傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第二章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』

41 逃げた臆病者は

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「……ハーヴィン」

 ハ-ヴィン以外の誰もが沈黙する中、はっきりとした声色で彼に話かけた者がいた。――シルヴァだ。

 シルヴァはゆっくりとハーヴィンに向かって歩き出した。
 シアンはそれを止めようと手を伸ばしたが、途中で思わず止めてしまう。何故なら、今のシルヴァからは他の引きつけない威圧が発せられていていたからだ。

 尋常ではないそれは、もはや憤怒に近い。シアンは初めて見る彼の姿に、尻込みしてしまった。

「……ふっ。同情でもしてんのか?」

 ハーヴィンはそのシルヴァの様子を見て小ばかにすると、そんなシルヴァを挑発するかのように、崩れ落ちたカレンをさらに踏みつけてみせた。

 シルヴァはそれを黙って見過ごし、ハーヴィンの私兵のそばに落ちていた剣を『支配』の能力で自分の手の中に持ってくる。その柄をぎゅっと握りしめて、ギロリとハーヴィンを睨みつけた。

「僕は……彼を尊敬する」

「……ほう」

「……」

 シルヴァは大きな声でそう主張する。ハーヴィンは面白そうに顎を前に突き出し、アレンは目を見開いてシルヴァを見つめた。

 シルヴァはハーヴィンのすぐそばまで歩いて来ると、その場で立ち止まる。ハーヴィンも攻撃をしてくる気配のないシルヴァを見て、向かい合う形で彼の前に立ちはだかった。

「……僕には家族がもういない。数年前のある日、僕が家に帰ったら、父と母は手足を引きちぎられ、ダルマになってテーブルの上に乗っていた。そしてたった一人の姉は、その犯人たちに連れ去られた」

「……え」

 シルヴァが静かに語る内容はハーヴィンやアレンはともかくとして、シアンまでもが知らないことだった。シアンは思わず彼の暴露に声を漏らす。

 そして、それを話すシルヴァの雰囲気は常軌を逸していた。彼の目の前にいるハーヴィンはその影響が特に顕著で、何だか空気が物理的に重くなったような感覚に襲われていた。呼吸が苦しく、ハーヴィンは眉をひそめるも、どうしてだかシルヴァの語りを止める気にはならない。

 シルヴァはそのまま続ける。

「僕はテーブルに並んでいる二人を見た瞬間、驚いてその場で尻餅をついた。そのまま震える体で二人を見てたんだ。そうしたら、親父の方の口がちょっと動いたんだよ」

「……」

「よく見たら手足の断面は見事に凍結してて、まだ出血死する前だった。親父は僕に、町に助けを呼んでくるよう、掠れ掠れの声で訴えてきたんだ。でも僕は」

 真っすぐとハーヴィンを捉えていたシルヴァに瞳が歪み、弱弱しくなって違う方向へと向けられる。それからシルヴァは肩を震わせながら、その次の言葉を吐き出した。

「――怖くなって、そこから逃げ出した。そのまま玄関を飛び出して、町を抜けて、ひたすら遠くへと逃げた。ちゃんと町の人に助けを呼べば、助かったのかもしれないのに。僕は家族がいなくなるかもしれないという事実が怖くて、誰も幸せにならない選択をした。……親しい人の死を受け入れたくなかった。そしてそれをずっと、後悔し続けてきた」

「……お前は」

「だから僕はアレンを尊敬する! 家族の悲劇から逃げた僕とは違って、複雑に思いながらもたった一人でカレンの死に立ち向かったんだ! それを馬鹿にするのは、絶対に許さない!」

 シルヴァはそう叫ぶと、自らの手にある剣をハーヴィンに向けた。その瞳には決意めいた光が宿っている。
 その視線をみたハーヴィンは再び吹き出すと、大きく口を開けて笑いながら自分の背中から青い炎を展開した。

「何を言うかと思えば……ただ腰抜けがァ! てめェみたいな臆病者が、俺に指図すんじゃねェ!」

 シルヴァがハーヴィンの懐に入り、剣を下から斬り込んだ。しかしその軌道は空を斬る。
 ハーヴィンは炎の翼を背中に纏い、上空へ回避していた。ハーヴィンはそのまま、ジルヴァへと上から青い炎の渦を放つ。

 シルヴァはすぐに上を向くと、迫りくる炎の渦に対して勢いよく剣を振るった。直後、炎の渦はまるで剣で斬られたかの如く、真っ二つに割れる。
 そしてシルヴァは辺りの瓦礫をまとめて『支配』し、一点にハーヴィンへ向けて高速で放った。

「芸のぇ!」

 ハーヴィンはそう言い放つと、直前に迫った瓦礫を自らの青き炎で全てを灰へ焼き尽くす。黒いチリとなったそれらがパラパラと落ちていくのを見てニヤつきながら、ハーヴィンは眼下のシルヴァを見る。が、そこに彼の姿はなかった。

 刹那、自分とは別の影がその地面に映っているのを見て、慌てて振り返る。

「――ッ!」

 背後にはハーヴィンに向かって剣を振りかぶるシルヴァの姿があった。ハーヴィンへ向けて放った瓦礫は全て目くらましだったのだ。ハーヴィンが瓦礫を焼き尽くす際、炎で目の前が見えなくなる。その隙に、シルヴァはハーヴィンの背後へ回ったのだ。

 ハーヴィンはシルヴァの太刀筋を腕で防御する。も、シルヴァの『支配』の力によって、疑似的に硬度が増した剣による斬り込みは完全に防ぐことができず、腕に大きな一筋の傷を負い、さらに鮮血が飛び散った。ハーヴィンは初めてのダメージにイラつきながらも、再び迫るシルアァの剣を今度は白刃取る。

「てめぇ……っ!」

 ハーヴィンはそんなシルヴァに対し、隠しきれない怒りを吐き出した。
 間違いなく、シルヴァは宙へ浮いていた。背中に質量と実体のある炎の翼を形成し、それで疑似的に滑空しているハーヴィンとは違い、シルヴァは素の状態で滞空していた。

「死ね!」

 剣を白刃取りながら、ハーヴィンはシルヴァに向かって左右から炎を放つ。しかしシルヴァは直前で剣から手を離し、そのまま落下することで双方から迫りくる炎をかわした。

「チッ!」

 ハーヴィンは白刃取った剣を捨て、眼下に落ちたシルヴァを忌々しく睨みつける。――刹那、顎の下に何か生暖かいものが触れたのを感じて、言葉を漏らす暇もなくハーヴィンは『それ』をもう一度両手で抑えた。

 ハーヴィンの顎の下に飛んできたもの。それはハーヴィンがほぼ無意識に捨てたばかりの剣だった。
 ハーヴィンの手から剣が落ちたのをシルヴァは見逃さなかったのだ。すぐさま支配下におき、ハーヴィンの視覚である顎の下に剣を突き刺そうと飛ばしたのだった。

 シルヴァの『支配』の能力により飛んできた剣は、ハーヴィンの顎の下に数センチすでに食い込んでいた。このまま刺されば、剣の刀身は口内から両目の間を貫通して進み、挙句の果てには脳にまで届くだろう。
 ハーヴィンはすぐに顎の下に突き刺さった剣を抜くと、今度は落とさず握りしめた。はあはあ、と汗を流し息切れをする。

 刹那、ハーヴィンの視界にキラリと光るものが映った気がした。彼はその正体に瞬時に気づいて、体を旋回させて飛んできたそれを避ける。
 その正体とは、シルヴァによって操られている剣や槍などの、ハーヴィンの私兵たちが使っていた武器だった。それらすべてを支配下においたシルヴァは、立体的空間のあらゆる方向からハーヴィンを攻めたてていく。

「くそっ!」

 ハーヴィンは動体視力の全てを自分に向かって飛んでくる鋭利な武器に任せ、炎を翼を駆使してその全てをかわしていく。避けられない際には、かろうじて持っている剣で飛んでくる刃をはじいた。

 急降下急上昇はともかく、左右への旋回や体を回転させたりと回避に手いっぱいで、シルヴァへ攻撃する暇がない。ハーヴィンはシルヴァの『支配』する能力には射程があると推測していたが、射程外に逃れようにも飛び交う剣や槍がその軌道を許さない。けん制によってシルヴァの射程からは逃れられなかった。

「――!」

 左右上下。考えられる全ての方向から不規則に飛んでくる鋭利な刃。
 不意にその一つがハーヴィンの頬をかすった。そのわずかな痛みがハーヴィンの逆鱗にふれる。

「なめるなァああああああ!!」

 ハーヴィンは両手と体を広げて、一気に自分の中の熱力を解放した。
 自分を中心に顕現した青き凶暴な炎は球体上に広がり、その次の瞬間には一気に爆発する。その視界は青い炎に埋め尽くされ、その衝撃によってシルヴァの支配していた凶器は全て弾かれて、シルヴァの『支配』の射程から外れていく。

 自分が射程外に行けないなら、操っているものを射程の外にどかせばいい。力技だが、ハーヴィンの至った結論だ。

 全ての凶器を吹っ飛ばしたハーヴィン。すぐに決着をつけようと、眼下を見る。
 ――その時点で、彼はデジャヴを感じていた。そしてその眼下に彼の姿がないのを知るや否や、そのデジャヴはさらに凶悪な現実となって襲い掛かった。

「――」

「……ぐっ……!」

 ハーヴィンの腹から、剣が生えていた。シルヴァが彼の背後に回り、後ろから剣を背中に刺したのだ。

「て……てめェ……!」

 ハーヴィンは血を吐きながら、背後のシルヴァを凄い形相で睨みつけた。
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