畑の隣にダンジョンが生えたので、農家兼ダンチューバーになることにした件について〜隠れ最強の元エリート、今日も野菜を育てながら配信中〜

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第1部:農家の納屋にダンジョンが生えた 

第61話:緊急招集

 夜中の二時だった。

 農地の夜は静かだった。農業スキルが農地全体の状態を伝えてくる感触が、眠りの中でも微かにある。農地品質AAAが維持されている安定した感触だ。今夜も農地は問題ない。

 スマホが鳴った。

 音の種類が違った。

 桐島さんからの着信音は通常の着信音に設定してあるが、特総の緊急招集コードが含まれているときは別の音が鳴るよう設定してあった。二十年間対策庁に関わってきた習慣で、緊急招集の音は眠りの中でも体が反応するように設定している。

 その音が鳴っていた。

 布団から起き上がった。スマホを確認した。

「桐島(特総緊急招集)」という表示だった。

***

「蒼さん、夜中に申し訳ありません」

「状況を聞かせてください」

「昨日の全国三十四件のブレイク同時多発、今夜に入ってさらに拡大しています。現時点で四十一件です。そのうち一件、東北のA級ダンジョンで大規模ブレイクが始まりました。対策庁の現地部隊が対応中ですが……コアへの干渉が深刻で、現場に向かった部隊がコアの安定化を試みているが進まない状況です」

「コアの安定化が進まない理由は」

「干渉装置が十二個設置されていて、一つ除去しても別の装置が補填する仕組みになっています。装置の連鎖除去が必要ですが、現場の特総クラスでは農業スキルがないため土の中の装置の位置を特定できない。農業スキルとテイムスキルの組み合わせがこの状況で必要です」

「農業スキルで装置の位置を感知して、テイムスキルでコアを安定化する。それが俺の役割か」

「そうです。蒼さんしかできない対処です。……農地から離れることをお願いするのは本意ではありませんが、他に選択肢がない状況です」

 俺は縁側から農地を見た。

 農地品質AAAの農地が夜の中で発光していた。ルナが農地守護スキルを最高強度で展開しながら上空を飛んでいた。ソルが農地の中央で静かにしていた。

「農地主権の遠隔農地転換は使えないんですか」

「東北は農地から三百キロ以上離れています。農地守護スキルの感知範囲の五十キロを大幅に超えています。遠隔機能が届かない距離です」

「現地に行く必要がある」

「お願いします。農地の準備を整えてから出発していただければ。農地に帰る見通しは……二十四時間以内を目標にします」

「農作業を全部終わらせてから出ます」

「農業が先ですね」

「農業が先です。東北に着くまでに朝の農作業を終わらせます。農地の農作業は明け方に終わります。それから出発します」

「わかりました。準備ができ次第、現地の状況を送ります」

***

 電話を切ってから、農地に出た。

 深夜の農地はいつもと少し違う静けさがある。昼間の農作業の音もなく、農業スキルが農地の夜の状態を静かに伝えてくる。農地品質AAAの発光が夜の農地を照らしていた。

 ルナが農地に降りてきた。

「きゅ(状況を伝えてほしい)」

「東北のA級ダンジョンで大規模ブレイクが進行中です。農業スキルとテイムスキルが現場で必要とされています。農地から離れます」

「きゅる(農地から離れる初めての完全な農地外への出動か)」

「農地守護スキルの範囲を超えた場所に行きます。農地を頼みます」

「きゅ(農地は守る。農地守護スキルを最高強度で展開し続ける。農地品質AAAを維持する。農地に帰れる農地でいる)」

「ルナに農地を任せるのは初めてですが、ルナならできます」

「きゅる(農地の守護者として農地を守ることが俺の役割だ。農家が農地に帰れるようにする)」

「ソル」と声をかけた。

 ソルが農地の中央から走ってきた。

「ぷよ?(農家さんが農地を離れるのか)」

「農地を頼みます。農地品質AAAを守ってください」

「ぷよ!!(農地の皇として農地を守る。農地活性化スキルを全力で動かし続ける。農地品質AAAを絶対に下げない)」

「農地スライムにも農地浄化スキルの継続展開を頼んでください」

「ぷよ(任せろ)」

***

 翁の農地から農作業の音がし始めたのは、朝五時だった。

 俺はその時間には既に農作業を始めていた。夜中の二時からの農作業だ。暗い中でも農業スキルが農地を読んでいるから農作業は問題なく進められる。今日の収穫、追肥、播種床の確認、排水路の点検、全部を夜明け前に片付けることにした。

 翁が農地の端から声をかけてきた。

「坊主、夜中から農作業をしているのか」

「農地を離れる前に全部終わらせます。夜中に招集がかかりました」

 翁が少し間を置いた。

「農地を離れるということだな」

「東北に行きます。農業スキルとテイムスキルが必要とされています」

「農作業を全部終わらせてから行くということか」

「農業が先です」

「農業師匠として、農作業を全部終わらせてから行くことを認める。農地はここにある」

「翁、農地の確認をお願いできますか。ルナとソルが農地を守りますが、農業の視点での確認を翁にお願いしたいです」

「農地の確認は農業師匠として当然だ。農地の状態を毎日確認する。農地を離れている間も農地はここにある」

「翁の農業が農地の基盤になっています。翁が農地を見てくれることが農地を守ることになります」

「農業師匠の仕事だ。農作業を続けろ。時間がある限り農地を整えておけ」

***

 夜明けごろに農作業が全部終わった。

 農業スキルで農地全体の最終確認をした。

```
---------------------------------
 農地品質スキャン(出発前)
---------------------------------
 現在品質   : AAA(最高値圏)
 土の活性度  : 100 / 100
 魔素密度   : 最高水準
 農地守護   : 最高強度(ルナ展開中)
 農地活性化  : 全力展開(ソル)
 農地浄化   : 継続展開(農地スライム)
---------------------------------
 農作業    : 本日分全て完了
 出発前状態  : 問題なし
---------------------------------
```

「農地の状態を確認した。全部問題ない」

「ぷよ(農地品質AAAを守る。絶対に)」

「きゅ(農地を守る。農家が帰れる農地でいる)」

 フェラーリをアイテムボックスから出した。

 農地の正門の前に赤いフェラーリが現れた。夜明けの農地の光の中でフェラーリが照らされていた。農家がフェラーリで農地を守りに行く。農業を続けてきた農地から生まれた流れの一つが今日この形になっていた。

 農地を振り返った。

 農地品質AAAの農地が朝の光を受けて発光していた。ルナが農地の上空から農地守護スキルを展開しながら俺を見下ろしていた。ソルが正門の前で「ぷよ(行ってこい)」と光を強めた。農地スライムが農地の端でぷよぷよしていた。翁が隣の農地で農作業を続けていた。

「農地はここにある」と呟いた。

 独り言だったが、農業スキルがその言葉に反応するように農地全体の状態を一度に伝えてきた。農地品質AAAの農地が農家の言葉に応えた感触があった。

「農地に帰ります」

「ぷよ!!(農家が帰れる農地でいる!)」

「きゅ(必ず帰れる農地でいる。農地はここにある)」

***

 フェラーリを走らせながら桐島さんに連絡した。

「今から出発します。農地の農作業は全部終わりました」

「農業が先でしたね。東北の現場への到着見込みはいつ頃になりますか」

「三時間ほどです」

「現地の状況を今送ります。到着までに確認してください。……蒼さん、農地を離れることへの心情はいかがですか」

「農地に帰ることが前提です。農地の準備は整っています。農地を守るために農地の外に出ます。農業が先という判断に変わりはありません」

「その言葉が聞けて安心しました。農家として農地を守るために動く。その形が農地を守ることになります」

「農地守護スキルと農地活性化スキルと農地浄化スキルが農地を守ります。翁が農地の状態を見てくれます。農地に帰れる農地が待っています」

「わかりました。現場の最新情報を随時送ります。……蒼さん、農地に帰れるようにします。対策庁として約束します」

「農地に帰ることを前提に動きます」

***

 農道を抜けて国道に入った。

 農地が後ろに遠ざかっていく。農業スキルの感知が弱まっていく。農地から離れることで農業スキルが農地を読む感触が細くなっていく。

 農地に帰りたいという気持ちが先に立った。

 ただ農地に帰ることを前提に動いているから、この感触を農地への方向として受け取れる。農地が帰る場所として存在している限り、農業スキルの感触が細くなることを怖いと思わない。細くなった先に農地があることが農業スキルを通じてわかっているからだ。

 スマホに桐島さんから東北の現場の状況が送られてきた。

 A級ダンジョン「白神の穴」。コアへの干渉装置十二個。連鎖補填システム。農業スキルで土の成分を読んで装置の位置を特定し、順番に除去することで連鎖補填を止めることができるはずだという分析だ。

 農業スキルで土を読む。

 農地の土を読む感触と同じ感触で、ダンジョンの土を読んで装置を見つける。農業の基本が今日も農地の外で機能する。

 農地品質AAAの農地で農業スキルを育ててきた一年半が、今日の農地の外での仕事に繋がっている。

「農業が先だった。農地品質AAAの農地で農作業を続けてきたことが今日の仕事の準備だった」

 独白だった。フェラーリの運転席に一人だ。ソルもルナも農地にいる。翁も農地にいる。詩織が農地で待っている。

 農地はここにある。

 農地に帰ることを前提に、農家として農地を守るために動く。

 フェラーリが東北に向かって走り続けていた。

***

 詩織からメッセージが来たのは朝七時過ぎだった。

「今朝農地に連絡しようと思ったのですが、農家さんのスマホに来てしまいました。農地の状態を確認しようと思って」

「東北に向かっています。農地はルナとソルと翁に任せています」

 少しの間があって返信が来た。

「東北に……農地を離れているんですね」

「農地の準備を全部整えてから出発しました。農作業は今朝終わりました」

「農業が先、ですね」

「農業が先です」

「農地で待っています」

 その返信を読んで、農業スキルの感触が少し強くなった気がした。農地から離れているにもかかわらず、農地を伝えてくる農業スキルの感触が強くなった。

 農地に帰りたいという気持ちが、農地で待っている人間の言葉によって強くなった。

 農地に縁のある人間が農地で待っていることが農地の引力を強くする。農地の引力が農家を農地に引き戻す。翁の農業哲学が言っていた農地の引力の意味を、農地を離れることで体で感じた。

「農地に帰ります」と返信した。

 フェラーリが東北に向かって走り続けていた。

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