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しおりを挟むその神殿はまるで森が避けているかのように堂々とした佇まいで存在していた。他の物を寄せ付けない洗礼された造りになっていて、不格好に生い茂る野草や木々とは一線を隔するものであることも独特とした近寄りがたい雰囲気に拍車をかけている。ふいに空から光が失われた感覚に陥り、イブリースは目を閉じて深呼吸をした。
少女はイブリースが感じている圧迫感など知りもしないようで、その古びた神殿の扉に手をかけようとしたところで、不安そうな目つきで振り向いた。イブリースにこの建物に入る許可をもらいたいのだろう。イブリースは少女がその旨を口にする前に言った。
「同時に開ける。警戒しろ」
少女はうなずいて、正面から見て扉の左側に位置取った。イブリースは手押し車を置いてその反対の右側に向かう。
2人で顔を見合わせて息を整えると、2人の手が扉を思いっきり押して開放した。イブリースは転がり込むように開いた入口に飛び込んでナイフを構える。少女も顔だけを少しだけ出して入口から見える神殿の中の内装を覗いた。
中はこれでもかというぐらい、しんと静まり返っていた。中からあふれ出てくる冷気がイブリースの頬を撫でる。人の気配どころか、虫や動物の微弱な気配すらない。まるで命を寄せ付けない異様な薄暗い内部に、イブリースは背筋を凍らせる。
危険はないと判断したのか、少女は立ち尽くすイブリースを残してその中へ入っていく。その少女の豪胆さ、いや無謀さに息を呑んでそれに続いた。この異常な、人間が存在することを許されないと定められているかのような威圧感を放つこの中に躊躇なく入れるとは。
外から見た外見としては、簡単にいうと四角形の一階とそこから伸びる円形の柱であった。内部もその見た目通り、いくつもの扉が一階の壁にあって、その中心には上へと続く螺旋階段が置かれている。見上げてみても窓すらないのか、その先は暗闇に支配されていた。明かりがない限りは上に進むのは危険だ。――いいや、あの領域は明かりがあろうがなかろうが危険だ。イブリースの本能が、そう告げていた。
そんな気もしらずか、真っ先に螺旋階段へかけていく少女に、イブリースは決死の思い出待ったをかける。いきなり肩をつかまれた少女は驚いてイブリースを見た。
「上には上がるな。危険だ」
「……? 安全だよ?」
「いいからやめろ。探索は1階だけだ」
理解しがたい様子ではあったが、最終的にはイブリースの言葉にうなずいてくれた。少女のその素直さに、イブリースは顔に出さないものの内心ホッと息をついていた。そして闇に覆われた上の階を見上げる。
――やばい、その感覚だけが先行してイブリースを襲ってきているのだ。心臓がドクドクと唸り、脳内の酸素は何かによって過剰に消費させられる。アレは人間の英知からは程遠い、関わってはいけないものだ。ここから先は、人間が到達してはいけない領域であると、イブリースは不思議とそう確信していた。
無邪気な少女の後を追って、とりあえず1階の部屋だけは全て閲覧した。この神殿特有のプレッシャーは相変わらずだったが、それ以外には特に出来事もなく、ただ平凡に豪華な内装を見せつけられただけだった。
あったことといっても、書斎を思われる部屋で少女が数ある本棚の中から一目散に抜いた古びた本。少女はそれが欲しかったのか、それをイブリースのもとへ持ってきたのだ。外の明かりのもとに出してその表紙を見てみるも、奇妙な印が描かれているのみで本ですらなさそうだった。中をぱらりと開いてみるも、かび臭さと共に中のページもほとんどが記号の羅列で読めず、唯一読めた数ページも何やら毒についての覚書が書いてあっただけで、とても奇妙ではあるがイブリースに害のあるものではなさそうだ。この神殿にあったもの、という点ではあまり油断はしたくない代物だが、少女が持つだけならば大丈夫だろう。その本を少女に返した。
「欲しいなら取っとけ。さっさとこの場所から出るぞ」
うなずいて、すぐに1ページ目を開いて眺め始める少女。そんな記号を見て何が面白いのかイマイチ理解できないイブリースだったが、「それ見て置いてけぼりになっても知らんぞ」と言葉を添えるだけ添えて、手押し車を手に再び先ほどの道へ足を伸ばした。
悪魔は、棄てられたとある1人の少女を拾う。
その行為は永い歴史の特異点と化し、この点を境に世界は無限の分岐するはずだった。
しかしそれは不正にも収束され、ひとつの線となって未知なる歴史へと針を向ける。
この醜い世界で夢語りをするのはまだ早い。
巨大な霊的パノラマの範疇から解き放たれたこの世界は、夢よりも更なる深淵へ向かうのだから。
――全能的存在が見る夢に、羊は存在するのだろうか。
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