夢列車

トンボ

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鉄の悪夢

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 動き出した駅のホームを窓から見たとき、そこに何かを置き忘れてきてしまったかのような錯覚に囚われる。その正体は感情そのものに聞いても答えは返ってこない。

 アザミは電車に揺られていた。薄暗い車両の中、生気の感じられない乗客たちたちに混じってただ窓の外の暗い風景を見つめていた。どこに向かっているだとか、そういう疑問は不思議とわいてこない。揺蕩う生温かい雰囲気に意識すら呑まれている気がする。見たこともない赤と黒の広告と吊り革が鬱憤な電灯に照らされていた。車輪がレールのつなぎ目に達する度にならす爽快な音が、今や雰囲気に流されて不気味さまで感じさせる。
 アザミはひたすらに窓の外の暗闇を見つめていた。

≪――ザ……ギギ……≫

 ふと電車内アナウンスからノイズがはしった。それを境に車内の空気が少し切り詰められる感覚を覚える。

 乗客の一人、スーツを着て眼鏡をした男性が立ち上がった。
 アザミを含めた他の乗客も、興味か好奇心――それはとても小さなものだったが――に誘われて、スピーカーが取り付けられているであろう天井に目を向ける。唯一立ち上がった男性は前の車両に移るつもりなのか、車両を隔てる扉へと足を進めていた。

 電車はトンネルに突入し、一定の間隔で壁に取り付けられている紫色の蛍光灯の光が一定のリズムで窓から差し込んでくる。

≪ザ……ヒキ……≫

 依然としてノイズが鳴り響く。車種が古いのだろうか。そのノイズが実際に10秒ほどなり続いていたのか、あるいは鳴っていたのは数秒であるが体感的にそれが引き延ばされているように感じたのか、それは定かではない。しかし、すぐに、数秒後の出来事で、それが迫りくる一手への『溜め』であったことに気づくのだ。

≪……内田大介二十八歳、活けづくりぃ~≫

 車内を歩いていた男が次の列車へ繋がる扉へ手をかける――が、手が触れる前にどういうわけか自動で扉が勢いよく開いた。奇妙な車内アナウンスをかき消すような扉の音に、乗客の注意は一気にそちらへ向く。男は困惑しつつも扉の先へ足を踏み込んだ。

 ――それはとてもあっけのない音。何か、何かがスパッと切られた音だ。

 それは男の足元。脛のあたりだ。何か、淡い光を反射する何かが脛のあたりに一閃したのをアザミは確かに見た。

 男の背の丈がガクンと下がった。同時に血しぶきがあたりに飛び散る。足を捥がれた男は叫びながら両腕を無造作に振り回した。倒してしまった墨汁入れから流れ出る墨汁のように、足の切断面から赤くドロドロした血液が、扉内部と外部の間にある小さな隙間へ吸い込まれていく。その光景が目から離せず呆気に取られていると、再びアナウンスが鳴った。

≪活けづくり~! 活けづくりですよ~!≫

 大きな音が鳴り始めた。モスキート音のような、キーンと耳に残る音。

 これは、猛スピードで何かが回転している音だ。

 その音はアザミのいる車両内から発せられているものではなかった。それは男のいる車両とは扉で隔てられていた場所から聞こえる。そこで両脚を切断され、もがき苦しむ男の頭上に、きらりと光るものが少しだけ覗かせた。それが何かは何となく分かっていた。わかっているのにも関わらず、それが上からゆっくりと下へ姿を見せていくことから目を離せずにいた。

 それは――回転刃。幅は空間を埋め尽くすほど大きい。それが男の頭上からゆっくりと、しかし確かに下りてきていた。異様に回転音が高い。常識外のすさまじい速度で回転しているのだろう。回転の向き車両へ向いている。つまり、これが示すことは――。
 回転刃が男の頭に接触し、壊れた電動人形のようにふにゃりと体が動いたかと思うと、それは容赦なく彼をゆっくりと削り始めた。頭蓋骨にはすぐに到達したそれは、甲高い切削音を奏でながら車両内へ肉塊を床、壁、天井、そしてアザミの頬に至るまで盛大に飛び散らされる。性格の悪い好奇心が嫌悪に変換されたところで、アザミの硬直が溶けて窓に目を反らした。窓に映った自分の顔の左頬に黒い液体が丸く付着し、奇妙な粘着力を持ちながらも流れ落ちようとしている。――嫌だ。直感したアザミは再び、見てはいけないものだと理解しながらも、刻まれていく男の方へ視線を戻した。そこでは刃から伝わる振動に合わせて、男だったモノは小刻みに上下運動をしていきながら、ついぞ頭全てが削られていた。目を反らしたいほどの事態にも拘わらず、アザミは声を上げるどころか瞬きひとつもしなかった。ただ力なく回転刃にさらされ、車両を赤黒いぬめぬめした物体でびちゃりびちゃりと塗りたくっていく場面をただ見ていることしかできなかった。――否、それをずっとみせられていた。





 ――秒ごとに針が指す音が静かに響いている。アザミはいやに醒めた瞳をひとたび閉じると、体を起こし同時に枕元に置いてあった目覚まし時計を手に取った。針は6時少し前を指しており、いつもよりも少し早い起床だった。どうにも納得しにくい起床である。非常に気に食わない。ため息をついて夢の中で血がかかった額を恐る恐るさする。やはりそこには何もついていない。所詮は夢なのだろう。

 掛け布団をどかして冷たい床に足をつけた。カーテンを開けてみるもまだ太陽が山の向こうに隠れていて、やわく青白い光しか入ってこなかったのでそのまま閉じる。

 しかし、とても奇妙な夢だった。アザミは発熱し発汗した体を服でぬぐい、ため息とともにベッドの上に腰を下ろす。いやに現実味のある夢だった。電車がトンネルに差し掛かったときの、窓を揺らした風圧。旧時代的だがどこか温かみのあった車内。そして、肉を高速刃で削り取ったときの聞いたこともないような音と、それが飛び散る生々しい音。聞いたことのない音響のはずなのに、本当に現実と負けずとも劣らないリアルさだったのだ。さっきの景色が夢で、今見ているものが現実。落ち着いてそう頭の中で反芻し、安堵したところで着ている服の一部に、黒い汚れがついていることに気づく。

 悪寒がした。

 それが何かと気づく前に。すぐさま立ち上がって洗面所へと駆ける。
 パチン、と洗面台のランプをつけて鏡を見た。そこには自分の慌てて目を丸くした自分がいた。生暖かい空気の中で、鏡の中の自分の唇が緩み、背中の虚空から現れた黒い手が、鏡の中の自分の肩を掴もうとしたところで、思わず振り返る。そこには、薄暗い壁があった。何もない。黒い手も、鬼も、ない。
 一旦息をつき、再び鏡と向き直って洗面台に手をついて脱力すると、視界の隅に排水口が映る。気を落ち着かせるために、瞳をゆっくりと二、三度瞬きさせていく。

 ――ポタ、

 赤い血が、台に落ちてきて、排水口にゆっくりと向かっていく。アザミは慌てて天井を見上げるも、白いそれがあるだけだった。

 もう一度、洗面台を見下ろしてみるが、確かに血は底へ向かって蠢いている。幻覚ではない。

 ふと鏡を見て、その元凶がようやく理解できた。目だ。アザミの瞳から、正確には充血した左目から、赤い液体が頬を伝っていた。痛みはなかった。反射的に寝間着の袖で左目を覆う。これで流血は軽減され、少なくても――寝間着を一着犠牲にしてしまうが――床を汚すことはないだろう。
 大股で枕もとの携帯を取りに行き、片腕で通話アプリを開いてかけ始める。まだ早朝だが仕方ない。


「もしもし――」
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