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《舞踏会》
白いベンツにて横浜のホテルへ走らせている聖と、助手席に乗車しているヨルではあったが……彼らはひどく怯えていた。
「やばいよ、兄さん。燐を怒らせた……」
「俺だって怖いよ。あの燐だもんな……。――本当に海に沈めるんじゃないかと思うとぞっとする」
前世が同じキョウダイであったとわかったあの出来事。
それは親戚の集まりで聖が一人で居たヨルを馬鹿にしたところから始まった。ヨルはその頃からの前世の記憶があり、父親の業を背負っていたので人間に触れてしまうと焼身させてしまう――呪われた子供だと周囲から悪評が囁かれていた。
そこに目を付けたのが聖だった。
聖はヨルへひどい言い草をしたようで、最終的には「人間じゃねぇ」なんて言ってきたのだ。その言い草にヨルは頭にきて、殴り合いの喧嘩になったのがきっかけだった。
しかし殴っても蹴りつけても、聖は死ななかった。というより、聖も興奮のあまり、頭から耳が出たり、尻尾が出たりもしている。――さすがに二人ともおかしいと感じて中断をしようとした、その瞬間。
黒いドレスを纏った、左半身を腐らせ、死臭を漂わせたおびただしい女性が現れたのだ。……同じ人間なのかと疑いを持つほどの女性が、阿鼻叫喚を引き連れて、二人の前に躍り出た――かと思えば、幼い口調で説教をし始めたのである。躍起になっていた二人は恐怖のあまり正座をし、幼い口調の女性に叱責されたのだ。そしてその女性は再び姿を変貌させ……幼い少女になったのだ。……それが三人の出会いだった。
横浜の景色は都心とは違う輝きを放っているが人工的な光と海が垣間見えて、なんとも不思議な世界観を鑑みる。
「燐はあの頃から変わらないな。家族と認めた者には全力で応えるところとか、さ」
ヨルが海を感じながら走らせていく景色を見て呟くと「兄さんは変わったよ」聖がヨルを一瞥して前方を見た。
「……そうか?」
「兄さんは昔から優しい、冷静だし、恥ずかしがり屋だけどさ」
「恥ずかしがり屋は余計だ」
「――でも、俺たちを巻き込んでくれた。ようやく、俺や燐も兄さんの苦しみをわかちあえる時がきた」
鼻に来る言い方だが、聖なりに考えてくれた言葉にヨルは頬を膨らませて「悪かったよ、巻き込ませて」ふて腐れたように謝罪をする。
しかし聖はわかっているように「兄さんはもっと人に頼った方が良いんだよ~」なんて一丁前な言葉を走らせるので、大人な対応をする弟がこんなにも立派になったのだと実感をした。
ホテルに着き、車を停めた聖とヨルは警備室へ向かう。その途中で燐にも報告の電話をしたのだが、「すぐに向かいますから」と地獄から這い出たような恐ろしい声質で告げるものなので、ヨルは背筋にも冷や汗を掻いてしまった。
「ちょっ、ちょっと! なに?」
そんななかで、聖が戸惑うような声を出してきた。なにも映すことのない黒い瞳をした、初老の警備員が聖の手を掴んで連れ出そうとしているのだ。
だが聖は巨大な力を持つ狼の血を司る者。警備員を掴み上げて背負い投げをし、決め技ぐらいするなんてことはない。
しかし、男は奇妙なぐらい聖をどこかへ連れ出そうとしていた。その様子を見たヨルは考え出す。
(もしもこれがフレイヤの策略だとしたら……か。術中にはハマるが、囚われているシギュンを連れ出すことはできる)
――答えは出た。
「聖。とりあえずその男に引っ張られていろ。俺は後ろからついて行くから」
「え~。俺、責任者だから場所知っていると思うのに」
「エスコートさせたいんだよ。いいからそいつに従え」
「……じいさんにエスコートされるのは、なんか複雑だな」
かなり複雑な表情を見せて連れてかれる聖の後を追うヨルは、扉を抜けて、高質な絨毯を跨いで、踏みしめて……さらに大きな扉の前に立ち尽くした。
――初老は糸が切れたように聖の腕から離れて、その場に崩れ落ちる。「どういうことだ?」聖が男性を抱えて、置いてある椅子に座らせて頭を捻った。
しかし、ヨルは閃いたように扉に手を掛ける。
「その男が案内人だ。――聖、手を貸せ」
「あ、うん!」
(シギュン、待っていろ。……必ず助けるから)
二人が力を合わせて扉を開け放つと――会場には人、人、人。人々がそこに居た。だが皆は人形のように動かない。大勢の人間の姿に二人は呆気に取られたが、人間は二人の地面を踏みしめた音でぐるりと身体と首を向けてきた。
――彼らは生気を抜かれたように、瞳はなにも映さない。
「これは……どういう?」
「あなたたちをおびき寄せるためよ、巨大な毒蛇。いえ――雫石 ヨル」
答えたのは舞台上に居る人間をも圧倒させるほど、美しい女であった。長い金髪を束ね、豊満な胸の谷間を曝け出し、ほどよいくびれと魅惑的な臀部は神が想像し作り得た人間のようだ。
神というものに寵愛されて産まれた人間かもしれない。――だが、潤ませた深く青い瞳は人間をも見下しているような、そんな侮蔑的な瞳で彼らを嘲笑する。
「ふ~ん。あのヘル、いや……獄曄 燐は来ていない様子ね。まぁいいでしょう。今のヘルが、どんな手段で来ようとも、あなたたちなら私の前では無力だわ」
女は――フレイヤはしたたかに微笑んだ。つまり彼女はヨルや聖はどうってことはないとでも言いたいらしい。
そんな不遜な美女へヨルも対抗する。
「お前がどうやってシギュンを拉致したかは知らないが、そんなに余裕があるのなら返してはくれないか。――俺は人なんて簡単に殺せる業を持っているからな」
「兄さん、それは俺もだよ」
すると聖はウォォォーーンと遠吠えをしたかと思えば、みるみるうちに狼人間となって――狼へと変貌する。大人を4人は乗せられてしまうほど巨大で白銀の毛を瞬かせた翡翠色の瞳を見つめる先は――冷酷な眼差しで見つめるフレイヤにであった。
「なんて無礼な毒蛇に巨狼なのでしょうね。でも大丈夫よ」
――私の人形は、簡単には壊れない。
フレイヤが首飾りに手を掛けたと途端、合図のように大勢の人間が無言で押し寄せたのだ。
「やばいよ、兄さん。燐を怒らせた……」
「俺だって怖いよ。あの燐だもんな……。――本当に海に沈めるんじゃないかと思うとぞっとする」
前世が同じキョウダイであったとわかったあの出来事。
それは親戚の集まりで聖が一人で居たヨルを馬鹿にしたところから始まった。ヨルはその頃からの前世の記憶があり、父親の業を背負っていたので人間に触れてしまうと焼身させてしまう――呪われた子供だと周囲から悪評が囁かれていた。
そこに目を付けたのが聖だった。
聖はヨルへひどい言い草をしたようで、最終的には「人間じゃねぇ」なんて言ってきたのだ。その言い草にヨルは頭にきて、殴り合いの喧嘩になったのがきっかけだった。
しかし殴っても蹴りつけても、聖は死ななかった。というより、聖も興奮のあまり、頭から耳が出たり、尻尾が出たりもしている。――さすがに二人ともおかしいと感じて中断をしようとした、その瞬間。
黒いドレスを纏った、左半身を腐らせ、死臭を漂わせたおびただしい女性が現れたのだ。……同じ人間なのかと疑いを持つほどの女性が、阿鼻叫喚を引き連れて、二人の前に躍り出た――かと思えば、幼い口調で説教をし始めたのである。躍起になっていた二人は恐怖のあまり正座をし、幼い口調の女性に叱責されたのだ。そしてその女性は再び姿を変貌させ……幼い少女になったのだ。……それが三人の出会いだった。
横浜の景色は都心とは違う輝きを放っているが人工的な光と海が垣間見えて、なんとも不思議な世界観を鑑みる。
「燐はあの頃から変わらないな。家族と認めた者には全力で応えるところとか、さ」
ヨルが海を感じながら走らせていく景色を見て呟くと「兄さんは変わったよ」聖がヨルを一瞥して前方を見た。
「……そうか?」
「兄さんは昔から優しい、冷静だし、恥ずかしがり屋だけどさ」
「恥ずかしがり屋は余計だ」
「――でも、俺たちを巻き込んでくれた。ようやく、俺や燐も兄さんの苦しみをわかちあえる時がきた」
鼻に来る言い方だが、聖なりに考えてくれた言葉にヨルは頬を膨らませて「悪かったよ、巻き込ませて」ふて腐れたように謝罪をする。
しかし聖はわかっているように「兄さんはもっと人に頼った方が良いんだよ~」なんて一丁前な言葉を走らせるので、大人な対応をする弟がこんなにも立派になったのだと実感をした。
ホテルに着き、車を停めた聖とヨルは警備室へ向かう。その途中で燐にも報告の電話をしたのだが、「すぐに向かいますから」と地獄から這い出たような恐ろしい声質で告げるものなので、ヨルは背筋にも冷や汗を掻いてしまった。
「ちょっ、ちょっと! なに?」
そんななかで、聖が戸惑うような声を出してきた。なにも映すことのない黒い瞳をした、初老の警備員が聖の手を掴んで連れ出そうとしているのだ。
だが聖は巨大な力を持つ狼の血を司る者。警備員を掴み上げて背負い投げをし、決め技ぐらいするなんてことはない。
しかし、男は奇妙なぐらい聖をどこかへ連れ出そうとしていた。その様子を見たヨルは考え出す。
(もしもこれがフレイヤの策略だとしたら……か。術中にはハマるが、囚われているシギュンを連れ出すことはできる)
――答えは出た。
「聖。とりあえずその男に引っ張られていろ。俺は後ろからついて行くから」
「え~。俺、責任者だから場所知っていると思うのに」
「エスコートさせたいんだよ。いいからそいつに従え」
「……じいさんにエスコートされるのは、なんか複雑だな」
かなり複雑な表情を見せて連れてかれる聖の後を追うヨルは、扉を抜けて、高質な絨毯を跨いで、踏みしめて……さらに大きな扉の前に立ち尽くした。
――初老は糸が切れたように聖の腕から離れて、その場に崩れ落ちる。「どういうことだ?」聖が男性を抱えて、置いてある椅子に座らせて頭を捻った。
しかし、ヨルは閃いたように扉に手を掛ける。
「その男が案内人だ。――聖、手を貸せ」
「あ、うん!」
(シギュン、待っていろ。……必ず助けるから)
二人が力を合わせて扉を開け放つと――会場には人、人、人。人々がそこに居た。だが皆は人形のように動かない。大勢の人間の姿に二人は呆気に取られたが、人間は二人の地面を踏みしめた音でぐるりと身体と首を向けてきた。
――彼らは生気を抜かれたように、瞳はなにも映さない。
「これは……どういう?」
「あなたたちをおびき寄せるためよ、巨大な毒蛇。いえ――雫石 ヨル」
答えたのは舞台上に居る人間をも圧倒させるほど、美しい女であった。長い金髪を束ね、豊満な胸の谷間を曝け出し、ほどよいくびれと魅惑的な臀部は神が想像し作り得た人間のようだ。
神というものに寵愛されて産まれた人間かもしれない。――だが、潤ませた深く青い瞳は人間をも見下しているような、そんな侮蔑的な瞳で彼らを嘲笑する。
「ふ~ん。あのヘル、いや……獄曄 燐は来ていない様子ね。まぁいいでしょう。今のヘルが、どんな手段で来ようとも、あなたたちなら私の前では無力だわ」
女は――フレイヤはしたたかに微笑んだ。つまり彼女はヨルや聖はどうってことはないとでも言いたいらしい。
そんな不遜な美女へヨルも対抗する。
「お前がどうやってシギュンを拉致したかは知らないが、そんなに余裕があるのなら返してはくれないか。――俺は人なんて簡単に殺せる業を持っているからな」
「兄さん、それは俺もだよ」
すると聖はウォォォーーンと遠吠えをしたかと思えば、みるみるうちに狼人間となって――狼へと変貌する。大人を4人は乗せられてしまうほど巨大で白銀の毛を瞬かせた翡翠色の瞳を見つめる先は――冷酷な眼差しで見つめるフレイヤにであった。
「なんて無礼な毒蛇に巨狼なのでしょうね。でも大丈夫よ」
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フレイヤが首飾りに手を掛けたと途端、合図のように大勢の人間が無言で押し寄せたのだ。
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