或る男の余生。

夏生槇

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1.近所のおっさん失踪事件

1-8 圧迫面接

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 ルイス=タラン。
 そう名乗った青年は、人好きのする笑顔を顔面に張り付けながらスミの正面に座った。
 表情こそ笑顔だが、妙な凄みというか、威圧感のある人だな、とスミは冷静に分析する。

(…ギルドのルイスさんって、この人だよなあ)
(お客さんが騒いでた……さわやかで優しい云々……)

 同時に、カナチカが名前を出したときから記憶野の端っこで起きていたひっかかりがポロリと取れて、「なるほどなあ」と「爽やか…?」が頭の端と端で自己主張を始めたがそこは得意の営業スマイルでやり過ごした。

 女性が噂をする程度には人気のある、ギルドきっての出世頭。そう言われたらそうにしか見えない。説得力のあるオーラは確かにある。

「……思ったより若いな」
「はい?」
「失礼。カナチカさんが寄越す人ってどんな方だろうって勝手にあれこれ想像してたんですが、予想外にイケメンさんだったのでびっくりしてしまいました。ええっと、スミ=レインウォーターさん。今登録情報を照会してもらっているので、先に必要書類を書いて頂いてもよろしいしょうか」
「あ、カナが持って来た書類ならこちらに」
 
 スミは持っていたショルダーバッグの中から、革のドキュメントケースを取り出した。
 もちろんカナチカ当人から預かってきたもので、中身が何かも把握している。
 テーブルごしにルイスに差し出すと、ルイスはスッと目を細めつつ中身の検分を始めた。

「求人票と、サイン……は入ってますね。これはあなたの直筆で間違いないですか?」
「は、はい」
「……字、綺麗ですね」
「…そうですか? 丁寧には書きましたが」
「何よりです。……うん、このインクの匂いは、あの人のものだ」

(……インクの、匂い?)

 確かに、サインはカナチカの万年筆を借りて書いた。
 エリートはインクの匂いで人の判別が出来るとでもいうのか。いや、そんなことはないだろう。
 思わず表情を強張らせてしまったスミに、ルイスはこほんとひとつ咳ばらいをして書類を繰る手を早める。

「あの人は、なんでも質のいいものを使ってますから」
「は、はあ」

 その点については同意する。
 しかしそういう問題ではないだろう。絶対に。

「うん、こちらが戴く書類は揃ってますね。ありがとうございます。ケースはいつも通り、こちらでお預かりいたしますがよろしいですか?」
「いつもそうなら、そうしてください」
「はい」

 ルイスが後ろに目配せすると、すぐに年嵩の職員が駆け付けケースを回収していく。
 それと入れ替わりで、タイミングを見計らっていたらしい若い女性職員が厚紙でできたファイルをルイスに渡した。
 検索用につけられたらしい、SとRの文字。
 おそらく、ギルドに提出したスミの個人資料だろう。

 ルイスが書類に目を通す間に、ゆっくりと周囲を見渡す。
 隣席との間には魔法で加工された遮音ボードがあり、完璧とはいわないまでもそれなりにプライバシーは守られるようになっている。
 がら空きの背後も人がいないことを確認し、スミはふっと肩の力を抜いた。

「……現在は職業ギルドから紹介された食堂で働かれているようですが――通常ギルドの方でも活動していらっしゃったんですか」
「はい。……実家を出てしばらくは、弟と二人でその日暮らしをしていたので。戦闘技術がないので、ランクは上がりませんでしたが」
「いやいや、なかなか立派な成績ですよ。この履歴を見ているだけでも、真面目な性格が伝わってきます」

 この街に辿りつく前のことは、あまり思い出したくない。
 そもそも、職業ギルドならともかくこちらの窓口で出自経歴を問われることはなかったはずだが、なぜこのような、面接のような雰囲気が出来てしまっているのだろう。

「3年前を最後にギルドでのお仕事は止まっていたようですが、その間に料理を?」
「はい。仕事でたまたま、レストランのオーナーと知り合って。そこから見習いを…。そのおかげで、この街では調理師として働けています」
「カナチカさんとは?」
「こちらで紹介された店の、常連さんですね」
「あーなるほどー」

 産まれのこと。経歴。姉のこと。
 触れられたくない話題が多すぎる。
 これ以上深堀されると面倒だな、と身構えたところで、ルイスは「こんなもんか」と手元の書類を閉じた。
 スミが提出したサイン入りの書類と共に別のファイルへと放り込み、ポンと判を押して後ろに流す。

「色々聞いてしまいすみません。最近うちも厳しくなっているものですから」
「――いえ」

 どうやら、面接は終わったらしい。
 今のやり取りでなにを確認したかったのかはわからないが、あまりにも鮮やかな引き際に拍子抜けしてしまう。


「ご協力ありがとうございます。確かに受領いたしました、とカナチカさんにお伝え願えますか?」
「あ、はい。わかりま」
「あと、近々こちらにお越しいただきたい。――私が会いたがっていたと」
「……それは、前半だけでもいいですか?」
 
 熱っぽい眼差しを向けられ、今度は普通に身体を引いた。
 そのテの冗談を言うタイプには見えないが、本気だと尚意図が分からない。
 インクの件といい、彼のカナチカへの感情がどういうものではるかは察するに余りあるが、完全に相手が違うだろう。 
 
(あ。)
(――牽制か。これ)

 思い当たるフシといえばいえばこの一点。
 カナチカに好意があるのなら、出る前の杭、ポッと出の若い男の存在は叩いておきたいと思う――かもしれない。
 

(まさか、この二人……?)

 鈍くはないが特別鋭いわけではないスミは、100点満点中30点くらいの答えを導き出し、信じられない思いでルイスを見つめた。
 必然として探るような眼差しになってしまうが、ルイスは怯むことなく、どことなく余裕を感じさせる笑みでスミの視線を受け止めている。

(別に、そうならそれで、別に……なんだけど)
(巻き込まないでくれないかな……?)

 スミがカナチカに対し好感を抱いているのは事実だ。
 けれどそれ即ちラブみたいな、短絡的な発想をされるのは我慢ならない。
 スミからすれば、この気持ちははじめての「友情」となりうる、大切な感情の『芽』。
 お前もそういう目で見ているのだろうと思われることも、お門違いな嫉妬に巻き込まれることも御免被る状態である。

「――それでは、俺はこれで。早く帰らないと、カナが待ってる」

 待ってない。


 早く店に行かなければならないのは事実だが、カナチカとの合流は昼予定だ。
 無粋な牽制に対する仕返しのつもりで放った一言は、思う通りの効果を発揮したらしい。
 笑顔の消えたルイスの「素」を見れたことに満足しつつ、スミは足早にギルドを後にした。


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