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1.疎通の扉を通る。

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皆さんは焚書ふんしょ、そして、壺中の天こちゅうのてんという2つの言葉を知っているだろうか?この2つは意味が全くもって違う。

焚書ふんしょとは組織や社会にとって不利益である機密データや書物を焼き払うこと。昔はとある国で行われており、『本を焼く者はやがて人間さえも焼くようになるだろう』…ハインリヒ・ハイネという人物が提唱している。

壺中の天こちゅうのてんとは別世界という意味を表し、多くの物で溢れている世界のことを差す。
さて、ここから言いたいのはその壺中の天こちゅうのてんと言うのが現実の…いわば人間界であり、もう1つの世界、いや、書物が溢れている世界があるというのなら。もしも書物に感情があれば人間界に行きたがるであろう。
…なぜなら自分たちが焼かれなくて済むのだから。


ゆたか~!一緒に帰ろ~ぜ~!」

「今日は付き合ってもらうぞ~!このシスコンめ!」


「あはは…シスコンって。」
友人たちの楽しげな声と共に発せられた”シスコン”という言葉に溜息を吐くのはクラスの皆から頼りにされている、クラスのリーダー的存在である志郎しろう ゆたかだ。さすがにシスコン呼ばわりをされて多少の憤りと呆れを感じさせるが、彼らは悪気はなく、悪意も何もないのは十分分かっている。そんな友人たちの投げかけに豊は席を立った。

「今日も妹の看病見に行くんだ。…また誘ってよ?妹が回復したらお前らに妹の可愛さを見せつけてやる。」

「うわぁ~!出たよ!妹ちゃん自慢!…今度俺に紹介してあわよくば彼女に」

「やっぱお前に紹介すんのな~し!…さっ!行ってくるから!じゃね~!」

「おい~!豊~!!!?」
嘆き悲しむ友人をよそに豊は病院へと足を向けた。


「えっと…。花は昨日買ったし…、あとは…何だろう?…でも、まだ目が覚めないんだよな。ははっ…。」

乾いた笑いと共に豊は病院へと歩を進める。少し前までは元気であった妹は事故により植物状態とされてしまった。愛している妹が呼吸はするものの動かずにいる姿に豊は犯人へ深い憤りと、金は要らないから妹を…小夜さよを目覚めて欲しいくらいであった。
心の中で歌を歌う。小夜が好きだったこの歌を。…しかし雨が降って来たのか、瞳から雨粒が降り注ぐ。

「ズッ…。ズビッ…!…ダメだな!こんな姿見せちゃいけない!小夜が悲しむ!…小夜は絶対に意識を…取り戻…す?って、なんか燃えてる?」

泣きべそを掻きそうに自身を奮いだたせていれば目の前には燃えてる”何か”がそこにあった。

「??これで俺が見過ごしたら大変なことになるじゃん!とりあえず!!!火を消して…。」

豊はリュックから水筒を取り出して消火活動に励む。大きかった炎は段々と小さくなっていき炎は消えてしまった。安堵をして豊はこのまま去ろうとするのだが、燃えカスになってしまった”何か”が気になって仕方がない。だから彼は…何かそれに触れてしまった。

『助けてくれてありがとうございます。』

「!!??誰?誰が言ってんの?」

誰が自分に話し掛けているのかと周囲を見てみるが分からないでいる。そんな彼に声は言葉を紡いでいく。

『私があなたを導きます。…さあこちらへ。』

声がする方を見ればその何かが豊に話し掛けていたのだ。しかも辺りは真っ暗に包み込まれており、その”何か”が先ほどの焼かれてしまった姿から姿を変えたのである。…本の姿になって。
”疎通”と書かれていた本はヒラヒラと蝶のように飛んでから豊の姿から消えてしまったのだが、同時に辺りも光が見えてきた。

「???夢?かな?とりあえず病院に行って」

「ここには君の知っている人は居ないと思うけど?」

「!!!!?えっ?誰?」

現れた4人の人間のうち眼鏡を掛けた男性が話し掛けてきた。しかも驚くべきことに、豊はなぜか魔法陣のような奇妙なデザインが施された地面に立っていたのである。唖然とする豊に男性は微笑んで言い放つ。

「君が壺中の天の人間だね?僕はルーク・アリディル・ジェシー。…君がここに来られたのは”疎通の書”おかげだよ。…君が特別な人間の証だね。」

「…?何を言って?」

「そんな君にやってもらいたいことがある。」

突飛な言葉を言うルークと呼ばれた人物はさらに衝撃的な言葉を言い渡したのだ。

「君を本の管理もとい焼却をする仕事…焚書士として僕らに力を貸してほしいんだ。」

「……はい?」

唖然とする豊にそれでもルークは笑って言うのであった。
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