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第三章 コルマノン大騒動

90 ひととき

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 シルヴァがふらふらと夜道を歩き、薄っすらとした記憶を辿って何とか『食事処-彩食絹華』へと戻ってこれた。道は暗く、そこまでの経路も定かではなかったが、結果的にちゃんと戻って来れてシルヴァは少し安堵する。

 シルヴァはその店の前に立つと、二階の窓を見上げた。暗闇に紛れて分かりづらいが、綺麗に二つ、窓が割れている。バロットとサラが襲撃してきた際に割られたのだ。とりあえず、その割られた窓があるということで、この建物が目的地であることが確定した。

「ん……」

 丁度『食事処-彩食絹華』に着いたところで、シルヴァの背中に背負われているシアンが目を覚ました。

 それを彼女の微かな吐息と動きで知ったシルヴァは二度目の安堵を感じる。パっと見で生きてはいたものの、実際にシアンが無事に目を覚ましたところで、ようやくそれを確信できた。

「……?」

「おはようさん。……体は大丈夫?」

「? うん……?」

 目が覚めたばかりで頭が働いていないのか、シルヴァの首に回している両腕をぎゅっと優しく締めながら、シアンは背中から降りる仕草もなく、静かにそう呟いた。シルヴァも彼女を強いて降ろそうともしなかった。そして彼女をおんぶしたまま、『食事処-彩食絹華』で立ち尽くしている。

 その状態で数秒。シアンの頭も寝起きよりも鮮明になってきたのだろうか。

「……っ! えっ!? わた、私いま背中……っ!?」
「ちょ……」

 途端に背中で暴れだしたシアン。シルヴァは突然のその行為に慌ててふためき、思わず背中のシアンを落としそうになり、彼女を背負う腕の位置をずらすことで何とかそれをこらえる。

「ひやっ……!」
「うぐっ」

 シアンを支える腕を動かしたことで、その腕が彼女の変なところに触れてしまったのかもしれない。可愛らしく細い悲鳴を上げて、シアンはその腕で図らずともシルヴァの頭を叩く。まさかのシアンからの攻撃で――さらにシルヴァは頭を負傷しているのもあり――シルヴァの視界がぐらりと揺れた。同時に、シアンを支えていた腕が外れて、彼女の体が地面に落とされる。

「きゃっ!」

 シルヴァが前によろめくのと同時にシアンも地面に尻餅をついて、さっきとはまた別の悲鳴を上げた。

 方やシルヴァが前で頭を押さえていて、片やその後ろでシアンが尻餅をついて倒れ、獣耳をだらんと垂らしているこの状況。

 ――それを玄関から扉に手をかけて、見つめていた人影が一人。その瞳はシルヴァとシアン、各々の反応を戸惑いながも映していた。

「……あの」

 店前から聞こえた微かな人の声を聴いて店の中から出てきたニーナが、そんな二人に気まずそうに声をかけたのだった。
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