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棘先の炎

神に背く者神に喰われる 5話

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一発の銃声が鳴り響き、フライとクイラは地下へ潜り込む。音がした階段を下ってから壁に寄り添った2人は顔を見合わせてから、クイラが先頭を切って銃を向けた。
2人が見た光景は銃を持っているスネーク。彼は怯える院長の足元を撃ったのである。しかし、クイラが驚いたのはそれでは無かった。自身と同じ銀色の髪を横流しにしている青年。…彼が振り向かなくてもクイラは分かった。
「…兄さん?」
震えるクイラの声に反応し、彼はゆっくりと彼女へ振り向いて…笑った。
「久しぶりだね~。麗良。元気してた?」
昔と同じような笑みを浮かべる麗斗にクイラは泣き出しそうになり、そして、駆け寄ろうとした。…だが、彼女は気付いてしまったのだ。ー自分の兄が自身に殺意を向けている事を。
麗斗は懐から取り出した銃をクイラへと向ける。そして、微笑みを絶やさぬまま言い切った。
「感動の再会!…って言いたい所だけど…。ー俺はもうお前の所には戻らない。いや、戻るつもりも無いから。…そんな裏切り者の俺を、お前は許せるのかな?」
自身の兄の言葉にクイラの手が震える。例え敵であっても自分の兄…血を分けた実の兄をクイラは殺せない。だが、その考えは覆された。
「言っておくけど…。ー俺はお前を殺せるよ。例え実の妹であってもね?…だってお前は俺にとっては最悪を招く種なんだから。」
その言葉一つで彼女の心は愛情から憎悪に塗れた。尊敬し敬愛をしている兄の冷酷な言葉が彼女は許せなかった。
「…許せない。兄さんを…!兄さんを許せない!ー殺してやる!!!」
そしてクイラは引き金を引いてしまいそうになる。するとフライは咄嗟に彼女の拳銃を取り上げた。普段は何処か冷静で飄々とした彼女が、今では自身の兄に怒りを孕ませた表情を浮かべている様子を見て彼女を止めたかったのだ。…それもあるが、フライは彼女の兄の麗斗が何かを企んでいると察したからでもある。拳銃を取り上げられ顔をしかめるクイラにフライは彼女に向けて哀しげな表情をする。
「やめてよクイラ。…君がこんなに心を乱すのは初めてだから僕にはどう言って良いのか分からない。…ただ、これだけは言えるよ。ーお兄さんを撃ったら君は絶対、この先を後悔するよ?」
そして彼女から奪った拳銃を自身の手元に持ち変える。フライの言葉に何も言えないクイラは地面へと座りすすり泣いた。
そんな2人の光景に麗斗は再び乾いた拍手を送る。
「いや~感動したよ~。…そのお陰で俺の作戦は見事に失敗。ーせっかく、死んだふりをして驚かせようとしたのに~。」
麗斗は自身の上着を脱ぎ去り防犯チョッキを皆に見せる。そんな余裕をかましている彼に院長の帷が痺れを切らした様子であった。だから彼はスネークが蹴り上げた拳銃を取り上げ、そして、フライの頭に向けた。
「俺はな!この緑頭の奴を望月組に渡せば大金が手に入るんだよ!!!…お前らグダグダしやがってよ!…死ね!!!」
そしてフライに向けて銃を撃った。すると彼は座り込むように倒れる。密かに嗤った帷は凄惨な現場になると彼は思っていた。…だが、おかしな事に倒れ込んだフライからは血が流れなかったのだ。そんな状況に彼は慌てる。
「あれ…?俺は確かに撃ち込んだ…はず。」
自身の手元の拳銃を見て帷は驚く。何故なら弾丸を入れている部分が切れた刃のような跡で欠損されているからだ。試しにうずくまっているクイラに向けて撃っても、彼女は傷一つ付かない。…ただ、空音がするだけであった。そんな帷の様子にスネークは乾いた笑いをした。
「おっさん?その拳銃は使い物に無らねぇよ。ーだって俺が上手い事壊したんだからな~。ちょっとばかし、拳銃みたいなミリタリーグッズには知識があってね。」
悔しがる表情を見せる帷に向け舌を出したスネーク。そして彼は眠っているフライに駆け寄った。どうやらうずくまってはいるものの、何かを予期したクイラが銃声と共にフライの腕に注射を打ち込んだようだ。そんな彼女にスネークは問い掛ける。
「お前の兄さんの言葉に傷付いて辛いのは分かるが…。ークイラ。お前はあいつらの心をどう読んだ?」
彼の問いにクイラは深呼吸をして涙を拭った後、静かに呟いた。
「兄さんと…その院長の部下がここに来るって。ーしかも、ちょっと多いかも…しれないです。」
泣き止むクイラにスネークは頭をさすってから、彼女の兄である麗斗を睨んだ。彼の反応に麗斗はまた笑う。
「ふーん?どんな訓練を受けたか知れないけど…。正解だよ?俺の部下やこの院長先生の仲間が来る。」
そして彼は院長の帷に目を向けた。
「さぁ。ここから出ましょう?ー戦闘が始まる前にね?」
麗斗の誘いに院長の帷が嫌な笑みをした後、彼に隠し通路へと案内をした。そんな飄々とした兄の姿にクイラは叫んだ。
「私は!…私は兄さんを諦めない!!!…絶対に元の優しい兄さんに戻させる!!!…だから、私にそんな冷たい殺意で見ないでよ…。」
悲痛な顔を見せて俯くクイラに麗斗は彼女に向けて一瞬だけ真剣な表情を浮かべた。…だが、それからすぐに笑って後を去ってしまった。
そんな光景を呆然と見つめていると大勢の足音が聞こえて来た。もしかしたら子供達に頼まれたスネークの部下達も居るかもしれないが…。恐らく敵の可能性が高い。そんな騒音から白髪の青年がムクリと起き出す。彼は自身が掛けている緑色のサングラスを邪魔な前髪をオールバックにしてから掛けた。ザクロのように真紅の瞳を宿し、そして青年は笑った。
「…ったく。こういう時だけ俺を使うのかよ…。まっ!喧嘩できるなら良いけどさ!」
きっちりとボタンの付いている白いポンチョを外して肩に掛け、ラビットは笑みを浮かべた。敵は数十名。もしかしたら銃を持っているだろう。…だがそれでも彼は恐れない。…むしろ楽しんでいる様子であった。そんな彼の態度にスネークは溜息を吐く。
「普通は死ぬかも知れないっていう状況で笑わないぞ?…お前本当に頭おかしいよな。」
冷たく言い放つスネークにでさえも笑みを浮かべるラビット。そんな彼にスネークは右脚3回叩いて暗器を露わにさせた。そして、今から戦闘が始まるとの事でスネークはクイラを起こさせる。
「これから戦闘だ。…死にたくなきゃ…いや、お前の兄さんともう一度会いたいなら、生きる為に立ち上がれ。」
彼の言葉に虚げな瞳をしていたクイラは光を宿す。そして、立ち上がってから言い放つのだ。
「…ありがとうございます。」
礼を言ったクイラに優しい笑みを浮かべるスネークと楽しげな顔を見せているラビットは再び戦闘準備を始めた。
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