予知と解析

こる

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本編

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信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 地震がおこる前に体に異変があるのだが、どうにかならんだろうか。
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信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 同じ体質の人いないかなー。マジこれ、どうにかならんかのー。地震の前になると、体が裂けるんだけどー。ちょっとだから、まぁ、我慢できるけどさぁ。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 オッケー、前に撮ったのある、からUPしてみる。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 さっきの、グロ画像だったっけ? 運営から削除されたんだけど。出血はダメなのかな。まぁいいや、これから気をつけよ、垢バンされそうだし。んで、あれの三日後に九州で地震あったわけ。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 画像保存済みとは、やるな、お主……。そうそう、右足のふくらはぎ。他? 今年の北海道のときは左頬が2センチくらい裂けた。まじびびった。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 正確な場所? 写真UPするわけにはいかないしなぁ。ちょっと待て、画伯が渾身の絵で表現するから!
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
【画像:ノートに楕円形が描かれそこに目鼻口らしき線が入り、耳と首がくっついている。その左頬に当たる場所に赤で大小の線が入れられていた】
 2センチって、結構でかい。ほっぺたに絆創膏貼って生活した、小学生気分。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 画伯以外の称号は受け付けん。短い線? 余震かな。
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>信じなくてもいいけど@earthquake・1年前
 心配無用だ。皮膚一枚で、深くはないから、ちゃんと治った。高級絆創膏素晴らしいよ! 湿潤療法万歳! マジで治りが違う。
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 SNS上に呟かれたそれは、嘘か本当かわからない、ひとつの投稿だった。

 一年前からはじまり、更新があるのは決まって『地震』の起きる数週間前で。地震大国である我が国であるから、その頻度は、ひと月とあけずにあった。

 手書きだった人体図は、フォロワーの提案により、ネットのフリー素材でちゃんとした人体図を使うようになっていた、本人と等身が同じ物を使っているのも、フォロワーからの『正確な位置を知りたい』という要望を受けた上でのことだ。

 解析班と呼ばれる、傷の位置から実際に地震が発生する位置を特定する、専門のフォロワー達も出現していた。



信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
 へぃ! 久し振り。解析班カモーン!
 昨日の夜キタ。被害はパジャマのズボン(涙)
【画像:プリントされた人体図、左太ももに赤ペンで線が描かれている】
返信:15 拡散:1972 賛同:7729

∨信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
 一番長いのが3センチ、それ以外は5ミリ以下。
 久し振りに大きいのが来そうだ、感覚としては……一週間以内かなぁ。
返信:7 拡散:12 賛同:5526

>信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
 手当て済みだよー。高級絆創膏、各種常備してる(えっへん!)
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>信じなくてもいいけど@earthquake・5ヶ月前
 解析班一番ノリきたー! 早ぇなおい。
 と思ったら。おお、続々くるなぁ。四国派と中国地方派があるな。だよなー、太ももってわかりにくいんだよな。内地? 違うか、本州が明確にどこまでなのか。人体=日本の縮尺、てのもちょっと違うっぽいしなぁ。うは、解析班の意見交換おもろ。
返信:22 拡散:32 賛同:3245



 その人物が、注意喚起をすることはない。
 本人のアカウント名の通り『信じなくてもいい』というスタンスを崩すことはないのだ。

 そのことを不満に思っているフォロワーの多くは、素晴らしい能力があって人を助けることができるのに、無責任じゃないのかという怒りの声すらあげる。

 本人に向けて、切りつける言葉を平気で吐く。

 だが、その意見に対する返答が、本人から発せられることはなかった。
 他のフォロワーから、「こうして情報を出してくれるだけでも、ありがたいんじゃないか?」との意見が出ると、それを賛同する声があがる。

 いつだって、本人の姿勢はバッシングされたし、擁護された。


「また、わいてやがる」

 平日の昼間、コーヒーショップの一角でノートパソコンを開いていた手を止め、忌々しく独りごちる。温く、飲みやすくなったコーヒーを一口飲み、キーボードに指を滑らせて、擁護するコメントを打ち込む。

 擁護したところでアンチがいなくなるわけではないけど、アイツに味方がいるのだと、声をあげねば伝わらないのだから。

 アンチコメントが、アイツの目に触れなければいいのにと思う。

 一年前、たまたま見つけたアカウントは、あっという間にフォロワーを増やしていった。
 そのぐらい恐ろしい、予言をしていた。
 この地震大国で、地震の発生を予言するというのは大変なことだ。フォロワー数はとうに百万を超している。
 本人はいつも軽い調子で投稿しているが、投稿するときは必ずその身が傷ついたときなのだから、痛いだろうというのは考えるに容易い。
 だから、投稿があると一番に怪我の状態を心配する返信を送るようにしている。

「心配してるヤツがいるって、わかってるんだろうか」

 怪我の心配を送ったあとは速やかに解析作業に入る。

 とはいえ、既に用意してあるシステムに投稿された画像を取り込めば、自動で座標が確定される。三日徹夜して作った、自信作だ。
 改良に改良を重ね、そして解析データが増えることで精度を増していった。
 出てきた座標から地域を特定し、SNSに入力する。

「一番乗りできなかったか」

 悔しげな顔をしたものの、書かれている地名ににんまりと笑う。自分とは違う地名を出してきたそのアカウントは最近出てきた新参者で、古参である自分の足下にも及ばない、適当な解析をしてくる。

「それで、その根拠は? と」

 相手に解析の根拠を求め、その根拠の間違いを指摘し、正解に導いていく。
 最終的に、自分が提示した地域で確定した。
 本人から賞賛するコメントが入ってきて、優越感を感じる。

「震度もこの程度なら、被害もないだろうし」

 傷は五ミリ以下のものが点在していた、そのサイズならばそう大きな揺れにはならないと過去のデータからわかっている。
 ただ、いつもと違うのは。

>信じなくてもいいけど@earthquake・5分前
 解析班、お疲れさまー。では、じゃじゃんっ!今回のまとめ発表ー!
 場所:関東南部
 震度:2~3
 時期:明日か明後日
 今回はやたら前回と近いなー( ˘•ω• )
返信:1670 拡散:5万 賛同:8万


 本人も言っているように、時期が早い。いつもなら、一週間くらいあくのに。

 もしかしたら……。

 前震――SNSにもその文字があがってきた。
 こういった小さな地震が続いて終わることもないわけではない、だが、本震がくることもあり得ると知っている。

「考えても仕方ない。次の投稿で、どっちかわかるだろう」

 パソコンを閉じて冷めたコーヒーを飲み干し、店を出た。

「う……っ、寒っ」

 思わず立ちすくんでマフラーをキツく巻き直すと、慣れぬ雪道に注意深く足を踏み出し、クライアントの会社を目指した。



 あれから五日、北海道出張の最終日。思い残すことがないようにと、有名どころのラーメン店へと足を向けていた。

 SNSの画面を出したままのスマホをテーブルに置いて、味噌バターコーンラーメンを注文する。営業の成功を祝してチャーシュー増し増しで。

 三日前、地震計が動く程度の小さな地震が起きた、予想通りの場所で。
 また、アイツのフォロワーが増えた。
 予知が当たる度に増えていく、アイツを知る人間が。
 だけどアイツがフォローバックしてる人間は、俺だけだ。一番はじめに声をかけ、アイツを見つけた俺だけを、アイツは認めてる。

 アイツのプロフィールのフォロー中の数字を見る度に安堵し、優越感を感じる。

 それがらみで俺のフォロワーも増えた。俺が解析班の筆頭であるせいかもしれないが、一気に伸びたフォロワー数に最初はびびった。身バレするような発言してなくてよかったと心底安堵した、人生なにがあるかわからない。

 俺はアイツ以外のフォローをすべて解除して、アイツ発信の呟きだけを表示させるようにした。

 自分でも、かなり入れ込んでいると思う。

「味噌バタでーす」

 店員さんが運んできたラーメンを受け取り、その盛りのよさにワクワクしながら割り箸を割ったそのとき。
 ピロリン

 跳ねるようなその音に、すかさずスマホを掴んだ。アイツの呟きが更新された。




信じなくてもいいけど@earthquake・7秒前
 かいせきはんいるか解析班!
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 その慌てた様子に、急いで返信を返す。
 俺はここにいるぞ、いつでもこい! と。


>信じなくてもいいけど@earthquake・5秒前
 きた。ヤバイやつ。
 たのむ、かくよゆうない。UPする
 消される前に、たのむ
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 わかった、と答えた。
 ラーメンを避け、横目でスマホの画面を確認しながら、ノートパソコンをテーブルに乗せて起動する。
 今年買ったばかりで、スペックだって高いのに、今日ばかりはその起動時間にイライラした。

 だが、なかなか次の呟きが来ない。

 もしかすると、今、撮っているのかもしれない。
 パソコンのほうでもSNSを起動して待機する、ラーメンがのびるし、店主の視線も痛いが、コレを逃すわけにはいかないんだ。
 何度も更新ボタンを押す。タイムラグがあったらまずい、運営に先を越されるわけにはいかない。


>信じなくてもいいけど@earthquake・2秒前
 たのむ
【動画】
返信:0 拡散:0 賛同:0

 添付されていたのが動画だったので一瞬怯んだが、パソコンで自作のツールを起動して素早く保存する。

 間に合った。

 それから、動画を再生する。
 ひどい画像だった、奥歯を食い締めて、再生を止めたくなるのを耐えた。

 大きな鏡がそこにしかなかったのだろう、浴室で、シャツをまくり上げ、晒した細い白い腹が横に裂け、その近辺にも無数の傷があった。

『ああくそっ、血で、場所が見えない』

 若い女性の涙混じりの声と共に、シャワーが出され、今度は湯気がダメだと、水に切り替え――このクソ寒い時期に、水で血を流す。
 あふれる血に悪態を吐きながら、必死に、解析班に……俺に、情報を渡そうと。

『うまく、撮れなくて、すまない。解析班、頼む』

 一瞬だけ映った顔は涙でぐしゃぐしゃで、真っ青で。


 受け取ったことだけ返信し、それから必死にパソコンを操作した。
 動画だったから、一番わかりやすい場面で止めて。それから反転させて、いつも使っているテンプレートに重ねてマーキング、それからシステムに読み込ませる。

 出てきた地域を、SNSに打ち込んでいく。

 ああくそっ、面倒くさがらずに、自動で入力するようにしておけばよかった。
 他の解析班も動いていて、同じように地域の特定をしている。
 一通り出し切った、最速だったと思う。
 既に動画は消された。
 アイツにダイレクトメッセージをはじめて送る。大丈夫なんだろうか、ちゃんと怪我の処置はしただろうか。
 ピロリン――アイツが新しく投稿した。

信じなくてもいいけど@earthquake・現在
 あしたくる
 にげろ
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 その言葉に一気に血の気が失せる。
 傷が大きいほど、震度は大きい。腹を横断するそれは、未曾有の大惨事になることがわかった。
 スマホを掴んで、実家に電話する。頼む、逃げてくれと、懇願した。
 知り合いにも片っ端から連絡した、馬鹿にする人間もいた、説得する時間も惜しく電話を切ったが……。
 他の客も、アイツをフォローしている人間がいたのだろう、青い顔で、同じように電話をかけていた。そうすると、どんどんと周りにも伝播する。
 明日、大規模な地震が発生する。
 一通り伝え、ぐったりして、つけっぱなしだったパソコンの画面に釘付けになる。

信じなくてもいいけど@earthquake・15分
 たのむ、信じてくれ
 そして生きて
 信じて、動いてくれ
 わたしは、もうだめだから
 さよならだけど
 信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて
返信:520 拡散:8.9万 賛同:2.3万




 文字数いっぱいに書かれた言葉に、今もなお返信がつき、凄いスピードで拡散されている。

 信じなくてもいいけど、というアカウント名はきっとやせ我慢で、いつだって信じて欲しかったのだろう。
 俺だって思ってた、アンチの奴らが信じずにいるのを、歯がゆく思ったことも一度や二度じゃない。
 信じろよ、何度も当たってるんだぞ、どうして「自演乙」とか「大きく出ましたねw」とか「垢バン確定おめでとう」「必死ww」「通報案件」どうして、そんなこと言えるんだよ――湧いてくる奴らを、なぐって回りたい衝動に駆られたのは一度や二度じゃない。

 アイツに何度もダイレクトメッセージを入れるけど、一向に返事はなく。
 さすがに、救急車を呼んだよな?
 不安を感じながら、パソコンをずらし、のびきったラーメンを引き寄せて啜る。
 次はのびる前に食おう。
 チャーシューを食べ、汁を啜る。
 そして、ふと思いついて、先程の動画のデータを開いてみる。データに位置情報がついてないか確認したが、駄目だった。
 だよな、俺がそういうのは気をつけろって言ったんだもんなぁ……。
 ガッカリしていると、ダイレクトメッセージに返信が入ってきた!

『いままで、ありがとな。あんたのおかげ』

 性別がわかっても変わらない言葉に、なんだか安堵する。

『病院には行ったのか? もう、処置は終わったのか?』

 まだ二十分くらいしか経ってないのに、本当にもう終わったんだろうか? あれだけの裂傷を?

『こんだけ騒げば、みんな、助かるよな』

 質問から逸らすような返事に確信する、こいつ病院行ってねぇ!

『おい、救急車は! 早く病院に行けよ!』
『打つのめんどくせー。なんか、手ふるえてさ、うまく入力できねぇの』

 言葉通り、返信は遅く、俺は焦れる。

『おい! 救急車呼べよ!』
『解析班のおかげで、たくさん助かるよな、よかったよかった』
『よくない! おい、お前がいるから俺がいるんだぞ! わかってるのか!』
『照れちゃうな』

 照れる要因ないだろうがっ!

『だから、生きろ! 俺はまだ、お前とやっていきたいんだよ!』
『えぇー……』

 不本意そうな返信に苛立つ。


『でも、もう、疲れちゃったんだよぉ』

 次いで入ってきたメッセージに、入力する手が止まる。


『痛いのも、もう嫌だし。ああ、今は不思議と痛くない、痛すぎるせいかな?』

 入力できずにいる俺を尻目に、メッセージが来る。



『だからさ、有終の美を飾ったわけだし。これで、おわり、な? ばいばい、相棒』

 終わりにしたくなくて何度もメッセージを入れたけど、返信が来ることはなかった。

「おわりになんて、できるかよ……相棒……っ」

 握りしめたスマホをテーブルに置いて、パソコンからクラウドに保存してあるデータを引っ張り出す。
 無粋だと思ってやってなかった強硬手段を使う。
 はじめてやりとりしたときの画像のメタデータの位置情報を引っ張り出して、あとは過去の呟きからヒントを拾ってゆく。
 急げ、急げ、急げっ!





 未曾有の大災害は、その規模に反して人的被害は少なかった。
 信じなくてもいいけど@earthquakeのフォロワーには、案外多くの著名人がいたことから、素早い判断と行動により、整然と該当地域からの離脱が図られたのだ。

 たった一日、それが生死を分けたと人々は言う。



 だが、英雄的そのアカウントは、それから一切の呟きをすることはなかった。





「アカウント、もう消してもいいかな?」

 病院のベッドで転がりながらスマホを弄っていた彼女が、一日に一回は言うその台詞を口にした。

「ほとぼり冷めるまで、弄らない方がいい」
「でもなぁ、追悼メッセージが毎日来るんだもんよー。生きてるっつーの」

 唇を尖らせて枕に顔を埋めた頭を、撫でる。
 恥ずかしいのは理解できるが、そんなに恥ずかしいなら見なければいいのに、とも思う。
 彼女の傷は皮膚一枚が裂けるもので、見た目よりも軽傷だったのが幸いし、発見したときは気絶していたものの、無事命を取り留めた。

「それに、もう、あの能力も無くなったし……」

 少しだけ申し訳なさそうに言う彼女から、あの地震を予知して生まれる傷はもうできなくなっていた。あの大地震のあとに余震が何度もあったが、彼女に怪我はできなかったから、間違いないだろう。

「お役御免ってことだろう。ゆっくり休めよ」

 地震予知をするアカウントがあれだけ有名になれば、国から目をつけられていてもおかしくはないわけで。
 監視をされてはいたものの接触がなかったのは、ひとえに彼女の予知が本物で、本人に野心がなかったからだろう。

 因みに、彼女の影のファンを名乗るファンクラブから見舞金として結構な額をいただいている。有志の懐からとのことで、国庫に負担がないようなのでありがたく受け取った。

「ところで――いつまでここにいるの? 地元には帰らないの?」

 ちょっとだけ言いにくそうに、彼女が聞いてくる。

「自宅は震源地でな、全壊で復旧の目処は無し、大家も年で立て直さないらしい。出張でこっちに来てたんだが、いい機会だからと、こっちに転属することになった」

 出していた転勤願いが今日受理されたので、やっと伝えられる。

「マジですかー」
「マジですよー」

 顔を見合わせる。

「そうかー、雪国にようこそ! ストーブがんがん焚いてアイス食べようね」

 楽しそうに笑って提案される。
 相棒が人生の相棒になる日を目指して、明日も見舞いに来よう。まずは、餌付けのアイスの好みを聞いてからかな。
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