聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

8 魔術師、思い耽る。

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 体のあちこちに包帯やら絆創膏やらを巻かれたり張られたりして、関節の部分が特に動きづらくて気持ちが悪い。

 場所は詰め所にある医療室。ベッドの上でニコラリーは憂鬱そうな瞳を天井に向けていた。

 あの時威勢よく啖呵を切ったニコラリーであるが、それでも実際の彼の強さが変わるわけでもなく、並大抵の魔術師が仮にも傭兵三人組に対抗できるわけがない。
 結局あの後、路地裏であの三人の男に手を出せないまま殴り飛ばされてしまった。

 質の悪い傭兵に連れられて路地裏に連れ込まれたニコラリーを、不審に思った近隣住民の通報により、大事に至る前に男たちは逃げて行ったのが不幸中の幸いというところか。
 いいや、幸いでもなんでもない。

 ニコラリーは男たちにも負けたが、自分にも負けたのだ。あの場所でニコラリーはクラウスの一番の理解者だったはずだ。
 なのに、頭の奥底ではあの悪質な男三人と同じことを思っていた。3000年の時を眠って過ごした彼女をバカにして、少なからず自分が賢くなったと優越感に浸っていたのかもしれない。

 そんなニコラリーの弱さは、あの男たちと同じだった。ニコラリーは自分の醜悪さに負けたのだ。

 ため息をついてぼーっと白い天井を見つめる。クラウスの顔が浮かぶが、彼女ならばナツメに任せてあるので大丈夫だろう。
 もうそろそろこの場所に来るのだろうか。こんなニコラリーを見て、彼女はどう反応するだろう。

 彼女はニコラリーがどう思っているかなんて知るはずもなく、心配してくれるに違いない。自分のことを奥底で嗤っていたニコラリーを、素直な心と真摯な眼差しで。そう考えると居心地が悪くて仕方がない。しばらくの間、ここに来なければいいのに、とも思った。

 医療室の扉が開く音がして、反射的にかけ布団をかぶって寝ているふりをした。入ってきた者の足音が近づいてきて、ニコラリーのベッドの仕切りを開ける。

「ひどくやられたな」

「……なんだよ、お前かよ」

 聞きなれた男の声に緊張の糸が切れて、かけ布団をどけて起き上がった。

 ニコラリーの目線の先にいる男はテオドール。筋肉質で生まれつきの茶髪の短髪をしている、黄色い瞳のどこからみても体育系と分かるの男だ。
 趣味は筋トレで、脳みそ筋肉と悪口を言われても誉め言葉と受け取るくらいには自身の筋肉に自信を持っている。

 それだけ聞くとゴリラみたいな印象を受けるかもしれないが、彼は趣味と肉体からは考えられないくらいに知的で温和な性格だ。慣れてしまった今では、彼の黄色い瞳の奥に温かいものを感じられるほど。

「休憩の合間を縫って来てやったのに冷たいなあ……」

 尖ったニコラリーの言葉にも食ってかからず、テオドールは困ったように笑う。

 二度目になるが、一見は筋肉マッチョなのに中身は温厚な青年なのだ。テオドールと初めて出会ったのは、彼が傭兵になったばかりの頃。その頃はちょうどナツメが傭兵になった時期であり、彼女が心配でちょっと詰め所を覗きに行ったときにたまたま出会った。

 その時にウマが合い、友人としてよく会うことになったのだ。

 ニコラリーが彼のいつも通りの態度に安心していると、彼からの視線に気づいた。何かを言いたげに、じっと自分のことを見つめている。たまらずニコラリーはため息をついた。

「なんだよ」

「いや、お前がこんなことを起こすなんて珍しい。何があった?」

 真剣な声色で突き刺されてニコラリーは思わず体を震わせた。

 テオドールとは長い付き合いであるために、彼はニコラリーの性格をよく知っている。にこラリーは、自分の力量を弁えていて、無駄な争いや勝てない喧嘩をしない男であると、テオドールは熟知していた。

「めざといな、テオ。相変わらずだ」

「なんだ、アレか。ナツメ関係か?」

「なんだそれ。あいつは全く関係ないぞ……」

 言いにくそうに尋ねるテオドール。

 ニコラリーとテオドール、ニコラリーとナツメはそこそこの親交はあるものの、テオドールとナツメは知り合いの知り合い同士、といったような微妙な関係下にある。その気まずさは何となくニコラリーにも分かるほどで、何とか改善したいと思ってはいるのだが、中々きっかけがなく困っていた。

 まあ二人が仲良くする義理はないし、ニコラリーがそこまでやらせる必要もないのだが。

 しかしテオドールの推測は的を射ることはできなかったものの、かすりはしていた。クラウスと出会う前の彼がここまで取り乱すとすれば、その原因はケタ外れの嫌がらせを受けたときか、仲の良い知り合いを規格外に悪く言われたりされたときぐらいではないだろうか。

 あくまで自己分析であるし、実際に事を起こしたことはなかったので、自分でも推測しかできないが。

「ふーん。ま、お前にもそういうとこがあるんだな。安心したぜ」

 「休憩終わるから」と言ってその場を離れていくテオドール。
 その姿にニコラリーも手を振って見送る。

 彼がドアを閉めて見えなくなると、ふうと一息ついて再び天井を見上げた。

 なんだかんだいって良い息抜きになったのかもしれない。特にとりとめもなければ、ニコラリーの心情を解決に導くような会話をしたわけでもない。しかし、彼が来る前よりも気が楽になったのは確かだった。

「俺は」

 静かに自分を見つめ返す。それからはしばらく動かずに思考に耽っていた。


 しばらくの時間が経って、何となく窓を見てみる。もう日が落ちてしまい、辺りは暗くなっていた。そしてしばらく開いていない扉を見つめる。

 おかしい。もうそろそろクラウスが来てもおかしくないというのに、まったく来る気配がない。何かあったのだろうか。急に心配になってきた。

 争いごとを起こしたニコラリーが言える義理ではないだろうが、それでも心配してしまう。クラウスに対しての負い目もあってか、いつの間にかいてもたってもいられなくなっていた。

 かけ布団をどかしてベッドから出て靴を履く。それから急いで扉へ向かい、ドアノブへ手をかけた。――が、


「主殿ー!」


 完全にタイミングが悪かった。ニコラリーがドアノブに手をかけた瞬間、ドアの向こう側ではすでにクラウスがドアノブを握っていたのだ。

 思いっきり開けられる鉄の扉。
 弾き飛ばされるニコラリー。

 結果的に医療室に入ったクラウスが見たのは、鼻血を出して倒れているニコラリーだった。

 クラウスはハっとしてニコラリーに近寄り、膝をついてアワアワと半ばパニックになって両手をあーだこーだ動かす。

「あ、主殿ー! だれか、救急! 救急ー!」

「……あれ、ニコ、そんなところに傷あったっけ?」

 クラウスの後ろからそっと顔を出したナツメが、疑問符と共に首を傾げた。そのそれぞれの様子を見ながら、ニコラリーは出血する鼻を抑えてゆっくりと起き上がる。

 今日は、ついてないな。ニコラリーは今日と昨日で何度目か分からないため息をついたのだった。
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