或る男の余生。

夏生槇

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1.近所のおっさん失踪事件

1-5.作戦会議

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 なんとも面はゆい食事をどうにかこうにか終えたカナチカは、テーブルに「依頼」についての書類を広げた。
 その少し離れた場所にスミが淹れた食後のお茶が置かれ、ようやくの作戦会議がスタートする。

「ギルドの方でもある程度聞き取りはしてくれているみたいだな。ダレンがいなくなったのは、二週間前。飲みに行ったまま、帰ってきていないという状況。これは俺らがチルに聞いてる話と同じだ」
「うん」
「ダレンの友人知人に、心当たりナシ。特に失踪につながるような、家庭に対する不平不満をこぼしていたといったこともない。…だそうだが、どう思う?」
「これを書いた人がダレンさんのお友達に直接聞いた、というわけではないんだよね?」
「ギルドが調査はしないからな。そういうことを言っていた、というチルの証言だろ」
「となると――正直、ちょっと怪しいような」
「だよなあ」

 まず浮かんだのは、「傷心の娘に、すべてを正直に話すか」という疑問だ。
 家出するとか、もう死んでしまいたいとか、そういうわかりやすいシグナルを出していたのなら伝えただろうか、直接影響があるかもわからない家庭の愚痴、不満を、現在進行形で傷ついている娘相手に話すことができるだろうか。

 隠す意図がなくとも、結果として誤魔化してしまう。そんな事態も十二分に起こりうる状況ではあるだろう。

「更に最悪なのは――女が絡んでる場合だ」
「ああ……うん」
「隠ぺい率はあがるし――その場合の男の友情、多分めっちゃ厄介なんだよな…」

 知人の不貞を疑いたくはないが、下半身が機能しているうちは誰にでも可能性はあるというのがカナチカの持論だ。
 家庭への不満を抱えた冴えない友人が手に入れた、新しい花。一緒に守ってやりたいと思うのもまた、男の友情の在り方。――かもしれない。理解はしないが。

 カナチカはうーんとうなりながら持っていたメモ帳にこう書き記した。

1、友人へ直接聴き取り。

「多分、同性、かつ無関係な俺達が聞いた方がいい」
「賛成」
「チルと奥さんに心当たりの友人をピックアップしてもらって…あとは行きつけの飲み屋だな。チルの心当たり以外にも店ありそうだし、そのへんはオッサンたちに聞こう。夜の外出増えるけど、平気?」
「トラム…いや、でも。うん。最悪店に泊まればいいから」
「いや、外泊に抵抗ないならうち泊まれ。部屋あるから」

 店の設備環境については詳しくはないが、ベッドや風呂が備えられているとは考えにくい。
 しっかり疲れをとるためにも、冒険者の仮宿として貸し出している部屋を一室提供することを決める。

「……わかった。家族にも言っておく」

 メモその2。スミの部屋を抑えておく。

「あとは、ダレンの部屋や持ち物を見せてもらいたいな。それはチルに頼もう」
 メモその3。ダレンの部屋。

「俺は昼間、店のお客さんにそれとなく聞き込みをしてみるよ。失踪前におかしなとこなかったかとか」
「頼む」

 メモその4。店の常連。(スミ)

「……とりあえずやるべきことはこれくらいかな。ああ、そうだ。スミ、悪いんだけど今回のこの依頼、お前の名前で受けてもらえないかな」
「え。いいけど、どうして?今日ギルド行ったんじゃ」
「行ったけど、断られた」
「…そんなことあるんだ。ランクが足りないとかじゃないよね」

 足りないどころか。過剰すぎてダメだったんです。――とは、言えないし、言わない。

「うちの商会、ギルドでも結構上位でね。安売りするなって怒られちゃって」

 あくまでも商会として申請し、ギルドの矜持をまもるべく断られた。
 これならまあ、表面的には納得のいく理由だろう。

「成程。わかった。ええっと、ギルドに行けばいいの?」
「うん、明日にでも。総合窓口にいってルイスっていう男を訪ねてほしい。そいつに話通してあるから」
「…あ、待って。ギルドって朝何時から?」
「9時かな。……あ、出勤前後は無理か」
「朝は市場に買い出しに行ってて……仕事始まると、一時間抜け出せるかどうか怪しい」
「……市場って、港の倉庫市場?」
「うん」
「ああ、じゃあそっちは市場から配達させよう」
「そんなサービスあったっけ?」
「ない。けど、あの市場仕切ってるのはうちだからさ」

 メモその5。ダレンズキッチンへの配達依頼

「買うものって決まってる?」
「ええっと。もう今日のうちに予約はしてあるんだけど」
「それなら話は早いな。肉魚はうちの管轄じゃないけどまあ、委任状あればいいだろ。あとで一筆書いて。それに俺もサインするから。たぶんそれでオッケー」
「だ、だいじょうぶなの? ほんとに?」
「いけるいける。うちの人間はみんな見る目鍛えられてるから安心しろ。俺の紹介で下手なもんは寄越さないよ」

 そういう問題なんだろうか、と不安げに瞳を揺らすスミを後目に、カナチカはみるみると計画と予定を完成させていく。

 明日スミはギルドへの申請。カナチカは昼間のうちにチル、母親への聴き取りを済ませ、夜に二人で聞き込みに出るということで話は終結した。

「……事業やってる人ってみんなこんな感じなの?テンポはやくてびっくりするんだけど」
「こんな感じなんじゃないかな、多分」

 他人のことなど知ったことではないので返事は適当だが、普段のレレントとのやりとりはだいたいこんな感じだ。
 殆ど聞き役にまわっていたスミだが、慣れない速度感が堪えたのか、ぐったりとテーブルに突っ伏してしまった。

「まだまだ、疲れるのはこれからだぞ」

 さらりと流れる黒髪を、カナチカは何の気なしに、それが当たり前の所作であるように撫でた。
「……」

 それに驚いたのはスミだ。ていうか、そりゃあ驚くだろう。同世代の青年から頭を撫でられるなどという経験が、そうそうあってたまるかという話である。

 けれど全く不快ではなく。不思議とその手を払いのけようなどという気も起きない。

 スミは手が離れないよう、ちらりと視線だけでそちらの様子を伺った。
 そこにあったのは、慈愛に満ちた美しい青年の顔だ。

「…それ、ずるくないですか」

 ずるい。こんなの、抗えるわけがないだろう。
 そう呟いて再び顔を隠すスミ。
 カナチカは一瞬虚を突かれつつも、一笑ののちその頭をはたいた。 

「戻ってるぞ、敬語」

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