傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴

トンボ

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第三章 コルマノン大騒動

61 シルヴァ、少し乱心する

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「さて、私はここらでおいとまさせていただきます」

 そう言って立ち上がったのは、さっきの貴族『ライニー家』の男の付き人として着たディヴィだった。

 彼はそのままドルフの後ろを通り、畳のエリアから出て靴を履く。そして立ちながらトントンとつま先で地面を叩いて靴を足にはまらせると、ふとまだ畳にいる三人を振り返った。

「申し遅れましたが、さっき来た男は『アント・ライニー』。ライニー家当主『ステフ・ライニー』とその妻『リスチーヌ・ライニー』の一人息子です。覚えておいた方がよろしいかと」

「……うん。アント、ステフ、リスチーヌ……」

 それを聞いたシアンは三人の名前を小さく呟きながら、覚えるように左手の人差し指、中指、薬指を右手の人差し指で重ねる。

 デイヴィが言った『ライニー家』の親子。恐らくそれは貴族『ライニー家』の一つの親子にすぎず、その中心の家系はまだ王国にいるのだろう。ここで彼らに顔を覚えられたりしたら、ちょっと面倒ごとに尾ひれがつくかもしれない。

「私からも何か手を尽くしてみますが……」

「……それは厳しいだろう。アンタはやっこさんたちのご機嫌を損なわないように気を張るぐらいでいい」

 困ったように笑うディヴィにドルフはばっさりと言ってのけた。

 確かにドルフの言う通り、ディヴィのような役人が貴族に物申すのには無理がある。役所にとって、『ライニー家』のような大きな貴族は客単価が最上の客でもあるのだ。つまるところ、税金をたくさん払ってくれるので、無為にすれば運営が成り立たなくなってしまうということ。

 故に、貴族に向かって大きく出るわけにはいかないし、貴族の言うことを鵜呑みにするとまではいかなくとも、ある程度は容認する必要がある。

「そういうわけ。僕たちは僕たちで何とかするからさ」

「そう言っていただけると……。何か動きをつかめれば、また報告しますね」

 ディヴィはシルヴァの言葉を受けて、ちょっとほっとしたような、でもどこか申し訳なさを含んだ笑みを浮かべた。それから額や頬に流れる汗を再びポケットのハンカチで拭くと、そのまま一礼して店を出ていった。

 三人だけが残された畳の席。すでにそこにいないディヴィに続き、ドルフも立ち上がる。

「そういえばご飯、まだだったろ? また作り直すからさ、今日のお礼もかねて食べていってくれよ」

「ありがとうございます」

 にやりと笑って二人を見下ろすドルフに、見下ろされた二人は笑ってお礼を言った。そのままドルフは畳を下り靴を履いて厨房の方へ消えていった。

 ついに、畳の席はシルヴァとシアンの二人だけになる。
 そんな中で、シアンはシルヴァを肘で軽くつついた。

「ねぇねぇ。そういえばさ、さっきは言い損ねちゃったけど」

「うん?」

 獣耳をぴくぴくと嬉しそうに揺らしながら、体をシルヴァの方へ傾けるシアン。シルヴァは密着しそうなシアンの体に、ちょっとドキマギしながらも平静を装って聞き返した。

「ここのお店の料理、とっても良い匂いがするの。まだ作ってる過程だったけど、絶対おいしい料理がくるよ!」

 そしてシアンはそのままシルヴァの体にもたれかかった。

「そ、それは楽しみ」

 シルヴァはそう答えながらも、シアンの体が自分の体にもたれかかった瞬間に、自分の体臭や口臭は臭わないだろうか、とかそういう心配が色々と頭の中をグルグルとかき混ぜたあと、そのまま疾風で通り過ぎていった。

 そんな心配が出てきた焦りからか、心なしか汗が出てきた気がする。シルヴァは今までになかった状況を前に、確実に混乱していた。

「し、シルヴァ?」

 心配そうに下からシルヴァを覗き込んでくるシアン。シルヴァにはその彼女の青い瞳がいつもよりも綺麗で、しかも自分を溶け込んでしまいそうに思えて、思わず首を左右にブンブンと振り、煩悩を払いのける。

「大丈夫……大丈夫」

 シアンに言ったはずの言葉。しかしそれは暗に、シルヴァ自身へ言い聞かせた言葉でもあった。

 ――無意識というものは、意識している側からすると耐えがたいものがある。そしてそれに耐えきれなかった場合には、無意識の相手を傷つけてしまう恐れが十分にあるのだ。

 シルヴァはシアンに嫌われたくなかった。だからこそ、色々と沸き立つものを抑えて平常を装い続けたのだった。
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