ。

「強い……かな。じゃあわえは君のために強くあろう。独立不羈どくりつふき驍勇無双ぎょうゆうむそうってね。だから君も、強くなれ」

 刹那、ふわりと視界に花びらが舞った。

 視界に日差しの色が瞬いた。気づけば花の香りと微かな砂っぽさと水っぽさがが白夜の鼻をくすぐっていた。

 微かにせせらぐ水の音も聞こえる。白い世界から色がある世界へ移り変わったことに、何故か驚きはなかった。――何故か、懐かしいような気がしていた。

 古い家屋の列と、小川にかけられたアーチ状の赤い小さな木造橋。その近くの小道の奥から、赤い和傘を手に持った人影が歩いてくる。

 その姿を見ようと瞳を細めたところで、再び視界は白く染まっていった。同時に、白夜の意識は再び無へと還ったのだった。
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