赤髪の免罪

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

文字の大きさ
31 / 38

《舞踏会》

 白いベンツにて横浜のホテルへ走らせている聖と、助手席に乗車しているヨルではあったが……彼らはひどく怯えていた。
「やばいよ、兄さん。燐を怒らせた……」
「俺だって怖いよ。あの燐だもんな……。――本当に海に沈めるんじゃないかと思うとぞっとする」
 前世が同じキョウダイであったとわかったあの出来事。
 それは親戚の集まりで聖が一人で居たヨルを馬鹿にしたところから始まった。ヨルはその頃からの前世の記憶があり、父親の業を背負っていたので人間に触れてしまうと焼身させてしまう――呪われた子供だと周囲から悪評が囁かれていた。
 そこに目を付けたのが聖だった。
 聖はヨルへひどい言い草をしたようで、最終的には「人間じゃねぇ」なんて言ってきたのだ。その言い草にヨルは頭にきて、殴り合いの喧嘩になったのがきっかけだった。
 しかし殴っても蹴りつけても、聖は死ななかった。というより、聖も興奮のあまり、頭から耳が出たり、尻尾が出たりもしている。――さすがに二人ともおかしいと感じて中断をしようとした、その瞬間。
 黒いドレスを纏った、左半身を腐らせ、死臭を漂わせたおびただしい女性が現れたのだ。……同じ人間なのかと疑いを持つほどの女性が、阿鼻叫喚を引き連れて、二人の前に躍り出た――かと思えば、幼い口調で説教をし始めたのである。躍起になっていた二人は恐怖のあまり正座をし、幼い口調の女性に叱責されたのだ。そしてその女性は再び姿を変貌させ……幼い少女になったのだ。……それが三人の出会いだった。

 横浜の景色は都心とは違う輝きを放っているが人工的な光と海が垣間見えて、なんとも不思議な世界観を鑑みる。
「燐はあの頃から変わらないな。家族と認めた者には全力で応えるところとか、さ」
 ヨルが海を感じながら走らせていく景色を見て呟くと「兄さんは変わったよ」聖がヨルを一瞥して前方を見た。
「……そうか?」
「兄さんは昔から優しい、冷静だし、恥ずかしがり屋だけどさ」
「恥ずかしがり屋は余計だ」
「――でも、俺たちを巻き込んでくれた。ようやく、俺や燐も兄さんの苦しみをわかちあえる時がきた」
 鼻に来る言い方だが、聖なりに考えてくれた言葉にヨルは頬を膨らませて「悪かったよ、巻き込ませて」ふて腐れたように謝罪をする。
 しかし聖はわかっているように「兄さんはもっと人に頼った方が良いんだよ~」なんて一丁前な言葉を走らせるので、大人な対応をする弟がこんなにも立派になったのだと実感をした。
 ホテルに着き、車を停めた聖とヨルは警備室へ向かう。その途中で燐にも報告の電話をしたのだが、「すぐに向かいますから」と地獄から這い出たような恐ろしい声質で告げるものなので、ヨルは背筋にも冷や汗を掻いてしまった。
「ちょっ、ちょっと! なに?」
 そんななかで、聖が戸惑うような声を出してきた。なにも映すことのない黒い瞳をした、初老の警備員が聖の手を掴んで連れ出そうとしているのだ。
 だが聖は巨大な力を持つ狼の血を司る者。警備員を掴み上げて背負い投げをし、決め技ぐらいするなんてことはない。
 しかし、男は奇妙なぐらい聖をどこかへ連れ出そうとしていた。その様子を見たヨルは考え出す。
(もしもこれがフレイヤの策略だとしたら……か。術中にはハマるが、囚われているシギュンを連れ出すことはできる)
 ――答えは出た。
「聖。とりあえずその男に引っ張られていろ。俺は後ろからついて行くから」
「え~。俺、責任者だから場所知っていると思うのに」
「エスコートさせたいんだよ。いいからそいつに従え」
「……じいさんにエスコートされるのは、なんか複雑だな」
 かなり複雑な表情を見せて連れてかれる聖の後を追うヨルは、扉を抜けて、高質な絨毯を跨いで、踏みしめて……さらに大きな扉の前に立ち尽くした。
 ――初老は糸が切れたように聖の腕から離れて、その場に崩れ落ちる。「どういうことだ?」聖が男性を抱えて、置いてある椅子に座らせて頭を捻った。
 しかし、ヨルは閃いたように扉に手を掛ける。
「その男が案内人だ。――聖、手を貸せ」
「あ、うん!」
(シギュン、待っていろ。……必ず助けるから)
 二人が力を合わせて扉を開け放つと――会場には人、人、人。人々がそこに居た。だが皆は人形のように動かない。大勢の人間の姿に二人は呆気に取られたが、人間は二人の地面を踏みしめた音でぐるりと身体と首を向けてきた。
 ――彼らは生気を抜かれたように、瞳はなにも映さない。
「これは……どういう?」

「あなたたちをおびき寄せるためよ、巨大な毒蛇。いえ――雫石 ヨル」
 答えたのは舞台上に居る人間をも圧倒させるほど、美しい女であった。長い金髪を束ね、豊満な胸の谷間を曝け出し、ほどよいくびれと魅惑的な臀部は神が想像し作り得た人間のようだ。
 神というものに寵愛されて産まれた人間かもしれない。――だが、潤ませた深く青い瞳は人間をも見下しているような、そんな侮蔑的な瞳で彼らを嘲笑する。
「ふ~ん。あのヘル、いや……獄曄 燐は来ていない様子ね。まぁいいでしょう。今のヘルが、どんな手段で来ようとも、あなたたちなら私の前では無力だわ」
 女は――フレイヤはしたたかに微笑んだ。つまり彼女はヨルや聖はどうってことはないとでも言いたいらしい。
 そんな不遜な美女へヨルも対抗する。
「お前がどうやってシギュンを拉致したかは知らないが、そんなに余裕があるのなら返してはくれないか。――俺は人なんて簡単に殺せる業を持っているからな」
「兄さん、それは俺もだよ」
 すると聖はウォォォーーンと遠吠えをしたかと思えば、みるみるうちに狼人間となって――狼へと変貌する。大人を4人は乗せられてしまうほど巨大で白銀の毛を瞬かせた翡翠色の瞳を見つめる先は――冷酷な眼差しで見つめるフレイヤにであった。
「なんて無礼な毒蛇に巨狼なのでしょうね。でも大丈夫よ」
 ――私の人形は、簡単には壊れない。
 フレイヤが首飾りに手を掛けたと途端、合図のように大勢の人間が無言で押し寄せたのだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。