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第1章 奪う者と奪われた者

第1話 春の嵐は突然で・・・。

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むかしむかし、とある国がありました。国民はとても幸せな日々を送っていましたが、事件が起こります。・・・なんと国王が殺されてしまったのです。犯人である男は捕らえられましたが、その正体は国王の親友でした。”国王殺し”という罪を犯した彼は、民の前で殺される前に静かに告げたました。
「これはただのキッカケに過ぎない。・・・これからこの国に嵐が起こるだろう。しかし、じきに救済者がくるはずだ。」
彼は謎の言葉を残して処刑されました。そして、国王を失った国は混沌と化して不幸が舞い降りたのです。・・・そんな国の様子を見た青年はとある決心をして国をたちました。
ー自身の"何か"と引き換えに。

その本を読み終えた少女は本をおもむろに机に置き、何かを考えるように頬に手を付いた。本に描かれている青年が払った”何か"という存在が何度も考えても分からない。少し息を吐いてから少女は呟く。
「結局、この本の男の子は何を引き換えにしたんだろう・・・?-分かんないなぁ~。」
そして伸びをして窓から差し込む光をぼんやりと見つめた。朝日に照らされて銀髪に輝く長い髪を持つ少女・・・春から晴れて高校生となる、春夏冬 うらら(あきなし うらら)である。彼女は最近読み始めた本ではあるが、自分にとっては内容が不思議で、そして作者が何を伝えたいのかを汲み取れない本に頭を悩まされている。ーだが、それでも何度も読み返してしまう衝動を抑えられないでいるのだ。彼女にとってその話は何か惹かれるものがあるのだろう・・・。
自身が通学している中高一貫校の高校への最終試験を乗り越えて、やっと掴んだ春休み!受験勉強よりもきついのではないかと思われるほどの勉強量と頭脳明晰で優しいが、うららの成績を見てにこやかな笑みを浮かべてかなり妹をしごいた兄のお陰で読みたい漫画や小説・・・そして童話を読めなかったのである。ーというより、彼女の成績が悪くて禁止されていたのだが。
そんな生き地獄から解き放たれ、溜まっていた物たちを意気揚々と処理をしていたのである。ーその中にあったのが今、彼女が頭を抱えている本なのだ。古書店でなんとなく買った素朴な絵が描かれている”童話全集”という題名の本をうららは優しく表紙を撫でる。
「この本に載っている作品だけどタイトルも分からないし・・・。あまり有名・・・ではないよね?初めて読んだし。-まっ!いいや!お兄ちゃんが帰って来たら知ってるかもしれないから聞いてみよ~と!」
そういって彼女は長い月日で焼けた本を机に置いてからリビングへと向かった。
扉を開けても兄は既に仕事で早く出てしまっている。もしかしたら両親が居るのが普通かもしれないが・・・二人には居ない。兄から聞かされているのは”うららが中学生の頃に両親ともに亡くなった。”という事実だけ。それでも彼女は不思議と酷く悲しまなかった。何故ならば彼女・・・いや、うらら自身もその事故に巻き込まれ奇跡的に助かった人物。しかし、脳に酷い損傷が入り彼女は中学生辺りからの記憶が残っていないからだ。ーそれが幸か不幸かなのかを受け取るのはうらら自身ではあるが。

テレビをつけると、世間は謎の”爆弾魔”の話題で持ちきりであった。うららは兄が仕事へ出かける前に作ってくれた朝食を食しながらただ茫然とテレビを見つめる。ニュースによれば犯人は赤いフード被っており髪色は茶髪らしい。テレビのとある評論家が自説を述べる言動があまりにも自分の兄に似ていたからか?うららはスープを飲んでから思い出したかのように呟いた。
「そうだ・・・!!!今日はお兄ちゃんから”いつも買ってるコーヒー豆が切らしていたから買ってきて”って言われていたんだよね。ーお兄ちゃんにはかなりの借りがあるから買っておかないと・・・。」
面倒な気持ちではあるが兄にはいろんな意味で逆らえないので、うららは朝食を早めに食してから身支度に入る。実は彼女は買い物ついでにとある人物と約束をしていたのだ。急いで顔を洗い、歯を磨き、てきぱきと私服に着替えていく。鏡の前で髪をとかしてにっこり笑顔を作ってから持っていたスマホを起動させメッセージを読んだ。
『15時に○○○会館で演奏会あるからな?遅れんなよ?』
幼馴染でありそして唯一の男友達からのメッセージに彼女は了承を表すスタンプを送る。身支度に夢中であったからかテレビが付けっぱなしにしてしまった。悪気に思いつつテレビを消そうとすると、アナウンサーが喧騒な表情を浮かべ速報を告げたのだ。耳は傾けたうららではあるがあまり興味が無かったので、途中でニュースを消して兄の用事を済ませようと足早に出かけるのである。
-”爆弾魔”がうららの住んでいる区域に入ったという恐ろしい情報が告げられたのに。

頭脳明晰で顔も良く、そして自分と同じ銀髪に輝かせ仕事に臨んでいるエリート刑事の兄。しかし、こだわりが強い兄に普段から溜息は吐くものの、兄の好きなコーヒー豆を購入する為にうららは馴染みの店へと入店する。店主に軽く挨拶をしてから普段から兄が飲むコーヒー豆を購入しようと奥行きのある廊下を見つめた先には・・・小柄の少年がいた。黒髪ではあるが夏の季節では無いのに浴衣を着た左目だけガラス細工のように透き通った青い瞳を宿している。うららがこの店に入店するときには必ずいる不思議な少年。あまりにも遭遇するので普通であれば不気味に感じるのがほとんどでは無いかと思われるが、彼女は違うようだ。
(またいるなぁ・・・。もしかして私のこと気になっているとか???-男の子にモテるなんて・・・私って罪な女だわ~!)
少し赤らめて頬に手を添える感性やら感覚が鈍い少女・・・その名を春夏冬 うらら。自身の心情に耳を傾けてから目線を少年へと向けると彼はうららの視線に気づいたかと思えば突然、声を掛けてきたのだ。
「ちょっといい?ーあの袋取ってくんない?」
凛とした少し高めの声質の少年は棚にあるコーヒー豆を指を差しうららへと再び視線を向けた。何度も出会うが彼に声を掛けられたのは初めてであったので、彼女は少し驚いて数秒経ってから少年の元へと駆けつける。うららの身長であれば背伸びして届く高さにあるコーヒーの袋を手に取り、彼女は少年に手渡した。ーしかし、少年の背後を見れば踏み台があるのをうららは全く気が付いていない様子だ。
「はい!どうぞ~!」
彼女から袋を手渡された少年。うららは彼に礼をされるかと思えば予想と反した言葉を少年は紡ぐ。
「-俺は柊 燕(ひいらぎ つばめ)。礼の代わりに予言してやるよ。・・・あんた、俺とまた出会うね。そんで、契約を結ぶよ。・・・俺の助手としてね。」
「-えっ???」
「二度は言わない。だって分かるから。今、ここで説明をしてもあんたは俺との"えにし"を結ばないことを知ってるから。・・・まぁ、未来なんて変化するものなんだから絶対ではないけどね。」
そして少年・・・いや、柊 燕と名乗った少年は悪戯に舌を出してから、うららの横を通り・・・そして最後に告げる。
「まぁこのキッカケが無くてもさ・・・あんたは俺の助手として働くのは知ってたけどね。ーじゃあまた。」
燕は会計を済ませて店外へと出ていく。不思議な少年に不思議な言葉を告げられてうららは首を傾げて呟く。
「???会うなんてこの店に来ればしょっちゅうじゃん。変わった男の子だなぁ~・・・。」
燕の言動に違和感を覚えつつ彼女もコーヒー豆を購入して店を後にした。

用事を終えて透明な銀の髪を振り乱した歩調でうららは約束をしていた会場へと向かう。大きなホールを目の前にして立ち尽くす彼女は右往左往している。危なっかしい彼女を遠くから見た青年は小さな溜息を吐いて彼女の元へ足早に近づいた。
「そっちだと会場から外れるぞ!・・・全く。俺が先に着いていたから良かったけど。」
派手な金髪を三つ編みで遊ばせる普通の人から見れば不良のような風貌をした青年。だが、うららは嬉しげな表情を浮かべて笑う。
「音刃(おとは)!!!良かったぁ~。私一人だったら確実に迷ってたからほっとしたよ~!」
”音刃”と呼ばれたうららの幼馴染である琴平 音刃(ことひら おとは)の姿を見かけて安堵する彼女に、彼は照れ臭さを紛らわすように頬を掻く。

「まぁ・・・。それならいいけどさ?-取りあえず行こうぜ!急がないと始まるからな!」
「ちょっと待ってよ~!私は着いてばっかなのに・・・!」
「遅れたお前が悪い。ーほら行くぞ!」
そして足早に会場へと向かう音刃にうららも慌てて付いて行くのであった。

音刃が気になっていたコンサートも無事に終わり、帰り道の道中、二人は互いに感想を話しあっている。
「やっぱプロは違うよなぁ~!あれはちゃんと金払って正解だな!」
嬉々として語る幼馴染にうららは呆れてしまい少しふて腐れた様子だ。
「演奏は良かったけど・・・。でも、コンサート代、結構高かったじゃん?まぁ、お兄ちゃんに事情を言って出して貰ったけどさ~・・・。」
さすがに春から高校生とはいえお金に余裕のある音刃とは違い、お小遣いを兄にきっちりと管理されているうららにとっては大きな出費だと感じたようだ。そんな彼女を察した彼は少し悪気を感じたようだ。
「悪かったって!俺もお前の兄さんに謝るしさ!-帰り送るからそれで勘弁してくれよ~!」
緩く編まれた三つ編みを揺らして手を合わせる、ちゃっかりとしていてもどこか憎めない幼馴染にうららは溜息を吐いて笑う。
「怒ってないから大丈夫だよ。ちゃんと帰れるから。ーでも、今度、ケーキセット奢ってね?」
「・・・げぇ。まじかよ・・・?」
音刃の情けない表情にうららは勝ち誇るようにさらに笑みを浮かべた。

音刃と別れた帰り道。電灯は付いているがひとけの無い裏路地を少女は歩いていく。
(やっぱり音刃に付いてきてもらえば良かったかも・・・。でもこの道の方が早く着くんだよね・・・。春とはいえまだ日が落ちるのも早いし。かといって回り道するのもなぁ~?-まっいっか!)
恐怖心はあるが自身の安全面よりも時間を優先した危機感の無いうららに突然、背後から声を掛けた人物がいた。-足音なんて無かったのに。
「すみません。道を尋ねたいんですけど・・・。良いですか?」
驚いて恐る恐る後ろを振り向けば赤いポンチョを羽織った茶髪の青年がいた。そばかすがあるものの端正な顔立ちをしているあどけない青年の微笑みにうららは自身の鼓動を押さえられずに挙動不審になってしまった。
「え!えっと・・・!私で良ければ案内しますよ!何処に行きたいんですか?」
好印象を抱いてしまったメロメロなうららの様子を伺った青年は心の中でほくそ笑むが、彼の表情には出ていないようだ。
「ーなるべく人が多い所というか。何というか・・・?」
「???人が多い所?」
青年の言葉にうららはオウム返しをしてしまった。赤い青年の言葉に疑問符を浮かべる彼女に対し彼は笑顔でこのように述べるのだ。
「そうです。いや~、普段から思ってはいるんですけどね。日常から非日常へと変わる時に凄く興奮してしまうんです。ー例えば・・・?そう!大勢の人が血で飛び散る様とかそれに驚いて泣き叫ぶ様子って心地よくありません?一人だけじゃつまらないでしょ?…人ひとりが死んだって面白くない。大勢の人が!もしかしたら自分にも降りかかるかもしれないっていう恐怖へと堕ちて、はい回る姿が・・・とても興奮するんですよ!!!」
赤い青年が大げさに子供のようにはしゃいで熱弁に語ってはいるがうららはその姿を見て気持ち良いとは思えない。・・・むしろ、恐怖さえ抱く。そんな彼女の引き気味な態度に青年は虚空へ語っていた口元をこちらへと向けた。
「な~んて!冗談ですよ。本気にしないでくださいね?」
そうとは言ってはいるが、不気味に口元に弧を描く青年の笑みにうららは悪寒がしてしまった。ー何故ならその表情はとてつもなく歪んでいて、うららにとっては冗談で言っている訳では無い気がして堪らないのだから。それに、さっきから青年の持っている大きな籠の中から、わずかだがカチコチと時計の音が聞こえてくる。変わった赤い服装・・・。そしてよく見れば首の周りにフードのような被り物が見える。
ーその時、うららはあることに気が付き戦慄した。ニュースで報道されていた”爆弾魔”の情報と酷似していたからだ。目の前にいる人物が本物の”爆弾魔”としたら?そう考えてうららは青ざめて冷や汗を垂らす。
(確定では無いけど・・・とりあえずここから離れて110番しなきゃっ!!!!)
すると彼女の中で何かのスイッチが入った。それが何かは今のうららには分からないが、彼女は青年に一歩離れて最大限の立ち振る舞いをするのだ。
「すみません!この近くにはそういった場所が無いのでちょっと検索しますね?・・・あれ?私のスマホ、充電が切れてるなぁ?ーコンビニでバッテリー買ってくるので少し待ってて下さい!」
自身のスマホの充電が切れている事を強調させ、恐怖で支配されている頭を根性でねじ伏せて青年に笑いかけた。そんな自然な対応をするうららに赤い青年の方が呆気にとられている様子だ。
「あ・・・ああ。」
「じゃあ!待ってて下さいね?」
振り向きざまに笑みを浮かべてから自身の銀髪を振り乱し、その場を立ち去るうららは足早に歩き青年からは見えぬようスマホから110番をした。コール音が何度か鳴った後にオペレータが出た。
「はい。こちら、○×○警察署。事故ですか?事件ですか?」
「い!今!”爆弾魔”みたいな人と会いました!○○○会館の外れた先辺りに居ます!」
「情報ありがとうございます。すぐに向かいますので通報者の方は身の回りに配慮して安全な場所へ逃げて下さい。」
「あ!!!ありがとうございます。今逃げてますんで!」
初めて通報したのもつかの間、今度は刑事である自分の兄にも連絡をした。ーしかし緊急事態にも関わらず電話が繋がらなかったのでメッセージアプリにて助けを求め、そして彼女は無我夢中で走り出した。
・・・うららのとっさの演技は女優並みであったが、赤い青年は彼女自身からわずかではあるが、恐怖心を抱いてぎこちない笑みをして傍を離れた為、彼女が上手く逃げ出した事を勘付いたらしい。彼女の何と評せばよいのか分からない虚言を含ませた自然な演技は同時に彼を確信へと変化させる。
「あれが”カギ”だな。ー見つかる前に利用させてもらうぜ?」
そして彼は籠の中から取り出した爆弾を遠くへいるうららに目がけて投げつけるのだ。鮮やかな光と破裂音は自身の自慢である長く美しい銀を照らし、うららはさらに恐怖感を抱く。だが走り出す足は意地でも止めなかった。突発的な光と轟音を鳴らしてだんだんと赤い青年が近づいていく状況になっても彼女は息を切らし走り続ける。

「誰か!!誰かいませんか!?いっ!!今!”爆弾魔”に追われてて!!!!」
うららは今出せる最大限の大声で助けを求める。しかし不運なことに彼女は人通りの無い道路へと逃げ込んでしまったのだ。自分が標的になってしまったのは絶望的な事実ではあるが他人を巻き込まなくて安堵した自分もいた。声を上げながらうららは道を外れて、そして大きな公園の敷地内へと逃げ込む。ーだが彼女の体は正直である。
(もう・・・。もう!走れないよーーー!!!!誰か!誰か!!!・・・居ないの!??)
運動がそこまで得意でもないのに走りすぎてしまったせいで大声を出せなくなってしまったのだ。-それでも爆発音は大きく、そして近づいてきている為、うららの恐怖心は収まらずどんどんと増していく。心の中で助けを強く呼んでも通報したパトカーも、刑事である兄の助けも来ない。・・・しかし救いだったのは、”恐怖心で動けない”という最悪な事態にはならず”生きたい”と力強く願う自分の背中に大きく生えた、・・・うららにしか見えない翼であろう。だが恐怖に打ち勝って羽ばたいた翼はやがて失速し、ついには飛ぶ力すらなくなっていく。走らなければ確実に殺されるのは分かっているが体が、いや、背中に生えていた翼が消えていくように速度を落としていき・・・うららは本当の限界に達してしまった。うららは辛さと恐怖で泣き出したくなる衝動を露わにし弱音を零す。
「-もう。無理・・・。わたし・・・、爆弾で死んじゃうんだ・・・。・・・でも!死にたくない!」
自分の死期を悟るがそれでも彼女は”生きたい”と強く願う。頭の中では”動け!!動かないと!自分は死んでしまうから動け!!!”緊急アラームを鳴らし続ける。…しかし悲しいかな。体が言う事を聞かないのだ。彼女の異変を察知した身体は限界を表すように視界が上下左右に揺れて、しかもその感覚のまま、うららは長い銀髪を震わせ地面へと倒れこもうとした。…だが、その瞬間、彼女は誰かに抱き留められたのだ。酸欠で意識がもうろうとしているので誰に抱き留められたなんて分からない。肩を上下させて急いで酸素を取り込んでうららは自身を抱き留めてくれた礼を言おうとし顔を上げれば・・・不思議な心象を抱いた少年、燕であった。彼はうららが走りすぎて真っ赤な顔を見てから安堵の息を吐く。

「大丈夫・・・ではないね。ーでも良かった。俺の予言は少し外したけど、こうして無事でいてくれて安心したよ。あんたが全速力でこの公園に駆け込んでなかったらさ・・・あんた、そいつに利用されてよ?」
不可解で恐ろしい言葉を紡ぐ燕に反応はしたいのだが、”人がいてくれた”という安心感に包まれたせいで今度こそ動けずに、そして、息を大きく吸い込むことしか出来ないでいる。そんなうららの様子を見てから燕は小さな両手で彼女の肩を抱いてから冷静に状況説明をする。
「こんな状態ではあるけど聞いてくんない?-あの”爆弾魔”は俺がなんとかする。でもその代わりにあんたの何かしらを奪わないといけない。ーさぁ、選んで。自分の命がか、生きて自分の大切な”何か”をかを。・・・ちゃんと考える時間をあげたいけどあいつがじきに来る。-残念だけどもう時間が無い。」
燕の言う通り爆音が先ほどより大きく聞こえてきた。それでも燕の心地よい凛とした声は迫りくる恐怖心を薄れさせ”生きたい”と強く願ってしまう。ー諦めの悪い自分の答えなんて決まっているようなものだ。うららは息を整えてから燕の耳元で意思を示した。
「・・・君が言っている言葉は分からない。でも、お願い。-私を・・・助けて。」
うららの力強い言葉に燕は優しく微笑み耳元で囁き言い放つ。
「ーその言葉を待ってたよ。とりあえず休んでな?」
「うん・・・。」
すると緊張の糸が切れたようにうららは気を失ってしまった。彼女の全体重が燕へとのしかかるが、それでも彼は満足げな表情を浮かべると自分よりも背の高い彼女を軽々と抱きかかえて近くのベンチへと横たわらせた。気絶しているうららを傍目に燕は懐から何かを取り出す。それは獣たちの絵と共に文字が綴られている古い紙であった。顔くらいの大きさのある紙切れを飛ばさぬように、指先に力を込めて燕は辺りを静観した。

赤いフードを被った青年が少女の逃げた公園へと向かえばそこには、春なのに浴衣を着た黒髪の少年が佇んでいた。どこか覚悟を秘めた黒い右目と透き通るように冷めたい青いガラスのような左目は、自分と同じく異質な感覚を抱き不覚にも背筋を震わせてしまう。しかし視線を外しその先にあるベンチを見てみれば先ほどの少女が横になっていた。赤い青年が少女・・・うららの元へ向かおうとすると少年・・・燕が青年に向けて言い放つ。
「ふーん。俺を無視してこいつの力を得ようと?言っておくけどこいつはまだお前の思う通りには絶対行かないよ?-俺もさせないしね。」
青年の考えが分かるかのような燕の立ち振る舞いに彼は動きを止めた。その行動をまるで知っていたかのように燕は薄く笑う。
「とりあえず、あんたの考えと俺の考えは一緒なんだから、ここは大人しく引いてくれるかさ・・・もしくは消えてくれない?-”赤ずきん”さん?」
”赤ずきん”と呼ばれた青年は目を見開いた後、彼は燕に対し訝しむような目線を向ける。

「なぜ俺の敬称を知っている?服装だけじゃ判断できないだろ?・・・なぜ?」
質問を投げ掛けると燕は深い笑みを浮かべ、そして赤ずきんが持っている籠を指さした。籠の中にある時限爆弾を彼は分かっているようだ。そして彼はこのような言葉を発する。
「お前の計画は失敗するね。・・・どうしてだが分かる?簡単だよ。-だってどの未来を見ても成功するイメージが出来ないからさ。」
燕の予言に赤ずきんは意味が分からないといった表情をしてから時限爆弾を手に取り画面を見た。すると爆発するまであと30秒を切っている。うららが全速力で逃げ回っていたおかげで時間を費やしてしまったようだ。狙いはうららではあるものの彼女は気を失っているので使い物にならない。しかしパトカーのサイレンの音が次第に聞こえてきた。本当は聴衆の前で祭り騒ぎを起こしたかったがそれが出来ないと判断した赤ずきんは舌打ちをして、そして余裕な笑みを浮かべている燕に投げつけたのだ。
「あの子を使うのは俺だ。…そうだ。お前の生意気で不遜な態度に敬意を評して・・・飛び散って死になっっ!!!」
時間がゆっくりと流れるような感覚に陥る赤ずきんは勝ち誇るような笑みをしようとする、が・・・事態は急変した。なぜならば燕が持っていた紙切れから眩い光が発したかと思えば白銀の犬のような巨大な獣たちが現れ、そしてその一匹が爆弾から燕を守るように背を向けたのだ。獣は大きな口で爆弾を掴んでから高く跳躍し、身体を捻らせて大空へと投げつけた。
大きな花火が舞い散り暗闇が明るく染まる。そして無事に着陸した獣・・・いや、狼は燕の傍へ近づいて元気良く吠えると燕は微笑んで狼を小さな手で優しく撫でる。
「ありがとな?ー危険の承知の上で手伝ってくれて・・・。今度、礼をさせてくれよ?」
燕は狼を優しく抱いてから離し赤ずきんに目を向けた。ー彼は怯えていた。唸りだす狼の群れを尻目に赤ずきんは顔を強張らせてたじろいでいる。そんな彼の反応を確かめて燕は凛とした声で言い放った。
「赤ずきん!ーお前の残虐な遊びは終わりだ。うららあいつはまだ目覚めてもいないし分かってもいない!それに分かるだろう?ここにいる狼たちの怒りを!憎しみを!・・・そして、悲しみを。お前がしでかした罪は拭えない。ーでも背負って生きることは出来るんだ。さぁ、こいつらと一緒に帰れ。・・・お前が元いた世界にな。」
「・・・。」
赤ずきんは視線を落とし、もぬけの殻となったカラの籠を強く握りしめて苦渋の表情を浮かべていた。するとあろうことか。様子を見つめていた一匹の狼が彼に駆け寄り、先ほどとは打って変わり優しくすり寄っていくのだ。そしてもう一匹、二匹・・・の狼たちも赤ずきんの元へ近づき礼儀正しく座り込んで黙って見つめる。・・・それはまるで”怒ってないよ?帰ろうよ。”そんな言葉を発しそうな佇まいで。ーそんな狼たちの優しさに救われたのだろう。赤ずきんは彼らに泣きそうな顔を見せた後に彼は青いガラスのように透き通る燕の瞳を見つめて溜息を吐く。どうやら観念したようだ。
「あ~あ!!!俺の負けだな。ーでも、お前のお陰で狼たちこいつらにまた会えた・・・。礼は言っておくよ。・・・ありがとな。」
「・・・世間様に迷惑かけまくったくせに生意気な。」
「うるせぇっ!・・・ちゃんと背負ってやるっつーの!」
燕の生意気さは相変わらずではあるものの、先ほどとは打って変わり落ち着いた様子の赤ずきんは狼たちにいざなわれ燕の元へ行く。ー彼は自分の元いた世界へと帰る決心がついたようだ。そんな彼の行動を予期していたかのように燕は先ほどの紙切れを手に取り言葉を交わした。
「今度また来る時はお前の・・・いや、の世界が平和になってからきな。大丈夫。俺は絶対にお前らを救ってみせるから。」
燕の意味深な言葉に赤ずきんは首を傾げて尋ねるのだ。
「・・・お前?本当に何者?」
紙切れの中へ吸い込まれる前に赤ずきんは問いかければ彼は真剣な面持ちで言い放つ。
「柊 燕。ーお前らの世界を救う為にこの世界にやって来た。・・・また、いつかな?」
「・・・はぁ?」
燕の謎の言葉に呆然し何も言えない赤ずきんは狼たちと共に紙切れの中へ吸い込まれる。まばゆい光に包まれたと思えば先ほどまでは英字でしか綴られていなかった紙には狼たちと戯れるフードを被った青年の姿が描かれていた。愉しげな彼らの様子を見て燕は温かい気持ちになるのであった。

『いいねぇ~!じゃあ今度は泣き叫んでから自分のお兄ちゃんを必死に庇う!って感じで!』
『・・・はい。』
何も映すことのない瞳を宿す黒髪の少女は虚ろげな表情を浮かべて応える。ーだが指摘を受けてからの少女の演技は凄まじいものであった。周囲を魅了させる程の完璧な演技を見せつける幼い少女ではあるが・・・彼女の心は彼女自身にも分からなかった。

「・・・う・ららさん!うららさん!」
「・・・ほぇ?」
何かの映像が流れてきたと思えば今度は聞きなれた声がした。ゆっくりと目を開ければ・・・そこには自分と同じく銀色の髪を抱く兄、春夏冬 麗永(あきなし うるえ)であった。彼はうららからのメッセージで事件に巻き込まれていたのを知り仕事を放って駆けつけて来たのである。そして無事であることが分かったかと思えば彼女を強く抱きしめて涙を浮かべた
「良かった・・・!!!本当に無事で・・・!!メッセージを読んだ時には肝を冷やしましたよ・・・。」
普段はクールな兄が自分のことのように思ってくれているのがうららはとても嬉しく思うが抱きしめる力が強いので彼女は兄に苦言を呈する。
「お兄ちゃん・・・!心配掛けたのは謝るけど、苦しいよ~。息できない・・・。」

自身を強く抱きしめている兄の背中を軽く叩いて気付いて貰おうと努力する。妹の小さな声と呻き声を上げているのにようやく気付いた麗永は慌てて離しそして彼女に向きなおった。
「ああっ!それは済まないことをしてしまいましたね・・・。でも、こうやってうららさんが無事でいたのは彼のお陰なんですから。・・・柊君!うららを守ってくれてありがとうございます。うららの代わりに兄である僕から礼をさせて下さい。ー本当にありがとう。」
うららは意識を失った後に兄に抱きしめられて気付かなかったがどうやら傍に燕が居たのである。麗永に感謝されたものの照れ臭かったのか燕はそっぽを向いて簡単な返事をしただけであった。そんな不思議な少年の様子にうららは疑問符を浮かべるが、そんなおり、麗永が険しい顔つきをしてうららと燕に話す。
「取りあえず二人とも無事で何よりですが・・・残念ながら犯人の行方が分かりません。うららさん。無理でしたら構いませんが、被害者として情報提供をお願いします。・・・柊君もよろしいですか?」
兄の真面目な表情に有無を言わず妹のうららは大きく返事をするが隣にいた燕はとあることを言い出した。
「協力するのは構わない。・・・でも、一つがある。」
?なんでしょうか。それは・・・?」
燕が放ったという言葉に眉間に皺を寄せた麗永を見てから彼はこのような言葉を発したのである。
「あんたの妹・・・春夏冬 うららを俺の助手にさせて欲しい。」
「「はい???」」
突飛な言葉に二人は驚愕するが分かっているかのように燕は薄く笑った。
「だってさ。ーもうえにしは繋がったし、もともとそうなる運命なんだよ。・・・なぁ?あきなしさん?」
発言を促すように呼びかける不思議な少年・・・柊 燕にうららは困惑した笑みを浮かべるのであった。

















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