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#57 不知案内の蛮勇

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 その眼ざめに眠気は付いてこなかった。瞬きの開眼の如く、何事もないように白夜は瞳を見開く。

 その視野には白い天井が広がっており、ここは機械の中ではないようだ。寝たままで白夜は体の隅々まで感覚を集中させてみた。

 ――ない。体を渦巻くような、"感覚"の一語で表すには弱すぎる"予感"が。それは霧。自分の体に纏わり付いて回るも、決して触覚に引っかからない霧だった。

 それは恐らく常人には感知することが敵わないもの。白夜は――"宿星の五人カルディアン"の名を冠する者たちは――"それ"をこう呼ぶ。

 ――"呪い"、と。

 "呪い"の予感を失った白夜は、ゆっくりと体を起こした。心なしか体が軽く、視界も明るく感じる。

 白夜の起床を確認した研究者は慌てて白夜のそばに近寄ってきた。

「……気分はいかがですか」

「絶好調、かな」

 研究者の言葉に、白夜ははっきりとそう答える。体に変な倦怠感などはなく、好調そのものだった。さらには"呪い"の予感も消え失せている。

 誰かに言われるまでもなかった。"短命の呪い"はもう白夜の元にはない。体の中に確かな興奮が生まれていたのが分かるが、それを白夜は理性で抑え込んだ。

 その興奮を希釈するかのように、白夜は手のひらを広げその中をぼーっと見つめた。

 脳裏に浮かぶのは、意識を失った後に見たあの光景。

 あれは夢だったのだろうか。白い世界に字がいて、色々話すことができて、最後には――。

「……」

 あの家屋が並び、せせらぐ小川とそれをまたぐ木造橋。木の葉舞うその村で、こちらに近づいてきた人影。

 あれが誰だったのか、なぜか白夜には懐かしい思いを感じた。どこかで会ったことのある、不明な安心感を覚えていた。

 不思議な感覚だった。これを追憶と呼ぶには既視感がない。そもそも雰囲気からして、あれは白夜が知っている世界ではないように思えた。もっと空気が澄んでいて、空も遠くて――けれど世界は小さくて。

「……まあ、いいか」

 白夜はその一言で、夢の世界を振り切ろうとしたのだった。


 ◆


 研究者たちによる身体検査を終え、特に異常なしと判断された白夜は解放された。私服に着替え、その部屋を出るや否や東宮親子がそれを迎える。

「調子は良いみたいだね。……呪いの方はどうかね」

 総司が白夜の前に歩み出た。雪音は静かにそれに続く。

 白夜は立ち止まると、余裕そうに笑って見せた。

「多分、解呪は成功してる……自分でも驚くぐらい、清々しいですね」

「……そうか。あぁ、そうか。ははっ、良かったよ」

 初めて――白夜は顎を引いて目の前の男の表情を見る――総司が自然に表情を崩したのを見た。

 心の底から安堵している表情――それは自分の娘にも扱える解呪に成功したことに対するものではない。それは白夜自身の生還に対するものであったと、白夜はなんとなく直感した。

「……ありがとうございました」

 理性が形式を重んじたわけではない。ただただ白夜は、感謝の意を込めて頭を下げた。それを本心というのだが、それが白夜の思っていたことを退かせる。

「お互い様だ。……せいぜい、強く、生きるんだね」

 総司は頭を下げた白夜にそう笑いかけると、踵を返した。白夜は頭を上げて、彼の後姿を見る。

 本当は総司に聞きたいことがあった。金剛寺たちが三日月病院を襲った真意だ。逃走した杵淵を追い、雑貨ビルで戦うことになった白夜たちだったが、そこに金剛寺はいなかった。

 その後、松浦イリアンとの邂逅を経て、病院襲撃は白夜たちを釣るための餌であったことが濃厚になった。

 彼らの本命は雑貨ビルにいなかった金剛寺の行動だったといえる。そしてその金剛寺の行動に対応したのは、目の前で背を向けている総司であった。

「……」

 なんとなく、白夜はそれを聞くことを躊躇していた。そのまま総司がここから退室した後で、『聞いたおけばよかったな』と一人思いふける。――そうなるのだろうと、白夜自身も思っていた。

 ――それでいいのか。

 白夜の眉がピクリとはねる。不意にすぐさっき見た字との記憶が思い浮かんだ。

 独立不羈、驍勇無双――あざなが語ったその言葉は、あざな自身の生き方を言葉にしたようなものであると白夜は思った。それは誰にも縛られず、自らの考えで押し通す。そしてそれを可能にしたのは彼女自身の強力無比な力だった。

 あの世界との断絶間際に字が口にした言葉。そもそもあの空間の出来事そのものが白夜の妄想だったのかもしれない。というよりも、妄想でないというのならばあれは何だったのかということになる。

 しかし、あれが妄想だとしても。

 白夜は未来を取り戻した。いつか来る終わりの日まで、縮こまって生きるのは御免だった。弱弱しく閉じこもって生きるよりは、できる限り自由に、そして自分が成したいことを成す、まさに字の生き方で、白夜は行きたいと思う。

 ――ただ彼女ほどの波乱万丈さは望まないが。

「東宮総司さん、聞きたいことがある」

 喉の奥にしまっていた言葉。見ないふりをして忘れたふりをして、しょうがないと片付けてしまおうとしていたその言葉を、白夜は取り戻す覚悟を決めた。

 ほんの些細なことだけれども、些細なことすら妥協してしまうのならば、いつかくるかもしれない重大なことに対しても見ないふりをしてしまう。そんな気がした。

「……なにかあるのかい?」

 総司は部屋を出る一歩手前で、白夜の言葉に振り返る。白夜は奥歯を噛み締めて、その言葉を放った。

「貴方は俺たちが金剛寺結弦と開戦する前、奴と接触していたはず。……奴、金剛寺結弦は何が目的だったんですか? 金剛寺結弦は何を狙って貴方とぶつかったんです?」

「……」

 総司の真っ黒な瞳が、白夜を貫いた。――それは殺気に近いものだった。総司は口を開く。

「君の役目は金剛寺の呪術を解くことで、私からの見返りは呪いの解除だったはずだ。今や相互に達成し、私と君との関係は完結している。もう君は私に要求する対価を持ち合わせていないわけだが」

「対価を払わないと聞けない話、か……」

 白夜は彼の圧に吞まれながらも、引きたくはなかった。別に聞けなかったということで直接的な実害があるわけではなさそうであったが、このままでは腑に落ちない。

 "白き信頼"を敵に回してまで、金剛寺が求めたものとは一体何なのか。

「……」

 そして同じく"白き信頼"へ歯向かってまで食いつく白夜の行動は正しいとはいえない。

 しかしどういうわけか、直感がそれを求めていた。

 金剛寺の狙い、その謎は妙に白夜の好奇心を掻き立てる。それこそ異常なぐらいに、虫が蛍光に吸い寄せられるように。

 だが白夜の手札に有効札はない。白夜は小さく息を吐く。

 それでも、無駄札ばかりでも、表を見せない限りはブラフとして機能する。後のことは後で考えれば良い。

 考えろ。前から少しずつ大きくなってきた"違和感"を、それっぽい装飾をつけて言語化するのだ。

 部外者の白夜が、"白き信頼"に仇成そうとした金剛寺打倒の依頼に駆り出された理由。
 一番困難だと思われた、金剛寺結弦の居場所を突き止めたのは誰か。
 "呪い"の解法をめぐっての不自然な時間経過。

 吐き出せ。それが虚偽だろうが妄想だろうが、頭の中にしまっていてはクズにもならない。口に出してこそ、"それ"は存在を認可される。

 ――白夜は口を開いた。

「……貴方には、協力者がいたはずだ」

「……」

「"白き信頼"のリソースは割けないと、俺は雪音から聞いていた。それなのに貴方は金剛寺と接触し、奴を退けている。発信機までつける大金星だ。……貴方一人でそれができた――そう考えてもいい。だけど、"白き信頼"の重鎮の貴方が、大した兵もつけず金剛寺なんかと対峙するとは思えない。リスクが大きすぎる」

 証拠はない。根拠は自身の"予感"だ。それでも筋を通っているように見せられれば良い。

「ここで、俺とは別口の協力者が存在したと考えると、楽しいことになる。金剛寺を退け発信機をつけたのがソイツの仕業と考えると、かなりの戦力だ。その協力者が一人じゃないかもしれない。けどもし複数だったら、雪音側の協力者に俺じゃなく、そいつらの誰かをつければわざわざ俺を引き合わせる手間が省けたはず。だからそれは考えにくい。なら答えは一つ、その協力者は単独で、金剛寺に匹敵する強力な力を持ち合わせていた者だってこと」

 所々息をするために言葉を途切らせていると見せかけて、思考の時間を稼いでいく。口にする前はバラバラだった道筋も、口にしていく間にボロボロながら何とか一本の線になっていった。

「でも協力者だってボランティアじゃない。その誰かを協力させるために、協力者が望む何かの対価が――そう、貴方が俺に言ったように――必要だったはずだ。それを雪華が襲われたあとで、大して"白き信頼"のリソースの中、迅速に準備できるかって話」

「雪華の襲撃と、俺を勧誘した日は俺の感覚からしてそう離れていない。"白き信頼"の重鎮からの依頼、加えて彼に纏う"機密"を狙う無法人を迎撃するという内容――それは短期間でそう簡単に受け入れられるようなものじゃない。だから多分、逆だったんだ。――その"協力者"が貴方に"依頼"を持ちかけた。そして貴方はその"対価"として自らの護衛を依頼した」

「さらに、雪華は"呪い"で衰弱しているところを襲われた、って聞いてる。なら彼女が襲われた時点で、呪いの"解法"は樹立していなかったとみるのが妥当。そして俺を勧誘した時、見返りとして"呪いの解除"を上げてきたところから、その時点では解法が出来上がっていた。……ということは、雪華が襲われてから俺を勧誘するまでの間に、"奇跡的に"解法が見つかったということ」

「そしてその"解法"で俺を釣り上げた。……よくもまあ、その短期間に"解呪"が魅力的な報酬に映る俺を見つけ、さらには情報まで調べ上げることができたな。……いや、それは俺を"六人目"としてマークしていたからかもしれないけれど、それはそれで違和感が残る。反社どもとつるんでた俺をわざわざ勧誘するのはリスクが大きい」

「でもここで"協力者"が横からメスを入れていた、と都合よく考えると気持ちよく収まる。その協力者が"呪いの解法"を持ち込んできて、貴方が興味を引くような俺の情報も開示して、おまけに金剛寺と因縁があったり。俺があの喫茶店で見た金剛寺の戦闘データなんかにも手を入れてたりしてるのかな。……もしかしたら、俺を金剛寺打倒に推薦したのがその"協力者"だったりするかもしれないな」

 白夜は総司の横入れが入らないよう、隙を作らずここまで語り尽くした。この時点で、白夜が語る"協力者"の像は間違いなく一人に収束していた。それが可能であるのは、白夜が知っている中では一人しかいない。

 その考え込みで、白夜は語る。

「ま、俺はそんな協力者、。けど、もしも、俺がその協力者を見つけたとしたら、そいつから色んなことを聞けそうだよな。持ちかけるほどの情報力をそいつは持っていたわけだし。……運が良かったら、俺がこの場で聞きたい情報を聞けるかも。……口下手で申し訳ないけど、俺が言いたいことを貴方は分かりますかね?」

「……」

 押し黙る総司。それは何も言えないからではなく、白夜の出方を伺っているようだった。その威圧はかなりもので、思わず白夜まで押し黙りそうになる。

 しかし、ここまできてすくむわけにはいかない。

 白夜は総司相手に淡々と言ってのせたのだった。

「貴方が手の内に隠すその機密を第三者から無頓着に明かされるよりも、貴方の口から直に話した方がスマートで都合が良い――そうは思いませんか?」
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