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#60 朝の日常
しおりを挟む――ジリリリリリリリリ
聞き慣れない金属音が白夜の聴覚を貫いて、意識まで浸透した。鼓膜を震わせる甲高い振動に、白夜は重い頭と瞼を開ける。
横に体を向けている中、枕元の目覚まし時計は相変わらずジリリリ、と騒ぎ続けていた。しかし白夜の体は起き上がらない。
重い瞼。布団のすき間から入ってくる冷たい空気。未だ夢の輪郭が残っている視界。
何も考えられなかった。再び夢の中に入りたい、と言語化されずとも分かる思考が白夜を支配していた。
騒ぎ続ける目覚まし時計を無視して、そのまま布団に潜り込む。再び夢の中へとなだれ込もうとする白夜であった。
しかしそれは許されない。
「うるさぁぁぁぁぁあああいいい!!!」
それは渾身の叫び――ふすまをぶち開け、その勢いのまま白夜に飛び掛かって膝蹴りをかました精霊により、夢の世界への回帰は全く叶わなかったのだった。
◆
『次のニュースです。赤田動物園にかわいらしい――』
「マジで死ぬかと思った……」
朝日が差し込むリビング。朝の明るいその空間で、げっそりとした顔をしながら白夜は言った。
その一室で、続けて白夜は髪を整えながらため息をついた。ダイナミックな起こし方をしてくれた精霊、もとい火孁はソファーに寝転びながらテレビを見ている。
「今は私もいるんだ。気をつかえ」
「ごめん……」
慣れない朝の起床により、精神的にも弱くなっている白夜は火孁に何も言い返せず、そのまま降伏していた。膝蹴りの痛みが未だに腹に残っている中、白夜は襟を正した。
『――次回の会合ではどうなるのか――』
開けた窓から入り込む朝の風が、白いカーテンを揺らして白夜の足元まで届く。聞こえるのは微かな小鳥の鳴き声と、テレビが発する明るいニュースキャスターの声。――それらの光景は白夜にとって、慣れないものだった。
「……じゃ火孁、留守番頼むな」
椅子にかけてあった制服の上着制服の上着を手に取り、それを羽織りながら白夜は火孁へ告げる。テーブルの脇に置いてあった鞄を手に取り、リビングを後にした。
『次のニュースです。京都府外れの山林の中に、隕石と思われる――』
「……」
リビングには火孁だけが残される。静かな風が、白夜と入れ替わるように入ってきては、カーテンの先を揺らした。
リビングを後にした白夜は、ちょっとひんやりとしていて薄暗い廊下を通り、玄関で靴を履く。そして立てかけてあった鏡で、全体の容姿を確認すると、白夜は深く息を吐いた。
そして白夜は玄関のドアに手を伸ばし――。
「白夜」
ノブを回そうとしたところで、後ろから声がした。白夜は振り返り、裸足で駆けてきた火孁の方を向く。
そんな火孁は少しぶすっとした様子で告げる。
「……『行ってきます』ぐらい言ってけ」
「あ……悪い」
白夜は彼女の言葉を聞いて思わず苦笑した。それから、そのまま火孁を見て、白夜はしっかりと言った。
「行ってきます」
「……いってらっしゃい」
火孁の声を聞いて、白夜はドアと向き直った。手をノブにかけると、そのまま回したのだった。
◆
――『私立銀鉤学園中学校・高等学校』、白夜があまり顔を出さず、籍だけおいていた中高一貫の学校に、白夜は久しぶりに登校した。天井が高く、校舎の一部がガラス張りになっているその建物はかなり近代的で、それを前にした白夜は目を細める。
白夜が着ている制服と同じ種類のものを着用した生徒たちが、校門の前に立つ白夜の両隣を普通に歩いていく。ちょっとだけ立ち止まっていた白夜も、それにならって前に進んだ。
白夜は何の変哲もなく、自らのクラスである高等部『1-2』の教室に入り、自分の席へつく。白夜が教室に入って席に着くまでの数歩で、何となく周囲の一部が少し白夜へ視線を向けたようだが、特に気にしなかった。
顔を出さなかったとはいっても、それは完全に登校をしていなかったわけではない。たまに気が向けば昼前ぐらいから登校していたりはしていた。
なので、クラスメイトとも全く面識があるわけではない。『そういう人』程度に思われているのだろう。
しかしそんな日々ともお別れだ。
腐敗した未来が消えた以上、白夜は何の荷物もなく、ここで腰を下ろせる。これまではムダであった未来への積み重ねも、今となっては必要なものであった。
白夜がサボっている間、周りの人間は進み続けていた。白夜がそれに追いつくのは少し厳しいだろうが、立ち止まってはいられない。折角未来を取り戻せたのだ。もう腐らせてしまうのは御免だった。
「……あの、陌間君……?」
と、白夜が席について、置き勉で机の中に寝かせていた教科書に挟んであった授業のコマ割りを確認していたら、ふと女子生徒に話しかけられた。
白夜は顔を上げる。何となく要件は分かっていた。
恐らく、白夜がサボっている間に、学校行事か何かで決まったことがあったのだろう。それについての報告だ。クラス一丸となってやる何かをやるのだろう。
当然、ここは学校なのであまり出席しない白夜にも何らかの役が回ってきたということだ。
「なに?」
白夜は出来るだけ自然に返事をした。
白夜に話しかけてきたのは二人組の女子生徒。どちらも名前が分からない。
というか、クラスメイトの名前など一人も知らない。早いうちに覚えないとな、と白夜は思った。
「あー……えっと、そのね……」
「……?」
白夜は学校行事関係だと踏んでいた要件であるが、どういうわけか、女子生徒は中々その要件を話したがらない。
会話が進まず、白夜は白夜で何かフォローした方がいいのかと困惑している中、チャイムが鳴った。授業開始五分前の号令だ。周囲の生徒たたちが一斉に動き出す。
「ご、ごめんね……! やっぱりいいや! 気にしないで!」
「は……はぁ……」
結局、何も要件を離さないまま、女子生徒たちは去っていった。何が言いたかったのか分からないものの、まあそういうこともあるだろうと白夜は軽く流し、久しぶりの授業の準備をし始めたのだった。
◆
無事、四限の授業も終わり、白夜たち学生は昼休みの時間に開放される。
教室が解放感溢れている中で、白夜もゆっくりと背を伸ばした。久しぶりの座学はやはりというべきか、眠気との戦いだった。教師も勉強が追い付いていないであろう白夜を指名することはなく、基本は楽であった。
そういうわけで、少し席で休んだ後に白夜は立ち上がる。
この学園には食堂と購買があり、多くの生徒はそのどちらかで昼食を済ます。白夜もその一人であった。
食堂ではラーメンなどの料理が、購買では総菜パンやおにぎりなどの手頃な軽食を売っている。白夜が赴いたのは購買であった。あまり空腹ではなかったのもあるが、食堂は時間によって結構混むので、独りでは行く気になれない。
白夜が購買へ着くと、購買も購買で賑わっていた。それでも当然だが、席について食すまでがセットの食堂よりは回転率が高い。
白夜は店の領域に入る。適当な具のおにぎりをふたつと、飲み物としてナタデココジュースの缶を手に取った。
そしてレジで品物を足早に清算する。購買は結構混んでいるので、あまり長居をしたくなるような場所ではない。
白夜は買った昼食を持ち、欠伸をしながら購買を出た。
と、廊下に出たところで女子生徒とかち合った。白夜はハッとして道を譲ろうと、その顔を見る。
「あっ、すみま……」
と、目の前にいる女子生徒の顔を視界に入れたところで、体が固まった。出席の少なさから、クラスメイトの顔ですら覚えていない白夜だったが、今目の前にいる女子生徒の顔は知っていた。
白夜と同様、丁度目の前でばったりと会った彼女は、穏やかに笑って挨拶する。
「昨日ぶりですね、白夜」
――それは正真正銘、制服を着た東宮雪音本人であった。
突然の思いにもよらない遭遇に、白夜は思わず混乱した。混乱した頭のまま、彼女に人差し指向けて、自分でも良く分からない言葉を口走る。
「ぎょ、凝縮されて小さくなった悪夢……?」
「……人の顔を指さして、まったく失礼ですね……」
そんな白夜に、雪音はため息をついたのだった。
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