新米農家、配信者になる

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第1部:はじまりの種と、絆の芽吹き

第37話:春の収穫と、配信の転換点

 四月に入った。

 春キャベツの外葉が丸みを帯び始めていた。収穫まであと一週間ほどだった。玉ねぎの苗は定植から三週間が経って、土にしっかり根を張っていた。ジャガイモは芽が土から顔を出し始めていた。去年の同じ時期と比べると、全体的に状態がいい。土の準備を丁寧にやった分が、こういう形で返ってくる。

 農業は嘘をつかない、と耕一さんが言っていた。

 やった分だけ返ってくる。やらなかった分も、ちゃんと返ってくる。

 「ソル、今年の春作は去年より良くなりそうだ」

 ぷるっ。

 「土の準備と定植の精度が上がった分が出てる気がする」

 ぷるぷる。

 「嬉しいだろ、俺も嬉しい」

 ぷるるん。

 セレスティアが畑の端を歩いていた。芽を踏まないように一歩一歩確認しながら歩いていた。イグニアが畑の外から見守っていた。この光景が最近の朝の定番になっていた。

***

 四月最初の週末、春キャベツの初収穫をした。

 「こんにちは、蒼太です。今日は春キャベツの初収穫配信をします」

 同時接続者が三百四十人。

 「去年も春キャベツは作りましたが、今年は株間と施肥のタイミングを調整しました。外葉の巻き方が去年より締まっています」

 一株を手で持ち上げて確認した。ずっしりとした重さがあった。

 「これ、二キロ近くあります。去年の平均が一・五キロ前後だったので、調整の効果が出ています」

 包丁を根元に当てて収穫した。

 「音がいいです。包丁の入りが。土がちゃんと水はけよく仕上がっていると、根が締まって——この感触になる」

 【農業配信の蒼太さんの話、毎回勉強になる】

 「全部去年の失敗から学んだことです。去年は土の水はけを甘く見ていて、根腐れを三株出してしまったので」

 収穫を進めながら視聴者の質問に答えた。

 「家庭菜園でキャベツを育てるポイントはなんですか、というコメントです。一番は植え付けのタイミングと、アブラムシ対策です。アブラムシは外葉の裏に張り付くので、週一で葉の裏を確認する習慣をつけるだけで全然違います」

***

 収穫した春キャベツを並べた。

 「今日の収穫、二十二株です。去年の同時期が十六株だったので、区画の拡大と品質向上で合わせて三割以上増えています」

 同時接続者が増えていた。四百人を超えていた。

 「これ、直売所に出すのと道の駅への出荷で分けます。自家消費分として五株残して、あとは全部出荷します」

 【農業で生計立てるって大変だな、と配信見るたびに思う】

 「大変ですけど——でも今日みたいに収穫した時の達成感は、他の仕事では得られない感覚だと思っています。これが好きだから続けられる」

 セレスティアが収穫したキャベツの前に来た。

 「おおきい」

 「二キロある」

 「にきろ、おもい?」

 「セレスティアより重い」

 「せれすてぃあは、なんきろ?」

 「最近測ってないが、そろそろ二キロ近いかもな」

 「おんなじ?」

 「おんなじくらいだ」

 セレスティアがキャベツの隣に並んだ。

 コメントが流れた。

 【セレスティアちゃんとキャベツが同じ重さ!!!!!!!!!!】

 【天龍種とキャベツが並ぶ農業配信、唯一無二すぎる】

***

 翌週、案件配信を行った。

 「こんにちは、蒼太です。今日はエスパース・フーズさんの協力のもと、ダンジョン産食材を使った料理配信をします」

 同時接続者が五百二十人。案件配信としては初めての形式だったが、いつもの料理配信と雰囲気を変えないようにした。

 「今日使う食材はエスパース・フーズさんの木耳茸瓶詰めと、深林猪の加工肉スライスです。自分で先月から使ってみて、料理に合うと思ったので紹介します」

 「最初にはっきり言っておくと、気に入らなかった商品の案件はお断りしています。今回のエスパース・フーズさんの商品は、実際に使ってみて良いと判断してお受けしました」

 【こういうスタンス、好き】

 「まず木耳茸の瓶詰めから。開けてみます」

 瓶の蓋を開けた。

 「香りが——良いですね。ダンジョン産の木耳茸特有の深い香りが、瓶詰めにしても残っています。加工の技術が高い」

 木耳茸を炊き込みご飯に使う手順を見せながら進めた。

 「木耳茸は出汁として機能するので、調味料を少なめにしても十分な風味が出ます。今日は醤油と酒だけで味付けします」

***

 炊き込みご飯を炊いている間に、深林猪の加工肉スライスを使った炒め物を作った。

 「加工肉スライスは薄切りになっているので、使いやすいです。豚バラの薄切りと同じ感覚で使えます。今日は春キャベツと一緒に炒めます」

 自家栽培の春キャベツと一緒にフライパンに入れた。

 「今日使っているキャベツは今週収穫したうちの一株です。今年の春キャベツ、いい出来なので」

 【自家製キャベツとダンジョン産肉、組み合わせが最強すぎる】

 「農家兼ダンジョン探索者の特権です」

 炒め物が完成した。試食した。

 「——美味しい。深林猪の脂が春キャベツに絡んで、甘みが出てる。春キャベツの柔らかさと、肉の歯ごたえのバランスが良い」

 ぷるっ。

 「ソルにはあげられないが、美味しいと言っておいてくれ」

 ぷるぷる。

 「伝言できないか」

***

 配信の終盤、登録者数の報告をした。

 「メインチャンネルの登録者が二十五万人になりました」

 【おめでとうございます!】

 「ありがとうございます。最初に配信を始めた時は一万人でも行けば十分と思っていたので——二十五万人というのは、本当に想定外の数字です」

 「それと、チャンネルの方向性について少し話します。今後はダンジョン攻略配信と農業配信の両方を軸として、比重を均等に保っていきたいと思っています」

 【今まで通り、ということですか】

 「今まで通りです。ただ——案件が増えてきた分、配信の頻度が上がります。農業が忙しい時期は農業寄りに、ダンジョンの探索が進んでいる時期はダンジョン寄りにしながら、両方を続けます」

 「視聴者の皆さんがどちらも見てくれているので、どちらかに絞る気はないです。農家の配信者、というのが俺のチャンネルの軸なので」

***

 その夜のサブチャンネルでは、ワ〇ピースカードの配信をした。

 「こんにちは、蒼太のカード部屋です。今日はワ〇ピースカードの先週発売した新弾を一ボックス開けます」

 同時接続者が二百九十人。

 「この弾、海賊団ごとの強化がテーマになっているので、推しの海賊団のカードが出ると嬉しい弾です」

 開封を始めた。

 五パック目で〇〇〇〇のSECが出た。

 「——SECが五パック目で出ました。この弾のSECはキャラクターのイラストが縦長になっているデザインで、カード全体で一つの絵になっています」

 【めちゃくちゃきれい!】

 「この弾のSEC、絵の質が高くて——イラストレーターさんの力が全面に出ています」

 残りを開けていくと、レアリティの高いカードがもう二枚出た。

 「今日のボックスは当たりです。SECと高レアが複数枚——ソル効果がまだ続いているかもしれないです」

 ぷるっ。

 【ソル効果定着してきてる!】

***

 配信を全て終えてから、深沢さんに連絡を入れた。

 父の話を受けて、仮管理権の正式化について相談するためだった。

 「木村さんからご連絡いただくと思っていました」と深沢さんは言った。

 「省が動く前に手続きを進めたい」

 「私もそう思っています。実は先週、協会内でも同じ議論が出ていました。木村さんの仮管理権を正式な管理権に移行する手続きを、省の動きより先に完了させた方がいいという意見が出ています」

 「手続きにどれくらいかかりますか」

 「通常なら三ヶ月から半年ですが、木村さんのケースは特殊なので——担当チームが優先処理で動けば一ヶ月から二ヶ月で完了できると思います」

 「進めてください」

 「分かりました。必要な書類を来週中にまとめてお送りします」

 電話を切った。

 「動き出したな」

 ぷるっ。

 「でも——俺のやることは変わらない。農業をやって、配信して、ダンジョンを攻略する。それだけだ」

 ぷるぷる。

 「シンプルだろ」

 ぷるるん。

***

 週の終わりに、灯さんから連絡が来た。

 「案件配信見ました。炒め物、すごく美味しそうでした。自分でも作ってみたくて——木耳茸の瓶詰め、どこで買えますか」

 「エスパース・フーズのオンラインショップで買えます。URLを送ります」

 「ありがとうございます。それと——今週末、また行ってもいいですか。春キャベツが収穫できたなら、食べてみたくて」

 俺は少し笑った。

 「来てください。今週収穫した分、まだあります」

 「やった」

 「やった、か」

 「嬉しかったので」

 「春キャベツが嬉しいんですか」

 「……春キャベツも、です」

 「も、か」

 返信してから俺は「も、か」と送ったことに少し後悔した。確認するような返しだった。

 でも灯さんから返信が来た。

 「はい、も、です」

 俺はその返信をしばらく見ていた。

 「……そうですか」

 「そうです」

 会話がそこで終わった。

 俺は端末を置いて、窓の外を見た。四月の夜の畑に春の風が吹いていた。玉ねぎの葉が少し揺れていた。

 「も、か」

 もう一度呟いた。

 ぷるっ。

 「うるさい」

 ぷるぷる。

 「うるさいって言ってる」

 セレスティアが居間から「ぱぱー」と呼んだ。

 「今行く」

 俺は立ち上がった。頬が少し熱かった気がしたが、四月の夜の気温のせいだということにした。

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