新米農家、配信者になる

グリゴリ

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第1部:はじまりの種と、絆の芽吹き

第6話:日常と配信と、少しずつ

 配信を始めて二週間が経った。

 登録者数は三百人を超えていた。農業配信を毎日続けて、ダンジョン探索を週に二、三回挟む形が自然に定着してきた。視聴者との距離感も、最初の「誰かに向かって独り言を言っている感じ」から、「誰かと話している感じ」に少しずつ変わってきた。

 今日は朝から農業配信をする予定だった。

 白菜の定植作業がある。苗を一株ずつ丁寧に植えていく作業で、それ自体は地味だが、「どのくらいの間隔で植えるか」「土の深さをどう調整するか」という細かいポイントを話しながらやれば、それなりにコンテンツになる。農業系の配信を見ている人の中には、「実際に家庭菜園をやっている人」や「農業に興味があるけど始め方が分からない人」が一定数いて、そういう人たちには具体的な作業の様子が刺さるということを、コメントから学んでいた。

 「よし、行くか」

 ぷるっ。

 ソルが肩に乗ってきた。

***

 畑に出ると、朝の空気が顔に当たった。

 十月に入って、朝の冷え込みが少し強くなってきた。長靴の上から薄手のジャケットを羽織って、手袋をはめる。ソルは俺の肩の上で体をぷよぷよさせていた。寒くないのか聞いたことがあるが、ぷるっと返ってきただけで意味は分からなかった。スライムには体温というものがないのかもしれない。

 カメラを三脚にセットして、配信を開始した。

 「おはようございます、蒼太です。今日は白菜の定植をします。苗の状態を先に確認しますね」

 育苗トレーから白菜の苗を一本取り出して、カメラに向けた。根が十分に張っていて、葉の色も濃い緑だ。

 「この苗、本葉が四枚から五枚出ているのが植え時の目安です。根がトレーの底まで伸びているのが見えますか。これくらいしっかり根が張っていれば、定植後の活着がうまくいきます」

 【本葉って外側の大きい葉のことですか?】

 「そうです。双葉の後に出てくる葉です。双葉は本葉が出てきたら役目が終わっていく感じなので、その後に出てくる葉の枚数で判断します」

 【わかりやすい! 家庭菜園でも同じですか?】

 「同じです。プランターでも畑でも、苗の状態の見方は変わらないですよ」

 コメントに答えながら、俺は一株ずつ丁寧に植え始めた。

 株間は四十センチ。苗の根元が土の表面と同じ高さになるように深さを調整する。植えた後に軽く土を押さえて、根と土が密着するようにする。その作業を繰り返しながら、俺はひたすら喋り続けた。

 「深く植えすぎると茎が腐ることがあるので、浅めに植えるのがコツです。あと今の時期は虫が多いので、定植後すぐに防虫ネットをかけます」

 【農業って細かいこと多いんですね】

 「多いですよ。でも慣れると楽しいです。パズルみたいな感じで」

 ソルが畝の端をぷよぷよ動いていた。時々俺の腕に近づいてきて、作業の邪魔になりそうになるのをさりげなく避けながら続ける。

 【ソルちゃん仕事してる? してない?】

 「してないですね、今日は完全に散歩です」

 ぷるっ。

 【ソルちゃんの否定が可愛すぎる】

 コメントが少し盛り上がった。ソルの存在は、農業配信の「固定客」を増やすのに確実に一役買っていた。農業に詳しい人だけじゃなく、「ソルちゃん目当てで来ている」という視聴者が一定数いることは、コメントの傾向から分かっていた。

***

 定植作業を一時間ほど続けた頃、コメントに一つ質問が来た。

 【蒼太さん、ダンジョンの素材って売れるんですか? 農業の収入と合わせてやっていけてる感じですか?】

 少し個人的な質問だと思ったが、隠す理由もなかった。

 「素材は売れますよ。ドロップした魔石とか、モンスターの素材を買い取ってもらえる業者が今はいくつかあって。うちのダンジョンはEXランクなので、Fランク相当の浅い層でも素材の品質が通常より良いらしくて、買取価格が高めなんです」

 【それは強い】

 「農業だけだとまだ収支がきついので、助かってます。農家二年目で黒字化できるかどうかのラインなので」

 【正直に言ってくれるのいいな】

 「嘘をついても仕方ないですし。配信収益はまだほぼゼロですが、素材の売却でダンジョン探索が副収入になってきてます。ただ、深い層には今の俺の実力じゃ行けないので、当分は浅い層を安定して回す感じです」

 【着実にやってる感じが好き】

 【蒼太さんって焦らないタイプですよね】

 「農業やってると焦っても仕方ないって分かるので。種撒いてすぐ収穫できないのと同じで、何事も順番があるなと」

 コメントに笑いが広がった。

 俺はそれを見ながら、少し不思議な気分になった。自分の考えを言葉にして、それが誰かに「いいな」と思ってもらえる。そういう経験が、三十年生きてきてあまりなかった気がした。

***

 午前の作業を終えて昼食を食べた後、俺は机に向かってサブチャンネルの準備を進めた。

 メインチャンネルとは別に、カード関連の配信用のサブチャンネルを作ろうと考えていた。ポ〇モンカードは高校の頃にコレクションしていたが、不登校になってから全部やめてしまった。農業を始めてから、弟の颯太がポ〇モンカードの新弾を送ってきたのをきっかけに、少しずつ再開していた。

 久しぶりに触ったポ〇モンカードは、高校の頃と変わらずに面白かった。

 いや、むしろ今の方が純粋に楽しめる気がした。高校の頃は「強いデッキを作らなきゃ」「大会で勝たなきゃ」という気持ちが強かったが、今はただカードを眺めているだけで楽しい。イラストの細かさとか、テキストの面白さとか、そういう部分が前より見えるようになった。

 サブチャンネルのチャンネル名は「蒼太のカード部屋」にした。

 農業とダンジョンのメインチャンネルとは切り離した、カードと趣味の空間。それがあってもいいと思った。

チャンネルの概要欄には「農家とダンジョン配信者がカードも好きなチャンネルです。ポ〇モンカード、ワ〇ピースカード、遊〇王カードなどを開封したり、大会に出たり、ゆるくやります」と書いた。

 「こんなもんでいいか」

 ぷるっ。

 「ソル、お前カードの配信にも出るか」

 ぷるぷる。

 「出てくれるか。ありがとう」

 ぷるるん。

 出ると言ったのか断ったのか、相変わらず分からなかったが、とりあえず「出演予定」ということにしておいた。

***

 サブチャンネルの初配信は翌週の休日の昼間に設定した。

 タイトルは「【ポ〇モンカード】農家がポ〇モンカードの新弾開封してみた。久しぶりすぎて緊張してます」にした。

 配信を開始すると、最初の同時接続者は十二人だった。メインチャンネルの視聴者が流れてきてくれたらしく、コメントに見覚えのある名前がいくつかあった。

 「こんにちは。今日はサブチャンネルで、ポ〇モンカードの新弾を開封します。高校の頃にコレクションしていたんですが、久しぶりに再開しています」

 【ポケカも好きなんですか!?】

 【農家配信者がポケカとはw】

 「好きですよ。昔より今の方が純粋に楽しいかもしれないです」

 机の上には、今週地元のカードショップで購入したポ〇モンカードの新弾ボックスが一箱置いてあった。箱を開封する前に、まず外側を確認するのがカード開封の一つのお作法だと思っていた。

 「このシリーズ、イラストが特に好きで。パッケージのデザインを見てるだけでも楽しいですよね」

 ボックスの外側をカメラに向けながら話した。

 「では開けます」

 ボックスの外側のフィルムを丁寧に剥がして、中からパックを取り出した。全部で三十パック。一パックずつ開けていく形にした。

 「まず一パック目」

 フィルムを剥がして、カードをゆっくりと一枚ずつめくっていく。コモンカードが続いた後、レアが一枚入っていた。

 「あ、〇〇〇〇exが出ました」

 【おお!】

 【いいじゃないですか!】

 「これ、イラストが綺麗ですよね。ちょっとカメラに寄ります」

 カードをカメラに近づけた。キャラクターのイラストが光の加減で輝いて見えた。

 【綺麗すぎる】

 【光る加減が最高】

 「高校の頃にも同じキャラクターのカード持ってたんですよ。イラストが全然違うけど、なんか懐かしい気持ちになりますね」

 【蒼太さんの昔のコレクション見たい】

 「今はほとんど残ってないんですよ。不登校になってた時期に、全部処分してしまったので」

 言ってから、少し言い過ぎたかと思った。でもコメントは責めるような反応じゃなかった。

 【そうだったんですね】

 【今また楽しんでくれてよかった】

 【カード、一緒に集めましょう】

 温かいコメントが来て、俺は少しだけ息を吐いた。

 「ありがとうございます。じゃあ続きを開けます」

***

 三十パックを全部開け終わるのに四十分かかった。

 ハイレアが二枚、レアが十一枚、コモンとアンコモンがその他という結果だった。レアの中に「〇〇〇〇ex SIR」(スペシャルイラストレア)が一枚含まれていて、それを引いた瞬間のコメントが一番盛り上がった。

 「これ、SIRじゃないですか……」

 思わず前のめりになってカードをカメラに近づけた。

 【きたーーー!!!!】

 【SIR出るとこ初めて見た!】

 【羨ましすぎる!!!】

 「引いたことないカードです。イラストが……すごいですね。これ、誰が描いたんだろう」

 カードを光に透かしてみた。キャラクターのイラストが繊細で、遠景の風景まで細かく描き込まれていた。カード一枚にこれだけの情報量が詰まっているのは、やっぱりすごいなと思う。

 「このカードは大事にします」

 【保護しましょう】

 「スリーブ入れます。今すぐ」

コメントが笑いに包まれた。

 開封が終わって、今日引いたカードを並べて総評をした。

 「今日は全体的に良い引きでした。SIRが一枚出たので大満足です。ただ、〇〇〇〇exがまだ引けていないので、次の機会に」

 【また開封配信やってください!】

 「やります。次は別の弾もやってみたいと思っています。ワ〇ピースカードとか、遊〇王カードもいずれやりたいですね」

 【全部好きな人だった】

 「昔から好きなので。ただ最近はポ〇モンカードが中心です。地元に小さいカードショップがあって、店主さんが優しくて居心地がいいので、よく行くようになりました」

 【地元のカードショップレポートもやってほしい】

 「それ面白いかもしれませんね。お店の許可が取れたら」

 配信を終えた時、同時接続者は二十八人になっていた。

サブチャンネルの初配信としては、想定より多かった。

***

 夜、俺は机の前に座って、今日の配信のコメントをもう一度読み返した。

 農業配信の視聴者とカード配信の視聴者は、少し層が違った。農業には実用的な知識を求めている人が多かったが、カードはもっと「一緒に楽しみたい」という空気感のコメントが多かった。どちらも温かいが、温かさの種類が少し違う。

 「俺、カード好きだったんだな、やっぱり」

 ぷるっ。

 ソルが机の端でぷよぷよしていた。開封したカードは全部スリーブに入れて、100均で買ってきたカードボックスに収納した。SIRのカードは一番手前に立てて、取り出しやすいようにした。

 「ソル、今日楽しかったか」

 ぷるるん。

 「楽しかったか分からないか」

 ぷるっ。

 「まあ俺は楽しかった」

 ソルが俺の手のひらに乗ってきた。ひんやりした感触。それからいつもの温かい感覚が胸に広がった。【絆の創世者】のスキルが今日も働いていることを、俺は静かに確認した。

 「明日は農業して、夜はダンジョン配信の準備しよう」

 ぷるっ。

 「そのうち、ちゃんとダンジョンキャンプ配信もやろうな。視聴者から飯食ってほしいってコメント来てるし」

 ぷるぷる。

 「ソルも一緒に食べるか」

 ぷるるん。

 「お前が食べられるものがあればな」

 窓の外では、十月の夜が静かに冷えていた。

 田んぼの向こうに見える山の稜線が、月明かりの中にくっきりと浮かんでいた。

 農家の日常と配信者の日常が、少しずつ重なり合いながら、同じ速度で動いていた。焦らなくていい。これが今の俺の速度だ。

 それで十分だと、俺は思っていた。

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