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45.拗れてしまった関係性。

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 ルークが嵌めている金色の時計がけたたましく鳴っていた。何事かなんて容易く想像が出来る。…豊に持たせた護身用の時計からの着信だからだ。やはり何かしでかしたと分かりつつもルークはその着信に出ることにした。 
 ―だが、相手は豊では無かった。…なんと彼の相棒パートナーであるリィナからであったのだ。その彼女は口調を荒くしたような、急ぐような声を上げて言う。

『ルーク司書官! 志郎が…豊が、枢要の罪に変な術を掛けられて…倒れました』

 焦っている様子の彼女にルークは落ち着いた様子で話しを聞く。

「…倒れた? 息してるかな。具合とかは?」

『息はしていますが、身体が普段よりも冷たくて…まるで死んでるみたいな…って! うあっ!?? はな…せっ!!!』

「リィナ、何があった?」

『早く…豊の救護を! 頼みま―』

 ―――プツッン…。

 突然切れてしまった通信にさすがのルークはでさえも焦りを感じる。恐らくは豊が余計なことを言ってしまったのであろうと想像はつく。…だが、切り札である彼らを見放すのは危険だと感じた。だから彼は…ルークは、傍に居るレジーナと共に、事情を知っている焚書士達へ向けて彼らの救助に向かうことを命ずるのだ。

「状況が変わった。…僕が先にレジーナと一緒に志郎君達の救援をするから、他は僕の後に続いてくれ。…レジーナ、君もいいよね?」

「えぇ。大丈夫よ」

「皆も構わないよね?」

 ルークの問い掛けに焚書士達は敬礼し、承諾をした。今回、十数人は用意しているしアスカの件もあったので精鋭部隊を揃えたのだ。簡単に枢要の罪には負けたりはしないだろう。だからルークはレジーナと契約コントラクトをしてから、輝き続けている鏡の中へ意を決するように入り込んだ。そして他の焚書士達も入ろうとして…。
 ―だが。

 ―――パリッンッッッ!!!

「なんだっ!??」

「……鏡が…割れた?」

 そう。枢要の罪のアジト兼、秘密基地の通路である鏡が突如として割れてしまったのだ。驚愕する彼らに気付かないまま、ルークは通路を歩いていく。しかし彼がたどり着いた先は、枢要の罪のアジトでは無い。
 ―それは普段、自分が持ち歩いている”空間”の書と酷似している世界であった。

「…これは一体、どういうこと? なんで―」

「あなたに教えたでしょう。別次元の空間魔術…Room seed空間の種です。覚えておられませんか。…ジェシー…」

 声の先を見れば、ニヤついている表情で見つめる銀髪の青年と、彼に拘束されているリィナ。…そして。

「”強欲”の罪。…アリディル」

 唖然としているルークにディルは憤りと悲しみを入り交じったったような…そんな表情を浮かべていた。

 
 ―ふと気が付くと、自分は血だらけの鏡の前に立っていた。でも視界は暗いのに、どうしてこの血しぶきで染まっている鏡だけは見えるのか。豊はタイムラグがありつつも、狂気や怨念を感じられる気味の悪い鏡を見ては尻餅をついてしまう。…でも怖いのはそうなのだが、どうしてだろうか。…それだけではない気がした。

 …この鏡、なんか。

「血だけれど、…みたい。何となくだけど…この鏡は泣いている気がする。でもどうして―」

「…どうしてと分かったの?」

「……えっ。…誰?」

 すると今度は、その血だらけの鏡から手が伸びてきた。さすがのこれには豊も軽く悲鳴を上げそうになる。…だが、出てきたのはツインテールをした鏡を背負った少女。…だが、顔の表情筋が死んでいるのではないかと疑いたくなるほど真顔で豊の前に降り立ったのだ。唖然としている彼に少女は白く長い髪を揺らして真顔で自己紹介をする。

「私は枢要の罪の1冊。…”虚飾”の罪のマリー」

「…マリーちゃん。さっき居た子だ…よね。…どうしてここに?」

「だってこの世界は私の領域フィールドだもん」

「えっ?」

 意味が分からないという様子の彼にマリーは簡潔に説明をする。

「ディルが怒ってあなたに術を施した時に、彼は私の力も敢えて使用したの。…私は新しい枢要の罪の1冊だけれど、この鏡は前の”虚飾”の罪の時にも記憶されてある。…私が背負っているこの大きな鏡にも…だけど」

「君が背負っている…その鏡が?」

「うん。それでね、ディルが私にこういう風に言ったんだ」

 ―君が本当に”書物”と分かち合いたいのかを試したいって。

 彼女の言葉に豊は少々言葉を詰まらせる。また無責任な言葉を言ってしまったと何度目かの反省をしつつも…それでも彼は覚悟を決めた。…”書物”と”人間”がどうして分かり合えないのかを知る為に。
 だから彼は再び立ち上がり彼女に問い掛ける。

「”虚飾”っていうのは普通は嘘って意味だけれど…君の場合は違うのかな」

 すると彼女は首を横に振った。

「残念だけど、今回の私は違う。”指数”がどうしてそうしたのかは知らない。でも私が”虚飾”の罪を確立させる為に、わざと真実を語るようにしたんだって、ディルが言ってた。…まぁ”虚飾”ってある人間にとっては大きいけれど小さい力だから」

「”指数”…、小夜、か…」

 眠っている最愛の妹を思い出しては悲しげな表情を見せる豊。…そんな彼の手を引っ張っては彼女は…マリーは血に染まった、いや、涙で溢れている大きな鏡に彼を導くのだ。

「じゃあ一緒に行こう。…私も知らない、”書物”の過去を」

 そして彼らは鏡の中へ吸い込まれた。
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