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第13話 遠乗りの先に見たもの
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今朝は目覚めもよく、体もすっきりしていてライカさんに起こされる前に自力で起きることができた。
「おはようございます奥様、朝ですよ!」
「おはようございます、ライカさん」
朝の準備を済ませたはいいが、一つ困ったことがあった。
「あの。大変なことに気づいて。実は乗馬服を持っていなかったのです」
スカートでも行けなくはないのだろうが、あまり好ましくはない。まして久々に乗るのだから動きやすい格好の方がいい。
「大丈夫ですよ。きちんとご用意しております」
「え」
「万が一と思って旦那様が作っておられたのです」
「そ、そうなのですか。ありがとうございます」
ということは、ブランシェは馬に乗れないと父は言わなかったんだろうなと思う。まあ、聞かれなければわざわざ言うこともない。
「はい。では朝食後までには乗馬服と、馬車で行く時用の衣服をご用意いたしますね」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
全て朝の準備を済ませると部屋を出た。
するとそこにちょうどアレクシス様が自室から出てきたところだった。
「おはようございます、アレクシス様」
「おはよう。体調はどうだ?」
「おかげさまで万全でございます」
「そうか。あとは馬との対面でどうなるかだな」
何となく挑発的に言われた(被害妄想)ので、私もまた不敵に笑って返すことにする。
「乗りこなしてみせます」
「そうか。楽しみにしている」
そんな会話を交わしながら共に食堂へと向かった。
朝食を取った後、私は長い髪をひとまとめにしてもらって乗馬服に着替えるとアレクシス様に馬がいる厩舎へと案内された。
中は広く、手入れの行き届いた美しい馬が何頭も見える。一頭一頭、相性を確かめながらゆっくり歩いていったが、ふと足を止めた。
「この子にします」
「その馬は君にはどうだろうか。神経質な牝馬で私しか乗せない」
「あら。だったらなおこと、この子に致しますわ」
アレクシス様は私の言葉に唇の端を上げる。
「なかなか強気だな。ではとりあえず一度外に出そう」
陽の下へと連れ出すと改めて馬を見つめた。
馬は人を見るというが、まさにそれで乗り手の技術や度胸が問われる。
「本当に美しい馬ですね。お名前は?」
「ラウラだ」
「ラウラ。よろしくね。振り落としちゃ嫌よ」
彼女にご挨拶し、美しい茶色の生肌を撫で上げる。同時にアレクシス様も彼女をなだめるように何か小さく囁いた。
「では参ります」
私はアレクシス様に補助してもらいながら、あぶみに足をかけるとぐっと乗り上がった。
ラウラは暴れることなく、素直に私を乗せてくれた。
「――乗れた! 乗れました、アレクシス様」
興奮を押さえながら高い所から笑顔を振りまく。
「そうだな。君とも相性がいいようだ。では少し走らせてみるか」
「はい」
最後に乗馬したのは数年前だったが、体が覚えてくれていたようだ。馬場内を何回か回って感触を確かめていると、どんどん勘を取り戻していく感覚がする。
「大丈夫そうだな。では行くとするか」
「はい。完全に勘を取り戻しました」
堂々と胸を張る私にアレクシス様は少し苦笑いをこぼす。
「とは言え、空白期間を埋めるのは容易なことではないから、安全を期してゆっくり行くことにしよう」
「承知いたしました」
そして私たちは海に向けて出発することとなった。
「ブランシェ、大丈夫か」
「はい。とても気持ちがいいです」
馬を走らせていると頬を撫でる風がとても心地よい。何よりも、馬に乗って目線の高さが上がり、視界が広がることでこれまで見えなかった何かや見落としていた何かが見えてきそうなわくわく感があるのだ。
「そうか」
並列して走るアレクシス様は常に私の様子を窺ってくれている。
そういえばさっきラウラに、私の大切な人だからよろしく頼むと囁いているように聞こえた。――気がする。あくまでも気がするだけだ。
何だか風で冷えたはずの頬に熱が帯びだしてきた。
「どうかしたか」
「い、いえ」
そうだ。
アレクシス様が私に向ける瞳も言葉も、私に対してではないのだから照れることもなかった。
頭ではすっかり理解したのに、なぜか胸のつかえだけが残った。
雲が天高く伸びる空、澄み切ってきらめく海、真っ白な砂浜。
海だ。海だ。海だーっ!
心の中で大きく叫ぶ。
ところが砂浜に降り立って海に近づきたいと思っていたのに、ラウラはずんずんと海へ近づいていく。
「ラウラ? ラウラ、止まりなさい? 止まりなさいったら、こら!」
ラウラは私の指示に従わず、とうとう海へと足を踏み入れた。
「ブランシェ、落ち着け。大丈夫だ。ラウラは海が好きなんだ。悪いようにはしない」
「え?」
私のすぐ側に馬をつけたアレクシス様は至って落ち着いた声で言った。
彼の言葉は不思議と心を落ち着かせる。……のだが。
「で、ですが。このまま任せておくと――きゃあ!?」
ラウラは深い所まで足を踏み入れ、とうとう私の太もも辺りまでざばりと浸かった。それどころかお尻の辺りまで水びたしである。
「か、替えの服はないのにひどーい、ラウラ!」
「――っは。ははははっ!」
眉を落として恨み言をラウラに言っていると、突如アレクシス様が楽しそうに高笑いした。
一瞬の内にラウラへの恨みも消えて、私は目をまんまるにしてアレクシス様を見た。口元で笑う笑みは何度か見たが、こんな楽しそうなアレクシス様は初めてだ。
「私もびしょ濡れだ」
今日は私の視線に気づいてもなおアレクシス様は笑顔を崩さない。
本当ですねと、私も彼に負けないくらいの笑顔を返した。
「おはようございます奥様、朝ですよ!」
「おはようございます、ライカさん」
朝の準備を済ませたはいいが、一つ困ったことがあった。
「あの。大変なことに気づいて。実は乗馬服を持っていなかったのです」
スカートでも行けなくはないのだろうが、あまり好ましくはない。まして久々に乗るのだから動きやすい格好の方がいい。
「大丈夫ですよ。きちんとご用意しております」
「え」
「万が一と思って旦那様が作っておられたのです」
「そ、そうなのですか。ありがとうございます」
ということは、ブランシェは馬に乗れないと父は言わなかったんだろうなと思う。まあ、聞かれなければわざわざ言うこともない。
「はい。では朝食後までには乗馬服と、馬車で行く時用の衣服をご用意いたしますね」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
全て朝の準備を済ませると部屋を出た。
するとそこにちょうどアレクシス様が自室から出てきたところだった。
「おはようございます、アレクシス様」
「おはよう。体調はどうだ?」
「おかげさまで万全でございます」
「そうか。あとは馬との対面でどうなるかだな」
何となく挑発的に言われた(被害妄想)ので、私もまた不敵に笑って返すことにする。
「乗りこなしてみせます」
「そうか。楽しみにしている」
そんな会話を交わしながら共に食堂へと向かった。
朝食を取った後、私は長い髪をひとまとめにしてもらって乗馬服に着替えるとアレクシス様に馬がいる厩舎へと案内された。
中は広く、手入れの行き届いた美しい馬が何頭も見える。一頭一頭、相性を確かめながらゆっくり歩いていったが、ふと足を止めた。
「この子にします」
「その馬は君にはどうだろうか。神経質な牝馬で私しか乗せない」
「あら。だったらなおこと、この子に致しますわ」
アレクシス様は私の言葉に唇の端を上げる。
「なかなか強気だな。ではとりあえず一度外に出そう」
陽の下へと連れ出すと改めて馬を見つめた。
馬は人を見るというが、まさにそれで乗り手の技術や度胸が問われる。
「本当に美しい馬ですね。お名前は?」
「ラウラだ」
「ラウラ。よろしくね。振り落としちゃ嫌よ」
彼女にご挨拶し、美しい茶色の生肌を撫で上げる。同時にアレクシス様も彼女をなだめるように何か小さく囁いた。
「では参ります」
私はアレクシス様に補助してもらいながら、あぶみに足をかけるとぐっと乗り上がった。
ラウラは暴れることなく、素直に私を乗せてくれた。
「――乗れた! 乗れました、アレクシス様」
興奮を押さえながら高い所から笑顔を振りまく。
「そうだな。君とも相性がいいようだ。では少し走らせてみるか」
「はい」
最後に乗馬したのは数年前だったが、体が覚えてくれていたようだ。馬場内を何回か回って感触を確かめていると、どんどん勘を取り戻していく感覚がする。
「大丈夫そうだな。では行くとするか」
「はい。完全に勘を取り戻しました」
堂々と胸を張る私にアレクシス様は少し苦笑いをこぼす。
「とは言え、空白期間を埋めるのは容易なことではないから、安全を期してゆっくり行くことにしよう」
「承知いたしました」
そして私たちは海に向けて出発することとなった。
「ブランシェ、大丈夫か」
「はい。とても気持ちがいいです」
馬を走らせていると頬を撫でる風がとても心地よい。何よりも、馬に乗って目線の高さが上がり、視界が広がることでこれまで見えなかった何かや見落としていた何かが見えてきそうなわくわく感があるのだ。
「そうか」
並列して走るアレクシス様は常に私の様子を窺ってくれている。
そういえばさっきラウラに、私の大切な人だからよろしく頼むと囁いているように聞こえた。――気がする。あくまでも気がするだけだ。
何だか風で冷えたはずの頬に熱が帯びだしてきた。
「どうかしたか」
「い、いえ」
そうだ。
アレクシス様が私に向ける瞳も言葉も、私に対してではないのだから照れることもなかった。
頭ではすっかり理解したのに、なぜか胸のつかえだけが残った。
雲が天高く伸びる空、澄み切ってきらめく海、真っ白な砂浜。
海だ。海だ。海だーっ!
心の中で大きく叫ぶ。
ところが砂浜に降り立って海に近づきたいと思っていたのに、ラウラはずんずんと海へ近づいていく。
「ラウラ? ラウラ、止まりなさい? 止まりなさいったら、こら!」
ラウラは私の指示に従わず、とうとう海へと足を踏み入れた。
「ブランシェ、落ち着け。大丈夫だ。ラウラは海が好きなんだ。悪いようにはしない」
「え?」
私のすぐ側に馬をつけたアレクシス様は至って落ち着いた声で言った。
彼の言葉は不思議と心を落ち着かせる。……のだが。
「で、ですが。このまま任せておくと――きゃあ!?」
ラウラは深い所まで足を踏み入れ、とうとう私の太もも辺りまでざばりと浸かった。それどころかお尻の辺りまで水びたしである。
「か、替えの服はないのにひどーい、ラウラ!」
「――っは。ははははっ!」
眉を落として恨み言をラウラに言っていると、突如アレクシス様が楽しそうに高笑いした。
一瞬の内にラウラへの恨みも消えて、私は目をまんまるにしてアレクシス様を見た。口元で笑う笑みは何度か見たが、こんな楽しそうなアレクシス様は初めてだ。
「私もびしょ濡れだ」
今日は私の視線に気づいてもなおアレクシス様は笑顔を崩さない。
本当ですねと、私も彼に負けないくらいの笑顔を返した。
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