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16.”承認欲求”だと思う。

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上司であるルークと険悪な状態のまま別れた豊ではあるが、心の中にあるわだかまりが渦巻いている。…それは上司に言われた言葉が突き刺さっているからだ。自分の行動の中でも顕著に見えていた。指摘も受けていた。でも自分の固執した考えを変えられるほどの度量は持ち合えていない自分にも嫌気が差す。

…自分よりも他人の方が優先。

…それがおかしいことだとルークに、上司に指摘させられた。自分でも分かっていた。それでも…。

「……なんで他者を尊重した方が駄目なのだろう?自分の為にもなると思うんだけどな…。」

自分の中に塗り固められている他者への思いやりはやはり重い”モノ”なのだろうか?…単なるモノである書物に対しても思いを持って接してはならぬのか?図書館へと向かう道中で豊は深い溜息を吐く。

「俺の単なる、”自己満足”なのかな?…そういえば、妹の小夜にも言われたな…。『お兄ちゃんは人の為に尽くしすぎているよ。おかしいよ!』って。…俺は人に尽くして、モノだと言われている子にさえにも尽くしていて…。それで、その人が、そのモノが、自分に返してくれることを期待する。…そんな自分も居る。でもそれはただの、俺の自己満足…なんだろうな。…だから妹のことが大好きだけど、妹に疎ましく思われるんだよな…。」

クラスメイトから言われていたシスコン疑惑にも納得がいき、そんな自分の考えに納得がいってしまう自分自身が腹立たしく思う。やはり期待されたかったのかもしれない。容姿が少しだけ小夜と似ているからという理由で彼女を、いや、反魂の書リィナを人間として扱ってしまう自分が居る。
そしてその行為は愚かだと上司に罵られるわ、その相棒パートナーにも呆れられてしまった。…この国では書物はただの道具として扱われる。そしてそのモノに、その書物が契約コントラクトしたにも関わらず、情でもなんでも生まれてしまったら…そしたら。

「…リィナは焼かれる。普通は焼かれている間はその記憶は残っていないらしいけど…リィナは特別だから、彼女は…その苦しみから逃れられない。」

拳に勝手に力が入ってしまう。自分のせいで、自分がここに来てしまったから、リィナを苦しめてしまった。

…結局は救えないじゃないか。…俺には、俺は!彼女を…リィナを救えない。それなのにも正義の英雄気取りで彼女を救いたいと願い行動を起こそうとする自分がいる。…でも、決めたんだ。俺が勝手に決めたことだけど。

「リィナとせっかく契約コントラクトが出来たんだ。…俺は、俺のやり方で。…リィナの相棒パートナーとして、傍に居たいから。…だから、俺は。」

貫いて見せる。…俺の中の”正義”で。

心に強く誓った青年は図書館へとたどり着き扉を開け放った。


「え…っ?これからの戦術についてか?」

図書館で本を読んでいた書物であるリィナに突っ込んだ方が良いのか分からず、ただ軽く笑いかけた豊が持ち掛けた内容はリィナとの”戦術”についてであった。今の形態としては豊の意識にリィナが書物の情報として侵入し、豊の身体を操作コントロールしている。反魂の力を最大限にも使用でき、しかもリィナのすべてに通じた情報データという名の武術は、喧嘩の出来ない豊にも達人に変貌させてしまうほどの力だ。たとえ身体が消耗したとしても反魂の力で身体は何度でも修復することが出来る。
今の形態が最高の1人と1冊のパフォーマンスだと豊は感じているし嫌味な上司であるルークもそう思うはずだ。…しかし欠点が。大きな欠点がある。

「今のままでも良いだろ?…何が不満なんだ?」

訝しげな表情を見せるリィナに豊は図書室であるにも関わらずきっぱりとした物言いをした。

「…だって、そのたびにリィナが焼かれるような思いをするんだろ?俺だけが楽だっていうのもおかしいよ!絶対!」

「…っはぁ?」

呆れて読んでいる本を閉ざしてしまうリィナ。彼女が読んでいたのは古来からの武術特集である。おそらくは相棒パートナー…いや、モノとして道具として豊に働こうとする為、勉強して知識を蓄えていたのだろう。そんな彼女を差し置いて豊は自論を展開させる。

「リィナもおかしいと思わないの??…君だけが辛い目に遭うんだよ?…そんなの俺の正義が許さない!絶対!!!」

「…正義?」

「そう!俺の正義!!!昔っから『人のことばかりを考えて…。』って呆れるほど家族に言われてきたよ?…可愛いかわいい愛しの妹にまで!!!あまりにも俺が人のことばかり優先をしておせっかいばかりかけるから怒られたこともあるよ!…でもさ!!!人に尽くしても良いと思わない?だって、”ありがとう”って言われるだけで幸せじゃない?」

「…その”ありがとう”が言われるから正義というのには少し無理があるとは思うが。…じゃあお前は、志郎はその儀礼的な礼の為なら…もしくは、言われなくてもその行為を続けるのか?」

「うっ……それは…。まぁ…。」

「はっきりと言え。男だろ?お前。…まっ。偽善的な礼だなんて馬鹿馬鹿しいし虚しく感じる…って小説に書いてあったぞ?…どうなんだよ。」

リィナの見定めるような視線に豊は彼女に試されているような感覚に陥る。実際、リィナは試してはいた。この青年が…このキザで頑固でそそっかしい…そして、自分より人のことを最優先する人間に興味を示したからだ。
そんなリィナの痛い視線に彼は決心を示した。それは自分の先ほどの決意表明を己自身に反芻はんすうさせるものであった。

「たとえそれでも。…俺は人やモノに尽くすよ。そりゃあ悲しい結果に終わることは多いけど…自分にとっての承認欲求でもあるから。」

「…承認…欲求?お前は、認められたいから。それだけで自分の命のともしびさえ消えても良いのか?…私には分からない。」

「分からなくたっていいんだ。でもこれだけは言わせて?…人を大事にすれば自分も大事に出来ると俺は思う。そして、人に尽くした恩は返ってくるとも俺は思う。たとえそれが、その理が伝わらなくても…その人の中で、その人の心の中で生き続ける。…形として、記憶として。…情報として。」

滅茶苦茶な理論だ。そんな偽善的な事があるわけが無い。自分が不幸になってしまうだけではないか!

…あれ?なんだ?この、胸が張り裂けそうな。苦しい…いや、焼かれる苦しさではないこの情報。…この青年、志郎を救いたいと願ってしまう、そんな”切実”という名の情報。

そんな感情に似た情報に抱かれたリィナはそれでも笑う豊には隠すように顔を背ける。

「…まぁ。お前がよく分からん理論を通すとは思ってはいたからな。しっ!!仕方がないな!戦術を練ろう。私の為にな。」

「うん!!ありがと!リィナ!!!」

豊は彼女に満面の笑みを見せて言い放つのだった。…リィナの生まれつつある”感情”を知らずに。
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