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第三章 コルマノン大騒動
105 死に損ない
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シルヴァがリックと、シアンがジェランダと戦い始めた頃。
バロットはシェルムと対峙していた。両手にはナイフを持ち、槍を自分の方へ向けるシェルムとの距離を測っていた。
シェルムはそんなバロットを把握していたのか、手元で槍をくるんと一回転させて構えると小さく笑う。
「おいおい、相変わらず慎重だなァ……。異能ではアンタの方が有利じゃねぇのかよ。例え、それが"縛られていようがな"」
「……」
自虐的にも聞こえるシャルムの言葉。バロットは瞳を細め、両手のナイフを握りなおす。そして右腕を上げ、右手の中にあるナイフの矛先をシェルムに向けた。
「どこまでも成長しない奴だな。お前みたいな"甘い奴"こそ、より警戒するべきだろ」
「……ケッ。減らず口が」
シェルムは忌々しそうにバロットを睨む。彼は手に持った槍の石突――刃とは逆位置の先端部分――を地面に着けると、そのまま槍を振り上げた。
その槍の軌道は斬撃となってバロットへと放たれた。シェルムの魔力を乗せた斬撃は実体を持ち、バロットへと放出されたのだ。
バロットは両手のナイフを投擲し、その斬撃と相殺させる。斬撃に触れた途端、斬撃が消滅し、ナイフの刃の半分は氷にまみれた。ナイフは白い霧を上げながら明後日の方向へ弾かれる。
シェルムが跳んだ。上から飛びかかってくるシェルムを見上げ、バロットは新たにナイフを充填し、その場から離れようと足を動かそうとする。
しかし、
「……っ!」
足が動かなかった。バロットは視線を足元に移すと、舌打ちをする。
足元は地面をつたってきた氷に巻き込まれ、凍結していたのだ。つたってきた氷は、庭で巻き起こった戦いの中で入った亀裂のおくより伝ってきていた。それを見たバロットはすぐにその源を悟る。
――シェルムだ。彼が斬撃を放つ前に、槍の石突で地面を突いた。その時に凍結魔法を仕組んでいたのだろう。バロットが斬撃に注意を向けている間、シェルムの氷が亀裂を伝い、地中からバロットの足元へと移動したのだ。
「成長してないのはアンタだ」
シャルムは空中でバロットに向かい、自らの槍を投擲した。バロットは瞬時に反応し、両手のナイフで防御してそれを弾く。
弾かれた槍を空中でキャッチしたシェルムは、足を凍結され動けないバロットの前に着地した。ふわりと巻き上がる砂埃。その漂う砂埃を裂くように、シェルムはバロットの方へ槍で突き刺した。
「――!」
シェルムの着地と共に、両手に新たなナイフを装填していたバロット。それを握る暇すらなく、自らの脚に向かって真下へ投擲する。そのナイフは氷と共に足の川を裂いた。直後、再び両手にナイフを充填する
それから突いてきたシェルムの槍を、シェルムはほぼ直角に膝を曲げて後ろに体を反らし躱した。ひじが地面に着く前に、バロットは両手のナイフを振るう。ナイフからはシェルムと同じ形式だが、威力はかなり低い斬撃を放たれた。同時に、その勢いを乗せて、今度は両足の内側の皮を狙い、ナイフを投擲した。その両方に精度はなく、斬撃は氷を少し貫通しかかとまで切った。ナイフは氷だけでなく皮までも切り裂き、足からは鮮血が流れ出す。
「……!」
だが、それでも三つの辺を氷から切り離せた。シェルムによる凍結にそこまでの強度はない。"三辺を削ることができればそれで充分なのだ"。
しかしその時点で、槍をかわされたシェルムは槍を持ち替えていた。ついぞ、地面と平行になったバロットの胴体へ向けて、シェルムは槍を突き刺した。
「ぐ……っ!」
体を何とか曲げて、バロットはギリギリ致命傷を避けた。心臓部の下、槍の刃が胸骨を砕いて肉の中へと入り込む。血液は吹き出し、バロットの全身に痛みが走った。
「がァ……!」
バロットはその痛みに対する怒りを両腕に込めて、体を持ち上げるように地面へ押し付ける。その力を利用し、両足も上げた。足を固着させていた氷は砕き、足を持ち上がる。
同時に、バロットは両手で自らの胸骨に刺さっている槍を両手でつかみ、それを持ち上げようと力を込めた。それを見たシェルムはニヤリとほほ笑み、槍の持ち手から右手を離す。その瞬間、槍に作用する力が反転し、槍が体から抜け始めた。
「死ね……!」
一方、シェルムは迅速に右手の内へ氷の鋭いつららを生成すると、バロットの脳天に向かって突きさした。槍は胸骨からどかせたものの、代わりにつららが脳天に迫る。
「……ッ!!」
――間に合わない。バロットにはその結論が見えていた。それでも抗おうと、新たなナイフを右手に持ち出そうとして――"失敗"した。
そして"失敗"したのは、バロットだけではなかった。
「……っ」
シェルムの持っていたつららが、バロットの脳天に突き刺さる寸前で、白い霧となって霧散したのだ。当然、シェルムの攻撃はバロットには届かない。
「っ……らァ!」
バロットはナイフを"形成"できなかった空の右手を握りしめ、それをシェルムの顔面に向かって振るう。シェルムは避けるすべもなく、そのまま頬に拳を喰らって吹っ飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
穴の開いた腹と、切り裂かれて血だらけの足首を伴いながらも、バロットはよろりと立ち上がる。左手で空いた腹を抑えながら、バロットはかみしめた。
バロットの使っていたナイフは厳密にいえば『実物』ではない。バロットの魔力で構築していたナイフであり、何度も充填できたのは服の中に数多のナイフを仕込んでいたのもあるが、それに加えて、その場その場で"魔力由来のナイフ"を魔力で造っていたからだ。
それは、シルヴァの持つ『虚無の短銃』に内蔵された『魔力を弾丸に変換する仕組み』と似たようなもの。短銃とバロットの違いは、魔力をナイフに変換する工程を、バロットは全て自分で行えるというだけの違いだ。魔法使いが氷を生成するのとほとんど変わらない。
そしてその魔力によるナイフの充填も、今回失敗してしまった。バロットの中で、ナイフを作るために必要な魔力が賄えない状況になってしまったためだ。つまり、バロットの中の魔力がすでに底を尽きようとしているということを示している。
――それは自身の魔力の不足により、つららを維持できなくなったシェルムと同じように。
「……ククク……ッ」
立ち上がったバロットが耳にしたのは、殴られて倒れ込んだシェルムの笑い声だった。
シェルムは地面に仰向けになり、右腕を両目に被せていた。
「アンタも俺も、死にかけなわけだ……」
笑いを含んだダミ声でシェルムはそう言う。バロットは疑問に思いながらも彼の方へ足を動かした。
「……!」
と、少し近づいたところで、シェルムは左腕をズボンをポケットに入れ、何かを取り出す。それは小さな小瓶であり、中には黒い液が入っていた。
「――古の伝説。彼の勇者は『邪を砕く』力を持っていたという」
シェルムはその小瓶を顔の上に持ってくると、それを強く握りしめる。ピキ、と小瓶にヒビが入った。
「それと並ぶため、同伴の最上騎士は『鬼血』を喰らったという」
「……まさか」
バロットは瞳を見開いた。同時に、シェルムの手の中の小瓶が割れて、まるで内側から外へと圧倒的な力が加えられていたかのように、中の液が全方向へと飛び散る。
そしてそれは地面に零れたかと思うと、何故か地面に染み渡らなかった。スライムのように弾んでへこんだ球形になる。それからすぐに、それらがシェルムの体へと向かっていった。
シェルムはその血を受け入れながら、呟く。
「『鬼血』を受けた者の末路は二択。――肉体が乾き瓦解するか、それとも」
その粘性を持った血液はシェルムの腕を上り体全体へ伝っていく。首もとから顔へ伝ってきた血液が、眼球を通して体内へと侵入した。
「"自分ではない何者かに成る"か、だ」
力の入っていないシェルムの瞳がバロットを捉える。バロットは瞬間的に地面を蹴って後ろへ下がった。
バロットが感じたのは畏怖。一瞥で頭から手足の先まで一気に冷やす悪寒が、彼の体を無意識化に動かした。
生気のないような瞳――だがそれには同時に"殺意"を孕んでいた。一見矛盾し合う感情が、シェルムからは捩じって交わって感じられたのだ。
バロットの本能が心臓を圧迫する。"あれには関わるな"と鼓動を以て抗議していた。
「ふ……アハハ……。そうですよ、その顔が、見たかったんですよォ」
シェルムは血反吐を吐きながらもゆらりと立ち上がった。
彼の足が地面につくと、彼中心に赤い渦が渦巻いた。高濃度の魔力の嵐が彼を包み、地面は割れ、芝生のかすが舞いあがる。
「……ふざけんな」
バロットは魔力の渦に腕で顔を隠しながら、そう呟いたのだった。
バロットはシェルムと対峙していた。両手にはナイフを持ち、槍を自分の方へ向けるシェルムとの距離を測っていた。
シェルムはそんなバロットを把握していたのか、手元で槍をくるんと一回転させて構えると小さく笑う。
「おいおい、相変わらず慎重だなァ……。異能ではアンタの方が有利じゃねぇのかよ。例え、それが"縛られていようがな"」
「……」
自虐的にも聞こえるシャルムの言葉。バロットは瞳を細め、両手のナイフを握りなおす。そして右腕を上げ、右手の中にあるナイフの矛先をシェルムに向けた。
「どこまでも成長しない奴だな。お前みたいな"甘い奴"こそ、より警戒するべきだろ」
「……ケッ。減らず口が」
シェルムは忌々しそうにバロットを睨む。彼は手に持った槍の石突――刃とは逆位置の先端部分――を地面に着けると、そのまま槍を振り上げた。
その槍の軌道は斬撃となってバロットへと放たれた。シェルムの魔力を乗せた斬撃は実体を持ち、バロットへと放出されたのだ。
バロットは両手のナイフを投擲し、その斬撃と相殺させる。斬撃に触れた途端、斬撃が消滅し、ナイフの刃の半分は氷にまみれた。ナイフは白い霧を上げながら明後日の方向へ弾かれる。
シェルムが跳んだ。上から飛びかかってくるシェルムを見上げ、バロットは新たにナイフを充填し、その場から離れようと足を動かそうとする。
しかし、
「……っ!」
足が動かなかった。バロットは視線を足元に移すと、舌打ちをする。
足元は地面をつたってきた氷に巻き込まれ、凍結していたのだ。つたってきた氷は、庭で巻き起こった戦いの中で入った亀裂のおくより伝ってきていた。それを見たバロットはすぐにその源を悟る。
――シェルムだ。彼が斬撃を放つ前に、槍の石突で地面を突いた。その時に凍結魔法を仕組んでいたのだろう。バロットが斬撃に注意を向けている間、シェルムの氷が亀裂を伝い、地中からバロットの足元へと移動したのだ。
「成長してないのはアンタだ」
シャルムは空中でバロットに向かい、自らの槍を投擲した。バロットは瞬時に反応し、両手のナイフで防御してそれを弾く。
弾かれた槍を空中でキャッチしたシェルムは、足を凍結され動けないバロットの前に着地した。ふわりと巻き上がる砂埃。その漂う砂埃を裂くように、シェルムはバロットの方へ槍で突き刺した。
「――!」
シェルムの着地と共に、両手に新たなナイフを装填していたバロット。それを握る暇すらなく、自らの脚に向かって真下へ投擲する。そのナイフは氷と共に足の川を裂いた。直後、再び両手にナイフを充填する
それから突いてきたシェルムの槍を、シェルムはほぼ直角に膝を曲げて後ろに体を反らし躱した。ひじが地面に着く前に、バロットは両手のナイフを振るう。ナイフからはシェルムと同じ形式だが、威力はかなり低い斬撃を放たれた。同時に、その勢いを乗せて、今度は両足の内側の皮を狙い、ナイフを投擲した。その両方に精度はなく、斬撃は氷を少し貫通しかかとまで切った。ナイフは氷だけでなく皮までも切り裂き、足からは鮮血が流れ出す。
「……!」
だが、それでも三つの辺を氷から切り離せた。シェルムによる凍結にそこまでの強度はない。"三辺を削ることができればそれで充分なのだ"。
しかしその時点で、槍をかわされたシェルムは槍を持ち替えていた。ついぞ、地面と平行になったバロットの胴体へ向けて、シェルムは槍を突き刺した。
「ぐ……っ!」
体を何とか曲げて、バロットはギリギリ致命傷を避けた。心臓部の下、槍の刃が胸骨を砕いて肉の中へと入り込む。血液は吹き出し、バロットの全身に痛みが走った。
「がァ……!」
バロットはその痛みに対する怒りを両腕に込めて、体を持ち上げるように地面へ押し付ける。その力を利用し、両足も上げた。足を固着させていた氷は砕き、足を持ち上がる。
同時に、バロットは両手で自らの胸骨に刺さっている槍を両手でつかみ、それを持ち上げようと力を込めた。それを見たシェルムはニヤリとほほ笑み、槍の持ち手から右手を離す。その瞬間、槍に作用する力が反転し、槍が体から抜け始めた。
「死ね……!」
一方、シェルムは迅速に右手の内へ氷の鋭いつららを生成すると、バロットの脳天に向かって突きさした。槍は胸骨からどかせたものの、代わりにつららが脳天に迫る。
「……ッ!!」
――間に合わない。バロットにはその結論が見えていた。それでも抗おうと、新たなナイフを右手に持ち出そうとして――"失敗"した。
そして"失敗"したのは、バロットだけではなかった。
「……っ」
シェルムの持っていたつららが、バロットの脳天に突き刺さる寸前で、白い霧となって霧散したのだ。当然、シェルムの攻撃はバロットには届かない。
「っ……らァ!」
バロットはナイフを"形成"できなかった空の右手を握りしめ、それをシェルムの顔面に向かって振るう。シェルムは避けるすべもなく、そのまま頬に拳を喰らって吹っ飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
穴の開いた腹と、切り裂かれて血だらけの足首を伴いながらも、バロットはよろりと立ち上がる。左手で空いた腹を抑えながら、バロットはかみしめた。
バロットの使っていたナイフは厳密にいえば『実物』ではない。バロットの魔力で構築していたナイフであり、何度も充填できたのは服の中に数多のナイフを仕込んでいたのもあるが、それに加えて、その場その場で"魔力由来のナイフ"を魔力で造っていたからだ。
それは、シルヴァの持つ『虚無の短銃』に内蔵された『魔力を弾丸に変換する仕組み』と似たようなもの。短銃とバロットの違いは、魔力をナイフに変換する工程を、バロットは全て自分で行えるというだけの違いだ。魔法使いが氷を生成するのとほとんど変わらない。
そしてその魔力によるナイフの充填も、今回失敗してしまった。バロットの中で、ナイフを作るために必要な魔力が賄えない状況になってしまったためだ。つまり、バロットの中の魔力がすでに底を尽きようとしているということを示している。
――それは自身の魔力の不足により、つららを維持できなくなったシェルムと同じように。
「……ククク……ッ」
立ち上がったバロットが耳にしたのは、殴られて倒れ込んだシェルムの笑い声だった。
シェルムは地面に仰向けになり、右腕を両目に被せていた。
「アンタも俺も、死にかけなわけだ……」
笑いを含んだダミ声でシェルムはそう言う。バロットは疑問に思いながらも彼の方へ足を動かした。
「……!」
と、少し近づいたところで、シェルムは左腕をズボンをポケットに入れ、何かを取り出す。それは小さな小瓶であり、中には黒い液が入っていた。
「――古の伝説。彼の勇者は『邪を砕く』力を持っていたという」
シェルムはその小瓶を顔の上に持ってくると、それを強く握りしめる。ピキ、と小瓶にヒビが入った。
「それと並ぶため、同伴の最上騎士は『鬼血』を喰らったという」
「……まさか」
バロットは瞳を見開いた。同時に、シェルムの手の中の小瓶が割れて、まるで内側から外へと圧倒的な力が加えられていたかのように、中の液が全方向へと飛び散る。
そしてそれは地面に零れたかと思うと、何故か地面に染み渡らなかった。スライムのように弾んでへこんだ球形になる。それからすぐに、それらがシェルムの体へと向かっていった。
シェルムはその血を受け入れながら、呟く。
「『鬼血』を受けた者の末路は二択。――肉体が乾き瓦解するか、それとも」
その粘性を持った血液はシェルムの腕を上り体全体へ伝っていく。首もとから顔へ伝ってきた血液が、眼球を通して体内へと侵入した。
「"自分ではない何者かに成る"か、だ」
力の入っていないシェルムの瞳がバロットを捉える。バロットは瞬間的に地面を蹴って後ろへ下がった。
バロットが感じたのは畏怖。一瞥で頭から手足の先まで一気に冷やす悪寒が、彼の体を無意識化に動かした。
生気のないような瞳――だがそれには同時に"殺意"を孕んでいた。一見矛盾し合う感情が、シェルムからは捩じって交わって感じられたのだ。
バロットの本能が心臓を圧迫する。"あれには関わるな"と鼓動を以て抗議していた。
「ふ……アハハ……。そうですよ、その顔が、見たかったんですよォ」
シェルムは血反吐を吐きながらもゆらりと立ち上がった。
彼の足が地面につくと、彼中心に赤い渦が渦巻いた。高濃度の魔力の嵐が彼を包み、地面は割れ、芝生のかすが舞いあがる。
「……ふざけんな」
バロットは魔力の渦に腕で顔を隠しながら、そう呟いたのだった。
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