怪談を語ってはいけない ―フリーライターが触れた禁忌の共有フォルダ―

悠月

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第一章 怪談会

第1話 家に関する怪談

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「――家の話をしましょう」

 そう切り出したのは、「怪談会」の進行を務める怪談雑誌の編集者・Kだった。
 場所は都内某所。古い一軒家を改装した撮影スタジオだと聞かされていたが、外観は拍子抜けするほど普通だった。

 戦後すぐに建てられたような二階建て。よくある民家だ。
 白い外壁はところどころ黄ばんでいるが、近隣の建物に溶け込みすぎていて、怪談の収録場所だとは誰も思わないだろう。

 玄関を入った瞬間、私は理由の分からない既視感を覚えた。

 ――以前にも、ここに来たことがある気がする。

 もちろん、そんなはずはない。
 おそらく、よくある民家だからだ。単に、懐かしさを感じたのだろう。
 まるで、実家に帰ったような懐かしさだ。

 ただ、足を踏み入れた瞬間、妙な臭いが気になった。
 肉が腐ったような臭いが、辺りに漂っている。

 我々の前に利用した人たちが、生ゴミを始末していないのではないかとゴミ箱を確認したが空だった。臭いの元はわからない。
 私は臭いの元を探すのを諦めた。

 座卓を囲んでいるのは、怪談好きなら誰でも名前を知っている顔ぶれだった。

 実話怪談の動画が人気でチャンネル登録者数200万人と人気の怪談師、黒部くろべゆたか

 顔出しをしないことでかえって有名になった配信者、コトリバコ。都市伝説検証系チャンネルで人気だ。今日も、キャップを目深に被り、サングラスにマスクの出で立ちだ。顔はよくわからない。

 そして、テレビでもよく見かけるピン芸人、シマバラ・ユウタ。怪談イベントにも精力的に参加している。

 それぞれが、「怪談を語ることで生計を立てている人間」だ。

 私はその中で、いちばん立場が曖昧だった。
 怪談師でも、演者でもない。
 今日は聞き役と記録係として呼ばれた、駆け出しのフリーランスライターだ。

 この怪談会を文書として記録する役目と、後日配信される動画の構成を任されている。
 つまり、書く側、記録する側だ。

「今日、記録係をお願いしているライターの三好さんです」

 Kの紹介に続いて、私は立ち上がり頭を下げる。

「はじめまして、三好みよし紗耶さやです。本日はよろしくお願いします」

 皆、軽く会釈を返す。

 私の隣に座っているのは、民俗学者の宮田みやた恒一こういち教授だった。
 白髪混じりで、怪談会というより講演会のほうが似合いそうな風貌。日本の土着信仰を研究しているという。専門は、家や土地にまつわる民俗だそうだ。
 怪談の“解説役”兼実話怪談の語り手として同席していると、事前にKから聞かされていた。

 座卓の端には、場違いなほど地味な男が一人いた。
 グレーのジャケットに、使い古した鞄。
 派手な身振りで話す参加者が多い中、彼だけが、終始黙って湯呑みを両手で包んでいる。
 編集者のKが、軽く紹介する。

「こちら、潮見山ちょうけんざん音谷寺おんごくじの住職、もちろん皆さんご存じかと思いますが、志摩しま住職――今日は除霊担当ではなく、“体験談枠”で来ていただいてます」

 男は、軽く頭を下げた。黒衣でも、袈裟でもない。
 それがかえって異様だった。

「ただの和尚です。……除霊って、私は霊能者じゃありませんよ。ただ、昔から何かと相談を受けてただけで。特に能力があるわけではありません」

「相談って?」

 誰かが聞く。

「家で起きた怪異については、相談されることが多いですかね。あと、壊す前の家とか。人が出ていった後の家の始末とか……」

 それ以上、説明はしなかった。
 宮田教授が、住職をちらりと見てから、私のほうを見た。

「……民俗学的には、そういう人が一番、“当事者”なんですけどね」

 私は、その意味が分からないまま、メモを取った。
 「そういう人」とは、「何かと相談を受け」る人という意味だろうか。

 シマバラは、カメラが回っていないことを確認してから声を顰めるようなそぶりで口を開く。

「家の怪談ってね、これいちばん逃げ場ないんですわ」

 黒部は、眼鏡の縁に指を添えながら静かに頷いた。

「確かに、そうですね。旅先の怪談や山の話は、帰れば終わりです。でも、帰る場所そのものが異物になるわけですから」

「駅や町が異世界に繋がるならまだいい。でも、家の中が異世界に繋がったら……逃げ場はありませんね」

 コトリバコ――いつも検証用に多数の資料を持ち歩いていることで知られる配信者が、淡々と続ける。

 「逃げ場がない」――その言葉を聞いた瞬間、私は、理由もなく背筋が冷えた。

「ああ、それは怖いね」

「やめてや、ゾッとするわ」

(――ああ、この人たちは、もう……██の“途中”にいる。私もだ……)

 そう思った一瞬後。

 ――あれ? 何の途中?

 自分が何に気付いて背筋が寒くなったのかがわからなくなった。
 もう、場の空気に飲まれているのかもしれない。

 しっかりしなければ、と、軽く頭を振る。

「そろそろ始めましょう」

 Kの言葉にスタッフが、小さく頷く。
 カメラの赤いランプが灯った。

「一話ずついきましょうか。生じゃないんで。自由に語ってもらう感じでね。後で編集しますから……」

 Kの声が、少しだけ遠くに聞こえた。

「じゃあ、一発目私からいきますわ」

 シマバラが、笑みを浮かべながら手を挙げる。

 その時はまだ、この怪談会が、単なる収録では終わらないことを、私は知らなかった。

   *

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