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第1章 奪う者と奪われた者

第4話 <カギ>とは何かと感じて・・・。(前編)

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桜が散り葉桜へと変わる季節になった。暖かくはなっているがまだ春であるからか冬の寒さは残っている。ーしかし、そんなのお構いなしに無地の浴衣の裾をたくしあげた少年、柊 燕(ひいらぎ つばめ)は自身の書斎にある年季が入った椅子に深く座ってコーヒーを飲んでいる。見た目は小学生のような風貌をしているが優雅にホットコーヒーを口に運ぶ姿はまるでそれ以上の年齢の人間ではないかと錯覚してしまうほどだ。
仕事も終わり一息入れた少年は何かを考えているようである。
(あんなに買ったコーヒー豆がもうすぐで切れそうだな・・・。もともとコーヒーは好きだからすぐに無くなるだろうとは予想していたけど。案外おいしかったし・・・。今度は少し冒険をして別の豆にしてみようか?ーまあ、買っていた理由としては、可能性としては低い"未来"を結ぶ為にしていた行動だけど。)
交わることの無い数多(あまた)の未来から集約し、勝ち取って得た”縁(えにし)”ー春夏冬 うらら(あきなし うらら)という存在。彼女との接点が欲しいがゆえに彼女が行くタイミングを予測してコーヒー屋へと通いつめていたのだ。そのおかげで大量のコーヒー豆を買うことになり、良くも悪くもコーヒーに困ることは無かったのだが・・・。ーだが試しに飲んでみれば自分の”未来視”を司る左目でも分からなかった、知らなかったその店のコーヒーの美味しさ。自分のコーヒーの淹れ方にも自信はあったものの、それ以上に豆自体が安価の割にはかなり上質でコストパフォーマンスが良かったのだ。・・・また、少しの好奇心で客に茶菓子と共に出してみれば『お茶菓子もですけど・・・!このコーヒーも凄く美味しいです!』というような客からの反応も良かったので調子に乗って淹れてみた結果ー豆自体が枯渇しそうになりかけているということだ。
椅子から立ち上がりキッチンの方へと足を向ける。もともと家事をするのは得意でもあり好きでもあるから調理器具やら食器やらは揃っている方だ。もちろん、コーヒー党であるのでコーヒーを淹れる為の器具もそれなりに揃っている。しかし紅茶もたまに飲むのも事実であるのでティーポットも買っている。自慢であるが自身の淹れる紅茶もなかなかよろしい一杯なのではないか?と思っている節があるのだが。
自身の身長では届かないので踏み台を持ってきて足を掛けコーヒーの入っている戸棚を開けてみる。あと一袋だというのにコーヒー豆の残りの量は少なかった。ーしょぼくれているように見えるコーヒーの袋を見て燕は深い溜息を吐く。
「全く・・・。あきなしさんもコーヒー豆が切れているのを知ってたら買ってくれれば良いものの・・・。気が利かないなぁ。ー明日おつかいに行かせるか。今日もまあ、働いてくれたし。」
まだ拙いが燕の助手としてのバイトを少しずつ覚えていっている彼女の姿を思い出して燕は少し微笑んでしまう。うらら自身、学校に勉強に助手としてのバイトにと彼女なりに一生懸命やっているからか今のところは何事もなく充実した毎日を送っているそうだ。嬉しそうに話している彼女を見て燕自身も本人には言ってはいないが嬉しく思ってもいる。
そんなことを考えながら燕は書斎へと帰ろうと踏み台から降りると・・・彼のガラスのように透き通った瞳が青く輝いた。
「・・・な~んでこういう時の未来は予測出来るんだか?ー不良品でも買ったのかな・・・?」
自身の青く輝く義眼に触れてから燕は趣味で作っていた茶菓子と残り少ないコーヒー豆を挽く準備をしたのであった。・・・彼にはこれから起こる未来を予知していたのであろう。

古びた洋館は暗闇だとさらに雰囲気が出て『自分が今いる現実では無くて何処かに切り離されたのではないか?』最初はそんな不思議な感覚がしたのだが今ではすっかりとお馴染となり、慣れたものになっている。そして少女が初めに感じ取っていた雰囲気に呑まれている青年を彼女は無理やり連れてインターフォンを鳴らした。とんでもなく錆びついた轟音のような音に青年は驚いて顔が引きつるのだが、慣れている様子の少女は平気な顔をして夜だと言うのに元気な声を出した。
「つばめくーん!話したいことがあるの~!!!ちょっといい??」
いかにも古いインターフォンに向け大きく話し掛けるうららの世間知らずさに傍らに居る青年、琴平 音刃(ことひら おとは)はげんなりした様子である。
「・・・おい。さすがに真夜中では無いけど、夜にそんなでかい声出すなよ。・・・普通に隣に居て恥ずかしいわ。」
「そうそう。本当にそういう所は世間を知らないというか鈍感だよね~。」
「いや本当に・・・って、え?」
自分はうららに説教をしていたはずだが下から声が聞こえた気がした。音刃は冷や汗を垂らし恐る恐る視線を下に向けると・・・古風にも懐中電灯を自身の顎の下に向けて光らせて悪戯に笑う少年の姿が居たのだ。
「##$%#%##$%!??」
声にならない叫びをあげ尻餅をつく案外ビビりな青年にうららは呆れ、燕は悪戯に笑ったのであった。


(・・・やっぱりつばめ君が淹れてくれたカフェオレって本当に美味しいなぁ~。ーさっきまでふて腐れて怒ってた音刃の機嫌が直せちゃうくらいだもんね~・・・。)
燕の手製であるマドレーヌを食しながら頬が緩んでいるのにも関わらず燕には怒っていることを強調させている子供のような幼馴染が居た。
「俺、まだ怒ってるんだからね!たとえカフェオレが美味しくてもさ!!」
「はいはい。」
「ほとんど初対面なのにさ!初対面でしかも年上なのに年下に脅かされた・・・この恥ずかしい気持ち分かる?!ーマドレーヌも美味しいけど。」
「へぇ~。美味しかったの?一応、カップケーキとか作ったんだけど。ーあとで持って帰る?」
「えっ!!いいの?」
「別にいいよ。作るの好きだし。用件聞いた後にあげるからさ。」
燕の言葉に音刃は目を輝かせ笑みを零した。
「そんじゃあ<約束>!約束だ!」
<約束>という言葉に何かを思い出した燕ではあったが音刃には分からなかったようだ。
「・・・あ。うん。約束するよ。ことひらさん・・・。」
距離を詰めてきた彼に燕の立場が逆転したようにも見えたが、太陽のような笑みを浮かべた音刃の態度を見たうららは驚いて言葉に出したのである。
「へぇ~!音刃って意外と積極的なんだね~。驚いちゃったよ~。」
カフェオレを一口飲んでから感嘆するうららに音刃は自身も驚いた表情を見せてから少し照れた様子で話した。。
「いや~・・・。なんというか。まあ、いい子だな~って思ったし、なんとなくだけどつばめ君に”惹かれた”からかな?それに!カフェオレも焼き菓子もすんごい美味しいし!ー”料理がうまい奴に悪い奴はいない”って思ってるから!俺!」
恥ずかしそうにはにかんで照れた様子の音刃の表情に感化されない為か?燕は誤魔化すようにわざと咳をしてからニコニコして幼馴染を見つめる天然なうららに声を掛けた。
「んで?ーなんでまたこっちに来たの?っていうくだりしようかな~って思ったんだけど、ダルいからこっちから言うね。・・・困っていることが、気になることがあるんでしょ?ーもしかしたら”童話の世界の住人”に関係があるかもしれないって思ったからこっち来たんでしょ。」
「ー!!?」
「・・・やっぱり分かってたんだ~。」
目を見張って驚いた表情をする青年と、腑に落ちたような表情を見せる少女という対照的な二人を尻目に、濃いめに淹れたブレンドコーヒーを一口飲んだ燕は自身の透き通った青いガラスの瞳を通して二人を見つめる。
「ことひらさんには言ってなかったね~。ー俺のこの左目は”未来が見通せる”んだよ・・・要するに未来を司る義眼でね。まあ、完璧ではないし、未来なんて移り変わるものだから絶対とは言えない。ーでも、可能性のある未来から集約して振るい分けて予想することが出来る。その補助的なモノがこの義眼ってわけ。」
信じられないというような音刃の表情にうららは困ったように笑っている。
(まあいきなり言われてもね~・・・。私も最初は信じられなかったし。ーでもこれで確信した。本当なんだ・・・。つばめ君の”未来視”って。)
燕の助手として約一カ月ほど携わっているので彼の青い瞳には不思議な力というものをうららは感じてはいたが核心には至っていなかった。ーしかし、うららはともかく音刃まで連れてきたことまでは知らなければ分からなかっただろうし、しっかりと茶菓子やらカフェオレまで用意し、さらには驚かせる用意までしていたのだ。何処か不思議な存在ではあるが幼い見た目のわりには大人びていてしっかりとしており、でも堅物でもなく、しなやかな精神を持っている謎めいた少年の燕にはいつも驚いてばかりいる自分がいたのは事実だ。そんな摩訶不思議な少年に失った記憶の中でどの人物を探しても答えが見つからず、自分自身の目で耳で行動でと導いた結果は・・・『つばめ君は”未来”を予言する不思議な男の子』というのが導き出されたのである。
「それで?俺に相談したいことって何?さすがの俺でもあきなしさん自身に起こった出来事は知らないから。」
うららが黙って二人を見つめていたので痺れを切らしたらしい。見た目のわりには苦いコーヒーを片手に微笑む不思議な少年と困ったようにうららを伺って見る幼馴染の姿に、彼女は最近の出来事を話し出した。

ー最初は自分にしか見えない”幽霊”なのかなとうららは考えていた。友達と下校をしていると背後から視線を感じ、背後をそっと見れば金髪で変わった服装をした女性が居た。なんとなく呆然と見つめれば彼女は哀しげな表情をして・・・そして消えてしまうのである。うらら自身、怖さというよりも驚きという感情の方が大きかったようだ。そして燕の助手になった際。彼から『演技力を磨いて欲しい。』そう言われた彼女は素直に高校に入ってから演劇部へ入部した。だが先輩への挨拶に向かおうと、部活で仲良くなれた友達と共に部室へ向かう途中の時にもそうだった。視線を感じ振り向けば彼女がいて、何故か涙を流していた。理由は分からないが声を掛けようとしてみれば、彼女は消えてしまうのである。
「ふーん・・・。そんな奇妙な事がね~?ーちなみにだけど、あきなしさんしか見えないの?その女の人。」
冷静に話を聞く燕にうららは首を少しだけ横に振ってから付け加えたのである。
「いや・・・。最初は私だけだったんだけど、音刃と一緒にいた時にもその人を見たからじっと見たの。そしたら音刃にも見えていて・・・。だからもしかして童話の世界の人なのかな~って。」
「まあ、見えたっちゃ見えたな。うん。ー俺だけかな・・・とか思ってうららに聞いてみたらうららにも見えていてホッとしたし。」
彼女の話に賛同するように彼も頷く。二人の様子を一瞥し残りのコーヒーを飲んだ燕は少し考え込む素振りをして言い放つ。
「なるほどね~。そしたら幽霊ってよりその世界の住人っていう線はかなり高いね。あきなしさんはさ、覚えてる?ー”童話の世界の住人はどういう条件を満たしたら見れるのか?”っていう説明。ことひらさんも居るんだから教えてあげなよ。・・・話はそれが終わってからにするから。」
「分かった!えっと~・・・。確か・・・?」
頭を唸らせて考え込むうららに何処か不安げな視線を向けた青年と少年がいる。
(こいつ・・・物覚えがあんまり良くないんだよなぁ・・・。)
(やっぱり俺が補佐すべきだったかな?)
彼女が思案して二分ほど経つ頃に再び痺れを切らした燕が口を挟もうとした。その時、思い出したようにうららは声を上げたのだ。
「思い出した!<その世界に関係があった者>か<その世界の住人と何らかの接触をした者>!だったよね?・・・そしたら私、あの女の人がもしも”赤ずきん”と出会う前から接触をしていたから、あんな事件に巻き込まれた・・・のかな?ツイテないな~私。」
自分の中で答えを見つけたうららに対し燕は小さく溜息を吐くのだがその姿は鈍感なうららや彼女に向けて説教をするような視線を送る音刃の前では気づかれなかったようだ。そんな二人を見てから空っぽになったコーヒーカップを見つめてから、彼はこのような回答を述べる。
「まあそういうことだね。あきなしさんは”赤ずきん”かもしくはその女の人との接触で。そして、ことひらさんはこの前の事件に巻き込まれて接触した”白雪姫”のせいだよ。ーでも童話の住人だって色んな性格を持っている人はたくさんいるよ?まあその世界の<人間>のような感じだしね~。あとね、あきなしさんに確認したいことがあるんだけど。」
「??何?」
疑問符を浮かべたうららに燕は彼女のまっ平らな胸を指さした。自身の弱点である平らな胸を隠す素振りをするうららに燕は盛大な溜息を彼女にお見舞いする。
「違うよ。ーその右胸の校章?ではないね。そのマークだよ。・・・そのマークは何?なんかのブランド?」
自由制服であるので自分の小遣いで購入したと思われる青と水色を基調とした制服には簡素ではあるが、見たことの無い紋章が刻まれている。

真剣な表情で燕に問い掛けられたのでうららは何かを思い出すようにして答えたのだ。
「ブランド・・・かな?そこまで高くないわりには安く買えるし、それに!デザインが可愛いから好きなんだよね~!って、このマークとその女の人に関係があるの?」
「関係があるから聞いてんだろ?な?つばめ君?」
音刃の問いかけに燕は大きく頷き二人に向けて説明を始めた。
「ことひらさんの言う通り。そのマークはあきなしさんにとっては好きなブランドであったとしても、その住人にとっては、あきなしさんにとっての”友好の証”、もしくは”忠誠の証”なんだよ?ーこの前俺が出した<悠久の魔女>の胸辺りにも記されていたしね~。・・・まあ彼女にもいずれ、協力してもらう機会があるだろうからなぁ・・・。」
そして目線を下に向ける燕に疑問符を浮かべた二人ではあったが、それに構わず燕はこのような言葉を紡いだのである。
「もしもその女の人に同じようなマークが記されていたらそんなに身構えなくてもいいよ。ーでも気を付けて。あきなしさんの”言葉”や”態度”次第で未来なんて簡単に変わるんだから。」
不思議な少年が真剣な眼差しで自身を見つめる姿がうららの脳裏に焼き付いたのであった。

ー"言葉"や"態度"次第で未来なんて変わるんだから。ー
帰り道。約束通り、燕からカップケーキを貰ってはしゃぐ音刃を傍目にうららは考え込んでいる様子だ。彼女は何処か大人びている少年ー燕に助手のバイトでの傍ら、彼がこのような言葉を口に出していたのを思い出す。
『”未来が見える”ってね、実は残酷だったりするんだよ。人間って確約された未来を望むでしょ?・・・でも未来が見えただけでどういう風になるかはその人次第なんだよ。ー確約されていると思うから人は安心してしまう。努力を怠ってしまう。自分の中で完結してしまう。・・・そうなったらもう終わりだよ。自分の安心出来る未来だと分かったとしても本当にそうなるかなんて分からない。逆に結果が良くなかったとしても、努力して成功を掴んだ者だっている。その”未来”を手に入れられる。ー俺が言えるのはその”結果”しか言えないこと。どういう風にして過程踏めば良いのかが分からないのが一番辛いよ。』
そう言って哀しげに微笑んだ少年の姿はとても寂しそうで、そして自分自身に、うらら自身に何か心当たりがありそうな気がして堪らないと思ったのだ。そんな険しい顔つきを見せている彼女が気になったのだろう。嬉々としていた青年がうららの顔を見てから心配するように声を掛ける。
「どうしたんだよ?そんな顔ふさぎこんでさ~?ーなんか思い当たる節があんの?」
「えっ!?うーん・・・?なんか、つばめ君の言葉が気になったというか・・・?」
珍しく考え込んでいる彼女が幼馴染に正直に話せば、彼は貰った袋の中からカップケーキを取り出して顔の前に見せたのである。
「そういう時こそ甘いものだ!ど~せそのカップケーキ、お前の兄さんにもあげるんだろ?ー借りとは言わせないから俺の奴食べろ。ーお前がなんか考え込んでる姿を見てると・・・なんか・・・こう!面倒だし!」
月明かりに照らされた髪色が彼の優しげな表情と相まってうららの心に響いていく。言い方は失礼ではあるものの自身を元気付けようとしてくれる音刃の姿を見てうらら自身も彼に応えるよう、月光に照らされ美しく輝くように静かに笑った。
「・・・ありがとう。音刃が居てくれて本当に良かった。」
普段とは違って慎ましく微笑む少女の返答に音刃は呆然としてから顔を下に向いてしまった。ーそれは彼自身が普段とは違う彼女の上品な微笑みに心を打たれてしまい顔が熱くなってしまったからである。そんなことなど分かってもいない鈍感すぎる当の本人は急に顔を背けてしまった青年を不思議に思う。

「どうしたの?音刃?ー急に顔逸らしちゃって。私なんかした?」
「・・・うるせぇっ!とりあえず食ってろ!バカ!!!アホ!!!」
「何よ急に~!?・・・変な奴。」
「お前の方が十分変だわ!!!」
意地悪にも急ぎ足にはなってはいるが実は彼女のことが心配で理由を付けて一緒に帰る幼馴染の優しい心にうららは救われる思いだ。ーだから願ってしまう。
(こんな風に幸せで<平凡>な日々が送れるのなら、悲しいけれど記憶が失っても、奪われても全然良いんだなぁって思う・・・。)
そんな彼女の秘めていた願いは残酷にも”突然”という形で届いてしまうのであった。

「ただいま~。」
玄関を開ければ暗闇が広がっていたので彼女は明かりを付けてからリビングへと入る。
「そういえばお兄ちゃん。『今日は残業するので夕飯はうららさんだけで食べて下さい』ってメッセージに届いてたな~。・・・何作ろう?」
そんなことを考えながら自分の部屋へと入ろうとするのだが・・・違和感を覚えた。暗闇で電気を付けなくても人の気配がしたのだ。月夜に照らされた神々しいほどの美しい金の髪色に緑を基調とした変わった服装の女性がー最近、自分がよく見かける人物が自室に現れたのである。突然の彼女の登場に驚愕したうららは自室を出ようとするのだが少し高めの可愛らしい声でこのように呼ばれたのだ。
「待って下さい!<マスター>!ー私は"アラジン"!ーあなたの・・・マスターの味方なんです。嘘じゃありません!見て下さい!ーこれがその証拠です。」
彼女が自身の引き締まって無駄のない右腕を見せればそれはうららにとっては”友好”、”忠誠”の証とされる紋章が刻み込まれていた。

月明かりに照らされて美しく微笑む彼女に、理由は定かではないが、自分の好きなブランドではあるものの何を象徴しているのかがさっぱり分からない紋章にうららは苦笑する。
(もう少しマシなブランドのマークを好きになれば良かったなぁ。ーこの人、凄く可愛らしくて美人なのに・・・。なんかもったいない。)
そんなうららの考えなど知らぬ女性・・・いや、金髪美人は冷や汗を掻いている彼女の様子に首を傾げているようだ。
「?マスター?どうかされましたか?ーやっぱりなんか手土産とか持ってくるべきでしたよね・・・?ーごめんなさい!いつも見てばかりいて。助けることが出来なくて。・・・言い訳は承知なのですが<アイツ>のせいでマスターを助けられずにいまして・・・。」
<アイツ>という言葉に彼女は激しく憎悪を抱くような表情をしていたのだが、状況があまり呑み込めず、そしてかなりの天然であるうららは彼女の表情に気づかない様子だった。そんな鈍感な彼女は突如として現れた女性、"アラジン"に対し質問を投げかける。
「えっと・・・?<マスター>とか<アイツ>とかよく分かんないんですし、なんで鍵がかかっているはずの玄関というか、窓に侵入できたのもよく分からないんですけど・・・。ーとりあえずあなたは私の味方なんですよね?」
いかにもストレートで素直なうららの言い方に彼女は呆然としてから軽く微笑んだ。
「ーふふっ。マスターのそういう所が私は大好きですよ?ーもちろん。あなたの・・・マスターの味方です。だって私がここに来たのは、あなたを助ける為に。マスターが<カギ>として利用される前に救いたかったからですから!」
再び聞いた<カギ>という言葉に疑問符を見せるうららではあるものの反応など気にせず女は言葉を綴らせた。
「マスターが願ってくれたから私はここに来られて、話せたんですよ?ー願ったでしょう?”<平凡>な生活を。幸せな生活を送りたい”って。」
幸せそうに微笑む女ではあるがうららは何故か悪寒をしてしまった。自分の何かが、頭の中で警報のアラームを鳴らしているのだが・・・それでも願ってしまった。確かめるように口に出してしまったのだ。
「願ってます。ー<平凡>で幸せな生活を・・・。」
うららの瞳に光が失われていくと眠るようにゆっくりと上体を崩していくが床へと堕ちる前にアラジンが少女を優しく抱き留めた。
「マスター。大丈夫ですよ?・・・あなたを利用させませんから。<アイツ>なんかに。」
不敵な笑みを零した女は月光が照らされた室内から眠っているうららを軽々と抱き上げたのであった。

古い紙切れを燕はなんとなく見つめていた。英字が綴られている文章には謎の空間が空いており上辺の題名を燕は読んでみる。
「”ALADDIN”ー”アラジン”・・・か。」
すると燕の青いガラスのような左目に光が走った。突如として流れ出た映像には眠っているうららと、彼女を抱きかかえ愛おしそうに見つめる金髪の女性の姿が見えたのである。ーそして、これから待っている未来でさえも。二人の、いや、眠っているうららのその先の未来を見てしまった燕はとてつもない焦燥感を抱く。
「まずい・・・。あきなしさんがこのままじゃまずい。ー厄介なことになったな・・・。」
頭を抱えどのように先手を打とうかと考えようとした時、ふと先ほどの古い紙切れをもう一度取り出して見つめる。すると彼は思い出したように答えを導き出して言い放つ。
「ーランプの精霊よ!!!我の願いを!三つの願いを叶えたまえ!!!」
紙が輝きだして現れたのは小さな幼女であった。だが顔つきは何処か大人びている。ーまるで自分とよく似ていると思ってしまい燕は苦笑した。そんな少年に対し精霊は指を三本立てて笑いかける。
「ああ・・・。そうだよね?えっと・・・、じゃあ一つ目の願いは・・・。」
すると精霊は首を横に振った後に口から煙を吐き出した。ー現れたのは黄金に輝くランプで、突然であったので驚いたものの、それを見た燕は何かを気付いた様子である。
「なるほどね~。ランプをこすってから願い事を言えってことね?ー了解。」
笑顔で頷く幼女に笑いかける燕は輝くランプを抱いて優しくこすりながら願いことを一つ。
「その世界の、童話の世界の住人にー”アラジン”に攫われてしまった少女を助ける為のヒントを・・・俺に下さい。」
凛とした静かな声で燕が唱えればランプの噴出口から煙が一気に噴き出した。轟音と共に現れたのは・・・攫われた少女の幼馴染である琴平 音刃であった。
「えっ・・・?なんでことひらさんが?」
「あれ?なんで俺の前につばめ君・・・が?俺、疲れて・・・寝たような気がしたんだけど?」
両者ともに驚いた様子ではあるがランプの精霊は明るい笑顔を見せている。
しかし音刃が驚いていたのはそれだけではないようだ。
「寝間着から制服になってるのもそうだけど・・・。ーなんでヴァイオリンがあんの?」
音刃の言葉に燕は目を見開き彼の傍に転がり込んでいたヴァイオリンを手に取ると傷付かないように注意を払って彼に手渡したのだが、先ほどとは違って焦った様子の燕を見て音刃は少年に尋ねる。
「状況は分からないけどさ、どうかしたのか?ーなんかつばめ君、凄く焦ってる・・・よな?」
様子を伺う音刃に燕は青ざめた表情見せてから顔を伏せてしまう。そんな少年の様子に疑問を抱く音刃で少年は泣き出しそうな声でを抑えるかのように絞り出した声を上げる。
「ーあきなしさんが攫われた。誘拐されたんだと・・・思う。」
驚いて声にした音刃をよそに燕は壁に拳をぶつけ後悔の念を抱いた。
「俺が見た未来ではあの人が!ー”アラジン”があきなしさんに危害を加えることは無いって!その可能性の方が高かったから・・・俺は過信してたんだ!自分にいつも言ってるのに!あきなしさんにだって言っていたのに・・・。」
身体を震わせた小さな少年の様子を見たからかもしれない。どうしてこうなったのかは音刃は分からないままであるが彼は少年の頭を強く撫でた。突飛な行動に驚く燕ではあったが見上げれば太陽のように眩しく輝く笑顔がそこにあった。
「つばめ君言っていたじゃん?ー『”言葉”や”態度”で未来なんて変わる』ってさ!今、反省したんだから、あとはあいつをーうららを助ける手立てを考えればそれでいいじゃん?・・・あんまり自分に対して厳しくすんなって!ーまだ<子供>なんだし?」
<子供>発言に燕は少々イラついてしまったが音刃の笑顔と彼なりの温かい励ましは燕の冷たく彩られた心の隙間に深く入っていくような気がした。だから少年は、小さく、そして、か細い声で音刃に礼をしたのである。彼に謝られた青年は可愛らしい少年の一面を見たことでこのようなささやかな感情を抱いてしまう。
(ちょっと可愛かったから写真とかに収めれば良かったな~・・・。)
そんな青年の考えなど知らずに燕は再びランプを優しくこすってから唱えた。
「ー何故、ことひらさんがここに現れたのかを教えて下さい。」
すると今度はランプの精霊が燕の肩を少し叩いてから音刃が背負っているヴァイオリンを指さしてにっこりと笑った。ー燕は何かを閃いたのだろう。首を傾げている音刃に向けて質問を投げかけた。
「ことひらさん。ーヴァイオリンを持ってるってことはあらかた弾けるってことだよね?」
「・・・?まあ、大体の曲は。」
突然の燕の質問に疑問符を浮かべつつ頭を掻いて答えた青年に少年の色の違う両目が見開いてから彼は口に出した。
「うん。ー繋がった。」
「・・・へっ?」
燕の考えなど知らない音刃ではあったが先ほどの険しい表情とは違い何か策があるような少年の笑みに不思議と安堵した。ー窓から照らす月夜に燕は決意を込めた拳で言い放つ。
「あきなしさんを助けだす!」
そんな少年の凛とした声にランプの精霊と青年は少年の意気込みに優しく微笑んだのであった。
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