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第1章 奪う者と奪われた者

第5話 <カギ>とは何かと感じて・・・。(中編)

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ーふと気づけばリビングに居た。そして兄である春夏冬 麗永(あきなし うるえ)と幼馴染である琴平 音刃(ことひら おとは)の二人が揃って自分を見つめていたのである。先ほどの状況とは違った光景に彼女は戸惑いを隠せないでいた。
「えっと・・・。あれ?私さっき部屋に居たし・・・?それに、音刃はともかく・・・なんでお兄ちゃんが居るの?お仕事は?」
挙動不審となっている少女ー春夏冬 うらら(あきなし うらら)の問いかけに彼女の兄は溜息を吐いてから優しげな表情を浮かべる。
「何、寝言を言っているんですか?ー今日は仕事を休んだんですよ?うららさんの為に。」
「・・・私の為に?」
さらに疑問を浮かべる彼女に音刃は太陽のような笑みを彼女に向けて言い放つ。
「だって、お前の誕生日だからお前の兄さんと俺で祝おうって決めてたじゃん!・・・お前がそう"望んだ"から。」
幼馴染の言葉に少女は驚いて目を見張る。
("望んだ?"ーどういうこと?)
首を傾げ困惑するうららに二人も首を傾げてから気を取り直すような態度を取る。
「まあまあ!とりあえず!なんか食べに行こうぜ?俺、腹が減ったからさ~!」
音刃がうららの手を取ってにっこりと微笑んだ姿をうららは呆然と見つめる。彼の優しげに笑う表情に、彼女は嬉しい気持ちになるなか、そんな妹を見る麗永も先導するように言い放ってから軽く笑う。
「それじゃあ行きましょう!・・・楽しむ"時間"なんてたっぷりあるんですから、まあ気楽に。ー音刃君もあまりはしゃぎすぎないで下さいね?」
「はーい!」
元気よく返事をして音刃に手を引かれて、麗永に笑い掛けられて、彼女は幸せな気持ちになっていた。何故このようになったのかは分かっていない。・・・だが二人が・・・いや、音刃と麗永が居てくれた。そして笑顔でいてくれたことが彼女の幸せであった。
(私の誕生日を祝ってくれて・・・笑顔でいてくれて。ーでも、ちょっと待って。・・・私の誕生日?・・・誕生日?)
記憶は失ってはいるが、兄から誕生日だけは教えてくれたのでうらら自身は自分の誕生日だけは分かっている。だから彼女は不思議に思い二人に声を掛けてから、自身の疑問を伝えるのだが・・・幼馴染の青年から突拍子も無い答えが返ってきたのである。
「何言ってんだよ?・・・毎日、誕生日じゃん?お前。」
「・・・はい?えっ??」
突如として表れた言葉に驚いて目を見開く妹の姿を見た彼女の兄、麗永は不思議そうな表情になってから微笑んだ。
「彼の言う通りですよ。・・・毎日が誕生日なもんじゃないですか?うららさんは。ーどうして忘れてるんです?」
さも当然かのように言い放つ兄の心情を妹であるうららでさえも理解が出来ないでいるが、そんなのお構いなしに二人はうららを玄関まで連れ出すのだ。
「ほらほら~!主役はとっとと笑顔になって俺についてこーい!って、俺、金が出せないけど・・・。」
「琴平君。大丈夫ですよ?僕が出せますから。ーさあ、うららさん。行きますよ?」
言っていることは意味が全くもって分からないが二人の態度が普段よりも優しく、そして、微笑みかけられたおかげで彼女は元気よく外へと飛び出したのである。
(よく分かんないけど・・・。でも、いつもより優しいお兄ちゃんにあったかい笑顔を見せてくれる音刃。ーすごく、すごく幸せだな。<こんな日が続けば良いのに・・・。>)
麗永と音刃の二人に笑みをこぼしているうららの幸せそうな姿を・・・一人の少女が電信柱の上空にて静かに微笑んで見守っている。ーボブくらいの金色の髪を片方だけ結った緑を基調とさせた服装を着ている風を纏わせた不思議な少女・・・。彼女は長い裾に忍ばせていたジャックナイフを取り出して再び微笑んだ。
「マスター。・・・あなたの願いがちゃんと叶ったらー私の願いも聞いてくれます・・・よね?」
幸せそうに笑っているうららを離れて見守る少女は立ち上がり、とある写真を取り出す。ーズタズタに切り裂かれているとある青年の顔写真を、少女はナイフで顔周りをなぞってから思いっきり引き裂いたのだ。・・・哀愁と憎悪に満ち満ちた表情を少女が見せて言葉を紡ぐ。
「<アイツ>は絶対に・・・絶対に許さない。たとえマスターが<アイツ>を願ったとしても・・・。」
引き裂かれた写真の破片には青く輝いた瞳が映し出されていた。


音刃は現在考え込んでいる。その理由の一つは少年・・・柊 燕(ひいらぎ つばめ)が意を決したような表情を浮かべているのだが教えてくれないこと。そしてもう一つは・・・。
「どうやってうららを助けるかって事だよなぁ~?しかもランプの精霊を使わずに・・・だろ?」
少年を伺っている青年の言葉に彼は視線さえも向けずに返事をする。
「・・・うん。」
「じゃあどうすれば・・・?」
本来であればランプの精霊に三つ目の願いとして"うららの居場所を教えろ。"というように唱えれば済むのだが・・・音刃が唱えようとした瞬間、燕の青い瞳が輝いたかと思えば突然、彼が音刃の口を塞いだのだ。何事かという思いもあったので少年の方へ振り向いてみたが、彼は血相を変えてとても焦っている表情をしていたので聞けずにいる。
願い事を唱えなかったので、ランプの精霊が煙のように居なくなった。残ったのは苦悶した表情を浮かべている少年と、こちらも苦悶して考え込んでいる青年であり、二人は黙って考えている・・・という状況である。
考えが思い付かず手当たり次第探そうという思いに至った音刃ではあったのだが・・・今まで言葉をあまり発さなかった燕が何かを決めたように深く息を吸い込んでから吐き込んだ。
「・・・ことひらさん。ちょっとごめんね。ー俺、今から"意識"だけだけどちょっと行ってくるから。」
「??"意識"って・・・?それってどういう意味?」
不思議そうに燕を見た音刃に燕はふわりと笑って告げたのだ。
「まあ、意識だけ飛ばすって意味で。ー大丈夫。必ずあきなしさんを見つけ出して助け出す手掛かりは貰っておくからさ。」
「???」
燕の補足する言葉でさえも意味が分からないような表情をした音刃に構うことなく、少年は佇んでから目を閉じて願った。
(ーお願いだ。出て来てくれよ・・・?)
音刃が自分を呼び掛けているが彼に構わず集中して二つの眼(まなこ)を深く閉ざせば・・・暗闇の中に自分自身と、そして、もう一人の人間が居た。艶やかな黒髪を一つに結い中華服を着ている右目だけ青く輝いた瞳をしている青年。・・・彼は自身よりも背の低い燕に向けて凛とした声で問い掛ける。
「また来てどうしたの。また何かを欲しに来たの。・・・その代わり、僕に何をくれるの。」
声の高低などを一切捨て淡々と話しかける青年の姿を見て、彼と打って変わり少年の姿をした燕は何かを伺うように真剣な表情を見せる。
「逆に聞くよ。ーお前は何が欲しい?俺は自分が死ぬ以外、でも、自分の願いが叶えられるのなら、お前の願いと俺の願いが同等で、それだけ見合っている条件を満たせられるのであれば・・・なんだってくれてやるよ。ーなあ?"人形姫"?」

燕と同じく佇んでいる青年・・・"人形姫"は彼の言葉を聞いてから作られたようにぎこちのない笑みを浮かべる。最初に出会った頃とは違う彼の姿と行動に燕の青い左目が輝いた。青年のその先の発言と行動をを読み取った燕は深く溜息を吐いたのである。
「なるほどね~。・・・今度は"感情"を貰いたいってか?ーさすがだな。・・・"人魚姫"をもじって名前を変えただけはあるね。・・・話でもそうだもんな?ー好きになった奴が人間だった。だから人間になりたくて、自分の泳げる尾っぽを捨てた代わりに、人間の脚を手に入れた・・・。ーまるで俺やお前みたいだな。」
少年の燕と雰囲気が何処となく似ている"人形姫"。恐らく彼は、何かの願いと共に燕が彼に差し出した燕自身なのかもしれない。ーだがそれでも燕は何を欲したのかは謎のままではあるが、少年の"未来視"を司る青い左目を通したのにと関わらず、驚いた表情でさえも見せない人形姫は、燕の予知通り、少年に近づいてから目線を合わせるようにしゃがみ込み、彼の頬に触れた。
「うん。欲しい・・・のかな。分からないけど。ー僕には"感情"が無いから、燕がくれた<モノ>を使っても実感?さえも湧かないんだよ。ー僕は"感情"を持ってみたい。そしたらどうなるのかなって。・・・くれるんだったら、それと同等の願いを叶えても良いよ。」
ぎこちない作られた笑みを見せる人形姫に燕は口元を緩ませる。
「言ったな?俺がそれを払えば教えてくれるんだな?」
「もちろん。僕は嘘がつけないからね。・・・まあ、そういう複雑な"感情"も簡単な”感情”も無いからつけられないんだけど。」
淡々とロボットのように話していく彼ではあるがうららの未来が見えている燕は話を簡潔に済ませる為、焦りを入り交ぜた(まぜた)表情を向ける。
「そんなことは良いんだよ。ー俺はお前に"感情"を払う。だから用件を飲んでもらう。・・・それで良いか?」
「いいよ。じゃあ、用件は何。」
相も変わらず淡々と話し込んでいく青年に燕は深く息を吸い込んで静かに放つ。
「あきなしさんを・・・、春夏冬 うららが今、何処にいるのかを教えて欲しい。助けたいんだ。」
彼女の名を聞いた青年、人形姫はぎこちない笑みから冷たく彩られた表情を飾り少年に問い掛ける。
「ーどうして君がこうなってしまった愚かな根源・・・<カギ>を助けないといけないの。ーあんなの、感情を持ったただの道具に過ぎないのに。」
無表情で無感情ではあるが青年に質問された燕は困った表情を見せてから笑ったのだ。
「たとえそうであってもさ、関わっていくうちに情が移るんだよ。ーお前だって今は心が・・・いや、"感情″が無いから分らないだろうけどさ。その人を知っていけば憎かろうが何だろうが特別な何かが・・・″感情"が生まれるんだよ。ーそれが人間って奴なんだから。」
哀しげに笑う燕に人形姫は眉をぎこちなくひそめて、つまらなそうな表情を見せた・・・ような気がした。そんな彼は燕の頬から額を触り、今度は大きく自身の額を彼の額に合わせるように頭を強く打たせた。容赦のない痛みに燕は悲鳴を上げるがそんなことなど構わずに彼はとあるモノを欲した。
「ー僕の名前が欲しい。ー燕が。君が決めて良いから。」
「はぁ?何で急に?」
突然の申しつけに訝しむ燕に対し彼の手を取ってから人形姫は抑揚の無い声を発するのだ。
「ちゃんと約束は果たすし願いも叶えるから。ー良いでしょ。」
理由は人形姫である本人には分からないかもしれない。だが燕は何かを察したかのように彼に目線を向ける。ー自身と同じガラスのように輝く青い瞳はとても美しく見えた。
「・・・じゃあ、望(のぞむ)だ。お前は分からないとは思うけど、お前自身がそれを望んだのだから・・・。大丈夫。俺がお前に”感情”を渡せば理由は分かるかもしれないしね?ーそれじゃあ、よろしく頼むよ?」
”感情”のある状態で最後に優しげに微笑む燕を見て人形姫・・・改めて、望は名残惜しむように少年の小さな手を強く握った。
「ー分かったよ。燕。・・・君の行く末を、僕はいつまでも見守っているから。」
ー瞳を閉じた二人は白い光に包まれた。

・・・目を開ければ音刃が自分に焦るように声を掛けていた。心配を掛けさせてしまったようだが、燕自身は何の感情も湧かないでいる。しかもそれが名残惜しいかさえも感情を失ってしまった自分には分からないでいた。どこか遠くを見つめ表情の無い燕の様子に音刃は違和感を抱く。
「つばめ君?さっきから呼んではいたけどさ。ーなんかあったのか?」
心配の念を抱いている音刃に笑いかけたいのだが心の底から彼を安心させられるような笑い方を燕は出来なくなった。ーだがそれでも彼は無理やり作った笑顔を見せるのだ。
「別に平気。意識の中で人と会っただけだから。ーそれよりも、あきなしさんの居場所が分かったよ。」
「!!?マジで?どうやって?!」
驚く音刃に燕は顔を隠すようにして人差し指を立てる。

「それは企業秘密。ーとりあえず行こう。彼女の身が危ない。」
「あ・・・ああ。」
先導を切って走る燕の様子に違和感や疑心感を抱く音刃は抱えているヴァイオリンの入っているケースに気を付けて考えていた。
(なんか違う気がするんだよな・・・。なんでだろう?)
そんな気持ちを抱えた音刃など知らずに二人は現場へ急ぐのであった。

少しリッチなパスタ屋にて、うららはアツアツのカルボナーラに舌鼓をしている最中であった。なんたってカルボナーラソースである生クリームがとにかく濃く、振りかけられたルコッタチーズと半熟卵のとろりとした三重奏はなんとも絶品だ。そしてパスタは生パスタであるからか、もっちりとした弾力でとにもかくにも逸品としか言えないのだ。お腹が空いていたのか美味しそうにがっついて食しているうららに兄は溜息を吐く。
「女の子なんですからそんな下品な食べ方をしないで下さいね・・・?ー直さないでいるとケーキ、頼みませんよ?」
マナーに厳しい兄に妹のうららは急いで口に含んでいたパスタを冷水で流し込み口元を優しく拭いてから、スプーンとフォークを使って上品に食すようにした。妹の様子を見た兄の麗永は軽く微笑んでからボンゴレを口にする。対照的な二人の兄妹にアラビアータを慣れた様子で上品に口にしていた音刃は軽く笑っていた。幼馴染の突然の笑いにうららは疑問を抱く。
「???何で笑うの?そんなに変だった?」
少しムッとしてしまううららに音刃は訂正するように伝える。
「違うよ。ー美味しそうに食べるからなんか良いなって思っただけ。」
「・・・ふ~ん?そっか。」
「まぁまぁ。気にせずに食べろって。」
そんな彼自身も麗永と仲良く話しながら食していた。普段であれば嫌味やら冗談やらを言う幼馴染の妙に優しい態度にうららは疑問を抱いたので口元を優雅に拭いている兄に小声で問い掛けてみる。
「なんか音刃さ~。妙に私に優しくない?・・・一応、今日は私の誕生日?だって言うけど・・・普段からこんなに優しくないよ?」
少し顔を顰(しか)めているうららに麗永はさも当然かのように言葉を発する。
「?何を言ってるんですか?ーうららさんが彼に<優しく>してほしいと。ー<笑顔>を見せて欲しいと願ったから彼が実行しているだけですよ?・・・それに私もです。」
「ーえっ?」
驚いて目を見張るうららに兄は微笑んだのだ。
「うららさんが誕生日を祝って欲しいと。ー<僕(麗永)がいつもいてくれたらな>と望んだから僕はここにいるんですよ。ーうららさん。今のあなたは何でも望めるんです。」
自分の兄はいつも難しい言葉ばかりを言っては厳しいことを言うし、しかも、今は亡き親のように説教さえもしてくるのだが・・・今日の兄は普段と違って優しくはあるが、逆に意味の分からぬ言葉を綴って自分に話して掛けている。ー普段とは違う。いや、自分の望んでる兄や幼馴染の言葉や行動はどこか甲斐甲斐しくいからか逆にうらら自身を不安にさせた。二人がニコニコと機械のように、感情が”喜ぶ”というだけ入れられた人間のような恐怖感と居心地の悪さを感じた彼女は話を逸らすことにする。
「なんか、二人とも変だよ?-あっ!そういえば!<つばめ君>は?どういう意味なのかはよく分からないけど!私が<つばめ君>を望めば」
「「それは駄目。」」
「えっ・・・?」
言葉の途中で言いかけていると麗永と音刃が嫌悪感を表した表情をして言い放つ。普段よりも冷酷で憎たらしさをはらんでいる二人にうららはおそるおそるという風に言葉を口にする。
「なんでよ?二人してさ?お兄ちゃんだって音刃だってつばめ君となんだかんだで仲良いし!つばめ君を望んだって」
「「駄目だ。それは出来ない。」」
恐ろしく冷たく放たれる二人の声にうららは叫んで望んでしまった。
「・・・なんでよ!!?お兄ちゃんと音刃のバカっっっ!・・・あーあ!これが<夢>だったらなぁ~!」
すると彼女の<夢>という言葉に呼応するように辺りが暗闇に落ちてしまった。ーなんと彼女のふとした願いが現実となってしまったのだ。自分しか見えない暗闇の中で麗永と音刃の二人を探すうららにとある声が耳に届くのだ。
『あーあ。・・・ずっとこの<夢>の中で眠っていれば良かったのに。』
二人ともう一人、少女の声がしてうららは背筋を凍らせたのであった。

(・・・頭が痛い。それに・・・なんか寒気がする。というより、寒い。)
深く閉じていた瞳をゆっくりと開ける。中が薄暗く自分の姿でさえもはっきりと見えずにいるのでうららは片手で壁をなぞり・・・驚いた。
「!!!うわっ!つめたっ!ーもしかしてここ・・・?どこかの冷蔵室・・・?なのかな?とりあえず電気を・・・。」
寒かったのはそのせいかと合点はいくが気付いてしまえばさらに凍えるように寒いので、うららは両手を吐息で温めながら壁に手を当てて進んで行く。真っ暗では無いが恐怖感はあったので誤魔化すように、彼女は某国民的アニメの明るい歌を歌いながら進んで行った。
「あんなこといいなぁ~。で~きたぁらぁ~いぃぃなぁぁ~。あん~なぁゆめぇ~こんなゆぅめぇ~いっぱぁぁいあ~るけぇどぉぉぉぉ。」
・・・もしもこの場に兄の麗永が居れば、普通の人であれば爆笑必死の彼女の音痴を宥め(なだめ)つつ『たとえうららさんが気にしなくても、僕はとても心配ですから、一曲でも、少しでもマシに歌える歌を作っておきましょう。』と涙ながらに言うであろう。そんな兄の心配など知らぬうららが歌っていると楽しげに明るく笑う声が聞こえたのだ。驚きと恐怖で視線を向ければ薄暗いが分厚いドアがあり、隙間から白い明りが木漏れ日のように少しだけ放っている。うららは再度、両掌(りょうてのひら)を吐息で温めてから冷たい壁を触っていけば、ボタンのような大きな突起に触れたのでうららは恐怖で自身の頭を考えぬように目を深くつぶってから強く押した。ー自動ドアのようにスライドして開け放れたドアから眩しい光が溢れ出す。そんな状況の中でうららは少しずつ目を見開けば・・・金髪の少女が居たのだ。ー外よりも寒く冷気が張りつめているのにも関わらずほとんど半袖の状態で。ケラケラと楽しげに笑っている少女にうららは自分の歌を馬鹿にされたことにムカついた・・・のでは無く、少女の寒々しい格好を見て青ざめてしまった。自分の心配をよそにうららは彼女に近寄り声を掛けた。
「あの・・・?大丈夫ですか?その格好で。ー私の上着貸しますから!これで寒さを凌いで(しのいで)下さい!」
自身の制服の上着をふわりと彼女に掛ければ、彼女は驚いた表情を見せてから優しく微笑んで溜息を吐いた。

そんな彼女の様子に不思議に思ううららではあるがそんなのお構いなしに彼女は突然うららを抱きしめたのである。突然の行為にうららは離れようとするのだが金髪の少女は強く抱きしめるのだ。
「ーもう!マスターってば!・・・普通なら怒るのに。私がマスターの歌で笑っていて普通ならもっと怒るのに・・・どうして私に上着を掛けてくださるんですか?」
「??どうしてって。ーだってあなたがとても寒そうに見えるからですけど?」
「あなたじゃなくて”アラジン”ですって!ーでもどうしましょう・・・。決心が鈍るなぁ・・・。」
今度は深く溜息を吐いて哀しげな表情を見せるアラジンはうららに掛けてもらった上着を彼女に掛け、自身の腕から解放させた後に後ろ手に組んで室内を歩き回る。ー彼女の豊満な谷間はまな板である銀髪の少女にとっては笑われた自身の歌よりも憤りと怒りを感じた。
「私・・・。マスターを殺そうとしたんですよね~。」
「・・・!!はい?」
突飛だが"殺す"という恐怖にうららは彼女から少し離れるのだが察したように彼女はうららに向けて何かを飛ばした。ーうららがそろりと視線を向ければ壁には銀色に光るナイフが突き刺さっていた。冷や汗を浮かばせたうららに少女は話を続ける。
「ー正確には永眠。まあ、私の能力でマスターが望んでいる<夢>を見させてから・・・それから殺そうとしたんですよ。まぁ案の定、マスターは私の世界の<カギ>だから私の術を破ってしまいましたけどね?ーでも、私。決めていたことなのに・・・なんか”決心”が揺らいでいます。」
「・・・”決心”?それって・・・?どういう意味で・・・すか?」
気付かれぬようにアラジンとの距離を少しずつとるうららに彼女は目を伏せて言い放つ。
「こっちの世界のマスターの方が優しくて・・・想ってくれるから。たとえマスターが私・・・いえ、私たちを捨てた<創造主>であったとしても。ー大事な<カギ>だとしても。」
<創造主>に再び現れた<カギ>という存在にうららは気にはなったがそんなことよりも身の安全だ。うららは遠くを見つめて考え込んでいる少女・・・アラジンの目を盗みドアから出てから声を発したのである。
「おまわりさーん!!!助けて下さい!!!ー怖い人が!」
うららが大声で呼びかけ手を振る姿を見てアラジンは目を見張った。
「・・・!?そんなはずは?!ーここには人は入れないはず・・・?」
するとアラジンはうららが呼びかけた方向に足早に進み腰に隠している短剣を構えて見てみれば・・・人一人も居なかった。呆然とする少女はうららの迫真の演技と逃げ足の速さに二重で驚いて微笑んだ。
「・・・私の願いはまだ叶っていないのに。ーでもこれで決心が鈍らなくなりました。私はあなたを、マスターを殺して元の世界に戻ってマスターと仲良く暮らせるように努めます。・・・たとえあなたがそれを望まなくとも。」
恐ろしい言葉を言い残しうららを探すアラジンの姿を物陰で隠れていた彼女は冷や汗が止まらずにいた。ーだがそれでも彼女の・・・うららの強い所はどんな状況であっても”生きる”という願望とその行動なのかもしれない。うららは薄暗い部屋の中で足音を立てずにゆっくりと着実に進んで行く。先を進んでいくうちに何かに躓き(つまづき)懐に入れていたスマホのライト機能で照らしてみれば・・・階段が続いていた。うららは凍えるような寒さの中で必死に思考を巡らせる。
(あの子は恐らく”童話の世界の住人”だ・・・。だから警察の人に言ったとしても私しか見えないだろうし。ーだったら!)
階段の傍に寄ってからうららはメッセージアプリにて地図情報を自身の兄である麗永と幼馴染の音刃に送り『助けて』と一言添えてから送った。充電はあと数パーセント。兄から『こまめに充電するように。』という風に言われていた言葉を思い出しては今度からは・・・という風に思ってしまう癖を本当に直さないとなとうららは深く反省をしながら先ほど見た地図アプリで自分がどこに居るのかを見てみた。
(ここは・・・?私の家からも離れてるな・・・?それに、やっぱりここ、工場の冷蔵室なんだ。ーとりあえず階段を上ってみて・・・。)
「ーねぇ。」
「!!!??ヒィっっっ!?」
突然声を掛けられて背後を少しずつ見てみれば・・・スマホから溢れ出る光から真顔の少年と青ざめて腰を抜かせている青年が居たのだ。
「うぎゃーーーーーーーー!!!!」
「あがぁーーーーーーーー!!!!」
「・・・あんたらうるさい。」
恐怖で顔と声を歪ませるうららと音刃の姿に彼らよりも小さな少年はうんざりとした表情で両耳を塞ぐのであった。


階段へと上っていくうららは気が抜けたのか自分の背後にぴったりとくっついている幼馴染に小声で話しかける。ーちなみに怖がっているように見える本人からは『うららが怖がりだから俺が守っているだけだ!』そう言って彼女からは離れないのであるが・・・。
「ねぇ音刃?ー私のメッセージ見て来てくれたの?・・・それにしては凄く早く来てくれた・・・ね?」
彼女の声でさえも少々驚いている幼馴染に呆れるうららではあるがそんなことはさておき。音刃は息を整えてからか細い声で紡いだ。
「いや・・・。俺がお前の通知は見てないぜ。ーつばめ君が案内してくれたんだけど・・・、それにしてはなんか変なんだよな・・・?」
「変?どういうこと?」
すると音刃は顎に手を添えてから静かな声で言い放つ。
「ーなんか妙に無表情?というかぎこちない?というか・・・”感情”が出ていない気がしてさ。ーまぁ、俺の勘違いかもしれないけど。」
音刃が顔を青ざめつつも微笑んではいるものの確かに先ほどから喋らずに先に立って進んでいる燕の表情は・・・暗くてよく見えないが何も感じさせない・・・”無”に等しく思えた。
(なんか・・・。ーいつものつばめ君とは少し違う・・・ような?)
そんな思いを抱きながら階段を進んで行けば、先を見れば薄い光が降り注ぎ周囲を照らしていた。うららは喜びをみんなで分かちあおうと前へと出ようとした・・・その時であった。燕の青い左目が輝いたかと思えば彼は突然うららの手を取って自身の体に沿わせたのである。
何事かとうららが思えば横から何かが飛んできて・・・音刃をスレスレで通り抜け壁に激突した。うららと音刃が視線を向ければ・・・錆びれた鈍器が床に転がっていた。
「あ~あ。せっかくマスターをそこまで痛めつけること無く出来たのに。ーやっぱりお前のこと、本当に嫌いですよ。ー大嫌い。」
音を立てて現れたのは右手にジャックナイフを携えているアラジンであった。恐怖で怯えるうららと音刃・・・いや、青年を見て彼女は再び嫌悪感を漂わせる。
「・・・しかもどうしてマスターの隣にあなたが?ー居てはいけないあなたが居るんです?まあ、この金髪はともかく・・・お前だけでも殺しておけば良かった。」
「・・・・・・。」
状況が分かっていない音刃ではあるが二人を守るように小さな少年が凶器を持つ少女の前に立ちはだかった。
「そんな物騒なモノ振り回しているあんたもおかしいよ。・・・アラジン。」
燕に名前を呼ばれた少女は顔を青ざめてから持っていたナイフを燕に向けて放たせる。少年はとっさに身を捩らせた(よじらせた)のだが・・・燕は左頬に刃物を掠めて(かすめて)しまった。
「!!!!つばめ君!」
ポタリと流れ落ちる血を拭った燕心配をするうららに向けて作られたように笑った。
「ー大丈夫。俺は大丈夫だから。あきなしさん。」
「・・・・・・。」
やはり燕に対し違和感を感じるうららではあったが彼女の心配をよそに、少年は下駄を鳴らしながらアラジンと、ある程度距離をとる。燕がうららに心配をされたのが気に食わなかったのか?アラジンは憎たらしげな視線を少年に向けた。
「マスターに心配されるなんて・・・。やっぱりお前は本当にムカつきます。ーこの<裏切り者>め!」
憎悪に塗れた(まみれた)表情で怒鳴りつけるアラジンの態度に冷や汗を掻いているうららや音刃に対し、彼女の言葉など気にせず足を上下に開き肩幅に広げ、燕は拳を構えて戦闘態勢になる。そんな彼の素知らぬ態度に憤りを見せる金髪の少女、アラジンもナイフを両手に構えた。ーそして二人は言い放つ。
「ーお前を倒す。」
「お前を殺す!!!」
うららと音刃などそっちのけで二人は駆け出したのであった。


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