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9 傷口
しおりを挟む朝が来た。夕食も朝食も、村に残されていた適当なものを食べた。1晩明かすと、さすがに死臭が村に広がり、それに寄って来る蠅やら蛆虫が多くなってきている。イブリースは村長の家の窓から、黒く染まったそれらを見て村を発とうと思った。例の避難用の地下道にも食べ終わった死体は放置したままなので、あそこも蛆虫などの温床になっているのだろう。
顔を洗い終えて洗面所から出てきた少女を見て、椅子に座っていたイブリースは席を立った。
「村を出る」
少女はうなずいて、リビングの隅に置いてあった大きめの巾着を持ちに行く。着替えなど村から拝借したものを詰めているそれは、清潔な見た目を保つために重要な要素のひとつだ。薄汚れていては行きついた村や町での印象が悪くなってしまう。
村長の家を出て、外に置いておいた、宝が乗っている手押し車に2人の巾着を乗っける。
「どこに行くの?」
首をかしげる少女に、イブリースは答えた。
「サヴィナルという都市だ。一度野宿を挟むから覚悟しとけ」
そう言って手押し車を押し始めたイブリースに、少女は続く。死骸の花園を抜けて門を通り、ある意味でお世話になった村を後にした。
2人はしばらく無言で歩いていた。
地図を片手に手押し車を引いていく。傍らで少女が何も言わずについてきている。正直少女に車を引かせればイブリースは幾分楽になるのだが、彼女のやせ細った腕を見るとそんな気もなくなる。力が足りず車が倒れてしまったらとても面倒だし、何より他人に見られたときにどういえばいいのだろうか。自分よりもか弱い者に車を引かせているなど、第三者がその状況を見れば十中八九イブリースに嫌悪さえ抱けば良い印象は持たないだろう。このような理由から、善い人を偽って利を得るやり方をしているイブリースにとって、少女に車を引かせるわけにはいかなかった。
そういえば名前を聞いていなかった、と遅すぎる気づきをしたイブリースは横目で隣を歩く少女を見る。その病的な白い肌の横顔を見て、彼は異変に気付いた。
――昨日つけた傷がなくなっている。
あの洞窟の中で、毒を放ったのにも関わらず生きている彼女に驚き、押し倒したあとで毒のナイフを使い頬に切りつけたはずだ。その切り傷が彼女の顔に存在していない。
足を止めて茫然としていると、少女も突然止まったイブリースを不審に思い、イブリースの顔を覗き込んだ。その顔に傷はない。白い肌が広がっている。
「傷はどこいった?」
イブリースは思わずその疑問を口に出した。それを聞いた少女は「傷?」と呟いて首をかしげると、はっとしたように右手で傷のない白い頬をなぞる。
そしてそこに滑らかな皮があると知るや否や「治った」と笑った。
そんな裏のない笑顔に気おされてイブリースは納得がいかないまま、再び足を動かし始めた。少女もそれに続く。
あの少女にはイブリースの毒が効かない。それだけでも大きなイレギュラーだ。しかしそれに加えて傷の治癒速度が異常に早すぎる。いや、治っているのかすら分からない。昨日の彼女の顔を思い出して頬に傷があったか思い出してみた。特に意識していなかったので曖昧ではあるが、なかった気がする。つまり村にいる時点で治っていた、ということか。いや、そもそもイブリースは少女に傷をつけられたのか。薄暗い洞窟の中で見誤った可能性もふいに思い浮かんだが、それはない。薄暗いとはいえ焚火の近くで比較的明るかったし、そもそもあの距離でナイフを外すわけがなかった。
イブリースは隣でのんきに歩く少女を見る。もしかしたら、イブリースはとんでもないものを拾ってしまったのかもしれない。
数時間歩いていると、突然少女が立ち止まった。イブリースはそれに気づいても気にかけることなく足を止めない。どうせまた走り寄ってくるに違いないと思っていた。
しかし中々追いついてこないので、ため息ひとつつくと足を止めて振り返った。距離があいて小さくみえる少女は、ある一点を見つめている。何か見つけたのだろうか。とりあえず手押し車を置いて少女のもとへ足を運んだ。
「何をしている」
イブリースの声にピクっと、まるで意識を取り戻したかのような反応をした少女。イブリースは先の少女に対する奇妙な事柄から、多少なりと警戒しておく。
「おおきな、たてものがある」
斜め上を指さす少女。イブリースはその指先へ視線を向けるが、そこには空が広がっているだけで蜃気楼ひとつない。本来なら無視して進むところであるが。
「近いのか?」
「たぶん」
イブリースには見えない少女の世界。不透明な出身を持つ不可解な少女だけが見えているその先に、何があるのか非常に興味があった。
手押し車のところまで戻って、それを引いて再び少女のもとへ赴く。
「案内しろ」
その言葉に少女はうなずいて獣道からはずれた草むらの中へ進んでいった。イブリースは草木による妨害を無視して手押し車を押しながら後に続く。時に枝を折り、時に地面から這い出た大きな根っこにぶつかって手押し車に手を捕らわれながらも、少女の背中を見失わないように進んでいく。
――と。
「――?」
突然、周囲の雰囲気が変わった気がした。思わず辺りを見回す。そしてイブリースは目を見開いた。頭上を覆う葉の隙間から、前方の方に黒い何かが見えたのだ。これが少女の言っていた建物か、と奇妙な納得を得て開いた少女との距離を小走りで詰める。手押し車に乗った2つの巾着が舗装などされているわけもない地面に揺れた。
「ついたよ」
森が妙に開けた場所で少女は振り返った。その場所にイブリースが出ていくと、目の前には高くまでそびえる古びた神殿が静かに佇んでいた。
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