飢えた蝶

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

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*《隠した思惑》

 空は相変わらず曇天に染まっていた。聡太は歩きながら灰色のレンガ通りの階段を下って行くとバタバタと走り出す足音が聞こえて来た。「待ってくださいっ、聡太先輩っ!」声の主はお節介な蝶番であった。あまり今は目にしたくない端正な顔であった。
 「なに急に?」わざとそっけない声で今にもその場から離れようとする聡太の腕を掴んで蝶番は自分の元へ引き寄せた。呆気に取られる聡太に蝶番はまさに真剣そのものの顔立ちをしたのだ。「蒼葉様は聡太先輩を心配しているんですっ!」聡太の両肩を掴んで蝶番は聡太の目を見るが、聡太の顔はうんざりとした目をしていた。
「でも幸せにすることが青い蝶の仕事なんだろ。それが心配だ、なんて余計なお世話だ。お前らの都合だろ」
「違いますっ! 俺は本気で、蒼葉様も本気で聡太先輩を心配しているんですっ! もしもあの死神の四季に取り込まれたかと思うと、――俺は一生後悔します」
 まるで本気で心配しているかのような蝶番の言葉に聡太は心を動かされそうになる。だがこれもまた仕事の一環だと思うと寂しくて、切ない気持ちになる。だから聡太は目の前に居る幸福な蝶を突き放したくなってしまう。「良いから離せ。痛いから」
「嫌です。聡太さんが生きようって誓うまで、……――俺は離さない」
「ひぅっっ……!?」
 今度は抱き締めに掛かった。耳元で囁かれる甘い言葉が弱い耳朶に響き渡る。聡太は可愛らしい声を上げていた。しかも不覚にもだ。「え、い、今のはっ、ちがっ――」
 すると耳朶から熱くねっとりとしたなにかが這って来た。わざと耳元で淫猥な音を奏でる様子は聡太の下半身を熱くさせる。そんな聡太に蝶番は耳の中へ舌を這わせたかと思えば、リップ音を奏でた。
「やっ、めっろ……、きもちわる、い……」
「嘘つき。嘘つきで言うことを聞かない子にはお仕置きです」
「なっ、なに馬鹿なこと言って……?」
 聡太の華奢な身体を弄る野生の蝶が居た。茶色の蝶はか弱い人間の身体に触れて過敏に反応する部分を刺激する。そこはオスの人間の弱点でオス自身だ。ズボンのホックを外し、彼を守ってくれるファスナーでさえも外して怒張した聡太自身をトランクス越しから眺めた。それから手を突っ込んだのだ。「や、めろぉ……。こんなの、許され、ない……」
「でも、ここはぬるぬるです。素直なのはここだけですか」
「い、いやぁ……――」
 しかし嫌よ嫌よと言うままに流されてしまう自分が、聡太が居た。そんな素直な自分自身が恥ずかしくて堪らない。「聡太さん。クチ、開けて?」
 言われるがまま口を開ければ赤い舌が口内を犯すように蹂躙し、下半身は見事な扱き具合で頭が真っ白になる。上も下も犯されて、自分じゃない自分が出てしまいそうになって怖くなった。必死になって蝶番の肩を叩けば彼は機嫌を伺う子犬のような顔を見せた。「気持ち悪いですか? オトコ同士は、……やっぱりダメですか?」どう答えれば良いのかがわからなかった。普通であれば気持ちが悪いと毒を吐いてぎこちない先輩・後輩の関係のままで居るだろう。
 ただ、反応している自分が居る。気持ちが良いと、もっとして欲しいと望んでいてせがんでいる自分が居たのだ。だからこんな言葉を口走ってしまった。「……これも、その、――仕事の一環?」
 蝶番は、いや、洸はどう答えれば良いのかためらった。確かに仕事の一環ではある。気持ちが良いという行為は幸福への早い道だ。そこから味わう幸福の体液が青い蝶の悦びでもあり、至福でもあった。
 ただ、仕事の一環だと言ったらこの儚げな青年は自分をどう見るだろうか。侮蔑の目なんてまだ良い。もしも傷ついて死ぬなんて言ったら。――あの悪魔のような赤い蝶に取り込まれたら。
「違います。これは俺の願望です。……あなたを、気持ち良くさせたい」
 本当の想いを、本当の狙いを隠すように洸はもう一度、聡太の唇を塞いだ。聡太の冷たかった唇が火照ったように熱く感じた。「あなたを、幸せにします」そして下半身の手の扱く動きの速度を速めたのだ。
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