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第1章 奪う者と奪われた者

第2話 入学式までに終わらせて・・・。(前編)

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外見は古びた洋館だがなかなか良い雰囲気を漂わせ古書店のような佇まいだ。本が多く立ち並ぶ室内を見上げながら春夏冬(あきなし) うららは通された一室にて重厚感のあるソファに座りカフェオレを一口飲む。そして彼女の向かい側に座り静かにブラックコーヒーを飲むのはこの洋館の家主である柊 燕(つばめ)であった。そんな彼はうららとは違いミルクや砂糖も入れなくとも平然と飲んでいる。
(まだ小学生くらいなのにコーヒー飲めるんだ・・・。無駄に背伸びしてるけど…凄いなぁ。)
素直に思ってしまうのは否めないが自分は甘さたっぷりのカフェオレしか飲めないので感心を抱きつつ、燕の淹れてくれた美味しいカフェオレを口元へ近づけようとした時、凛とした声を掛けられる。
「美味しそうに飲むのは構わないけどさ。…聞きたいんでしょ?ーあきなしさんを襲ってきた赤い奴のこと。」
「えっ!?あっ!はい!!ーえっと・・・。柊さん。」
突然の問いかけに年下であるにも関わらず敬語を使ううららに燕は緩く微笑む。

「まあまあ。そんなに固くならないでよ。呼び捨てで構わないからさ。そっちの方が仕事頼む時に気兼ね易く呼べるし。敬語も別に良いから。」
「・・・えっと。分かった・・・です?」
緊張もあるし年下とは頭では分かるが、悠然とコーヒーを嗜む姿はまるで自分よりも年上な感覚を催したのでうららは自身を落ち着かせるようにカフェオレをゆっくりと飲んだ。ー淹れ方が良いのだろう。砂糖が無くともミルクの甘さがコーヒーの苦みを軽減してくれる味わいに先ほどと同じように頬が緩んでしまう。そんな彼女を尻目に燕は話を続ける。
「まだ慣れないだろうけどよろしくっ・・・ていう後に赤い奴のことね。ーとりあえずこれ見てくれる?」
すると燕は背後にある大きい本棚からとある物を取り出してきた。表紙には何も書かれてはいないが、何かをファイリングしているリングノートのようである。破れぬように薄いシートに入れてはいるものの、燕は静かにめくり続けてとあるページで動きを止め、うららに見せてきた。・・・彼女は驚愕した。一見、青年が狼たちと戯れている絵なのだが・・・自分を襲ってきた青年と瓜二つだったからだ。ただ違いがあるとすれば描か(えが)れている青年は自分を襲った時よりも朗らかな表情を浮かべてはいるというところであろう。そして挿絵の隣には文章が書かれており英文内容はさっぱり分からないものの、上に小さく書かれているタイトルをうららは読めてしまった。
「"LITTIE RED RIDING HOOD"・・・”赤ずきん”。!?」
”赤ずきん”と題した挿絵を見てから燕の方へと顔を向ければ燕は彼女が何を言いたいのか分かっていたようである。だから彼はこのように述べた。
「そう。ーあきなしさんを襲ったのはそいつ。”赤ずきん”だよ。・・・あり得ないって顔してるけどさ、そいつは正真正銘、童話に出てくる”赤ずきん”だから。」
程よく冷めたコーヒーを一気に飲み干す燕にうららは驚きと共にとある疑問を浮かべた。そんな疑問など想定していたかのように燕は彼女の代わりに質問を投げかける。
「童話に出てくる”赤ずきん”って小さい女の子じゃないかって思ったでしょ?」
その言葉にうららは頷き口に出した。
「うん・・・。でも出てきたのは私と同じくらいの男の子だったし・・・。それに!!!赤ずきんはおばあさんになりすました狼に襲われそうになる所を猟師に助けられるんでしょ?しかもなんで爆弾なんて・・・??!」
疑問が後から次々と出現し慌てふためく様子を見せる彼女に燕は冷静に言い放つ。
「まぁまぁ。言いたいことは分かるからちょっと待ってよ?ーというか、その話はこの前したんだけど・・・?ーまぁいいや。とりあえずコーヒー淹れに行ってから説明するから。あきなしさんもおかわりする?」
うららに近寄りカップを下げる手前で燕に問い掛けられた彼女は疑問を浮かべつつも図々しくカフェオレを所望した。そんな素直な彼女に燕は溜息を吐いた。二つのカップを持って部屋から出た彼を見送り、うららは窓から見える桜の樹をぼんやりと見つめてふと思う。
(春休みが終わる前には何事もなく終わって欲しかったのに・・・。)
そんな想いと共にふと頭を過らせたのは先日の爆弾魔もとい”赤ずきん”に関しての事情聴取であった。

区内の交番を借りさせて貰い、事情聴取を受けているうららに燕・・・そして刑事であるうららの兄、春夏冬 麗永(うるえ)が対面で腰かけていた。
「ーつまり、うららさんは警察と僕を呼んだ後に走って逃げたものの、赤い服を着た”爆弾魔”に追われた。・・・そして普段から体力をつけなさいとあれほど言っているのにも関わらず無視して、しかも、試験が終わってもゴロゴロしていて怠けていたおかげで記憶が飛ぶほどの気絶をしたと・・・。」
丁寧かつ微笑みながらも説教をかましてくる兄の麗永にうららは何も言えずに頭を下げる。
「ーこれからはお兄ちゃんの言う通りにします・・・。」
「それでよろしい。」
兄からのお咎めを今回は真摯に受け止めしょげるうららを傍目に今度は紙切れをじっと見つめている燕へと彼は視線を向けた。
「そして・・・。今度はその”爆弾魔”と対峙した柊君ですが。ーうららさんを救ってくれたのは本当に感謝しきれません。ただ、少しいただけませよ?一般市民が犯人と思しき人間と戦ってくれてはね・・・。今回は見逃しますがまたこのような事件に巻き込まれそうであれば直ちに警察に連絡をして身の安全を守るようにして下さい。」
困ったように微笑む麗永ではあるが燕は違った反応をしたようだ。
「あんたそういうこと本当は思っていないんじゃない?ー次に言うこと当ててみようか?”でも君には何かしらの力を持っているから今回の件から警察(僕たち)に協力して欲しい。”まあこんな感じじゃない?」
凛とした冷静な少年・・・燕の発言に麗永は少し驚いてから口元に弧を描く。
「・・・さすがですね。だいたい合ってますよ。前置きが省けて良かったです。」
「それはどうも。」
したたかに微笑む麗永に燕は真面目な表情を浮かべている。・・・そんな両者を見てなんとなく緊張感を漂わせるような雰囲気を感じたうららはぎこちない思いを募らせる。

(お兄ちゃんって子供が相手でも容赦無いんだよね・・・。それに、柊?君が言った言葉も気になるというか・・・?)
"あんたの妹・・・春夏冬 うららを俺の助手にさせて欲しい。"
それは初めて燕に声を掛けられた時もそうであった。彼は何故かうららを助手にしようとする。面識といえばよく行くコーヒー屋でいつも会うということぐらいではあるが…。それこそあり得ない状況ではあるのだなと初めてうららは思い至ったのだ。ーまるで燕が自分を助手にさせる為に通っていたかのような気がしてならない事実に彼女は再び恐怖感を抱く。
(なんで私がこの子の元で助手になる必要があるのかは分からないけど・・・。とりあえず断らないと!そうだよ!お兄ちゃんだって変なこと言う子に私を働かせるとかは無いって!)
そんな思考を巡らしているうちに麗永と燕は話を進めていたらしい。二人の話を全く聞いていなかったうららではあったが彼らに耳を傾けることにした。
「にわかに信じ難いですが・・・。つまりあの"爆弾魔"は異世界から来たと?そして、"異世界からの人間は何かしらの力のある者・・・もしくは、その世界に何かしら関わっていた者"でしか見えなかったから防犯カメラやパトロールでも見つけることが出来なかった…。そう言いたいのですね?」
「まあ、そういうことだね。」
あまりにも素っ頓狂で現実味の無い燕の言葉に麗永は見下すように微笑んだ。
「ー警察がそんな幼稚で不可解な発言を信用するとでも思ってましたか?」
話が進んでいた為内容はよく分かってはいないが、兄が自分の上の立場に対しても出してしまう人を小馬鹿にした時への癖を知っている妹はそんな兄に頭を抱えてしまうのだが、そんな彼の発言や行動を見ても真剣な眼差しで燕は言葉を続ける。
「あんたの対応なんて予言しなくても分かってたけどさ。俺は嘘なんて言ってないよ。真実を言ってるだけ。そんで、あんたの妹さんを俺の助手として働かせたいだけだから。ー必要だからって言うのもあるし、それに、今の彼女を一人でぶらつかせるのも危ないしね。」
「???どういうこと?」
燕の発言に今度はうららが首を傾げるがそれは彼女だけでは無かったらしい。
「それはどういう意味ですか?先ほどの話はおいて置いて・・・。ーつまり、うららさんの危険が迫っているという解釈で良いのですか・・・?」
麗永の質問に対し燕はこのような言葉を返した。
「さっきの話は置いていいし、俺が警察に使われるのも構わないよ。ーただ、あきなしさん・・・いや、あんたの妹さんは残念ながら狙われやすいし危険にも晒されやすいんだよ。・・・その世界の住人と関係があるからね?」
左目の青いガラスのような宝石のように輝く左目に麗永は何かを考え込んでからとある質問を綴らせた。
「うららさんが危険に晒されやすいというのはどういう事でしょうか?それに、仮にうららさんが君の助手になったとしても・・・あなた、いえ。柊君は命がけで妹を守れますか?・・・返答次第では先ほどの話を僕なりに解釈して事件は解決したと明言しますが。」
鋭い麗永の眼差しに燕は臆せずに平然とした形で言い切る。
「あきなしさんに関しては残念だけどまだ言えない。でもこれだけは明言する。ー守ってみせるよ。ただ、あんたの妹の力は必要不可欠だから助手として俺の傍へ置きたいんだ。情報提供だってするし、あんたを刑事からのし上がらせることも・・・いや、それは必要ないね?余計なお節介だったかな?」
軽く微笑む燕に麗永は驚いた表情をした後に彼も同様に笑った。
「まぁ。のし上がるのは自分の実力でいかせてもらいたいので、そこまではお気遣いなく。」
「そっか。まぁ分かってはいたけどね~。」
二人が何故か打ち解けていく姿にうららは安堵する反面、内心ではひやひやとしていていく。
(もしかしてこの流れって、私はこの子の助手として働くというわけでは・・・?)
冷や汗を垂らすうららは自分の直感が当たらぬようにと心底祈っていたのだが・・・そんな彼女の気持ちなど気にもせず、麗永は微笑んでから燕に向けて人差し指と中指、そして薬指を提示した。
「一つ。何かあったら僕か警察に連絡をする事。二つ。作戦があったら勝手に行動をせずに僕に相談する事。ーそして三つ。・・・絶対にうららさんが危険な目に遭ったとしても命がけで守って下さい。・・・約束できますか?」
「ー約束するよ。俺は嘘つくのが嫌いなんでね。」
「・・・うららさんを守ったという実績への行動とその言葉に免じて半分は信じましょう。ー君に協力してもらうのも面白そうですしね。」
高飛車でプライドの高い麗永の言葉に対しても嫌な顔を見せずに燕は再び笑った。・・・しかしそれと共にうららが燕の助手になるというのが決まってしまったので彼女は唖然としてしまったのであった。

麗永の許可も下り、早めのバイトという名の助手を務める事になったうららではあるが先ほど思い出していた断片的な記憶でさえも曖昧で分からなかったようだ。
(私、中途半端でしか聞いて無かったから全然覚えてないや・・・。結局、あの”赤ずきん”の正体って何なんだろう・・・?)
深く考え込むうららではあったが香しい芳醇な香りが彼女の鼻孔をくすぐらせた。その香りに誘われて振り返れば燕がお盆にコーヒーカップを乗せ、そしてうららと自身が座っていた場所へ運んでいる姿でだった。テキパキと行動をする燕の様子にうららは立ち上がり手伝おうとする。
「任せっきりでごめんなさい!えっと・・・!つばめ君!なんか手伝うよ!」
「いや。このぐらい平気だから。ーあっ。ちょうどクッキーを焼いていたの思い出して持って来たんだけど、いる?」
「あっ。はい!!!いる!!」
先ほどの緊張感は何処へやら。立ち上がっていたうららは嬉々として席に着きアンティークな皿に乗せられたクッキーを一つつまんで口に入れる。刻んだアーモンドが入ったココアクッキーの味は頬が落ちる程とても美味しい。もうひとつと手を伸ばそうとしたのだが、自分が”赤ずきん”の話を切り出そうとしていたのを思い出し手を伸ばすのを止めて燕に向き直すのだが・・・彼はコーヒーを一口飲み終えてから予期していたかのように語りだす。
「あきなしさんが想像している童話の世界とは違う世界なんだよ。だって色々違ったでしょ?爆弾を投げてたり敵である狼たちと戯れていたし。ーあの世界は<誰か>が作り出した世界なんだよ。・・・ついでに言えば、赤ずきんが爆弾を主に武器として使っていたのは、あの赤ずきんに脚色した<誰か>のせいだね。」
「・・・<誰か>?」
「そう。赤ずきんのいる世界・・・いや。その世界を想像して創造した強大な力を持った<誰か>っていうわけ。」
一通りの説明をしてから優雅にコーヒーを飲む燕の説明に未だに信じられないうららではあるが・・・それ以上に気になることがあった。彼女は温かいカフェオレに息を吹きかけてから質問を投げかける。
「まだよく分かってないんだけど・・・。でも、その世界を作った人、<誰か>って誰なの?・・・そこの世界の神様???」
コーヒーを飲むのを止めてカップを口元から外した後、燕は切なげな表情を見せるのだ。
「・・・自分の幸福が、自分が何者なのかさえ分からない・・・寂し気な顔をした子だったよ。その子の心を支える為に作られた世界だと俺は思うけどね・・・。」
悲しげな表情を見せる燕にうららは首を傾げるが鈍感なうららでさえも彼が暗く、そして悲壮な表情を浮かべていたのが分かった。だから彼女は慌てて話を逸らすように話し掛ける。
「そっ!そういえばさ!・・・つばめ君の助手として私は何をすれば良いのかな?初めてバイト?というか助手なんて大層な仕事やるから分からないし・・・。ー私、お兄ちゃんと違っておっちょこちょいだし、取り柄と言えば・・・あれ?何だろう・・・???」
場を和ませようとして逆に空回りをして考え込むうららの姿に燕は呆然としてから苦笑してしまった。突然笑い出す燕に疑問符を浮かべる彼女に彼はコーヒーカップを机に置いてから話し出す。
「いや~・・・。何となくだけどあきなしさんがあの刑事さんに大切にされるわけが分かった気がしたよ。」
「へぇ???」
とぼけた返答をする天然かつ鈍感なうららに構わず燕は説明をする。
「そんなことはさておき!業務内容としては俺や依頼者が気になった事件に関しての情報収集と資料整理だね。本当は、給仕係としてやってもらいたいところだけど・・・刑事さんから聞いたけどさ~。あんまり得意ではないんでしょ?」
悪戯に微笑む燕にうららは目線を逸らし両手の人差し指を向かい合わせにして回しながら正直に答える。
「・・・確かに苦手ではあるけど。」
「まあそれは俺がやるから良いよ。ーでもその代わりにしてもらいたいことがあるんだよね。」
「・・・?してもらいたいこと??」
オウム返しをするうららに燕はこのような言葉を発した。
「あきなしさんの”演技”を磨いて欲しいんだよ。今の君にとってはそれが最大の武器だし、ーそれに、今後必要になるからさ。」
”演技”という言葉にうららは自身の中で何かが引っ掛かったような思いに駆られた。なぜなのかは分からないが、うらら自身が”演技”というものに嫌悪感を抱いているようだ。そんな彼女の表情を見て燕はコーヒーを一口飲んだ後に呟いた。
「あきなしさんが嫌っている理由は痛いほど伝わるけどさ。でも、ごめん。ー今はその力が必要なんだよ。」
燕の意味深な言葉にうららの疑問は止まらなかった。

とある高層マンションの一室にて、そこはとても異常であった。美男美女が中心で佇むリンゴを掲げた人物に恭しく膝を立てて座っている。ーしかし、その者たちの瞳は光が無く、まるで人形のようであった。その人物は一人の顔が整った青年に対し憤りを表出するような顔を見せる。
「こいつも違う!!!私の王子では無いわ・・・!!!」
見た目よりも声も低く、また、ヒステリックな人物は人形のように従える青年に平手打ちをかます。しかし青年は痛がりもせずにごろりと倒れ身動きを取らぬままその状態でいた。そんな彼のつまらない様子を見てつまらなげに溜息を吐く褐色肌に、そして、きつめの化粧をする男性は落ちたリンゴを再び掲げ口元へ近づける。
「これはまずいわね・・・。早く私の王子を見つけないと・・・。ーとりあえず私に相応しい人を。」
独り言を呟いてから彼・・・彼女は玄関を開けて外へと出る。すると見つけたのだ。美しい金髪を三つ編みに結びヴァイオリンを背負っている青年・・・琴平 音刃の姿を。音刃は気付いて目を合わせたものの、何かを感じ取り家に入ろうとして視線を背け玄関をカードキーで開ける直前であった。
「ちょっとそこのあんた?・・・あたしに何か言う事は無いのかしら?」
彼女が音刃に声を掛け自身の色気を見せつけるのだが、相手はどう見ても男だ。男色家の趣味の無い音刃にとっては寒気がしてしまう。だから彼は無視を決め込もうと玄関の扉を開けようとするのだが。・・・いつの間にか背後を取られたのだ。その速さに音刃は驚くが冷静な対応をする。
「あの・・・。なんすか?俺、あんたに何かした覚えは無いんですけど・・・?」
そして玄関を閉めてからとっさに逃げようとするが彼は音刃の肩を抱き静かに言葉を告げる。

「・・・私の所へ来なさい。大丈夫よ。可愛がってあげるから。ーね?」
その言葉を耳元で囁かれた途端、音刃は何も写さない瞳となり、そして人形のように倒れこんでしまう。倒れこんだ音刃を抱きかかえた男・・・いや、女?そんなことはどうでもよい。敬称”白雪姫”は悪魔のような笑みを浮かべるのであった。

春休みももうじき終わりを迎える頃。エスカレート式ではあるが中学とは違い、自由服となったうららは自分が着てみたかった制服もどきを買って終始ご機嫌の様子である。
「やっぱチェックだよね~!そんで!水色の制服が欲しかったんだよ~!どう?お兄ちゃん?似合う??」

今日は休日である麗永にうららはくるりと回ってから兄への意見を聞いてみた。うららがターンした後に笑みを浮かばせていたのを見届けてから彼は爽やかな笑みで毒を吐く。
「そうですね・・・。馬子にも衣裳という感じでしょうか。でも制服は可愛らしいデザインですし良いと思いますよ。ー入学式までに少し運動をするように。」
優雅にコーヒーを飲む辛辣な兄の意見に怒りを通り越して呆れて溜息を吐くうららではあったが、赤ずきんもとい”爆弾魔”の事件をきっかけに”危機感を持たなければ!”という理由でバラエティ番組だけではなくニュース番組も見るようになっていたのだ。
(あんまり興味ないけど・・・。でも、つばめ君が言うには私は狙われやすいって言われたし・・・。まぁ、ニュースとかたま~に新聞読んでる姿をお兄ちゃんに見せたら、ちょっとだけお小遣いアップしてくれたから良かったけど。)
密かな邪心を抱きつつテレビを付けて興味のないニュース番組を見てみると・・・”爆弾魔”騒ぎで影を潜めてはいたものの連日報道されていた”行方不明者多数”事件についてのことであった。初めは被害者が一般人だったのだが次第にモデルやら役者などの美男美女が攫われ、気が付けば見つかっていたという不可解な事件である。共通点と言えば攫われた被害者たちに記憶がないことや・・・攫われた全員が揃って顔が良いということであろうか。とりあえず不可解な事件なのである。
その事件のニュースを兄妹共に見ていると、麗永が何かを思いついたように発言したのだ。
「ーちょうどいいですね。この事件、柊君にも協力してもらいましょう。」
「・・・えっ?どうしたの?お兄ちゃん??急に・・・。」
唖然呆然とするうららに兄は煌びやかな笑みを見せた。
「お手並み拝見!というやつですよ。うららさん。」
「・・・はい???」
何処から湧いて出た兄の思考回路に呆れているうららはこの時は忘れていた。普段であれば既読をするかすぐに返信をしてくれる幼馴染の音刃が音沙汰もなく返事もしないという事実に・・・。

春休みの最終日。燕が住んでいる古い洋館へと足を向けて歩いているうららはひたすら考えていた。
(お兄ちゃん本当に分かってるのかなぁ・・・?つばめ君がその事件に興味持ったとしても私も手伝わないといけないし・・・。というか!絶対に危険じゃん!ーでも、ちょっと気になる事もあるしなぁ~。)
手元のスマホのメッセージアプリを起動させてみても音刃の連絡が来ていなかった。普段ならばすぐに来る返事がさすがに来ないので何か怒らせるような言葉を言ったかと尋ねてみても返答がない。ー頭を過らせたのは”行方不明者多数”事件。思い返してみれば、普段から近い存在であまり気には留めていなかったのだが・・・音刃は意外とモテるのだ。不良のような格好と髪色はしてはいるが、しっかり者で頼りになり、しかも音楽、特にヴァイオリンの演奏はプロにも引けを取らないという理由でクラスの中ではモテている方だとうららは友達から聞いたことがある。
(『いつもは不愛想な顔しか見せないけどたまに見せる緊張が取れたような表情がグッと来る!』みたいなことも聞いたし・・・。私の思い過ごしだったらそれで良いんだけどね・・・。)
そんなことを考えつつ洋館に着きチャイムを鳴らそうとするがそれはしなくても良さそうだ。何故なら、燕が玄関の前でうららが来るのを知っていたかのように扉を開けたまま紙切れを見つめていたのだから。驚く様子のうららに燕は呆れた様子で言い放つ。
「まったく・・・。色んな意味で遅いよ。時間ないのにウダウダしてるんだから、あきなしさんの友達がいつまで経っても音信不通なんだよ。」
燕のその言葉にうららは更に驚く。
「何で知ってるの!!?・・・もしかして、私の部屋に盗聴器とか付けたとか・・・?!」
自身の考えに顔を蒼白させたうららを見て的外れな答えを提示した彼女へ燕は盛大な溜息をお見舞いした。
「ー人を変態扱いするのやめてくれないかな?刑事さんに聞いたんだよ。というか、依頼があるならさっさと来いっての。まったく・・・。」
「すみません・・・。」
自身の失礼な発言と早急に尋ねてこなかったことへの謝罪をする。一応うららの反省をしている姿が伺えたので燕は彼女を手招きして言い放つ。
「来て早々悪いけど、君やその友達の時間的にも危ないから今日中に済ませるよ。・・・ちゃんと演技の練習はしたよね?って、してもらわないと困るんだけど?」
意地悪な言い方をする燕にうららは少し自信なさげに呟いた。
「まぁ。色んなドラマを見たり、お兄ちゃんにも見てもらったからこの前よりかは・・・。でもそれが何か関係あるの?」
素直なうららの言葉に燕は安堵してから彼女の手を引き、室内へと案内した。
「関係が大ありだよ!とりあえず、作戦の説明するから!今回からはあの刑事さんにも協力してもらうから気合い入れないとね!」
「えっ!?お兄ちゃんも来るの??」
「あとで合流するって形でね。じゃあ、段取り説明するからさ!」
燕に手を引かれたうららは助手として初の仕事を教え込まれるのであった。

現在。うららは内心ではかなり不安を抱いている。何故かと言えば・・・。
(このビルにどうやって侵入するの!?セキュリティが厳重じゃん!!!)
うららは燕から言われたことを実行しようとはするものの・・・高級マンションにどうやって侵入するのかを考え込んでいる。
(つばめ君からは『待っていれば入れるから大丈夫だ。』って聞いてるけど・・・。しかしどうすれば?)
空っぽの頭を捻らせるが良いアイデアが浮かばない自分の無力さに悲しくなるうららではあるが・・・背後から足音が聞こえ振り向いて見ると、幼馴染である音刃がいたのでうららは声を掛けた。何故彼がここにいるのかは分からないが、今の彼女にはそんな考えなど忘れていた。
「音刃!私、なんかしちゃったかな?・・・というか!ちゃんと謝るから音信不通にしないでよ!」
「・・・・・・。」
「?もしもし?もしもーし!?聞いてる!?ねぇ!」
何も返事をしない音刃はセキュリティカードを差し込み鍵を差し込んでからマンションへと入って行くので、うららは不思議に思いつつ自身も入って彼に付いて行った。

「・・・柊君。あなたはこのことを知っていたから、うららさんを一人で向かわせたのですか?・・・何の為に?」
うららの様子を陰ながら見守っていた刑事の麗永とその傍らで佇む少年、燕は返事をしてから言い放つのだ。
「・・・俺の左目が導いた未来図は完璧では無いけど、まあ、結果オーライかな?でも、それでも良いんだよ。ーこれは、あきなしさん自身の事にも関わるんだから。」
謎の言葉を紡ぐ少年にキレ者の刑事は首を傾げるのであった。




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