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《結》手の平ローリング
しおりを挟む白夜たちと金剛寺の戦いが決着した日の夜。
今や誰もいないバー『spear』。その店内で、平塚はため息をついた。
割れたガラス窓には透明なシートを被せており、応急処置は完了しているものの、店内の片づけは未だ完了していない。
クビを言いつけておいてなんだが、明日にでも白夜を呼びつけて片付けを手伝ってもらうか、なんて考えながら、平塚はカウンターの席で肘をついてため息をついた。
明かりは最小限、カウンターの上の淡いオレンジ色のそれのみ。
平塚はジョニーランナーという銘柄のウィスキーを吞みながら、独り途方に暮れていた。
――そんな中、入店のチャイムが鳴った。
それは途切れ途切れの不協和音で、半グレのチンピラ共が殴り込んできた際にチャイムも壊れていたようだ。
それも直さなくてはならない、と暗い気持ちに浸りながら、立ち上がる。そして入ってきた人影に向かって、平塚は言った。
「すみませんが、今ウチは休業中でして……。外にも立てかけてあったのですが」
「……」
その人影は平塚の言葉を無視して、そのままカウンターへと近づいた。店内唯一の光源となっているカウンター天井の明かりに照らされ、来客の容姿が明らかになる。
平塚がそれを見るや否や、瞳を細めた。
「アンタ……」
それは深く帽子を被り、黒いサングラス姿の女だった。茶色の薄いコートを着た彼女は、黙って平塚の隣の席に座った。
平塚は困って眉を曲げながら、席を立って声を荒げる。
「おい、困るなぁお客さん。今は出せるものなんて――」
ばさり、と枯れた音が小さく弾んだ。女の手から、カウンターの上に封筒が抛られたのだ。それに視線を吸い寄せられた平塚は、封筒が視界に入るや否や思わず口をつぐむ。
その止められていない封筒の口からは、札の束がちらりとお目見えしていた。平塚は声を低くし、威圧するように敵意を言葉にひねり出す。
「……なんだテメェ……」
「迷惑料だ。修繕に使え。色もついてる」
「……」
唇を緩ませながら、その女は告げる。平然と女に言葉を返された平塚は苦い顔をした。
睨みを効かせた平塚を前にして、目の前の女は全く動揺が見られない。この女を前に、あまり騒ぎを大きくするのは良くない判断であろう。
平塚は敵意を半分ほど引っ込めると、席に腰を下ろした。
そして奥の方に置いてあった空のコップを手に取る。そのコップを手元の方に持ってくると、ジョニーランナーを注いで彼女の前に出した。
「生憎、氷はねぇんだ」
「気が利くな。いただこう」
女はそう言って目の前に出されたウィスキーを自分の前に持ってくるものの、それを口に持っていくようなことはしなかった。
そのままの状態で、しばらく沈黙が流れる。微かに聞こえるのは外で鳴いている虫の声だけ。頭上に淡い電灯には、壊れた窓から侵入した虫がちらちらと飛んでいた。
その沈黙を破ったのは、平塚の声だった。
「……なんなんだ、これは」
「言ったろ。迷惑料だ、と」
同じ質問に同じ答えを返され、平塚は眉を顰める。
迷惑料と言われて真っ先に思いつくのが暗い日輪の件だ。けれど、たかがチンピラのガキに襲われたことに対し、『迷惑料』と称して札束を贈ってくるような組織が絡んでいるなどとは考えにくい。
しかし――平塚はそれに対し、少し疑問があった。
チンピラがここを襲撃した理由として、最も有力そうなのが"商売"の目の敵にされた、いうもの。恐らく、あの場に居合わせた白夜はそう断定していただろう。けれど、平塚は違う空気を感じていた。
ちょっと考れば気づく。例え、黒幕が"商売敵"とはいっても、仲介の平塚を潰したところで、その跡継ぎ候補は腐るほどいるのだ。これではキリがない。わざわざそんなことをしてくるだろうか。
平塚は食い下がらず、さらに疑問をぶつけた。
「迷惑料だけじゃ分からん。チンピラに俺を襲わせたのがアンタらなんだったら、その理由を言え。でなきゃこれは受け取れねェ」
「……そうか。なら、そうだな、いいか」
女はカウンターに肘をつき、その手に頬を乗せながら、どこか悩ましい表情をする。が、それもすぐに通り過ぎたようで、女は平塚に言った。
「引き合わせるためさ。そのために、奴らにはもう使わねえ廃墟もくれてやった。新しいのができてたから、いずれ取り壊すつもりだったらしいしな」
「……なんの話だ」
微妙に抽象的な言葉に平塚は内心イラつくも、それを隠しながら瞳で女を威圧する。しかしやはり女は平塚の威圧をもろともせず、その場から立ち上がる。
「気にくわねぇんなら、札束は捨てちまっても構わない」
女はそのまま店の出入り口に向かうと、軽く手を上げて去っていった。壊れかけのチャイムが再び響き渡り、店内はまた平塚一人だけの空間となった。
平塚は黙ってウィスキーを口に含む。カウンターには手つかずのコップと怪しげな札束入りの封筒だけが残されていた。
「……白夜、お前は……」
くたびれた中年の呟きが、暗くよどんで消えたのだった。
《 『OverKill:LifeMeter』 -Fin- 》
◇
ここまで読んでくれてありがとうございます~。ちょっと休んだら続編書きます。
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